1.New days are boring(5)
いつもの場所。それは、有遠が4年前……小学生の頃から使っている、とあるサイトである。
「うさぎチャット」というチャットサービス。アイコンがその名の通りうさぎの絵を象ったもので、SNSが発達した現在においても、未だにそれなりに利用者が多いサービスだ。「雑談」や「××地方」、「中学生」、「ゲーム」などとカテゴリ毎にルームが分けされている。いろいろあるが、私が入るチャットはこれしかない。
「音楽」。
つまり、音楽が好きな人向けのルームとなっているのだが、これが意外と人気がなく、10人以上集まる事は稀である。
だが、その人気のなさが逆に私には心地よかった。誰も現実の私を知らない。私も此処に来る人の事をよく知らない。けれど、此処に来る人は間違いなく大なり小なり音楽が好きで来ているのだろうな、と分かっている。しかも100人200人ではなく、ほんの数人でしかない。だからこそ、私は安心できた。
私は、此処では「Albert」と名乗っている。まさか本名の「あると」をもじったハンドルネームだとは、流石に気づかないだろう。
春休み期間中、つまりこの間までの事なのだが、その時は夕方にインして人が来るまで待つ、というサイクルが確立していた。今日も、インしたは良いがまだ誰も入っていない。この間に私は制服から部屋着へいそいそと着替える。
うさぎチャットもそうだが、私はここ数年でついつい動画サイトやバンドのホームページなどを見る事が多くなった。葉月を始めとした友達と遊ぶ事が無い訳では無いけれど、正直今の私はこちらのほうが性に合っている気がするから。動画サイトでは、ミュージックビデオや、アマチュアバンド、合成音声を使った曲を暇つぶしに聴いている事が多い。こういうのを聴く度に、夢や憧れへの距離が近くて遠いことを、しみじみと思うようになった。
私の夢。……音楽ルームの皆や葉月には既に伝えていること。それは、自分の曲で、自分の歌で、生きていくことだった。自分の曲、と言ったが、それは勿論、自分で作詞、作曲した曲である。作詞作曲の経験はとりあえずはある。それが、どの程度のクオリティなのか、音楽人としてやっていけるのか。それに自信はなかったが、兎に角作る事と歌う事に対して好きだという気持ちに偽りはなかった。
けれど、私はどうしてもその一歩が踏み出せない。
たとえ、好きだったとしても、好きだけじゃどうにもならない、という確信があったから。だから、聴かせるにしてもこの音楽ルームの面子にしか聴かせたことはない。
……もっとも、このままで良いのか、という漠然とした不安はあるけれど、それを無視して動画などを漁る日々を送っているのだった。
さて、色々なサイトにアクセスしていること、小一時間。私は、とあるサイトを見つけた。「Rain」というサイト……と、いうよりはブログだった。なんでこのサイトがヒットしたんだろう、と私は小首を傾げるも、そのプロフィールを見る。
「H/N:黒崎 性別:男性 年齢:25」
黒崎。この名前は本名なのだろうか。25ということは、10歳年上。
「住んでいるところ:霞ヶ丘の近く」
霞ヶ丘。……私の住んでいるところじゃないか。それでヒットしたのかな。
「趣味:楽器演奏」
すごい。楽器を演奏できるのか。……恥ずかしながら私は、音楽が好きとか音楽で生きていきたいという夢はあれど、楽器をろくに演奏したことはなかったのだった。そして。
「夢:音楽で生きていくこと」
……。
私はこの一文を、じっと見つめた。
なんだか、たった今見つけたものなのに、自分とここまで似通っているからか、人ごととは思えなかった。私は、この黒崎、という人のブログを、暇つぶしがてらチェックすることにした。
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