1.New days are boring(8)
そして、夕食もそこそこに、この日のチャットは終了する。
結局、今日は自分を含めて2人しか来なかった。その代わり、結構長い間話をした気がする。流行りの音楽の話とか、私の高校1日目の話とか、友達の話とか。そんな、他愛も無い話。いつも通りの流れだった。
一つだけ違う事は、私が高校に入学したからか、その話題になる事が多かった。まあ、私は高校にそんなに多くを期待していない、そう思っている。少なくとも、今の私はそう思う事、そう言う事にしておこう。
……チャットが終わると、もう既に11時近くになっていた。いつもだったら、「風呂に入れ」、という母親の怒号が飛んでくるから、さっさとパソコンを落とすところだけれど、今日は違った。
先程見つけたブログ「Rain」を、まだちゃんと見ていない。
私はブログを改めてチェックする。
黒崎と名乗る人物のブログは、簡素な文章が多かった。
今日聞いたCDの感想や、雪景色の写真と共に書いた、ちょっと詩的な文章。
どれも短い文章だけれども、この人は音楽好きなんだな、という事がちゃんと分かる。
ふと、とある日のページを見た私は、そこでカーソルの動きを止める。なんだか、長い文章があった。
Date:20XX/10/15
Title:「10年。」
Text:「そろそろ、自分が音楽を作る、という事をし始めて10年が経とうとしています。
よくもまあ、10年も続けられたな、って思います。本当に。
10年前の10月は15歳で……まだ、中3でした。思えばあの当時から、自分は人と馴染むのが苦手だったんだな、って思います。
あまり積極的じゃなかった中学生時代。僕は体育が大の苦手でした。
水泳は25mも泳げず、柔道は負け続け、走る事すら遅く、みんなから笑いものにされて、一時期学校に行くのが本当に苦痛で。
自分にとって、仲間、友達っていうのは学校には存在しないものでした。それは常に画面越しに居るものだったんだな、と思います。
そんな中出会ったのが、DTM……自分で音楽を制作するソフトです。
音楽を聞くのは好きでしたが、自分で作り上げることはやったことも無かったし、考えたこともなかったです。
でも、自分で音楽を作り上げることができるんだ、と思って、無料のソフトでしたが、それをダウンロードしました。
最初の頃の作品は、今聞くと本当に酷い出来だなぁ、って思うのですが、思えばあそこがスタートだったんだな、と。
そこから、自分で作曲することが趣味になり始めました。画面越しの仲間も自分の事を応援してくれるのが、嬉しくて。
でも、僕の人生はやっぱり順風満帆だとはいかなかったんだな、と思います。
高校生になって、作曲だけじゃなく、バンドを組みたい。自分の音楽を仲間と演奏したい、歌いたい。そういう欲がふつふつと湧いてきたんです。
けれど、親はそれを認めませんでした。
遊び程度の演奏でさえも許されなかったんです。僕はそれで、高校卒業と同時に家を出ました。勘当同然の追い出され方でした。
けれど、自分はもう充分我慢した。……ここからは自由なんだ、そう言い聞かせて、楽器演奏や作曲を進めていきました。
コミュニケーション能力のない自分でしたが、ないなりにお金を貯めて、働きながら演奏や作曲をして。
そういう今の生活は、すごく楽しいです。
……ただ、一つだけ、心残りがあります。
バンドを組みたい、と先程言いましたが、実際自分の音楽を対外的に発表したのは、ネット越しでしかありません。
出来る事なら、生演奏で聞いてみたかったな、って思います。
けれども、その画面越しの仲間とも疎遠気味になった人も多いので、当てがないんです。それが、残念だなあ、って。
……暗い話になってしまいましたが、でも。
始めは10年も好きになる、続けられる、とは思わなかったですけれど、
それでも、逆境はあれど続けることが出来ている自分。自分で言うのもなんですが、本当にすごいことだなあ、と思います。
聞いてくれる人もいてくれるから、凄く感謝の気持ちで一杯です。
これからも、頑張ります。ありがとうございました。」
……長い文章だった、そして、私はこの文章が、なんとなく突き刺さる。
クラスで浮いていること、そして親も音楽、バンドが好きではないこと。それも含めて、自分とそっくりだった。
私は、この黒崎、と言う人に興味を抱く。……再び、「暁の空」の動画ページに飛び、その音楽を聴く。凄く、爽やかなメロディーだった。私は気づけば、繰り返し繰り返し、「暁の空」を聞いていた。
……。そんな私の耳に、怒鳴り声が届く。
私の余韻をぶち壊しにしたのは、母親の声。「風呂に入れ」との事。私は、深い溜息をつき、渋々ページを閉じ、パソコンの電源を落としにかかった。
……けれど、この「Rain」。
気になったから、私はブックマークに入れて、後で繰り返し聞くことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます