2.In the rain, at the bus stop (6)

 好きなことをずっと諦めていた。自信がないから、実力がないから、と言い訳をして。本当は、何よりも好きなものは、知っている筈なのに。踏み出したことによる後悔が、すごく怖い。

 私は、後悔したくない。人生に後悔なんて、残したくない。ましてや、一番大好きなもので。

 この人も同じだったのだろう。違うことは……、この人は少なくとも、卑屈になっている私より、前を向こうとしているところ。きっと、私が思う以上に、大変な思いをしてまで。


「……すごい、ですね」


 私は、ついそう呟いた。

 男は、全く表情や視線を変えないまま、この言葉を聞いていた。

 「すごいですね」なんて、なんの捻りもない、社交辞令みたいな台詞。でも、私はこの一瞬、心の底からそう思ったのだった。

 私は続けて言葉を紡ぐ。


「少なくとも、ちゃんと行動してるから、すごいと思います。 私には……とても、無理ですから」


 俯きながらの台詞。

 変わりたいけれど、変わりたくない。後悔はしたくないけれど、後悔しそうで怖い。

 そんな、相反する二つの思いが湧き出る。それはきっと、今に始まったことじゃない。

 そう、葉月と見たストリートミュージシャンの路上ライブ。あのような光景を見る度に、胸が締め付けられそうな感覚になる。

 自分は果たして、ああいう生き方を本当にしたいのか。心の警鐘が鳴り止まない。けれど、ふと、寂しい感覚に襲われる。それはまるで、祭が終わった後の寂寥感に近かった。


「……あの」


 男が口を開く。私は俯いた顔を上げた。


「僕には、貴方がどう生きるか、それを決める権利はありませんし、無理強いすることもできませんけど……きっと、行動するなら、貴方にも出来ると思います」


 それに、と男は言葉を続ける。


「僕は……貴方の歌を、もっと聴いていたい」


 彼は、そう純粋に思ったらしい。


「ダメでしょうか」

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