2.In the rain, at the bus stop (8)

 その日の夜、私はうさぎチャットにログインし、暫く一人で、誰かがインしてくるのを待つ。

 私は、今日会った出来事を思い返しつつ、「Rain」の管理者にメッセージを送ろうと、文章を考えていた。

 ……とはいえ、送ろうと決めた訳ではなく、まだ迷いはあるし、心は緊張でいっぱいで、文章を打ち込む手も、長い時間止まったままだったのだけれども。

 どんな文章がいいんだろう。「ありがとうございました」だけじゃ足りない気がした。短い言葉で凌ぐなんて選択肢はとりたくはなかった。……けれど、初対面の人に、長い文章を送っても、読んで頂けるかどうか。下手したら重い奴だと思われて幻滅されるかもしれない。

 こういう時に、ちゃんとしないといけないっていうのは分かってはいるんだけれど、如何せん人と関わる事が苦手だからか、あらゆる可能性を考えて、手が止まってしまう。悪い癖だと思った。

 そんなこんなで、文章をまともに考えられないまま、時計の針は8時を過ぎようとしたとき。


 ぴこん。


 入室音だ。誰かが入ってきたようだ。


>餅月静夜がログインしました。


 あ、餅月さんだ、と、思った次の瞬間。


>K-Sukeがログインしました。


 間髪入れず、もう一人、音楽チャットの常連がやってきた。

 K-Suke、と書いて「けいすけ」さん。本人曰く「けいすけ」が本名とのこと。この春から大学2年生の男子大学生。本人曰くバンドのボーカルもやっているっていう凄い人。ただ、時々荒っぽい口調なので、年上の男性ということもあってか、苦手意識を感じる時期もあった。今は、そんなでもないけれど。

 私は、「Albert」モードで、チャットの方に集中する。


>餅月静夜:こんばんはー!

>K-Suke:こん

>餅月静夜:お、同時!気が合っちゃった感じ?

>Albert:こんばんは。

>K-Suke:同時だった


 うさぎチャットの常連、ではあるけれど、こうして話せるときもあれば、全く話せないこともある。特に音楽チャットは集まらない事の方が多いから、こうして話せる機会があるのは、単純に嬉しい。

 いつだったか、K-Sukeさんにも、高校入学した、との話をした……正確に言うと、自分はそのつもりはなかったけれど、餅月さんが高校入学の話を振ってきたのだが、その話をところ、「おー、おめおめ」と返ってきた。なんだかんだでいい人だと思う。


>餅月静夜:そういえば、けーすけさん、次のライブっていつです?

>K-Suke:6月15日

>K-Suke:まあそんなに曲数もないからまだ余裕だけど

>餅月静夜:おー!残り2ヶ月くらいですね!

>Albert:ライブ、楽しみにしてます。私は行けないと思いますけれど。

>K-Suke:そりゃな笑


 行けないと書いたのも当然。K-Sukeさんは霞ヶ丘に住んでいない。ついでに餅月さんも相当遠いところに住んでいる。

 ただ、こうして律儀に書いてしまうのは、私の性格なのだろう。


>餅月静夜:2ヶ月かぁ……

>Albert:結構あっという間ですからね。2ヶ月って。

>K-Suke:まあ、そうかも

>K-Suke:失敗しないように楽しむわ

>餅月静夜:一回一回のライブは、きっと良い思い出になると思いますよ!


 餅月さんのその言葉に、つい反応する。


>Albert:やっぱり、思い出に残るものですかね、ライブって。

>餅月静夜:そうだと思いますよー?

>K-Suke:まー、テンションは上がる

>K-Suke:お客さんを盛り上げられた時は、やっててよかったなって思う

>Albert:ふむ。

>K-Suke:アルも、やってみたらいいよ


 この発言に、目を丸くした。

 どうした。K-Sukeさん、そんな軽率に人を巻き込むキャラだったっけか。しかもさらっと。


>餅月静夜:そうですよ!あんなにぽんぽん曲を作れるし、ライブで披露ってのもありありだと思いますよ!

>Albert:あ、ありがとうございます。

>K-Suke:アルなら、きっと出来ると思う

>K-Suke:楽しいよ

>Albert:ライブですか……。そうですね。心に留めておきます。


 正確に言うと、やりたいと思ったことはあれど、その勇気が出ない状態ではあるんだけれど。

 やっている側の人だからか、本当にさらっと誘ってきて、私は度肝を抜かれたのだった。

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