第6話
カープが子猫から虎になって、数日後――。
通う中学への通学路は以前と変わらず、頭に乗っていたカープが隣りを歩く以外に変わりはない。すれ違う人達はカープに気付かずにすり抜け、カープも気にも留めていない。
「カープ。そういうのって、気にならないものなの?」
カープは答えず、まるで、この道を譲る気がないように堂々と歩き続ける。
それを見ると、子供の頃のアタシが幽霊を気にして避ける必要もなかった気になる。
「カープはすり抜けられるけど、アタシはすり抜ける術を持たないんだよなぁ」
腕組みをして、アタシは片眉を歪める。
カープとアタシで大きな違いがある。生きている人間や動物はカープに触れられないということだ。
だけど、アタシは生きている人間に触れられるし、生きていない幽霊にも触れられる。よって、ぶつかるので避ければならない。
「なんとも、微妙なポジションだよな。生きている人間の中じゃ、幽霊が見えるアタシは例外だし、かと言って幽霊の中じゃ、自分に触れられるアタシは例外だ。どっちにも属さない蝙蝠野郎みたいじゃないか」
アタシは溜息を吐く。
「でも、何でだろう? カープは生きている人の体ごとすり抜けているから、エネルギー体にしっかりと体をぶつけることになるのに、どうしてお互いにぶつからないんだ?」
どうやら、まだアタシが知らない理解の範疇があるらしい。子供の頃は忌み嫌って自分の力を知りたがらなかったが、もしかしたら、この力というのはある程度制御の利くものなのかもしれない。
今のところ、幽霊であるカープに依存するのか人に備わるものなのかの判断は出来ていないが、目の前に実例がある以上、アタシも訓練次第で身につけられるものだろう。今後は、自分の力と向き合うためにも、その方法を調べるところから初めてみるのもいいかもしれない。
「さて、学校に到着だ」
アタシは校門を潜り、校舎の二階にある自分のクラスへと向かった。
…
その日は、少し特別な日でもあった。
転校生がアタシのクラスにやって来るという在り来たりのものだが、転向してくる人が居なければ発生しないイベントなので、やはり特別なのだ。
教室の一番後ろの席で机に肩肘をつけて、アタシはホームルームの開始を待つ。カープは後ろの一段高い棚の上で眠っている。大きくなって以来、アタシの頭に変わるカープの寝場所だ。
「それではホームルームを始める前に、先日から言っていた転校生を紹介します」
担任の女性教師が教室の扉を開け、黒髪の男子転校生を招き入れる。この中学校の学ランに袖を通し、細身の体は背を高く見せる。
クラスの女子から黄色い声が上がるところから、顔立ちもいいと思われる。
「アタシにゃ関係ないね。どんな色男もカープには敵わなく見えるからね」
アタシは我関せずとあくびをし、眠たい目を転校生に向けると、転校生と目が合った。
「ん?」
その視線はあからさまにアタシを見ているのを周りにも分からせ、周りの視線もアタシと転校生を交互に見ている。
――また不良と思われたか?
アタシの髪の色は物珍しいだろうよ。クラスにも茶髪は一人も居ないし。
アタシは視線を外し、周りのざわめきが収まるのを黙って待ち続けた。それから二分ばかしクラスのざわつきは続いていたが、やがて静かになった。
転校生が転校の挨拶を交わして真ん中の席に着くと、アタシは転校生に目を向ける。
「!」
何だ? また見られた。
転校生の視線がアタシに向けられていた。その目は不良に驚いているとか、そういったものではない。純粋にアタシを見て驚いているようだった。
「何なんだよ……」
アタシは少し気分が悪くなった。
…
昼食を終えてのお昼休み――。
クラスに不良が居るのは雰囲気を悪くするだけなので、アタシは休み時間中はなるべくクラスに居ないようにしている。晴れていれば屋上、雨が降っていれば人気のない科学室の前の廊下で時間を潰すようにしている。
今日は晴れているので、屋上で時間を潰す。アタシの横には、当たり前のようにカープが歩いている。
その屋上へ向かう階段で声を掛けられた。
「ちょっと待って」
振り返ると、そこには転校生が居た。
アタシはスカートのポケットに手を突っ込みながら聞き返す。
「アタシに言ったのか?」
「そうだ、君に言った」
アタシは溜息を吐く。
何も転校早々に自分の立ち位置を悪くする必要もないのに……。
「アタシには話し掛けない方がいいぞ。アタシは不良らしいからな」
「不良?」
首を傾げる転校生は、何も分かっていないようだった。転校してきた先では、この街とは違って髪を染めている人間も珍しくないのかもしれない。
「悪かった。気にならないんだったら、どうでもいいんだ。アタシに用があるのか?」
転校生は頷く。
「一体、君は何なのかを聞きたいんだ」
「……は?」
アタシが何なのか?
