第五章 管理省の調波官たち 4

「千紗、勝負だぞ!」

「さももが相手でも、手加減なんてしないけど?」

「心配無用ぉぉっ!」

 靴板で後ろ上に飛んで、また砲台を展開した千紗に対して、照葉は砲撃を切り落としながら執拗に肉薄していく。遠距離から攻撃を仕掛ける千紗に対して、執拗に接近戦に持ち込む照葉の戦法はかなり効果的だ。

 千紗のほうは機関銃なり砲弾なりで照葉を牽制し、大型ブレードで防御しているので、いくら照葉が素早くても、容易にその防御を突破することができない。

 しかし、攻めているのはあくまで照葉。千紗が防御するのが精いっぱいで、攻撃を仕掛ける暇なんてないのだ。

 だから、加勢に行きたいのだが、あいにく、こちらもそんな暇がなかった。

「や、手合わせ、お願いできないかな」

「そんなこと、手ぇ出すより先に言うべきじゃねぇの」

 剣陣を撃ち出さず、ただ調波刀の周囲に剣の形をした大きなバリアを張るように、剣陣を調波刀の周囲にまとうことで、攻撃範囲がすっかり広くなった調波刀で、攻められているのだ。

 普段なら、切断そのものである日本刀と斬り合うと、どんな武器でも問答無用で切り裂かれ、砕かれる運命なのだが、晴斗の剣陣は強引に調波を行うものだ。剣陣と攻性理論が接触したところに、攻性理論の効果は必ず弱まってしまう。

 それに、剣陣は日本刀の刃にぶつかるたびに攻性理論に耐えられずにヒビ入るのだが、調波刀に記入された式がすぐそれを補うので、一撃で調波刀ごと砕かないと、剣陣を何度壊しても意味がない。

 攻性理論の切れ味が照葉に削がれてしまった今では、透矢のほうも決め手に欠ける状態に置かれてしまっている。

 それでも、高速に走る剣閃を目で追いながら、日本刀を熟練した手付きで動かし、晴斗の攻撃を全部防ぐ。同時に、武器の無力化を期待できないのを知っているので、隙を見ると晴斗の手や体にも攻撃を仕掛けていく。

 そのことごとく捌かれ、躱されているのだが、武器が同格の状態では、使う人の技量がはっきりと表してくる。

 管理省や晴斗が言った学院アカデミーでは、どんな教育が施されているのは知らないが、残念ながら、一対一、それも人間にとって辛うじて追いつけるかどうかの高速戦闘では、圏外で生きてきた透矢のほうが勝っている。

