第10話
街を襲っていた人々が意識不明になる事件は、人知れず解決することになる。
原因も分からないことだったから、昏睡状態になる人が出なくなれば、『きっと偶然倒れた時期が重なったのだ』と人々は忘れていくだろう。
そして、この事件の原因である悪霊が退治されれば、転校生はここを去ることになる。
「まあ、転校していきなり居なくなるのも不自然だから、当初の予定通り、一か月はここに居ることになるよ」
事件が終わったのは、昨日。今は昼休みの屋上の貯水タンクの裏である。
「アタシの友達生活は、あと一ヶ月の期間限定ということか」
「友達という関係は離れたからといって切れるものじゃないよ。携帯にメールしてくれてもいいし、電話だってしていいんだ。今回のように困ることがあるなら、助けに来るよ」
何事もなく自然に言い切った転校生をアタシはマジマジと見る。
「お前……カッコいいな」
転校生は静かに笑いながら、右手を振って否定する。
「友達って、そういうものなんだよ。何回か転校したけど、僕は、そこで知り合った友達と今でもメールの交換はしてる。きっと、君ともそうなるよ」
「……そっか」
友達になれた転校生が去ってしまうのは少し残念な気もするが、たとえ離れても友達として繋がっているというのであれば、それは嬉しいことだ。
それに困ったことがあれば、助けに来てくれるとも言ってくれた。手を差し伸べてくれる存在――それが友達なのかもしれない。
「だとしたら、アタシは変わらないといけないな」
「どうしたの? 急に?」
「転校生と会話して思ったんだ。アタシから手を差し伸べられるようにならなきゃいけない。積極的に歩み寄るべきなんじゃないかって思うんだ」
転校生は微笑む。
「それもいいかもしれない。――だけど、周りの環境も変わらないと難しいだろう。君に対する認識は、ちょっとやそっとじゃ拭えないと思う」
「それはアタシが一番分かってるよ。今じゃ、誰もアタシに近づかないで、会話も出来ないぐらいなんだから」
そう、アタシが一番理解している。幽霊が見えるせいで嘘つき少女になってしまい、それを否定したら不良少女になってしまった。
「かと言って、妥協せずに我を貫き通すことになるから、なかなか受け入れてくれる奴は居ないだろうな。……今更、都合のいい話か」
落下防止の柵に背中を預け、空を見上げる。
「転校生とは友達になれたのになぁ」
アタシの秘密と生き方を丸々受け入れてくれるような存在が、この街に居るのだろうか? 小、中と通って来た学校には存在していない。
でも、アタシが変われば、周りも変わるかもしれない。やる前から諦めるのは、まだ早い。
「君、僕と一緒に来ないか?」
物思いに耽って会話を止めていると、いつの間にか、転校生が真剣な目をアタシに向けていた。
「行くって、何処に?」
「僕の住んでる街だ。少なくとも、僕の居る組織には幽霊を見える人を差別する者は居ない。周りは皆、君に理解を示すよ」
「…………」
それは分かる。転校生がアタシに疑問を抱かなかったのは、幽霊を見れるという秘密を共有していたからなのだから。
「確かに理解をしてくれるだろうな。だけど――」
見上げていた空から転校生に向きを変える。
「――ありがたいけどさ、アタシはこの街を出る気はないんだよ」
「どうして?」
アタシは躊躇わず答える。
「家族が居る。アタシを理解してくれた、アタシの大切な人達だ。その人達を置いての生活なんて考えられない」
「でも、家族にちゃんと話せば――」
アタシは左手で転校生を制す。
「大丈夫だよ」
「そんなわけ――」
「本当に大丈夫なんだ」
転校生は続く言葉を止めた。
それをアタシは『転校生がアタシの会話を聞いてくれるために会話を止めてくれた』と判断し、静かな口調で話し出す。
「転校生と会って、ほんの数日……。それだけで、もう、それまでのアタシじゃないところがあるんだ」
今度は、転校生は何も言わなかった。静かにアタシの話を聞いてくれている。
「アタシは自分の幽霊を見れる力の意味が分からなかった。どういう力で、何が出来るのか分からなかった。この力は、ただアタシと周りを区別するだけでしかないものだった」
アタシは目を閉じ、転校生が話してくれたことを思い出す。
「だけど……ちゃんと意味があったんだよな」
目を開け、転校生を見る。