「何なのかって……言われても……」
「僕と同じで、何処かの組織から派遣されたのか?」
「組織?」
転校生はアタシの横の“何もないはずの空間”を指さす。
「とぼけるな。そんな凄い守護獣を従えているんだ。相当大きな組織が関わっているはずだ」
「しゅごじゅう?」
アタシはカープを指差しながら聞き返す。
「お前、カープが見えているのか?」
「……カープ? 君は最強の守護獣――四神とも呼ばれる白虎にカープなんてふざけた名前をつけているのか!?」
「びゃっこ?」
アタシは首を傾げ、目をしぱたくと眉間に皺を寄せる。
「悪い、何を言ってるのか分からねぇ……」
転校生は疑った目でアタシを見ていたが、アタシが本当に困惑の表情を浮かべていたので、やがて納得したように頷いた。
「本当に何も分かっていないようだね」
「とりあえず、屋上で詳しく話してくれないか?」
「分かった、屋上で話そう」
「それじゃあ、こっち」
屋上に続く階段の先を指さして先を歩き出すと、転校生は素直に従って付いてきた。アタシは、そのままいつもの人目に着かない屋上の片隅へ転校生を連れて行った。
…
屋上・火災時に使用する水を貯めているタンクの裏――。
ここがアタシの居場所になっている。不良のアタシが居るということで、ここには滅多に人は近づかない。逆に元々人が居なかったから、誰にも邪魔にならないようにアタシが選んだ居場所でもある。
アタシがタンクを背にして、転校生が狭い入り口に佇む。カープはタンクの陰りを嫌い、ポカポカと温かそうな日向で寝転がっている。
転校生はカープの行動を訝しげに見たあと、アタシに顔を戻す。
「君には色々と聞きたいことがある」
「別にいいけど……」
何か久しぶりに普通の人と会話をする気がして、アタシは緊張していた。
「まず言いたいのは、それだ」
「それ?」
転校生はカープを指差していた。
「カープが、どうしたんだ?」
転校生の目が心なしか吊り上がっている。何か気分を害すようなことを言っただろうか?
耐え切れずに転校生が声を大にして話し出す。
「その白虎は、君が使役しているんだろう! 何で、君から離れて敵かもしれない僕を間にワンクッション入れて寝っころがってんだ!?」
のんきな顔で寝ているカープを見て、アタシはチョコチョコと頬を掻く。
「はは……。カープは気まぐれだからな」
「それとカープって、何だ!?」
「……名前だけど?」
額に手を置き、転校生は項垂れていた。
「何を考えているんだ……」
何か、うるさい奴だな。さっきまで普通の人と会話できると思って緊張していたのは、何だったんだ? アタシには普通の会話をするなとでも言うのか。
まあでも、そんなことはどうでもいい。
「それよりさ。お前、カープが見えてんだよな?」
転校生は腕を組んで顔を上げ、眉間に皺を寄せて答える。
「からかっているのか? 当たり前だろう。こんな高位の霊獣なら、尚更じゃないか」
「へぇ……。アタシ以外にカープが見える奴に初めて会ったよ」
そのアタシの言葉を咀嚼し、アタシの表情を数秒見詰め、転校生はアタシが素のリアクションをしていることをようやく理解した。
転校生は少し間の抜けた顔をしたあと、右手の掌をアタシに突き出す。
「待った……。本当にどこの組織にも入ってないのか?」
「だから何なんだよ、組織って?」
アタシの知る組織なんて、不良グループの存在ぐらいしかない。
転校生は質問を続ける。
「君は、ここに派遣されたんじゃないのか?」
アタシは両手を軽く上げて肩を竦める。
「派遣も何も、アタシは生まれも育ちもここだよ」
「じゃあ……あの白虎は、どうしたんだ?」
転校生が指差すカープを見て、アタシはノンタイムで切り返す。
「拾った」
「ひろ――何?」
混乱したような顔をする転校生に、丁寧に再度答える。
「小学三年生の時に遠足で拾ったんだ」
「白虎を拾った……だと?」
どうも挙動不審な転校生に、アタシは首を傾げる。
――コイツは、何を気にして不思議がってるんだ?
そんなことより、アタシは転校生の口から出ている言葉が気に掛かっているんだが……。
「ところでさ、さっきから言ってる『びゃっこ』って何なんだ? カープの動物名称か?」
ピシッ!と何かひび割れるような音が響いた感覚がしたあと、転校生はワナワナと手を震わせ、声を大にする。
「いい加減にしろ! 最強の守護獣・四神の白虎に決まっているだろう! 北に玄武、南に朱雀、東に青竜、西に白虎と言うだろう! そして、白虎は大通りに住むと云われる運気を齎す守護獣だ!」
最強の守護獣? 四神? カープが?
日光を浴びて気持ちよさそうに弛緩させた顔のカープを改めて見る。とてもそんな偉い存在には見えない。
「……カープって、そんなに凄い幽霊なのか?」
「ゆ、幽霊って……」
転校生は額を押さえて項垂れてしまった。
コイツはきっと、こういう大きなリアクションをする奴なんだろう。放っとこう。
転校生を無視して、アタシは顎の下に手を添えてカープをマジマジと見る。
「確かにカープは大通りばかりを選ぶ癖があったけど、そういうカラクリだったんだなぁ。でも、運気を齎すというのは……ちょっとな」
寝てばっかだし、アタシのベッドを占拠してテレビばっかり見てるだけだし。
「……使役している本人が一番価値を分かってないっていうのは、どうなんだ?」
「価値なら分かってるよ。カープはアタシの友達なんだから」
転校生が顔を上げた。
「友達って……君は白虎を使役していないのか?」
「何だよ、それは?」
「白虎に命じて戦わせるんだ」
アタシは右手を振って否定する。
「っなことするかよ。アタシはカープと肩を並べて戦ってたんだよ」
「滅茶苦茶だ……。一体、君は何なんだ……」
転校生が、また額を押さえた。
「お前こそ、何なんだよ? やたら詳しいみたいだけど」
転校生は額を押さえていた右手で、コリコリと額を掻く。
「……言って分かるのかな?」
「言わなきゃ、何も分かんねぇよ」
「それもそうか」
転校生は姿勢を正し、顔を上げる。
「僕は、人間に害なす悪霊を退治するための組織に属している者なんだ」
「……は?」
何だ、それは?
