2.In the rain, at the bus stop(5)

「……無理?」


 男がそう、聞き返す。……言ってしまった。こんな、見ず知らずの人に対して。私は、こんな事を言ってしまったことを、激しく後悔した。

 まだ、バスは来ないのか。私は睨みつけるように、道路を見上げるも、その願いは叶わない。そこにいるのは、心配そうに私を見つめる、男だけ。


「……ごめんなさい、私……」

「あ、いえ、無理、しなくても……」


 そんな優しい声がかかり、私は顔が熱くなる。……ちょっと気分の良いことが言われたからって、こんなことを言ってしまって。何をやっているんだ。


「あの」


 そんな、自己嫌悪に駆られている私を見たからか。しばし流れた沈黙に耐えられなくなったからか、男が口を開く。


「……自信が、ない、ってことなんでしょうか」


 その言葉に、私は無言でこくり、と頷く。男は、そんな私の様子を見て、声をあげた。


「……そうですか……」


 その声色が、とっても悲しそうに聞こえて、私は思わず下を見た。


「自信がない、という言葉が正しいかは、分からないです。 ……けど……、歌が好き、音楽が好き、って気持ちはあるのに、私は、その一歩を踏み出せない」

「……それは……」

「理由は聞かないでください。 ……見ず知らずの人に……あまり話したくないです」


 思わず、突っぱねるような反応をしてしまった。気まずい雰囲気が流れるだろうな、なんていう予想を立てたが、男の反応は、予想外のものだった。


「……その理由は……。 例えば……好きなものが好きじゃなくなる事への怯えでしょうか」

「……え?」

「あるいは……、自分より良い音楽を生み出せる人がいる事への劣等感。 または……、自分が取り巻く環境へあらがう必要性への嫌悪感」


 私は、目を見開いた。


「……違いますか?」

「それは……、全部、当たっています」


 そう、私は、この瞬間、少しばかり恐怖を感じるほどに、彼の姿をじっと見つめる他なかった。

 この人は……なぜ……、私が諦めていたことを。その理由を、いとも簡単に当ててしまうのだろう。何度でも言うが、この人と私の面識は、ないはずなのに。


「……分かりますよ。なんとなく……」

「どうして……?」


 まるで、超能力でも使われたかのような感覚だった。不思議、疑問。……困惑はあれど、少しばかりの興味もあった。


「何故ならば」


 ……男が口を開く。


「僕も……同じなんです」

「えっ?」

「貴方と同じ理由で……好きなことを、ずっと、ずっと、諦めていたんです」


 視線が、交差した気がした。

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