第五章 管理省の調波官たち 3

 一〇七訓練場。

 探索庁の本部と離れたところにある訓練場群は、広大な敷地を有しており、その中で、違う環境を想定して作られた、多種多様な訓練施設や場所を設けている。

 そのほとんどは申請する必要があり、勝手に使うといけないが、各小隊には、小隊専属の訓練場が割り当ててもらっている。

 環境設定はなく、ただの広大な場所と言ってもいいが、任務の事前模擬訓練じゃないから、戦う場所があればそれで十分だ。

「どう?」

 と、さっきまで訓練場の設備をチェックしていた隊員が、それぞれの担当設備の点検を終えると訓練場の中心に集合した。そんな皆に、凪乃が短く問うと、小隊隊員たちがそれぞれ頭を縦に振る。

 訓練場では、戦う余波が外に影響を及ぼさないように、防性理論の障壁を周辺に張っている。また、緊急時に備え、肉体回復と生命現象安定など、医療用の調波器もちゃんと配備してある。

 訓練を行う前に、それらが正常に作動可能であることを確認するのが、探索庁のルールなのだ。

「うん」

 皆からのオッケーをもらって、一つ頷くと、裁判としてここにきた凪乃が、左右に並んだ二組にそれぞれ紫の目を向ける。双方が準備を整えたのを確認してから、小さく口を開く。

「じゃ」

 同時に、華奢な手を横にやる。

 その動きに呼応するかのように、ラベンダー色の髪に挟まれた水銀のプレートが溶け、凪乃の手のひらに集まっていく。無数の銀色のリボンが空間を舞い、やがて絡み合い束ねる。

 いつ見ても幻想的で、心を奪う光景だ。

 一秒も足らず、凪乃の手にはすでに銀色の大鎌が握られていた。それを一振りすると、刃の先から水銀の雫がこぼれ、小さな玉となり凪乃の手に収まる。

「これで合図する」

「ああ」

「羽月、ありがとう。付き合ってもらって」

「準備して」

 透矢と晴斗がそれぞれ言葉を返すと、凪乃が静かな声で始まりを促してきた。

 一〇七訓練場はほかの小隊用訓練場と同じ、辺の長さが三百メートルの正方形という形をしている。

 だだっ広い空間には何の障害物もない。だからこそ、単なる実力のぶつけ合いにはもってこいの場所だ。

 透矢と千紗、晴斗と照葉がそれぞれ訓練場の両端に行き、ある程度の距離を開ける。

 そこで、千紗がふと思い出したかのように、素っ気なく声をかけてきた。

「あんさ」

「は?」

「一応制服着てんけど、さももには気を付けなよ。霜月しもつきと二十九式の式と指定事象、リストで読んだでしょ」

「ああ、圏外じゃそんなもんはまったくなかったが」

 霜月と、二十九式。

 照葉が所持する小太刀型調波刀。――特殊調波器の霜月と、二十九式小太刀型調波刀だ。

 一応、訓練では黒い制服を着て、制服の性能である防性理論障壁が常に体の周囲に張っているのだが、リストで書かれた照葉の二本の調波刀の能力が本当なら、防性理論もあまり意味になさないだろう。

 所持者じゃないが、論外次元の理論がある程度解明されたこの時代、新紀元時代の現代兵器を使いこなしたものは、ある意味所持者をもしのぐ実力を持っていると言っても過言ではない。