「陰陽師みたいなものだって言えば、分かるかな?」
「……ああ、陰陽師――陰陽師ね、分かる分かる。あの安倍晴明って奴だろ? 五芒星を切って、ビームみたいのを撃つ奴だよな?」
アタシは空中に五芒星を切って、ピストルでも撃つ仕草を見せた。
それを見た転校生の眉間に皺が寄った。
「ビームは撃たない……。何を見て、そんな勘違いをしているんだ……」
はて? そんな感じの映画がなかっただろうか?
「まあ、兎に角……悪霊を退治する組織があって、僕はこの街に派遣されたんだ」
アタシは腕を組む。
「よく分からないけど、そういうものがあるんだってことにしておくよ。――じゃあ、お前はカープ以外の幽霊なんかも普通に見えるんだよな?」
「当たり前だろう」
アタシは頭に手を当て、ちょっとだけ嬉しくて口元を緩める。
「アタシは……アタシ以外に幽霊を見える奴は初めてだからさ、ちょっと不思議な気分だよ」
「それこそ、『何だ、それ?』と言いたいよ。それだけの霊獣を従えているんだ。少しぐらい勘のいい人は振り返るだろう」
アタシは首を振る。
「この街で、カープに振り返った人なんて一人も居ないよ」
「…………」
転校生の反応が変わる。さっきまで呆れて溜息を吐いてばかりだったのに、表情に硬さが紛れ込んでいた。
「まさか本当に、幽霊を見える人に会ったことがないのか?」
アタシが頷くと、転校生は少し寂しそうな顔になった。
「君……大丈夫だったのか?」
「急に何だよ?」
「それって、僕と会うまで誰も理解者が居なかったってことだろう? 僕の言った言葉の通りだと思うんだけど?」
「…………」
転校生の『君……大丈夫だったのか?』という言葉が頭の中に残り、アタシは会話を止める。転校生の言う通りだったからだ。
――家族やカープが居なければ、大丈夫ではなかった。
転校生は話を続ける。
「今、教室の反応を思い返して、何となく察しがついたよ――」
転校生の目が真っ直ぐにアタシに向いた。
「――君に誰も話し掛けないし、君も距離を置いていた。それは、この街で君だけが特別だったからなんだろう?」
その言葉に、アタシは溜め息を吐くことで肯定した。
「想像つくなら、話が早いな」
『そういうことか』と呟いた転校生を見て、アタシは続ける。
「周りが幽霊を見えない中、アタシは小さい頃から幽霊が見えていたんだ。たから、小学校で嘘つき。中学で不良が定着しちまった」
「霊が見えることを言ったから?」
アタシは肩を竦める。
「言っても言わなくても同じだよ。アタシは幽霊を見て、意識して避けてたからね」
「そんなにハッキリ見えてしまっていたのか?」
「まあな。今の方が昔よりハッキリと見えるぐらいだ」
「こんなに霊力を垂れ流しているのは、知らず知らずなのか……」
転校生が納得したように右手を顎の下に持っていき、暫し考え込む。
アタシが転校生の考えが纏まるのを待ち続けると、やがて転校生は確認を取るように話し掛けてきた。
「君が霊力を押さえていないのはワザとではなく、コントロール術を知らないからなんだな?」
「霊力を……コントロール?」
どちらも今のアタシには直ぐに結びつかない。
アタシは困惑しながら、右手を覆っているエネルギー体を左手で指さして聞く。まず一つずつ、確認を取ることにした。
「霊力って、体から覆うように出てる……このエネルギー体でいいんだよな?」
「ああ」
転校生は頷きながら答える。
「霊力はほとんどの人が無意識でコントロールしていて、霊との住み分けに使われているんだ。そうでないと、大変なことになるからね。まあ、中には君みたいにコントロールできない人も居るんだけど」
この転校生は察しがいいのかもしれない。アタシが一つずつ解決しようとしていた質問を全部説明してくれようとしている。
転校生が人差し指を立てた。
「コントロールできていない人の多くの場合が霊力――君の言うところのエネルギー体を保つ場所を体の内ではなく、体の外で保ってしまい、エネルギー体を通して霊が見えてしまっているんだ。さっき言っていた無意識のコントロールというのは、霊との住み分けをするために見ないことを言っている」
「つまり、見ないようにコントロールしているのか?」
転校生が頷く。
「だけど、例外もある。よくあるのが、子供の頃は制御の仕方が理解できていないから、制御方法を体得するまで霊が見えてしまうってヤツだね。子供の頃に幽霊が見える子が多いのは、それが原因だ。それは自然と身につくはずなんだけど、稀に制御方法が分からないまま過ごしてきてしまう者が居るってことだ」
「アタシみたいにか?」
「そう。だから、見えないようにするコントロールを覚えないといけない」
転校生が右手を差し出す。
「制御方法は、ある程度常識が身についた大人の方が覚えは早い。僕が誘導するから、君は合わせるだけでいい。――手を」
転校生が差し出す右手に自分の右手を伸ばしながら、アタシは質問する。
「アタシ、幽霊が完全に見えなくなるのは困るんだ。カープが見えなくなるから」
「心配はいらない。君は霊力を長く留めていたから、霊力を外に留める方法は体が覚えている。簡単に言うと霊を見ないコントロールを覚えて、霊能力者と言われる者になるだけだ」
「アタシが霊能力者ねぇ……。でも、まあ、そっか。なら、安心だ」
「始めよう」
アタシの添えた右手を転校生が握り返し、アタシは転校生の次の指示を待つ。転校生の話だと、このあとでアタシに幽霊を見ない感覚が誘導されるはずだ。
だが、一向に指示が飛んで来ない。
「どうした?」
転校生に視線を向けると、額に汗を浮かべていた。
「お前、大丈夫か?」
転校生はアタシに顔を向け、口を開く。
「制御できない……」
「出来ない? ……それって、アタシに素質がないってことか?」