「転校生が教えてくれた。それが今までのアタシじゃなくしてくれた」
アタシは笑みを浮かべていた。
「力の意味を知っているのと知っていないのじゃ、全然気持ちの在り方が違うんだ。知らない時は得体が知れなくて、アタシは自分の力を忌み嫌うことしか出来なかった。誰にも理解されない力を持っていて、一体、何の役に立つ? 誰が認めてくれる? 幽霊が見えるせいで、奇天烈な行動を取ってしまって、変な目で見られるだけだ。幽霊なんて居るだけで嫌だった……ってな」
アタシは右手を腰に当てる。
「だけど、今は違うんだ。アタシのエネルギー体はカープに必要とされていたし、朱雀にも必要とされた。幽霊に触って殴れるから、この街を徘徊する鰐人間から守ることが出来た。何より――」
アタシは頷く。
「――幽霊とはいえ、困っている霊を助けられたのは嬉しかった」
転校生に顔を近づけ、アタシは声を大にする。
「アタシの力は悪いものじゃなかったんだ! あってもよかったんだ! ――だから、他人がアタシにどういう評価を下し、どういう目で見てもアタシは胸を張っていればいい。それが分かっているのと分かっていないのは、全然違うんだ」
「君は……」
何かを言い掛けた転校生の両手をアタシは強く握る。
「お前がアタシに教えてくれた。アタシは、やっと自分の力の力があってもいいと思えた。 あって、良かったと思えた。だから――」
興奮していた気持ちを抑え、静かに想いを込める。
「――大丈夫」
「…………」
転校生は暫くアタシを見詰め、やがて笑みを浮かべて頷く。
「そうだな……君なら大丈夫だ。自分の価値観を見つけた、君なら」
転校生の手を放し、アタシは自分の胸に右手を当てる。
「だから、もっと教えて欲しい。この力が何なのか、どうやって使うのか」
「ああ。僕が居る間、君に出来る限りを教えるよ」
「ありがとう!」
もう一度転校生の手を握ると、転校生は苦笑いを浮かべた。
「本当は、君が組織に入ってくれれば、組織の仲間は大喜びなんだけどね」
「今のところ、就職の第一希望ではあるぞ」
アタシの一言に、転校生は声を出して笑った。
…
その日の放課後から、またアタシは転校生と行動をすることになった。まず最初に行ったのが、図書館での調査だ。ここら一帯の古い文献に、この前の鰐人間を操っていた親玉を封じ込めるような伝承がないかを調べるのである。
「そんな都合よくあるのかな?」
図書館の片隅にある民俗資料の棚を前にアタシが呟くと、転校生が答える。
「資料があるのは運がいい方だね。重要文化財とかになっていると図書館には置いてないだろうし、封印が解けたことを考えると随分前のものだから、資料自体が残っている可能性がない場合もある」
「そっか。――で、なるたけ古いのだっけ?」
「うん、そう。図書館にあるのなら、昔の行書体みたいな難解な字を現代の言葉に翻訳して戻しているはずだ。なら、街に寄贈されている古い本の写真や一覧から、それっぽいのを見つける方が早い」
「なるほど」
手に持っていた本を戻し、アタシは写真付きの昔の資料が載っている分厚い本を手に取った。
「え~と……最初は農耕器具か。――備中ぐわ? 昔、社会で習ったな。ここじゃないな」
図鑑のような資料本を軽快に捲り、ほとんどが人物や物で埋まっているページを眺め飛ばしていく。そして、最後のページに近づき、“それ”を見つけた。
「妖……剛健……印……徒……虫食いだらけで読めない」
片眉を歪めたアタシの横に、転校生が顔を覗かせる。
「何か見つけたの?」
「うん……この本なんだけど――」
資料本の写真を指さして、それを教える。
「――『妖』って、字があったからさ。これかなって」
「キーワードは合ってるね。あの悪霊の見た目を『剛健』と例えるのもありだろうし、欠けている『印』の上が『封』なら『封印』だ」
「だけど、これじゃあ、本のタイトルが分かんないだろ?」
「でも、年代は分かったんじゃない?」
「年代か」
写真下の説明を読むと本の内容は書かれていなかったが、ある商家から寄贈された本であることが分かる。
「江戸時代中期~後期に掛けての本だって。その時代の本が藏から纏めて出てきたってあるから、他にも情報があるかも」
「じゃあ、こっちかな?」
転校生は江戸時代の街の歴史を記した本を手に取る。
「この本は、さっき見たはずなんだけど」
