プロローグ 2

「もう始まってるらしいな」

 透矢たちと数キロ離れたところで、一人の青年が廃墟ビルの屋上で、耳に装着したインカムを抑えながら愉快そうに言葉をこぼした。

 インカムの向こうからは、透矢たちが襲撃に入った物音がしたからだ。それはつまり、任務施行前に参謀が口にした推測が当たったということだ。

「やっぱすげぇな、加苗は。そんじゃ、こっちも頑張ろうか」

 無頓着に伸ばした鉛色の髪が高空の風に揺らされ、激しく動いている。男にしては少し長めな髪型だが、不思議と青年の不遜な表情や闘争心に満ちた笑顔にはよく似合っている。

 その血のように赤い目に、遠くから向かってきた車列が映る。

 貿易組織ユートピアの車列。その本隊だ。

 百台はあろうかというほどの軍用トラックに、それを護衛する二百台以上があるだろう機甲歩兵。食料や水、旧時代の火薬兵器などを輸送すると参謀が推測したから、間違いないだろう。

 食料の生産もままならない、きれいな水の取得も難しい圏外では、宝庫を持ち歩くのと変わらない輸送方法だ。法律などない圏外で、それを奪わない選択肢などどこにもない。

 ユートピアもそれを知って、あえてこの本隊を囮にしたのだろう。

 こんな大掛かりの囮作戦でこちらの気を引いて、その隙にここにあるすべてのものよりも貴重な「本命の調波器」を小部隊で輸送する。考え自体は悪くないが、あいにく、今回は失敗に終わってもらう。

「さ、野郎ども、カモが来てくれたぜ。」

 廃墟の都市に似合わない大部隊に、青年――宇多川嵐司うだがわあらしは怯むどころか、姿を隠すつもりもなく、堂々と向かってくる車列を見下ろす。

 風が騒がしい夜の中でもよく通る声に、このあたりで待機する百人以上いる組織の隊員たちが、一斉に武器を構えた。

 第三次世界大戦で使われた古い迫撃砲が一斉に照準を合わせ、準備を完了した様子を見て、嵐司は快活な笑みを浮かべ、軽く肩を慣らす。

 その動きで、右手首に彫り込まれた「PIRATE SHIP」というラテン文字の入れ墨や、左胸から肩まで入った、遊園地のフライングパイレーツ模様の入れ墨が血霧越しに照らしてきた微かな赤い月光に照らされる。

 そして、ようやくこちらの包囲網に入ってきた軍用トラックと機甲歩兵の集団に、嵐司は犬歯を見せるように獰猛な笑みを浮かべると、ビルから飛び降りるのと同時に咆哮するように声を張り上げた。

「――やれ!」

 刹那。

 ほぼ全方位から迫撃砲の弾頭が機甲歩兵の集団に撃ち込まれて、爆炎や爆音を炸裂させた。

 反撃するように、機甲歩兵も発砲の一から逆算して、隊員たちのいたところに小型ミサイルを撃ち込んでいるらしいが、どうせ靴板プレートで逃げられるのだ。嵐司は気にすることなく、集団の先頭にあるリーダー機らしき機甲歩兵に落ちていき――

 ――そのまま飛び降りる勢いを殺すことなく、手のひらで機甲歩兵を頭を押さえると、そのまま缶でも潰しているかのように、機甲歩兵を生身で押し潰した。

 古いとはいえ、世界大戦で活躍していた兵器をぺしゃんこにした反動で、嵐司の手も骨が折れ肉が千切り血が飛び散ったが、それも瞬く間に再生し、嵐司が次の機甲歩兵の前に移動したときにはすでに元通りになっていた。

「ははっ、やっぱ楽しいな!」

 自分の血で濡れた顔で大笑いを上げながら、嵐司の拳が次の機甲歩兵の腰に撃ち込まれる。すると、そこはまるで大砲で撃たれたかのように、拳より明らかに大きい穴を開けられた。

『おい』

 と、そのとき、ふとインカムから聞き慣れた親友の声が伝わってきた。

「ああ? なんだ」

『こっちは終わった。お前も早くやれ。赤嵐がくる』

「まためんどくせぇのが……こっちは始まったばっかだぞ」

『お前はどうでもいいが、仲間たちの命が大事だ。とにかく、早く奪うもんを奪って帰れ』

「はぁ、仕方ねぇな、ボスがそう言うなら従うよ」

 インカム越しに別働隊を率いる透矢にそう言うと、嵐司は今度は肘で撃ってきたミサイルを粉砕すると、靴板プレートを頼らずに地面を蹴る。とっくにボロボロだったアスファルトの地面に小さなクレーターを残すと、ミサイルを発射した機甲歩兵の正面にきて、頭に当たるところを膝蹴りで潰す。

「おい、お前ら、聞こえたか! 残りの鉄くずは俺が相手する。お前らはさっさと積み荷を確保しろ!」

 赤嵐。透矢が口にしたそれは、ただ漂って地面を覆うだけの血霧が移動を始める現象。

 強い腐食性を持つ血霧が高速で移動すると発生する赤嵐は、通った場所にいる生命を全部肉体とともに腐食させる恐ろしい災害だ。嵐司自身が問題なくても、仲間たちの命が危ない。さらに言うと、積み荷までも赤嵐に侵されると、今回の行動の意味がなくなってしまう。

 癪だがここは速く終わらせて、逃げるほうが得策だ。昔の世界では、人類は努力すれば、なんでも可能にすると言っていたようだが、今の世界では、そんなことが言える人は一人もいないはずだ。

 なにせ、食料も水もない。清らかな川も、動物が生息する森か草原も地表から消えた。かつて繁栄極まった人類の文明でさえ、ほとんど目も当てられない廃墟になってしまっている。

 代わりに、大地を血のような赤い霧が覆い、黒い泥のような化け物が闊歩する魔境に、この星は成り果てた。

 こんな最悪な世界で、今の嵐司のように、ちゃんと生きていることだけでも奇跡と言えるのだ。

 これが、この赤く染められた死の星。一度終末を迎えた世界。かつて、生命に優しいと言われた地球。


 ――乱脈次元惑星カオスディメンションプラネット

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