項垂れ気味のアタシの手を放し、転校生は首を振る。
「君の魂が強過ぎる」
魂が強い? 聞いたことのない言い回しに、アタシは首を傾げる。
「霊力が止まらないんだ」
更に疑問を強くし、傾ける頸の角度も心なしか深くなる。
そのアタシに気付き、転校生はゆっくりと口を開いた。
「霊力っていうのは生まれもっての素質が大きいんだ」
「素質っていうのは、さっき、言ってた制御法の上手い下手じゃないのか? 子供の頃は内で押さえるものを外まで広げちまうっていう」
「それじゃない。その時に広がっているのは内で収まるのを外まで薄く引き伸ばしたようなものなんだ。それが目を覆って幽霊が見えてしまう」
「ああ」
「だけど、君の霊力は強過ぎるんだ。霊力を発する源の魂が強過ぎて、内で収まっている濃度が外まで覆っているんだ」
アタシはチョコチョコと頬を掻く。
「それって……どういうことだ?」
転校生は難しい顔で腕を組む。
「僕も初めての経験でうまく説明できない……。少し遠回りに説明させて貰っていいかな?」
「構わないぞ」
転校生は右手の人差し指を立てる。
「じゃあ、僕の立場である霊を滅する霊力についてから説明させてくれ。――害なす霊を滅するには、君を覆っている霊力を戦闘向きな力に変えて使用するんだ。簡単に言うと、霊験あらたかな札を通して浄化したり、地、水、火、風、土、木……みたいに滅する霊の特性に合わせて霊力の性質を変えてぶつけるんだ」
「へぇ……」
「そして、その時に使用する霊力は精神修行で絶対量を増やし、使用時にコントロールして力を発動する使用量を捻り出すんだ」
「うん……」
えっと、本来は内側にエネルギー体は収まっているもんで、その量は修行で増やす。で、そのエネルギー体を使える形にするだけのエネルギー体を注ぎ込んで使用する……と。
ん? そうなると、アタシの状態って……。
「一方、君は魂が強過ぎて、常時使用の時に使われる霊力が発せられ続けてる。しかも、無限に魂から涌き続けるみたいに出続けてる」
何か、嫌な予感がする。
「……それって、大丈夫なのか? 凄い勢いで寿命が減っていってんじゃないのか?」
「それはない。精神修行で絶対量を増やすと言っただろう? 修行で一日に生成できる霊力の絶対量を増やすんだ」
つまり、RPGのマジックポイントみたいなもんか? 寝ればMAXまで回復するみたいな。
「じゃあ、アタシはいきなり死ぬみたいなことはないんだな?」
「ない」
言い切った転校生の言葉に、アタシはホッと息を吐く。
「だけど、これで君が霊を見れなくなれないと分かってしまった。僕達が精神修行で増やしても体の内で収まるものが収まりきらずに溢れ出てしまっている。これを無理に体の内に押し込める方法を僕は知らない。というか、そんな人間が存在していること自体、聞いたことがない。――悪いが、力になれそうにない。……すまない」
申し訳なさそうに謝った転校生に、アタシは至って平然と返す。
「仕方ないさ。これはアタシの体質みたいなもんなんだろ?」
「ああ」
霊が見えなくなり、普通の人と同じようになれないのは残念だが、今はさして問題ではない。少し高望みをしてしまっただけのこと。人間誰しもが一つぐらいコンプレックスを抱えている。
それに自分の力の使い方と向き合うと決めたばかりだし、この前の戦いで扱い方も覚え始めた。正攻法じゃないが、アタシなりの努力で何とかなるはずだ。
「ありがとな。自分のことだから、自分で何とかするよ」
アタシはニカッと笑って見せたが、転校生の顔から心配する表情は消えない。
「本当に大丈夫なのか? 霊と普通の人との見分けもつかないんだろう?」
アタシは首を振る。
「大丈夫。この前、普通に見えない人達と同じ危険回避の勘を身につけたし、今は何とかなってるから」
「……何?」
心配顔から一転、転校生が眉間に皺を寄せて聞き返す。
「どうして、そんなものが身につくんだ? 僕や君には、一生身につかないものだろう」
アタシは腰に右手を当てる。
「この前まで幽霊が見えてなかったからな。それで、エネルギー体を喰う霊と戦った時に覚えたんだ」
転校生が、更に眉間の皺を深くする。
「また意味の分からないことを……」
「悪いな。説明すると長いから省いたんだ。面倒じゃなければ、聞いてくれるか?」
転校生は溜息を吐く。続いて、呆れたとも諦めたとも言えない、何とも微妙な顔で促す。
「君の話は、僕にとってはとても興味深いよ。話してくれる方がありがたい」
アタシの話を辛抱強く聞いてくれる転校生に、アタシは少し照れながら頭に手を当てる。
「聞いてくれるのか? アタシの話は煙たがれるから、結論言って終わりにする癖があるんだ」
「君、本当に大丈夫なのか? これぐらいで煙たがれるって、どういう会話をしてきたんだ?」
アタシは両手を振る。
「そこは追及するなよ。今まで話せる相手が居なかったってだけなんだから。――でも、こんな会話でも、聞いてくれる人が居るってのは、やっぱりいいもんだな」
転校生が項垂れた。
「君の立場というのは、想像すればするほど孤独で恐ろしいんだが……」
「ははは……」
アタシは笑って誤魔化した。
「あまり昔から話しても転校生の話と被るから、カープと出会ったあたりでいいかな?」
「ああ、頼むよ」
アタシは頷き、話を始める。
「カープと出会ったのは、小学三年生の遠足の橋の上。その時、カープはこれぐらいの子猫だったんだ」
その時のカープの大きさを両手で表し、その両手に収まるサイズを転校生が興味深そうに見詰める。
「それからカープはずっとアタシと共に居て、カープがアタシのエネルギー体を食べてくれていたお蔭で、暫く幽霊を見れない時期を貰ったんだ」
「それで、普通の人の感覚も分かるのか」