転校生がページをゆっくりと捲りはじめる。さっきまで資料を流し読みしていた速度よりもゆっくりとページを捲っている。
「あった。迷信や風潮のコラムに紛れてる」
「じゃあ、向こうの席でじっくり読もう」
「いや、ここでいい」
「何でだ?」
アタシは首を傾げる。
「全部で十行にも満たない。じっくり翻訳されなかったようだ」
「歴史的価値がないって思われたのか?」
「というより、庶民の間で流行った噂の一部……みたいなのかな? その中の幾つかの話が信じ込まれていたっていう紹介だね、これは」
「肝心の内容は?」
転校生が頷く。
「この街では昔、大きな鬼が人々の魂を食べるという噂が流れ、街の混乱を収めるために一人の修験者を招いて鬼を封印したらしい」
「そのものズバリだな。でも、混乱を収めるって、何だ? もっと、危機的状況だろうに」
「まあ、そうなんだろうけど、昔の人達も幽霊を見える人は稀だったんだよ」
「そういうことか」
「見えない鬼を修験者が封印したって思わせる、その場しのぎのデモンストレーションっぽい書き方だね」
「じゃあ、迷信とか与太話の方か?」
「いや、街を収めていた者の措置はデモンストレーションによる混乱の収拾だろうけど、この修験者っていうのは本物かもしれない」
「根拠は?」
「塚を造ったってある」
「塚? どんなんだろう?」
転校生は本を閉じて棚に戻す。
「載ってない」
「じゃあ、調査はここまでか?」
「いや、うちの組織のデータベースを漁ってみる」
アタシは目を座らせる。
「だったら、そのデータベースから探せばよかったんじゃないか?」
「データベースにあるのは塚の位置情報だけだよ。今回みたいに迷信扱いされている数行の記事なんかはデータベースにリンクされてない」
アタシは首を傾げる。
「結局、分からなくないか?」
「だから、逆にここら辺の不明な建造物を探すんだよ」
「そんな不明なもんまで収集してるのか」
転校生が腰に左手を当て、右手を返す。
「まあ、ほとんど使われる機会はないけど、中には悪霊を封印した本物があるかもしれないから、位置だけはいつでも取り出せるようにしているんだ」
「データベースに建造物を登録する時に、悪霊が本当に封印されてるか分からないのか? 一応、その建造物は調べるんだろ?」
「調べるけど……悪霊が封印されているのが分かるってことは、封印が失敗して妖気の類が漏れてるってことだよ? 封印してるのに漏れてちゃ駄目だろう」
「……それもそうだな」
アタシは項垂れる。尤も過ぎる。
「でも、漫画なんかだと封印してても、『妖気が漏れ出してる!』ってあるじゃん?」
「演出だろう。だって、漏れてるって封印失敗してるじゃないか。それって、いつから漏れ出してるの? 今回みたいに、既に破られてるケースを言ってる?」
「ううう……」
何か想像してたのと違う。真っ当な答えしか返って来ない。やっぱり漫画や小説ではデフォルメされてるってことなのか。
あ、でも……。
「封印し続けるなら、エネルギー体を供給し続けないといけないんだろ? いつか封印が解けるんじゃないか?」
「いいところに気付いたね」
「じゃあ、封印っていうのは期間限定なのか?」
転校生が首を振る。
「塚っていうのは、自然界のエネルギーが集まるところに建てるんだ」
「何だ、それ?」
「聞いたことない? 龍脈とかパワースポットとかって」
アタシはポンと手を打つ。
「聞いたことある」
「封印に限らず、そういうところに建造物を建てるケースは多いんだ」
「そうなの?」
転校生は頷く。
「代表的なのは、古墳かな? あれはちゃんと霊的エネルギーが集まるところに造られてる」
「そうなんだ」
「他にも風水を使って、龍脈の上にとか」
「……知らなかった」
ああいうものは、昔の権力者が適当に作ってるものだと思ってた。ここに造ったら見栄えがいい……みたいな理由で。
「兎に角、家に帰ったらデータベースを調べてみるよ」
アタシは溜息を一つ入れる。
「アタシは素人だから、素直に従うよ。何か思ってる霊能力者のイメージと違うから、手伝いの邪魔にしかなりそうにない」
「googleで検索するのと同じだから、そんな手間でもないよ」
「…………」
何だろう。転校生がどんどん霊能力者じゃなく見えてきた。
アタシは溜息交じりに腕を組む。
「転校生と話していて思ったことなんだけど、退魔士って庶民的だよな?」
