論外次元エクスディメンション
白木九柊
I
プロローグ 1
あれから、何度も疑問に思った。
もし、この世界は理不尽さや狂気、主観的な感情論に満ち溢れているのならば、
正しさを求める行為こそが最大の間違いではないか、と。
プロローグ
圏外都市H9・旧東京都・外周部。
新紀元29年・十月二日。
通常時間軸・日本標準時02:56。
旧時代を見たことがあるものの言葉はただの幻想じゃないとすれば、昔の空はきれいな青色だったらしい。
また、その青を人類が自らの手で灰色に染めたとも言われている。空気汚染……と言ったか。旧時代の人々の一部は、それをひどく痛ましく思っていろんな手を尽くし、空を青に戻そうとしていたらしい。
それはとても……幸せなことに思えた。
なぜなら、空が灰色になったぐらいで痛ましく思えるような時代だ。きっと生きるのに困らない世界だっただろう。
今こうして、生きるために死地に赴かなければならない自分とは偉い違いだ。
「………」
ぼんやりとそう考えながら、
昔は東京都呼ばれた文明の遺跡。その中で透矢と仲間の五人がビルの残骸の屋上に身を隠しながら、静かに獲物が来るのを待っている。
夜風が吹きすさぶ中、透矢の紺色の髪が激しく揺れている。同じ紺色をした目が、夜空を思わせるきれいな瞳でビルの隣に広がる街の風景を眇めている。その視線は、さながらこの死の世界を静かに切り裂く刃のようだ。
「透矢」
ふと、コートに身を包み、フードをかぶった一人の隊員が潜めた声で名前を呼んできた。
「なんだ」
「血霧の前進速度が変わっていない。約二十分が経ったら、ここが完全に飲まれる」
「そうか。十五分後に標的が現れなかったら、すぐ撤退だ」
「あと、泥が二体接近してる」
「襲ってくるまでは無視だ。今はかまってやる暇はない」
「了解だ」
目を外に向けたまま答えると、隊員もさも簡単に了承してくれた。
落ち着いた対応だ。人類の肉や骨は当然として、鉄すらも溶ける血霧や、このビルを容易く片手で粉砕できる、泥の触手が束なったような体をする巨人「泥」が二体接近している中、よく冷静を保ってくれた。
心の中で密かに感謝すると、透矢が目を細めて、遠くへと視線を伸ばす。
視界に映る景色はひどいものだった。街路が半壊していて、瓦礫や鉄筋混じりの砕いたコンクリートが散らばっている中。潰れた車や倒れた電柱がちらほら見える。道の両側には、廃墟というか、もう建物じゃなくなった建築も視界に入る。
完全に壊滅した都市の景色だ。
さらに視線を伸ばすと、そこには一面の赤が天地を覆っている。
天まで届く、血の蒸気のように赤いそれは、血霧と呼ばれる災害。強烈な腐食性を持っていて、覆い尽くす場所を死の大地に変える悪質の災害。
そして、ここからは見えないが、あの赤い霧の中に泥がいっぱいいるだろう。正式名称は
一体何をどうすれば世界をこの有り様にできるのだろう。透矢はこの問題の答えを知らないし、知る興味もそのための勉強をする暇をない。
こんな終末後の世界を生き抜くために、重要なのはそんな問題を考えることではなく、もっと確実な行動だ。
だから、透矢と透矢の仲間たちは今ここにいる。
「………見えた。出てきましたよ、透矢さん」
さっきとは違う隊員が、やはりここにいる人しか聞こえない声で報告した。
その視線の先が捉えるものは透矢の夜空と思しき瞳にも同時に映った。
壊滅した都市の中で、辛うじて道と呼べるものを通ってきた車列だ。
第三次世界大戦で使われていた軍用トラックと、それを護衛する人型兵器「機甲歩兵」。両手にガトリング砲を搭載し、全身が重厚な装甲に覆われている。それに加えて、旧型機甲歩兵によく装備する大型ブレードもついている。タイプや兵装から見るに、旧型の十二式の駆動式を使用するものだろう。
第三次世界大戦末期で開発され、量産されたものだ。相当に古い。
それが三機があるから、戦力にはなるだろう。が、予想を超えていない。こちらの人数で十分に対応できる。
「ああ」
低い声でそう答えると、透矢は無声の動きで腰に手をやる。そこにつけた刀の柄を握ると、夜の風で冷たくなった金属の感触がひしひしと伝わってきた。
鞘に収まっていない幅の広い刀だ。刃が鈍く、その代わりに質量が大きい。そして、刀の表面には何やら複雑な模様が施されている。
昔の魔法陣を新紀元の科学理論を参考し改良した模様――「式」と呼ばれるものだ。
西暦時代の作品によく出てくる魔法陣は芸術的な雰囲気がして、きれいな模様が多いのとは違って、式は丸みのある曲線が少なく、代わりに角の多い線で描かれている。どこか科学的な空気を醸し出すそれを施された刀は、武器というより、近未来の精密機械のイメージが強い。
この時代における兵器――調波刀だ。
「一分以内で標的を無力化しろ。荷物の確認に二分。……三分で終わらせるぞ」
透矢が静かな声で言うと、ほかの五人も静かに頷いて腰に付けた調波刀に手を掛ける。
ここから見下ろせる車列は、この時代における生命線とも言える調波器を輸送するものだ。そして、それを奪うのは今回透矢たちの目的。
調波器。――それは調波刀を含む、新紀元の科学理論「論外次元」に基づいて作られた最新の機械だ。
ただし、その作動原理は旧時代の機械とは全く違って、電力のような動力源を一切必要としない。代わりに、論外次元という、かつて科学や魔法、オカルトなどと、いろんな学術に分けられた「同じ理論体系」を基づいた式によって作動するようになっている。
「行くぞ」
短く言うと、透矢は仲間に目配せすることなく、廃墟ビルの屋上から壊滅した都市の夜に飛び降りた。冷たい夜風が吹きすさぶ中、重力に引かれて夜闇に吸い込まれていく。そのあとに、五人の隊員も続いて飛び降りる。
そして、地面に衝突しようとした瞬間、透矢を含む六人が同時に空間を蹴った。
何もない空間に、まるでそこに足場でもあるかのように蹴る。すると―、六人の足元に微かなノイズが走り、重力に引かれるまま地面にぶつかったはずの六人が、足場を蹴って方向を変換したかのように、垂直だった移動方向を水平に変え、一直線車列の方向へと駆けていく。
それを利用して、透矢たちは護衛の機甲歩兵が反応し臨戦態勢に入るより先に、車列に肉薄することに成功した。
接近されてようやく搭載したガトリングを構える機甲歩兵だが、その腰に、透矢の調波刀が容赦なく叩き込んだ。鉄はおろか、普通の肉すら斬れるかどうか怪しい刃の鈍い調波刀だが、特製合金で作られた機甲歩兵の体にぶつかると、そのまま強引に鉄の体を折れるように叩き切った。
視界の端で確認すると、仲間の五人もそれぞれの調波刀で機甲歩兵へと仕掛けている。
第三次世界大戦の遺産のようなものだ。まだ電力を使っている旧時代の平気なんて、動力源さえぶっ壊せば動かなくなる。仲間の五人は自分と違って、機甲歩兵を切断することはできないが、機甲歩兵二体ぐらい、無力化するのに時間はかからないだろう。
そう判断して、透矢は今度は足を前にやる、目の前の空間を蹴る。そこで
目標は、調波器を乗せた軍用トラック。自分たちと同じ、この一度終末を迎えた世界を生き抜こうとする組織「ユートピア」が輸送する商品だ。
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