「そういうこと。――まあ、既に嘘つきと不良のレッテルが張られた後だから、人間関係の面には、あまり変化がなかったんだけどな。アタシ自身は幽霊を見れなくなって精神的な不安は軽くなったよ」
転校生は腕を組んで、顔をカープに向ける。
「それにしても……その白虎は初めから成熟した状態ではなかったのか。いや、それよりも、人間一人で霊獣を完全なものまで成長させられるものなのか? しかし、彼女の膨大な霊力の泉とも言える生産量なら――」
何かブツブツと言い出した転校生を置いて、アタシは説明を続ける。
「それで、つい此の間だったな。幽霊の見えない状態で、エネルギー体を喰うタイプの幽霊と戦闘になって、アタシにも普通の人に備わる危険回避の勘が備わったんだ。ついでに言うと、その戦いでカープが子猫から虎になった」
一気に説明を終えると、転校生はアタシの話を頭の中で整理しているようだった。
アタシは、暫く黙って成り行きを待つ。
「……何となく概要は分かったけど、所々で説明の補足が欲しいな」
転校生の視線に、アタシは右手の掌を返す。
「質問してくれていいぞ」
「じゃあ――」
転校生は咳払いを入れる。
「――君は自分の霊力を喰わせて白虎を育てたってことで……合ってるか?」
アタシは首を振る。
「いや、カープは勝手にアタシのエネルギー体を食べてたよ」
「勝手に……」
アタシは自分の頭に手を当て、片眉を歪める。
「アタシも食べられてるとは気付かなかったから、そこを強く責められないんだけどな。それに、カープが幽霊を見れない普通の人の時間をくれたのかもしれない……とも思ってる。だって、その間、カープはエネルギー体を必要以上に食べてない。ちゃんと加減をしてくれていたんだ」
「なるほど。一見、白虎が好き勝手しているような気もするけど、しっかりとした信頼関係が出来ているわけか」
「ああ」
「でも、やっぱり普通の主従関係とは違う気がする」
主従関係……。
確かに戦いを主とする退魔士とかなら、指揮系統がしっかりしていないといけないんだろう。しかし、アタシとカープの間には敵を想定するものはないし、どっちが命令権を持っているべきかなどという必要性もない。どんなに考えても、友達という関係以外に当てはまる言葉が見当たらない。
「アタシは、今のままでいいよ。居てくれるだけで安心する存在なんだ」
日向ぼっこをしているカープに目を向け、転校生は呟く。
「飼い慣らされてない白虎って、ああいうものなのかな? いや、飼い慣らされてる白虎か?」
「そこは微妙だな。カープは自分を飼い慣らすことなんて出来ないって思ってるはずだ。でも、アタシの部屋を住処にしてんのが野性的かって言われれば、絶対に違うからな」
転校生は溜息を吐いた。
「深く考えるのはやめよう。――次の質問をするけど、いいかな?」
「いいぞ」
「君の話の中で霊力を食べる霊に会ったって言ったけど……」
「ああ、厄介な奴だったな」
「聞き間違えじゃなければ、戦ったって言わなかった?」
「戦ったぞ」
「逃げたんじゃないのか?」
「そんなわけないだろう。戦闘になったんだよ。戦ったの」
「……それが信じられなくて」
「何で?」
転校生の目が細くなり、疑いの目が向けられる。
「だって、君の話だと……その時、相手の霊は見えてないんだよね? どうやって、戦うの?」
「何となく歪んでるところに拳を固めて叩き込んだ」
「…………」
転校生は両手で顔を覆ったあと、がっくりとしゃがみ込んだ。
「オ、オイ、失礼じゃないか? その反応は?」
「……君、馬鹿じゃないの?」
「な、何でだよ!?」
転校生が眉をハの字にして顔を上げる。
「例えばさ……その霊が本当に人の形をしているのかとかって、考えなかったの?」
「殴った後に食べられて、鰐人間みたいな姿だって分かった」
「アウトだろう……」
「ちゃんと利き腕じゃない方から殴ったよ」
「そういうことじゃなくて……」
転校生は盛大に溜息を吐くと、ゆっくりと立ち上がる。
「……多分、性格の問題なんだろうな。僕は目に見えない何かに触る勇気はないよ」
「そうか?」
転校生は意地悪そうな目で質問する。
「今回の霊は鰐人間だったけど、それがナメクジ人間だったら、君はどういう反応をするんだろうね?」
「……ナメクジ?」
アタシの背筋に得体のしれない悪寒が走った。殴った後で分かる、ヌメッとした感触……。手に付着する粘着液……。
「い、いや、アタシは実在するもの以外の霊に会ったの、それが初めてだし……。意外とまともな幽霊しかいないんじゃないのかと――」
「そんなことはないよ。昔から霊同士がくっ付いて人外の見た目になるのは有名なことだ。妖怪なんて、最たるものだろう?」
「よ、妖怪か……」
確かに、あれは有名だし、そういう類のものだと言われれば納得せざるを得ない。
転校生が右手の人差し指を立てる。
「鵺という妖怪は、猿の顔、狸の胴体、虎の手足、尾はヘビだ。今のは一般的で『平家物語』なんかに登場しているものだが、文献によっては胴体については何も書かれていなかったり、胴が虎として描かれていたりすることもある。『源平盛衰記』だったかな? あれは背が虎、足が狸、尾は狐だったはずだ。他にも頭、胴、手足が他の動物の文献は多い。これはくっ付いた霊同士が必ずしも同じじゃないからなんだ。そもそも合体する過程で、まったく別のものになって、口では例えられないものもある」
「じゃあ、本当にナメクジ人間が存在する可能性も――」
「ある」
思わず口を押えてしまった。
「合体したのがハリネズミとか、ヤマアラシとかだった時は?」
頭を抱え、アタシは振り乱す。
「何をやってたんだっ!? アタシはっ!?」
転校生の言う通りだ。あの歪みが普通じゃないのは分かっていた。その得体の知れないものをいきなり殴りつけるって!