 そう思って対処について考えていると、考えていることが雰囲気に出たのか、少し前に歩いている千紗が振り返り、涼しい笑顔を見せてきた。

「ま、アタシがサポートしてあげてるんだから、アンタがしっかりやりゃ、負けることはないでしょ」

「ずいぶんと自信あるんだな」

「なにそれ。アタシのこと信じられないわけ? こう見えても面制圧の達人だかんな」

「リストで呼んだ。にわかに信じられない能力だが」

「すごいでしょう。研究庁の技術。アタシも仕組みとかよく分かんないしさ、でも、使えればいいじゃん。こういうの」

 そう言って、指に付けたやけに多い指輪を見せつけてくる。

 ちょうど、双方が位置についたところだった。

「そりゃ頼もしいな」

 そう言いながら、透矢が何もなかった空間に一本の日本刀を握った。しっかりした感触が手のひらに伝わる。

 周囲の光を収束、沈殿させたかのように、落ち着いた輝きを放つ日本刀。それを目に、千紗が金色の隻眼を微かに細める。

「それが切断の攻性理論?」

「ああ」

「ふーん。そう」

 さほど興味なさそうな返事とは裏腹に、興味津々の視線を送ってくる千紗は、不意に小さく笑うと両手で腰の左右に付けたチェーンを擦った。

 その両手に、いつの間にか、数本のサバイバルナイフが出現した。

 同時に、向こうでも戦闘準備に入ったようで、晴斗が日本の調波刀の柄や鞘のスイッチを切ったのが見える。

 照葉と言えば、ベルトで二本の調波刀を腰に提げている。

 四角い金属色の鞘に収まって、現代兵器の面影があるのは二十九式小太刀型調波刀。そして、丸みのある漆塗りの鞘に収まって、伝統的な芸術品にも見えるのが量産されていない、照葉専属の調波刀、霜月。

 最初から特殊調波器の霜月を使う気満々のようで、照葉はきれいに漆塗りされた黒い鞘を握る。眠たそうな桜色の半眼は、しかし、鋭い眼差しでこちらを見つめている。

 まだ完全に成長していない、丸みのある子供の手でゆっくりと霜月を抜くと、刀身が鞘から姿を見せた。

 式の記入された刀身が鞘から心地のいい金属音を立てながらゆっくりと抜かれるのにつれ、青く、氷晶の花びらが零れ落ち、空中に舞う。まるで、これまで鞘に収められた粉雪が、解放されたのを機に一斉に漂ってきたような光景だ。照葉の前髪も、微かに鞘から出た風で舞い上がり、形のいいおでこを覗かせる。

 しかし、何よりも目を引くのは、霜月の青く輝く刀身だ。

 式を記入されているはずだが、刀身全体がきれいに青色に輝くので、式の模様がまったく見えない。眩しくない、冷たい光が、刀身から滴る雫のようにこぼれて空間に転げ出してしまうと、光の欠片はたちまち氷晶の花びらになっていく。

