3.Open the door (2)

「……ま、いいんだけど。 有遠が謎なのは今に始まったことじゃないし」


 葉月は、少しだけ視線を落としながら、呟くように言う。

 言っている内容は、いつもと同じような軽口だが、その声色が少しだけ暗い気がしたのは、気のせいだったのだろうか。

 私は、口の端を少しだけ上げて、いかにもばつが悪そうな笑顔を見せる。

 こういう時に誤魔化す事が出来ないのが、私の最大の特徴なのだ。


「……」


 沈黙が流れる。

 周りの弁当を食べる男子や女子は、他愛もない会話を続けている。

 授業のことや、先輩のこと、ゲームのことや、嫌いな先生のこと。

 そんな事を周囲が話すからか、いつもよりも葉月と会話が続かない事が、気まずく感じられた。

 独りぼっちでいるならば、この感覚も嫌いじゃないはずなのに。

 ……いたたまれなくなって、私は口を開く。


「……クロノスタジオ、って所」

「え?」

「クロノスタジオ、って所、知ってるかな」


 唐突な切り出しだと、自分でも思ったが、この際仕様がない。

 自らのことを切り出す恥ずかしさから、大分声のトーンも低く、顔も俯きがちになっていたが、どうにか葉月と意思の疎通はとれたようで。


「……知らない。 スタジオの名前?」

「うん、そうだと思う」

「思う……って、どういうこと?」


 これを葉月に言って良いものか、私は一瞬考えたが、此処で隠してもしょうが無い。

 ……おそらく、葉月の次の台詞も予想がつく。


「……呼ばれてるの。 大事な話があるって」

「誰に?」

「えっと……、ネットで知り合った人」


その言葉を言った瞬間、葉月の眉間にしわが寄る。


「……その人、信用できる?」


 ……言うと思った。

 葉月は、私を純粋に心配しているんだろうと思うけれど。

 でも、私の意思を妨害しないで欲しい、という思いも強くて。

 ……やっぱり、こうなるのかなあ、なんて考えながら。


「出来ると思う。 ていうか一度会ったし」

「一度きり?」

「そう……だけど」

「ふぅん……」


 葉月は一拍置いた後に、また言葉を発する。


「……やめたほうがいいんじゃない」

「……どうして」

「だって、どう見ても怪しいじゃん。 事件の匂いがするっていうか」


 この言葉に、私は全身の血が頭に一気に来る感覚を覚える。

 そして、……私は。


「……うるさいな! 私が行きたいって言うんだから、邪魔しないでよ!」


 私はつい立ち上がり、他の生徒が一杯いるにもかかわらず、大声で叫んでしまった。

 そう、この場にいた生徒に全員聞こえるくらいの大きな怒号を。

 言った途端、私ははっとした表情になり、つい周りを見渡す。

 他の生徒の全員が、私の方を見て、驚いたような表情を浮かべていることに気がついた。

 私の頭に行った血は、一気に顔の方に降りてくる。 顔が真っ赤になり、立ち上がったまま、葉月の方を見ると。


「……有遠、とりあえず座ろ」


 ……驚いた表情を浮かべるも、冷静にそんな言葉をかけたのだった。

 珍しいものを見ただろうな、きっと葉月も。

 何せ、私が此処まで怒鳴ったことは殆ど無かったから。

 私は言われるがままに、椅子に再び座ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る