「……でも、放っておいたら、アイツが無差別に襲い始めたかもしれないし……」
アタシの反応を見て、転校生は軽く笑うと右手の掌を返す。
「冗談だよ。君が戦った霊こそ、僕がここに来た理由でもある」
「……冗談? 霊が合体する話?」
「ああ。確かにくっ付くこともあるが、それは本当に稀な例だ。それこそ文献に名前が残ってしまうほどにね。ナメクジ人間や針を持つ動物の合体霊は、僕の冗談だ」
「……そっか」
アタシは安堵の息を吐いた。
「でも、君のその無謀な戦い方は、少し改めるべきだね」
そこは素直に反省すべきかもしれない。敵の戦力分析は大事なことだった。
「……今度から気を付ける。――あ、そうだ」
アタシはポンと手を打つ。ナメクジ人間のことで意識が逸れていたが、先に伝えておかなければいけないことがあった。
「その鰐人間なんだけど、最終的にはカープが退治したんだ。お前の用は済んじゃったんじゃないか?」
アタシの問い掛けに転校生は首を振る。
「いや、終わってない」
「どうして?」
「あれは群れの中の一体に過ぎないからだ」
「……は? 何だって……?」
信じたくない情報に、アタシは言葉を詰まらせた。
「あれは、群れの中の一体だと言ったんだ」
聞き間違えじゃない。転校生はハッキリと鰐人間が他にも居ると言っている。
「じゃ、じゃあ、この街にはあんなのがまだ居るのか!?」
転校生は頷く。
「被害は目に見えて分かっているはずだ。この街で昏睡したニュースがあっただろう?」
そういえば、五日ぐらい前に二、三件、人が倒れたニュースがあった気がした。
「あれに鰐人間が関係しているのか?」
「間違いなくね」
「何で言い切れるんだよ? 偶々人が倒れただけってこともあるんじゃないか?」
「それはないよ。原因不明ってことだったし、その運ばれた病院にうちの組織の者が調査に出向いたからね」
「調査って――お前の居る組織って、そんな権限もある大掛かりのものなのか?」
「大きい小さいは、それほど重要じゃない。時代が変わって陰陽師や退魔士という者は表舞台から姿を消しただけで、しっかりと存在しているってことだよ」
「そんな……」
アタシの知らない世界があるなんて思いもしなかった。でも、彼らが表舞台から姿を消した理由も分かる。アタシの経験が証明している。
普通に暮らす人々は幽霊の存在を受け入れられない。科学技術が進み、昔は説明がつかなかったことが説明がつくようになり、不可思議なことを怖れなくなった。誰でもある程度は調べることが出来るようになり、幽霊や不可思議なことは否定される。今の時代、幽霊が見えると口にすることは難しい。
が、次に転校生の口から出てきたのは、アタシの理解を否定するような一言だった。
「ちなみに職業としてあって、国から固定給も出てるよ」
「退魔士って、公務員なの!? 国が認知してるの!?」
「退魔士は、公務員だよ。一般的には知られてないけどね」
「どうやって就職するんだ!?」
話が逸れるのは分かるけど、聞かずにはいられない。
転校生が片目を瞑り、右手の人差し指を立てる。
「感覚的には自営業を継ぐ感じだよ。専門職だから、親から子に技を引き継がせるんだ。血統も大事で、優秀な霊能力者には優秀な才能と素質が受け継がれる可能性が高いからね」
「はぁ~」
世の中には知らないことが多いもんだ。
「スカウトもしているよ。君みたいに突発的に霊能力を備えてしまう人も居るからね」
……え? スカウト?
「じゃ、じゃあ……アタシって、そこに就職できたりするの?」
「出来るだろうね」
おお! こんなところで就職の受け口が見つかるなんて!