 あまりにも芸術的、幻想じみた光景。現代兵器と言われても、にわかに信じられない代物だ。

 ここで双方の準備が済んだと見て、訓練場の中央にいる凪乃が大鎌を一振りしては背中にやると、水銀の玉を握った手を胸元ぐらいの高さにあげる。

 ガラスのような目で、四人をもう一度確認すると、水銀の玉を、軽く上へ投げた。

 試合開始の合図。その水銀の玉が、地面に落ちた瞬間――


 ――靴板を起動した透矢と照葉が一瞬で距離を詰め、二本の刀を訓練場の中間にぶつかり合わせた。


 青く光る霜月と、切断現象を凝縮した銀色の日本刀。

 まったく異なる美しさを持つ刀身がお互いにぶつかり、一瞬――霜月のほうが、現象そのものともいえる透矢の日本刀に切り込んだ。

 「切断」を、切断したのだ。

「―――ッ!」

「ぜりゃ……ッ!」

 驚いて距離を取ろうとすると、照葉の刀は振り抜かれ、切断現象の日本刀を断ち切った。

 ――攻性理論、または防性理論の無効化。

 それが霜月という調波刀の指定事象。刀身が接触した部分に限るし、離れると効果はないが、接近さえできれば、災変に対しても所持者に対しても優位に取れる調波器だ。

 実際、事前に情報を知らないと、さっきの一太刀で勝負を決められたのだろう。

 別に刀身に限らず鞘のほうにもほかの指定事象が記入されているのだが、それは、訓練で使用することを禁止されているから、今は無視していい。

 照葉から距離を取ろうと、靴板で空間を蹴って上空へと移動する。

 すると、後方から千紗がサバイバルナイフを前に投げた。切っ先が、錨みたいに空間に刺し込むと――刺し込まれた空間の先に、巨大な砲身が空間から突き出すように展開した。

 鈍く金属色を湛える砲台、その砲身だ。全体が出現したわけではなく、砲弾を撃ち出すための砲身だけが敵を冷静な目で見るかのように、照準を目標に合わせている。

 それらが同時に光り、爆音を轟かせるのと同時に照葉目掛けて一斉射撃した。

「喰らいな!」

「うなっ!」

 いきなり大規模攻撃を仕掛けられ、照葉が奇声を出しつつも、慌てず靴板を使って後ろへと移動した。同時に、霜月の刀身を根っこから切っ先へと指でなぞる。

 すると、刀身からこぼれ宙を舞う氷晶の花びらが、急に砕け散り、光の破片を凝縮して射出するように、空間に無数の青い斬撃を走らせた。

 式によって、爆裂の指定事象を記入した砲弾が目標に届く前に切り刻まれ、爆裂し爆炎と煙を盛大に引き起こす。

 その隙をつくように、遠くにいるはずの晴斗がいつの間にか照葉のすぐ後ろまできて、右腰のほうに移動した二本の調波刀を同時に引き抜き、振り抜いた。

 切っ先が走った軌跡から、十数本の剣が放射状に射出された。

 物質ではなく、エネルギーの集合体である半透明な剣。

 それらが第二波の砲弾とぶつかり、また盛大に爆発を引き起こす。

 空間を揺らがすような爆発を意に介さず、晴斗が素早く調波刀を鞘に戻すと、刀を収める勢いで鞘を百八十度回転させ、右腰から左腰へと倒す。それから、左から顔を覗く二本の柄を握ってはスイッチを切り、再び振り抜きエネルギーの剣を射出する。

 それに対抗するように、千紗のほうもサバイバルナイフを隣の空間に刺し込み、何門もの機関銃をナイフの差し込んだ空間の少し先に出した。

 輪を描くように組み合わされた銃口が火花を吹き、無数の弾丸を打ち込む。当然、それも式が記入された特殊弾丸だ。指定事象は、爆破と運動エネルギー。

 旧時代のもので喩えるなら、砲弾並みの威力で爆発したり、急に発生した運動エネルギーで衝撃波と化し、バスケットボールぐらいの殺傷範囲でほとんどのものを貫通できたりする弾丸だ。

 とはいえ、そんな新紀元時代の兵器でも、晴斗が射出した剣とぶつかると、貫通することなくその場で炸裂しただけだった。

 一瞬の攻防を上空から見て、透矢が思わず目を見開いた。

 リストで読んだとはいえ、実際に目にすると、小隊隊員たちのでたらめさには驚くものだ。

 千紗の調波器は、彼女が身に着けたやたら多い金属アクセサリー。

 二〇六兵器庫――金属アクセサリーに記入された、特定の空間をリンクする座標式で、中央都市の兵器庫の一つから自由に武器を取り出すことができるのだ。武器を取り出す際使ったサバイバルナイフは、カギかデバイスのような役割を果たしている。

 千紗の武器を収納する二〇六兵器庫は、彼女にしか使われておらず、彼女専属の兵器庫。どの式でどうやって使えば、どんな武器を出せるか、そのおびただしい数の武器はどうやって使えば最大効果を発揮できるかを完璧に把握した千紗は、実質、兵器庫を一つ持ち歩いているようなものだ。

 ゆえに、○○六小隊で千紗が与えられた役割は、面制圧。ある特定範囲を、力ずくで制圧し、こちらに流れを作ることだ。

 一方、バランスのいい晴斗の武器は可変式の調波刀、二十五式調波刀だ。

 新紀元二十五年に開発したもので、今は量産されているものの、使えるものはあまり多くいない。

 この状況を作り出した原因は調波刀の使い方が困難極まることだが、晴斗のように使いこなせば、二本の調波刀だけで多彩な戦い方ができるようになる。

 柄のスイッチを切ると、調波刀の内部構造が変わり、鞘のスイッチを切ると、鞘内部に設置された金属片の位置も変わる。

 それによって、刀を抜くとき、可動式の金属片で作られた式の模様が、位置の変わった金属片にぶつかる。抜き出されたときは、まったく違う式を起動できるのだ。

 そして、二十五式調波刀が起動できる式は一つの共通点がある。

 ――式の指定事象はどれも、剣陣を作るものだ。

 式を記入した、剣の形をしたエネルギーの塊。そのエネルギーの塊を複数組み合わせることで一度式を組む。いわば、式で式を組む二重。

 それによって、剣陣に捉えられた対象は持っている論外次元の波長を寸断され、再構築されるのだ。いわば、破壊的調波。

 今まで実感はなかったが、この光景を目のあたりにして、初めて分かった。

 管理省は亜終末のもたらす終末的世界を修復するために、特に兵器では凄まじいスピードで成長している。そして、探索庁の一桁の小隊は、その技術結晶を使いこなしたエリート集団だ。

「ふん」

 無意識に口の端を吊り上げて、透矢が切断現象を日本刀に具現化しながら、下に向かって手を横に振り抜く。

 切断の日本刀が具現化したのと同時に凄まじい勢いで投げられ、晴斗が撃ち出した剣陣と衝突する。上から投げ込まれた日本刀が、半透明の剣に突き刺さり、どちらともなく物質では到底発することができない音を立てて砕けた。

