第4話 脱出と帰国への道筋

                    by Sakura-shougen


 次に連絡が入ったのは、さらに三日を経て、アフォリアの友好国家であるエラズムからであった。

 キャシーとナディアは、無事にブラウダを脱出し、エラズムに密入国したという。


 これから半日後にはエラムズにあるアフォリア国大使館に行き、そこで正規のパスポートを入手して、できるだけ早い便でアフォリアに帰国するという知らせであった。

 そのeメールを見て、二人は一安心した。


 少なくともキャシーとナディアは最大の難関を既に脱したはずである。

 但し、エラズムは一応民主主義国家であり親アフォリア国家であるとは言っても、メラム教信者の数が極めて多いところであるからまだまだ油断はできないのだ。


 この時点では、ブラウダでも当然にキャシーの脱走に気づいている筈であり、ブラウダと海を接するエラズムにブラウダの秘密組織などの手が伸びていることは十分に考えられることだからである。

 エラズムを出て初めて帰還が間違いないことになるのだが、その可能性は当初よりも随分と大きくなったことに夫妻は喜んだ。


 キャシーが失踪してから初めて二人の間に笑顔が生まれた。

 そうして、半日後、エラズム大使館からビジフォンで連絡が入った。


 相手は駐在大使のファーガソンである。

 ベンソン・ギャラガーの名が飛び出してきたので、さすがに大使自らがビジフォンをかけてきたのであろう。


「実は、キレイン市内で探偵業を営むサムエル・シュレイダーと自称する男が、貴方からの依頼でご息女をブラウダから助け出して来たという話をしております。

 俄かには信じられない話ではありますが、サムエルは正規のパスポートでブラウダに入国した証拠をもっておりますが、出国したという印は押されておりません。

 無論エラズム入国の印も押されていませんから、間違いなくブラウダを密かに出国し、このエラズムに密かに入って来たことが伺われます。

 そうして若い女性と幼子は身分を明らかにする書類は一切持ち合わせてはいないのです。

 当大使館に入るのにもひと悶着ございましたが、いずれにせよ命を狙われる危険性すらあるとのことで、止むを得ず私の判断で三人を保護いたしました。

 取り敢えず、貴方の御息女という女性及びその娘と言う幼い女児、それにサムエルと言う自称探偵の三人の身柄を保護している現状にはありますが、本国政府を通じて照会を致したところ、確かにご息女は10年ほど前に消息不明になっており、捜索願が出されている由確認されております。

 が、いかんせん、こちらには当該女性がお嬢様かどうか確認する術がありません。

 本国の警察機関も、ネット上で指紋やDNAのデータを送信することについてはセキュリティ上問題があるとして難色を示しており、こちらではご息女かどうかの判断がつきかねないのです。

 先ほども申し上げたように、当該女性は身元を確認できる書類を一切持ち合わせてはおりません。

 10年前の写真だけで軽々しく判断することはできませんので、何らかの措置をとる前に、このビジフォンで可能な限りの確認をいただこうと存じましてご連絡を取った次第です。」


「それはわざわざご丁寧に痛み入ります。

 確かに、シュレイダー探偵事務所には、私と家内が娘の捜索を依頼し、調査の結果、ブラウダに娘がいるかもしれないとの情報を頼りに、サムエルさんにその確認と叶うならば娘の救助をお願いしました。

 従って、サムエルさんの言うことに誤りはありません。

 サムエルさんからは現在のキャシーの写真を送っていただいており、それを見た限りでは娘キャシーに間違いはないと思っておりますが、可能であれば娘と話をさせてください。

 娘しか知らぬ質問を投げかけて、それに正しい回答が出せるならば娘であると確認ができます。

 その上で、ご足労ですが、何とか大使の御力を持って、娘キャシーとその娘であるナディアをアフォリアに帰還させていただければ、こちらの警察で指紋及びDNA検査から最終確認ができると思われます。」


「わかりました。

 では、当該キャシーと名乗る女性とお話しください。

 私もそばで立ち合います。」


 画面が切り替わって、写真で見たキャシーの顔が映された。

 衣装が写真とは違っていた。


 おそらくはブラウダ風の衣装からアフォリア女性が着るような衣装に変えたのであろう。

 それだけに、キャシーの面影が写真よりも余計にわかる。


 ベンソンが言葉を詰まらせながら言った。


「キャシー?」


 キャシーも不意に泣き顔になった。


「お父様、お母様・・・。」


 その声だけでキャシーであると確信はしていた。

 だが大使の手前確認をせざるを得ない。

 ベンソンは、声を詰まらせながら言った。


「キャシーに間違いないだろうけれど、敢えて確認をしたい。

 キャシーが10歳の誕生日の前日にあることが起きた。何が起きたか覚えているかね?」


 キャシーは泣き顔ながら、にっこりとほほ笑んだ。


「ええ、お父様。よく覚えています。

 お父様が大事にしていた先祖伝来のお皿を割ってしまったの。

 お父様に凄く叱られて、・・・。

 そのために、10歳のお誕生日のプレゼントは取り止めになってしまったので す。」


 ベンソンが大きくうなずいた。


「ファーガソン大使、聞いておられますか?

 娘キャシーに間違いはありません。

 キャシーが先祖伝来の皿を割ってしまったことは、私と妻とそれにキャシーだけしか知りません。

 不名誉なことなので、家の使用人にも伏せてある我が家の小さな小さな秘密なのです。」


 すぐに画面が切り替わり大使がほほ笑んだ。


「確かに承りました。

 大使の特権により、お嬢さんとそのお子さんのナディア嬢には速やかに外交パスポートを発出します。

 それと、サムエル氏にも同様の特権を与えます。

 但し、三名ともに偽名でのパスポートになります。

 ブラウダのエージェントが動いている可能性もあり、安易に姓名を明かす危険は避けた方が宜しいと損じます。

 少なくとも偽名を使っている限りは、航空機の搭乗者リストなどから割り出される心配はございません。

 航空機には、大使館の車両を使って直接航空機までお送りします。

 サムエル氏については、お嬢さんたちとともにブラウダを不法出国しておりますが、当大使館に勤務するエージェントの手づるで善後策を講じておきます。

 サムエル氏がブラウダで消息を絶てば何らかの疑いを招く恐れもあります。

 後顧の憂いを絶つためにも、サムエル氏がブラウダを正規の手続きで出国したように偽装する手立てが必要なのです。

 そうかと言って、再度サムエル氏にブラウダへ密入国させるような危険は冒せません。

 また、サムエル氏が今後ブラウダに再入国する際におかしなことにならないようにするためにも大使館のエージェントで必要な措置を行う予定です。

 これまで事情をお聞きした限りで念のため申し上げれば、お嬢さんたちは今後どのような事情があっても決してブラウダを訪問なされないようご注意申し上げておきます。

 それと大事なことをお伝えしておきましょう。

 キャシーさん、ナディアさん、それにサムエル氏は、当地の時間で明日の午後1時40分、アフォリア行AM航空124便でエラズムを立つべく、急ぎ手配をしております。

 今のところ十分空席はございますので、アフォリアのキレイン空港着は、そちらの時間で明後日午前11時30分になる予定です。

 当大使館からも本国政府に連絡は入れますが、念のためベンソンさんからも警察への通報をお願いします。」

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