まだ先のことだけど、この不況で就職難になっているから選択肢が一つでも増えるのはありがたいかもしれない。
「ただ、君は少し普通の霊能力者と違うから大変かもしれない」
アタシは首を傾げる。
「霊能力者って、種類があるのか?」
転校生が頷く。
「一般的な霊能力者は、君が言っていた勘といったものの延長上の力を持つだけなんだ」
「危険回避の勘のことか?」
「そう。その勘を意識して使いこなせるようになると、霊との波長を合わせられるようになって、霊を見たり、霊の話を聞いたりすることが出来るようになるんだ」
「あ、それなら聞いたことがあるぞ。ラジオの周波数を合わせるみたいに幽霊特有の周波数に合わせるんだろ?」
「うん。スカウトされる一般協力者のほとんどが、これだ」
「じゃあ、アタシやお前は違う――」
アタシは言葉を止める。明らかに違うのは分かっていた。波長を合わせず、エネルギー体を介してレンズ越しのように幽霊を見て、エネルギー体を使って幽霊に触る。
それに転校生は言っていた『危険回避の勘は、僕達には備わらないもの』だと。
アタシはエネルギー体に覆われている右手を翳して話し掛ける。
「この……エネルギー体を通して霊能力が使えるのが特別なんだな?」
転校生が頷く。
「そうだ。それこそ代々受け継いできた霊能力者達が持っている特別な力――退魔の力というものだよ」
「これが……」
アタシは目を凝らし、改めて自分の体から溢れるエネルギー体に目を細める。
「簡単なことなんだけどね――」
話を続けた転校生に、アタシは顔を向ける。
「――何かを発動させる時には、必ずエネルギーというものが必要になる。車を動かすのにガソリンが必要なように、電車を動かすのに電気が必要なように、運動をする時にカロリーを消費するように、魔を滅するのには魂からの力を必要とする」
「魂から……このエネルギーが?」
「君がそのままエネルギー体と言って、僕が霊力と呼ぶものだ」
「そういう力なのか?」
アタシは自分の力が何処から来たのかを、ようやく分かった気がした。
続きを促すようにアタシは転校生に視線を向けると、転校生は頷いて続ける。
「鰐人間と戦ったと言っていたけど、君はその中で一番原始的な方法を使っていたんだ。拳を握って、覆ったエネルギー体を介して殴る」
「原始的って……。それしか知らないんだから……」
転校生が笑いながら謝る。
「言い方が悪かった、ゴメン」
転校生は学ランのポケットから人差し指ぐらいの小さな札を取り出した。半紙っぽい紙に赤い行書体で書かれている文字は、アタシには何と書かれているかは分からない。
「これは簡単に作れる札で、価値もお金もあまり掛からないものだ」
その札を人差し指と中指で挟んで、転校生は札に力を与える。
エネルギー体に覆われているアタシの目を介し、転校生の指から札にエネルギーが送り込まれるのが見える。
「エネルギー体って、そんな風にコントロールできるのか?」
「君は霊力が溢れているからコントロールをしている意識がないかもしれないが、拳を握り込んだ時にエネルギー体はそこに留まるように集中しているはずだ。今度、注意深く見てみるといい」
「ああ、そうする」
「さて――」
転校生はアタシの目の前に札を近づける。
「――流し込んだ霊力を、札を通して“風”に変えるよ」
転校生が念を込めると札の真ん中からアタシに向かって、そよ風が吹き抜ける。
「本当に出た……」
「僕達は、こういう使い方を研鑽してきたんだ。これをもう少し戦闘向きに強化すると、実戦でも使用することが可能になる」
「……凄いな」
アタシは素直に感心し、こういう風にアタシの中にある力の使い道があることに何処か安心するのを感じた。
「何の役に立つか分からなかったけど、ちゃんとした使い方を知っている奴も居るんだな」
「ああ。そして、僕の家の力と君の力は、とてもよく似ている」
アタシは分からずにチョコチョコと頬を掻く。
「似てるって言ってもな……。アタシは殴ることしか出来ないぞ。さっき、お前がやったことなんて出来ない」
転校生は軽く笑うと、カープを見る。
「そういうことじゃない。僕の家も霊獣を使役することを使命にしているんだ」
「霊獣? じゃあ――」
転校生が左手を軽く振ると真っ赤な小鳥が飛んで来た。その赤い小鳥は。そのまま転校生の左腕に止まった。
ジャングルの熱帯雨林にでも居るような真っ赤な体。その羽根は繊細で優雅に見え、淡い光の粒子を放っている。
「見たこともない鳥だ。燃えているみたいだ」
転校生が左腕の小鳥の喉元を指でくすぐりながら答える。
「朱雀だよ」
「すざく?」
アタシはマジマジと転校生の腕に止まる小鳥を凝視する。アタシの勘は、その小鳥がカープと同じ動物の幽霊だと告げている。
「小っちゃいな」
「これでも子々孫々百年に渡って霊力を与えているんだけどね」
「……へ? 百年!?」
転校生はインコほどの朱雀の頭を撫で、愛おしそうに微笑み掛けていた。
「僕の家は退魔士としての格が低くてね。中の下って位置づけなんだ。だから、陰陽師や退魔士が活躍するメジャーな地――京都や東北ではなく、小事を片付ける派遣を任されることが多い」
「そうなのか? アタシは、既にお前が偉い人みたいに感じてるんだけどな」
「そう思われるなんて、ありがたいね」
転校生は照れるように笑っていた。
「この朱雀は、一族が更なる高みへ行くために大事に育てているんだ。他にもうちには、霊獣が何体か居るよ」
「へぇ……ん?」
転校生の左腕に止まる朱雀と視線がバッチリと合った。よく分からんがアタシをロックオンしてる。
「……何だ?」
右に左にウロウロしてみるが、その度に朱雀の首が動く。
「も、もしかして……」
アタシは日向で爆睡しているカープを見る。カープはアタシのエネルギー体を食べてでかくなったのだ。だとしたら、同じことが言えないだろうか?