 とはいえ、透矢に第二波の攻撃を仕掛ける機会は与えられることはなかった。体勢を立て直した照葉が霜月を携え、上空へと突っ込む小鳥のように一瞬で肉薄してきたのだ。

 青く光る斬撃が弧を描き透矢の体へと振り抜かれる。それを躱した透矢が剣を照葉の横腹に叩き込もうとしたが、照葉がすんでのところで空間を蹴り、足ごと体を上げ斬撃を躱した。

 しかし、下の空間を靴板で蹴るとはいえ、発生した運動エネルギーで上に移動することはない。

 照葉が霜月の柄の末で空間を押して、上への勢いを止めたのだ。よくよく見ると、空間を押している柄の末には、靴板を起動するときと同じのノイズが走っている。

 そこには靴板と似たような運動式が記入されているのだろう。

 そう思いながら、振り抜いた日本刀の方向を変え、再度照葉に刀身を迫らせると、照葉は今度は柄で空間を押し、発生させた運動エネルギーで小さな体を下へと移動させた。

 何もなかった空間で、どこにも足場があるかのように戦う。

 靴板など運動式が記入された調波器を使う三次元戦闘では、この特性をどれだけ生かせるかが動きの精彩さにかかわっているのだが、透矢が見た人の中でも、照葉の動きが神がかりと言える。

 三次元での機動だけ見れば、凪乃以上かもしれないのだ。

「へりゃッ!」

 下に移動したはずの照葉が、透矢を間合いから出さないように靴板で勢いを殺す。そのまま残った運動エネルギーを使って、膝を蹴り上げる。

 膝当てみたいに膝に装着した調波器が、これもまた運動エネルギーを記入しており、透矢の腹へと叩き込んでくる。

 同時に、霜月の刀身を手の指でなぞり、周囲に散った氷晶の花びらを斬撃に変えた。

 透矢は膝蹴りを日本刀の柄で防いで、もう片手で新しい日本刀を作っては放射状に照葉に投げる。

 咄嗟の反撃で、日本刀が照葉の防性理論を貫いては軍服コートを破り、隠されていた柔肌にいくつか小さな傷を作る。しかし、透矢のほうも防性理論を貫かれ、青い光が走ったところに服が鋭く切られ、真っ赤な血を流された。

 そこにまた追撃しようとしたところに、透矢の動きを先読みしたのか、照葉がベルトで腰に提げたもう一本の調波刀を抜いた。

 霜月と違って、二十九式小太刀型調波刀はいかにも科学の結晶であると宣言するかのような四角い金属の鞘に収まっている。抜かれた刀身も、小太刀型をしているものの、普通の幅の広い調波刀と同じ、金属の表面に、式が記入されているのがはっきりと見える。

 それを切り上げるように上へと鋭く振り抜くのと同時に、照葉が空間を蹴って素早く透矢の間合いから離脱した。剣の美しさと現代兵器の堅いイメージを持ち合わせるそれが、虚しくも透矢の周囲に張られた防性理論にすら届かず、空気だけを斬る。

 そのあと、遠くへと離脱した照葉目掛けて、透矢がまた日本刀を作り出し、投擲で追撃を掛け――ようとしたが、ふと、違和感を覚えた。

 切断現象を具現化するのに、刀身に一瞬のラグが生じたのだ。

(ああ、そういや)

 ふと、脳裏に出たのは、照葉のもう一本の調波刀の性能。

 二十九式小太刀型調波刀。

 量産調波刀であるそれの性能は、決定的な一撃はもたらせないし、威力で言えば、透矢が昔使っていた伝統の調波刀より劣る節すらある。とはいえ、二十九式はもともと大威力を叩きつけるではなく、小回りに効くという要求に応え、作り出された武器だ。

 その指定事象は、対象を中心にした広い空間を斬るだけで、相手の攻性理論または防性理論を少しだけ「削る」ということである。

 霜月は小範囲の無効化で、晴斗の二十五式は破壊的調波といったら、二十九式は少しずつ相手の力を削っていく、侵食するような調波だ。

 そしてそれは、小さな体で素早く動く照葉には最高に相性がいい。

 離脱するとともに、何回も振り抜かれた二十九式の干渉は、透矢が靴板で空間を蹴る瞬間で、小さくつまずく感じを覚えさせるほどだった。

 そして、透矢の動きに違和感が生じるのを狙うように、下にいる晴斗が一本の調波刀を鞘ごと回転させ、柄を肩から姿を覗かせるようにする。それから――腰と肩から、同時に調波刀を抜き出し上へと振り抜く。