「そうだよ。有名な名家なら伝統的な風習を受け継いでいるから、古風で威厳もあるけど、ここに居る僕は、小さな分家の出だ。数居る退魔士の脇役Aみたいなもんなんだ」
「お前、サパッリとしてるな」
転校生は笑いながら答える。
「まあ、僕も時代の流れに流されている人間だからね。伝統よりもデータ重視っていうのかな? 仕事が効率的になって楽になるなら、そんな面倒くさいのは省きたいんだよ」
どうやらアタシの出会った退魔士は、庶民に親近感のある退魔士らしい。一般庶民のアタシが近づきやすいのが証拠だ。
アタシは頭に手を持っていく。
「だから、転校生が選ばれて来たんだろうな。お前なら、普通の学校の中に溶け込むのも簡単だもんな」
「そう思う。――でも、今後は潜入捜査なんて出来ないかもしれない」
転校生は図書館の娯楽室に居る二匹の霊獣へ目を向ける。白虎のカープはいつものように丸くなって寝ており、そのカープの横で羽根を休めている朱雀は落ち着いた様子で佇んでいる。
「四神が関係あるのか?」
「ああ。あれほどの朱雀を所有することになってしまった。僕の家の見方が変わるかもしれないってことだ」
アタシの頭の片隅で、少しドロドロとしたものが思い浮かぶ。
「あれか……。今まで下に見ていた奴らが掌を返したように気を使い出すとか、上の奴らが妬んでくるとかして自由に動けなくなるという――」
「君、心が病んでないか?」
転校生が大げさに溜息を吐いている。
そんなにおかしな想像をしただろうか? 転校生の話を聞く限り、退魔士には上下関係や格の違いというものが存在していた気がするんだけど……。
「少なからず君が想像するのもあるけど、僕に任される仕事が地元密着型になるってことを言いたいんだ。組織のある土地は、強力な悪霊が多いところだから、そこの専属になる可能性が高い」
「あ、ああ~……そだね。そういうことだね」
笑って誤魔化すと、転校生がまた溜息を吐いた。
「四神関係で言えば、他にも心配ごとがあるんだけどね。朱雀をどうやって成長させたのかって大騒ぎになるはずだ」
「それもあるか。確かに教えんのは簡単だけど、その成長した過程を説明すんのは……だな」
「君をエサにしたなんて言えるわけない」
「エサって……」
日々消化しきれないエネルギー体を提供しただけだから、エサになった気はないのだが。
「育て方は転校生がしてきたのと変わらないんだけど……。アタシがエネルギー体を大量に溜め込む体質ってだけで……」
「それだけじゃなくて、霊獣達にとっては栄養価が高いご馳走なのかもしれないけど?」
「今一、喜べないな――ハッ!」
「どうしたの?」
アタシはゆっくりと転校生に目を向ける。
「将来アタシが転校生の組織に入ったら、霊獣のエサ役になるんじゃないか?」
転校生が顎の下に手を持っていく。
「そういう可能性もあるかな?」
「その役割イヤだぞ!」
「そうかな? 霊獣に囲まれて生活するのも楽しいと思うけど?」
「本当か~?」
転校生は頷く。
「彼ら霊獣は、普通の動物よりも人間に近い知能を持っている。喜怒哀楽もしっかりしているし、コミュニケーションも取りやすい」
転校生が朱雀を指さす。
「飼育小屋で飼われている鶏は、こっちの言うことなんて聞かないだろう? だけど、朱雀はしっかりと僕達の言葉を理解しているよ」
「そういえば……」
朱雀は転校生になついているし、しっかりと言うことを聞く。うちのカープは基本的に自由だが、自分から動く時には個としての意思をしっかりと示す。
「僕は、霊獣達と過ごすのも嫌いじゃないよ」
「お前が言うなら、そうなんだろうな」
転校生と朱雀の様子を見れば、何となく信じられる。何より、アタシとカープの仲を振り返れば疑う余地もない。
「さて、話もここまでにしようか。そろそろ図書館の閉館時間だ」
「分かった」
アタシは転校生と一緒に図書館を後にする。そして、転校生との共同作業はこれが最後になった。それからの一ヶ月は退魔士としての力の使い方を会話したり、アタシ自身の力の使い方の基礎を教わったりしているだけで、あっという間に転校生と過ごした時間は終わってしまった。
転校生は本来居るべき場所へと帰り、アタシは、また一人になった。
そして、アタシは新しい自分を始めることにした。
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