 未だに二人とも無傷とはいえ、奇襲をかけたはずの晴斗が、だんだん押されてしまっている。

「相手間違ってねぇか。鶴のほうが相性いいだろう」

「そうだね。君の攻性理論をすり抜けられるから、慣れない戦いを君に強いることができる。単純な実力比べでも、照葉のほうが上だ」

「そして、お前のほうが砲弾バンバン撃ってくる千紗に相性がいい。なら、なぜ俺のところに来た」

「そりゃ、男の意地、かな」

「意地……か。大人しく見えるわりに、相当……好戦的だなっ!」

 一瞬の隙をついて、切断の日本刀を剣陣に食い込む。そのまま調波刀の斬撃軌道を変え、晴斗の懐に入る。

 それを、晴斗がほう片方の調波刀で、斬りかかってきた日本刀の勢いを弱めながら、透矢に捌かれた勢いを利用して、調波刀を肩から鞘に収める。

 調波刀の重さと収めた力で、鞘が下へと倒され、柄で下を指す形で使を腰から覗かせる。それを、微かに抜いては収めて、体の周囲に不完全剣陣を走らせた。

 それが見事透矢の斬撃を防ぎ、逆に晴斗にチャンスを作る――はずだったが、

「残念。そんな二度も通用させてやるもんじゃねぇよ」

 獰猛な笑みを浮かべながら、透矢が柄を握る手に力を込めて、攻性理論を強め、強引に防御用の剣陣を突破した。切断の攻性理論ならではの無茶だ。

「それは――」

 ほとんど追い詰められた局面。それでも、晴斗が全身の力を使って、体をひねり命中される寸前で日本刀を横に素通りさせる。

 刀身が体を守る防性理論を貫通し、ほとんど腹にくっついた形で鋭くすり抜かれたが、晴斗に傷を作るまではいかなかった。

 とはいえ、体勢を崩したうえで、透矢が手を微かに動かせば斬られる距離だ。すでに詰めと言っても過言ではない。

 それを一番知っている透矢が、日本刀を峰のほうに返し、峰うちを狙うが……

「――心外だね」

 晴斗が冷や汗を垂らしつつも、鞘に収まった調波刀をしっかりと握り、それを勢いよく抜き出した。

 そこから射出された剣陣の弾幕にびっくりするも、さすがに悪あがきにすぎないようだ。それを軽く躱し、日本刀をそのまま振り抜けようとする。…と、したが、

「―――ッ!」

 ふと、背後から迫ってきた何かに気づき、靴板で小さく跳ぶ。上半身をそのままで下半身だけ上にやると、逆さまになった体勢でと素早く日本刀を後ろへと投げる。

 それを、いつの間にか接近してきた照葉が霜月で軽く弾いた。そしてすんなりと靴板による機動で、一瞬で間を詰めてきた。

 背後からも、背中を狙う晴斗が二本の調波刀を同時に振りかざしてくる。

 下か上に逃げようとしても、そこの空間はすでに、霜月の青き剣閃がびっしりと走っていた。

「ぜりゃ――ッ!」

「――ふんッ!」

 同時に斬りかかってくる三本の調波刀。それと、退路を塞ぐ斬撃。

 訓練だから死にはしないが、絶体絶命の状態で、透矢の脳は自然と脳を焼き全細胞を稼働するように、生き残るための術を必死に考え始める。

 その、わずかの一瞬で、透矢が可能かどうかなどを考えずに、ほとんど本能で両手を胸元に交差する。

 イメージするのは、凪乃の斬撃と、晴斗の剣陣。

 両手を広げるように、両手を左右に振り抜け手のひらを二人に向ける。

 すると、透矢を中心に、切断の攻性理論が展開され――日本刀の渦が円を描くかのように外へと撃ち出された。

 予想外の反撃に、晴斗と照葉が二人そろって目を大きく見開いた。とはいえ、驚きはすれど動きに迷いが出ることはない。さすがいくつも死線を越えてきた調波官、驚愕しているにもかかわらず、手が自然と正確に反応した。

 晴斗が斬るために振ったはずの剣にさらに力を入れて、さらに振り抜くと、とっさに剣陣を発生させた。範囲が不完全で、自分に飛んできた日本刀を防げないが、その穴をもう一本の調波刀でカバーする。

 そして、晴斗の撃ち出した剣陣を遮蔽物にできる位置に移動した照葉が、再び霜月を抜き出し、二本の調波刀で上から切り下す。

「うッッ……りゃあああぁぁぁぁッッ!」

「こん野郎……ッ!」

 咄嗟に晴斗がまだ体制を立て直していないのを確認し、透矢はすかさず晴斗を無視することにした。それから体をひねり、照葉の手首を狙って回し蹴りを放つ。同時に、そのあとのカウンターを狙うために、手に日本刀を作り出した。