 撃ち出された剣陣は、命中を目的とした放射状ではなく、着任式で見たのと同じ、一撃必殺を狙う巨大な剣だった。

 複合剣陣。剣陣を組み合わせて一つの剣にする、標的を直接貫く攻撃だ。

 靴板での移動スピードが落ちている今、晴斗からの攻撃を躱すことは無理だろう。

 ほぼ剣陣が撃ち出された瞬間にそう判断すると、透矢は離脱を断念し、重力に体を任せる。同時に、体を回転させ、切断の日本刀に秘める威力を高める。

 やがて透矢を狙う巨大な剣が透矢へとぶつかり――それを逆に狙う透矢が、日本刀を叩きつけるように剣陣の切っ先ぶつけた。

 すると、半透明の剣陣が実態を持たないにもかかわらず、きれいに両断され、砕け散った。

 普通ではありえない事象。エネルギーで式の塊を「斬る」。それを目のあたりにして、晴斗は思わずきょとんと両目を見開いた。

「攻性理論……すごいね」

「そりゃどうも」

 言葉を交わす刹那、靴板で加速し落下に勢いをつけた透矢が、日本刀で宙にきれいな弧を残すと、刃を晴斗の腹に叩きつける。

 が、命中する寸前、晴斗が腰の左右に移動させた調波刀を少しだけ抜いては、勢いよく鞘に戻した。剣陣を撃ち出すときのように抜き出しては振り抜くではなく、少しだけ刀身の根本を覗かせるだけで、それを鞘に戻す。

 すると、晴斗の体の周囲に、不完全な剣陣が一瞬走った。一秒も足らず、ただ斬って消えた不完全な剣陣だが、タイミングはばっちり合わせたので、振り下ろされてきた透矢の日本刀を命中寸前に止めた。

 そこですんなりと離脱した晴斗に向けて、後方から千紗が砲撃を浴びさせたが、それも照葉の氷晶の花びらによる斬撃で止められ、ダメージを与えることを叶わなかった。

「逃げるわけ? そんなんじゃ勝てないよ」

 後方から、千紗がまた数門の砲台や機関銃を出した。加減なしにぶっ放しているので、透矢も仕方なく、いったん下がることにした。

「容赦ないな」

 千紗と少し離れたところで、爆発し続ける光景を眺めながらそういうと、千紗が爆風に赤髪を揺らされる中、不敵に口の端を吊り上げる。

「心配してる? 優しいね。けど、大丈夫じゃないの? 何かあったら、凪乃が手を出してくれるのよ」

「そういうものか」

「そうよ。それに、晴斗もさももも、この程度でどうにかなる人じゃないし、二人の心配するぐらいなら、自分のことを心配したら?」

 そう言いながら、千紗は砲撃や射撃をぶっ放すのを止めず、すっかり爆炎や煙に満ちた訓練場の中で、いつものように涼しい笑みを浮かべる。華奢な腕を無造作に振って腕輪で腰に付けたチェーンを擦る。

 そこで出したサバイバルナイフを前に投げ、空間に突き刺すと、今度は長い鎖のついた機甲歩兵用の大型ブレードを出した。それも何らかの式が記入されているのか、大質量なわりに、ふわりと宙に浮かんでいる。

「自分を心配しろって言われてもな……お前、これぶっ放している間、さすがに攻めてこ――」

 と、言いかけて……止めた。

 代わりに日本刀を前に振り抜いて飛んできた剣陣を両断する。

 ちらと横を見やると、千紗も大型ブレードを鎖で操り、前へと投げ出し剣陣を砕いた。

 煙幕の向こうから撃ってきた晴斗の攻撃だ。

 しかし、今までとは規模がまったく違い、驚くほど広範囲な攻撃だ。その証拠、透矢と千紗が自分に当たる攻撃を防いだものの、ほかの剣陣が後方の防性理論障壁にぶつかり、あっさりとヒビを入れた。

 広範囲に放たれた、百本に近い数の剣陣の雨。千紗に負けない、面制圧を目的とした攻撃だ。

 そして、砲撃が剣陣に止められた隙を狙うように、照葉と晴斗が同時に煙幕から姿を現しては肉薄してくる。

 晴斗が透矢に、照葉が千紗に、という感じで、反応できないスピードで、強引に一対一に持ち込まれた。

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