第3話 手がかりを追って
by Sakura-shougen
ギャラガー夫妻が事務所を訪ねて三日後、シュレイダー探偵事務所から連絡が入った。
キャシーの消息について小さな手掛かりを得たというのである。
サムエルによればキャシーは犯罪シンジケートの手により誘拐されて、人身売買で国外に売り飛ばされた可能性があるというのである。
当該シンジケートは5年前にシンジケート同士の抗争により瓦解し、関係者はすでに死亡しているという。
無論、調査の過程でキャシーの名前が明確に出て来たわけではない。
但し、髪の色や衣装それに靴の色などに、キャシーの失踪当時と同じ特徴がある女性の存在があったことを確認したと言う。
キャシーかも知れぬ人物の消息はそこで途切れたかに見えたが、残された書類及び電子データから少なくとも、当該女性が売り飛ばされた国が特定できたというのである。
警察も、また大手の探偵事務所すらも掴めなかった情報をどうやって知りえたのかサムエルはベンソンが尋ねても明かさなかった。
その上で、ギャラガー夫妻が望むならば、当該女性が売り飛ばされたと推測されるブラウダに行って調査をすることも可能だと伝えてきた。
仮にブラウダに渡航して調査を継続する場合、これまでの実働費用と諸経費およそ1200レムルのほかに、交通費及び渡航雑費として少なくとも6000レムルが必要というのである。
元々経費は幾らかかっても止むを得ないと考えていたベンソンは一も二もなく、追加経費について了承した。
その上でキャシーあるいはその女性が生きている可能性について尋ねた。
「あるいは、御承知かとは存じますが、ブラウダは封建的な王族が支配するメラム教国家です。
メラム教の教えでは王族は複数の女をその妾として囲うことが認められています。
従って確率として非常に高いのは、キャシーと目される女性が王族の一人に妾として囲われ、ハーレムにいるかもしれないということです。
本来、人身売買はブラウダの法律から言っても違反なのですが、一方で非公式に多くの人身売買がなされていることも巷では取沙汰されています。」
「キャシーがそのような立場にあるとして、娘を取り返すことは果たして可能でしょうか?」
「現地で調査をしてみなければわかりません。
封建的な社会であり、ブラウダでは女性の地位は極めて低いのです。
仮にキャシーが生きていても、自由意思でハーレムから出てくるようなことは非常に難しいでしょう。
ですが、キャシー自身が生きていて、本人が帰国を望むのであれば私の方で何とかその方法を見つけたいと思います。」
「わかりました。
あなたに全ての判断を委ねます。
現地であなたが取れる最善の方策をとってください。
必要な経費はいくらかかっても構いません。」
サムエルは、どんなに急いでも渡航手続きに二日かかり、渡航は三日後になると告げた。
ベンソンは指定された口座に、7200レムルを即日振り込んだ。
そうしてサムエルからeメールで連絡が入ったのは、サムエルが渡航した日から数えて三日後であった。
電話は盗聴される恐れが高いので出発前から電話での連絡は一切しないとサムエルは言い置いていた。
その上で高度に暗号化されたeメールで報告をしてきたのである。
予めサムエルから教えられていたパスワードは64文字にもなる。
何度か打ち間違えながら漸くeメールを開くことができたのだが、ギャラガー夫妻はeメールを開いて思わず息を呑んだ。
eメールには見慣れぬ異国の衣装を着たキャシーが幼い女の子を抱いた写真が添付されていたのである。
10年も経って、少し風貌は変わっているが確かにキャシーである。
その上で、サムエルから当該人物はキャシー・ギャラガーと名乗っていることが確認されたこと。
当該女性がキャシーであるかどうかの確認はサムエルにはできないが、ベンソンから渡された10年前の写真から判断してキャシーである可能性は非常に高いと思われること。
当該女性はアフォリアへの帰国を望んではいるが、当該女性が産んだ娘ナディアと一緒でなければ帰らないと言っていることを伝えてきた。
また、仮にキャシーと推測される女性がアフォリアに帰国する場合について、6歳になるその娘ナディアもキャシーと一緒ならばついて行く意向を示しているという。
キャシーとその娘ナディアの出国については、最終的に非合法であっても何とか方法を考えるが、その場合ギャラガー夫妻がキャシーの娘であるナディアの受け入れの了承がまず必要であると言ってきたのである。
その子の父親は知らぬ男であろうが、ベンソンにとってナディアはたった一人の血を分けた孫娘になる。
すぐにライラと相談し、ライラの承諾をも受けて、受け入れを表明した。
サムエルからは、キャシーとナディアのブラウダ脱出のための工作資金として、およそ10万レムルの経費が必要とされるかもしれないがその支出を認めてもらえるかという問い合わせがきた。
目の前にキャシーの写真を見ているベンソンは仮に1000万レムルが必要であっても、全て認めると即座に言い切った。
ベンソンはキレインでも有数の資産家でありいつでも億単位の資金を準備できる立場であった。
そのベンソンにして10年以上もの間、娘の消息の片鱗すら掴めなかったのに、シュレイダー探偵事務所はわずかに10日足らずの間に娘の居所を掴み、なおかつ娘をベンソンのもとに返そうとしている。
ベンソン自身はすべての資産と引き換えにでも娘キャシーとナディアの帰還を実現させるつもりであった。
仮にブラウダに囚われの身であることが判明したならば、ベンソンはアフォリア政府を動かしてでも決着を図ることすら考えていたのである。
だが、そのことをサムエルに相談すると、否定的な返事が返ってきた。
仮にアフォリア政府が動いても、ブラウダは王族のハーレムに人身売買の果てにキャシーが囲われていることを否定するだろうし、外交圧力が高まれば、場合によっては証拠隠滅を図るためにキャシー母娘の抹殺すら図る可能性があるという。
確かにブラウダという国家はその封建的な制度のゆえに、アフォリア政府から見て好ましからざる国の一つに入っており、仮にアフォリアの周辺国家であれば100年以上も前に戦端を開いているはずの仮想敵国の一つでもある。
従って外交的にも友好的な関係は樹立されていないのが現状である。
確かにアフォリアの軍事力や経済力を背景にブラウダに圧力をかける方法は下の下の策であると承知していた。
それ故に、サムエルがベンソンの申し出を即座に否定したことで、ベンソンはある意味でほっとしてもいたのである。
サムエルは、eメールで次のように言って来た。
「保証はできませんが、私にすべてをお任せください。お二人をアフォリアに帰還させるために最良の方策をとります。」
ベンソンは、サムエルの保証はできないという言葉はある意味で99%の精算があっても、1%の、あるいは、さらに小さな不確定要素がある限り、必ず使用する言葉だと既に気づいていた。
「全てお任せするので、よろしくお願いします。」
そうベンソンは送信した。
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