2.In the rain, at the bus stop (7)

 私は、その問いかけに、無言を貫くことしかできなかった。

 こんな、出会ったばかりの人の歌を気に入ってくれて、それなのに無言を貫くなんて、失礼な奴だとは思っている。けれど、何も返せなかった。

 ふと、私の頬を光が照らす。思わずそちらを見ると、一台のバスが雨をかき分けてやってきた。

 どうやら、私が乗るバスではなさそうだ。しかし。


「あっ……ごめんなさい、僕はこのバスに乗りますので」


 男はそう言うと、申し訳なさそうな顔になる。


「やっぱり、迷惑でしたかね。 すみません」

「あの」


 私は、彼の声を遮るように、大きな声を出した。

 男が目を丸くして、こちらを向く。


「すみません、最後に、名前だけ、教えてください」


 気づけば、そんな事を口走っていた。……初めての人に名前を教えてください、と聞くことなど、私の人生で一度もなかった。 冷静に考えて、ありえない選択肢ではあった。

 けれど、彼の言葉に、何かしらの心境の変化があったことは間違いがなかった。そして……私は、一つの予感があったから。


「僕ですか?」


 男は、そう言って、薄く微笑んだ。


「そうですね、僕の事は……」


 彼が言った名前に、私は驚きも浮かんだが、ある意味納得もしていた。

 バスが走り出す。……男が去った後、私は一人で「Rain」を眺めて、音楽を一つ一つ聴いていた。

 名前しか知らない、連絡先も何もしらないけれど、きっと、これが「運命の出会い」って奴なんだろうな。

 私はそう心の中で、呟いた。


「僕の事は、黒崎と呼んで頂ければ」


 男……いや、「黒崎」……紛れもない、有遠が見たブログの管理人との出会いは、この場所からだったのだ。

 それを運命と呼ばなければ、一体何と表現すれば良いのだろうか。

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