 その、両方の攻撃が衝突するほんの一瞬前。

「――――ッ!」

「うにゃッ!」

 遠くから銀色の斬撃が飛んできて、二人の間に大きな金属の膜を張った。

 透矢の足がその膜を少しだけ凹ませ、照葉の霜月が膜を少しだけ切り裂くも止められた。

 ほとんど本能で靴板の機動で背後へと移動する。距離を取ってからまじまじと金属の膜を眺める。

 一拍遅れて、ようやく何かが起こったか分かった。

 今までただ見ていた凪乃が、ようやく手を出して戦いを止めたのだ。金属の膜を目で追うと、その先に、無表情の凪乃が大鎌の柄を握り、こちらを眺めているのが見える。

 おそらく、透矢と照葉が放つ一撃は、誰が喰らったとしても大ダメージものだろう。それを見切って、一歩先に阻止したのだ。

「ここで終わりにするわ」

 抑揚のない声が、広い空間で響く。

 そこでようやく肩の力を抜けると、ふと、あることを思い出し、周囲を見回す。

 すると、思ったより遠くへ飛ばされたようで、肩を抑えて歩いてきた千紗が見えた。

「なにじろじろ見てんの?」

「いや、なぜ途中鶴が俺のほうに来たのかって思ってな」

「ああ、それね。アンタが晴斗をちゃんと見てないからでしょう」

「は……?」

 心当たりがまったくない指摘に、思わず眉を顰める。

 それに一つため息をつくと、千紗がどこか諦めたようで、それでいてどこか自責しているような微妙な顔になった。

「別に、アンタの戦いを見てなかったから分かんないけど、なんか近接戦闘の最中なのに、剣陣ぶっ放したこととかない?」

「………」

 言われて思い出したのは、数秒前の出来事。

 照葉が襲ってきた直前、晴斗が苦し紛れに放ったと思っていた放射状の剣陣。

 あれは自分の牽制するためのものだと思っていたが……

「あれ、アタシを狙ったものなのよ。で、照葉がうまいタイミングで離脱して、アンタとこに行ったわけ。言い忘れたけど、あの二人、タイマンに見えてもいつも協力してる。立場が逆で、アンタとやり合ってたのがさももなら、アタシとこに飛んできたのはさももの青い斬撃だった」

「そうか」

 チームワーク。墓守の仲間となら自信があるが、管理省では、透矢が不得意としている分野を指摘されては、透矢がそう答えるしかなかった。

 それをどう取ったのか、千紗が申し訳なさをちらっと見せるように、自然な動きで目を逸らす。

「別に、アンタのせいって言ってないけど、勝手に落ち込まないでくれる? 後方支援のアタシが、しっかりフォローしなきゃいけない局面だったのよ。さっき、アンタが挟み撃ちされたとき」

「気にするな。次でよくやってくりゃそれでいい」

「ちょっと、なに偉そうにしてんの? さっきので調子に乗ったの? バッカじゃないの?」

「気遣ってやってるつもりだが、なんだその態度」

 睨みつけてきた金色の隻眼を受け止めるように見つめ返すと、いつの間にか水銀をプレートに戻し、髪を挟んだ凪乃が、こちらへと寄ってきた。

 紫色の目が四人を順番で見ると、小さな口を開く。

「怪我、なかった?」

 怪我する人がいたら応急措置をするためだろう。凪乃は医療用調波器を入れたアタッシュケースを手にしている。

 とはいえ、四人とも汚れているものの、大した怪我をしていないので、それぞれ言葉を返すと、凪乃がそう、と短く言うとアタッシュケースを床に置く。

 そして、静かな足取りで、透矢へと歩いていく。

 あまりにも自然で流れるような歩き方に、一時的に反応できずにいると、気づけば、凪乃がすでに目の前まで来ていた。

「なんだ……?」

 じーっと見上げるように見つめてくる、何を考えているのか分からないガラスみたいな目に、思わず眉を顰める。

 すると、凪乃が何の前触れもなく、

 急に、両手を上げ、ふわっと、透矢の頬を持ち上げた。

「は?」

「凪乃お姉ちゃんッ⁉」

「おや」

 少し離れたところから、三人の驚愕の声が聞こえたが、それに反応する余裕は今の透矢にはなかった。こちらとしては、あまりにも予想外の出来事に反応できず、金縛りでも喰らったかのように身動きを取れずにいたのだ。

 少し冷たくて、柔らかくて、滑らかで、少女の手の感触が、皮膚と皮膚の接触を通じて伝わってくる。

 そのまま透矢の紺色の目を見つめていると、何か納得したのか、ようやく手を離してくれた。

「お前、いきなり何をしやがる。ていうか、さっきの、意味あるのか」

「………?」

「不思議そうな顔をするな。別に表情ねぇけど」

 返事代わりに、透き通った目で見つめてくる凪乃に言うと、凪乃が返事を考えているのか、動かないままで数秒。そして、ゆっくりと可憐な唇を動かす。

「そろそろ帰らなきゃ」

「答えになってねぇが……」

「訓練場の整理してから帰る」

「話聞いてるのか……?」

「透矢はあっちね」

 強引に話題を流されて、結局答えを得られないまま、訓練場の整理をやらせられた。

 しかし、気のせいだろうか。

 振り返ったときの凪乃の小さな背中を見て、足音を立てずに歩いていく彼女はどこか、足取りが軽くなっている気がする。

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