つまり……。
「間違いない! コイツ、アタシを狙ってやがる!」
ビシッ!と指さしたアタシに、転校生が笑って答える。
「僕の朱雀が、そんなはしたないことをするわけがな――」
と、そこで朱雀が転校生の左腕を蹴った。一直線にアタシに向かって飛んでくる。
「やっぱり!」
一瞬、叩き落そうかと思ったが、それはダメだと叩き落すことを頭から排除する。
「いや、待てよ――」
アタシが右腕を掲げると、朱雀はアタシの右腕に止まった。
「――襲うわけはないんだよ。飼われてるんだから」
じゃあ、何でアタシに向かって来たのか? その答えは直ぐに出た。
朱雀は転校生に振り返り、目を潤ませて訴えている。
「カープよりは自制が利いてるな。ちゃんとご主人にお伺いを立ててるや」
そう、アタシというエサを前にステイしているのだ。カープは遠慮なしに、いきなりアタシのエネルギー体を食べ始めたから、それに比べれば十分に行儀がいいと言えるだろう。
「何をしているんだ! そんなことをして、いいわけないだろう! 早く戻るんだ!」
しかし、当のご主人からお許しが出ることはなかった。転校生の言葉に、シュンと朱雀は小さくなってしまった。
「済まない。直ぐに戻すから」
転校生が謝りながら右手の掌を上に向ける。
「ほら、戻って来るんだ」
観念したように朱雀はピョンと飛び跳ねてアタシに背を向けた。その背中があまりに寂しそうだった。
だからという訳ではないが、アタシの口から言葉が出ていた。
「なぁ、ちょっと待った」
「何?」
「お前、エサはいつあげてるんだ?」
「寝る前だよ。その日に戦闘にでもなったら、戦闘に回す霊力がなくなってしまう」
「そりゃそうか」
そうなると、朱雀は一日に一回しかエサを貰っていないのか。しかも、その日に戦闘にでもなればエサは少なくなるし、下手すればエサ抜きってことか。
暫し考え、アタシは転校生に話し掛ける。
「あのさ……別にアタシのエネルギー体を提供してもいいぞ」
「え?」
転校生はキョトンとした顔で、アタシの顔を見返した。
「といっても、学校に居る間だけだけどな。一日中食べられると、完全に幽霊が見えなくなっちまうけど、学校に居る間だけなら平気だろう」
アタシのエネルギー体はカープが一日食べ続けると幽霊が見えなくなるまで低下するが、逆に言えば、それ以上食べられなければ幽霊を見るのに影響がないとも言えるはずだ。
転校生は腕を組む。
「う~ん……。ありがたい申し出ではあるんだけど、霊獣が食べる霊力の量は半端じゃないんだ」
「大丈夫だよ。カープは寝てるとき以外、ずっと食べっぱなしだったんだからな」
転校生が変な目でアタシを見る。
「……君の霊力量は、どうなってんだ?」
「基準が分からないから、上手く答えられない。アタシは、そういう風に過ごして来ちゃったわけだしな」
転校生がアタシの申し出を考え始め、呟くように予想を口にする。
「まあ、これからは僕が居るから、この街で君が戦闘するわけでもないし、君が霊力を温存する必要はないわけか」
転校生は朱雀に目を向けたあと、アタシへと視線を戻す。
「白虎と同じ結果が得られるとは限らないし、朱雀の方が霊力を多く奪う可能性もある。少し試して大丈夫そうなら、お願いできるかな?」
アタシはニッと笑い、左手でチョキを作る。
「うん、それでいいぞ」
アタシの右腕に止まる朱雀に転校生が指で合図を出すと、朱雀はアタシの顔を伺ってからチョンチョンとアタシのエネルギー体を啄ばんだ。
「OK。問題ない」
この程度なら、何の支障もない。啄ばまれているエネルギー体の量も目に見えて分かる程度だ。
「どんどん食べていいぞ」
頻りに首と嘴を動かし、朱雀アタシのエネルギー体を食べていく。
「結構な勢いで啄ばんでいるんだが、君は平気なのか?」
アタシは頷く。
「これなら、いくら食べられても平気だな。カープの口の大きさと朱雀の口の大きさが違うから、食べられる量がカープより多くないんだ。まだハッキリとカープの質感が毛皮に見えてる」
転校生はアタシを妙な目で見て訊ねる。
「君、本当に将来はうちに就職するか? ここまでデタラメな霊力の保有量を活かす方法はいくらでもあるよ」
「はは……考えとくよ。でも、アタシは誰でも彼でもって感じで自分のエネルギー体を分ける気はないけどな。お前みたいにしっかりと話してくれないと協力なんてしない」
「そうか」
アタシは頷く。
「さて、そろそろ戻るか。午後の授業が始まる」
朱雀を腕から頭の上――昔のカープの特等席に移し、アタシはカープに話し掛ける。
「カープ、日向ぼっこは終わりだよ」
大きなあくびをしてカープは起き上がると塞いでいた通路を空け、アタシと転校生を通してくれる。
歩きながら、アタシは頭の上を指差す。
「今度は、別の子にアタシのエネルギー体をあげるんだ」
その言葉を興味なさそうにカープは聞いていた。『勝手にすればいい』とでも言うように先を歩き出す。
「少しは嫉妬するかと思ったけど、もうアタシのエネルギー体は要らないから興味もないか」
続くアタシの後ろを転校生が歩く。
「何か、君に会えただけで大きな収穫がするよ」
「ん?」
振り返るアタシに転校生は続ける。
「今のペースで朱雀に霊力を供給できれば、何十年分もの霊力を注ぎ込めるってことだ」
アタシは可笑しくて笑う。
「この力はアタシを孤独にもしたけど、アタシの力を必要としてくれている存在が居るってのは、ちょっと救われる気がする。この街に居る間、朱雀にエネルギー体はいくらでもあげるよ。――あと、お前の仕事も手伝う」
転校生が腰に右手を当てる。
「それは危険だから遠慮して欲しいな」
「進んで危ないことはしないさ。ただ、知りたいんだ。アタシの力がどういうものなのかを」
「どういうものかを……か。それは重要かもしれないな」
アタシは頷く。
「ああ、大事だと思う。それにカープが一緒なら、鰐人間は倒せるはずだ。アタシはぶん殴ることしかできなかったけど、カープは爪で切り裂いて消滅させてた。アタシより、ずっと頼りになる」
「なるほど」
納得した転校生だったが、何処か納得していない表情をする。
「どうした?」
「いや、何か妙な気分で」
「妙?」
「白虎や朱雀のことは多くの文献や実例からよく分かってるんだけど、人間であるはずの君の方が分からなくて」
「どういう意味だよ」
転校生は肩を竦める。
「もしかしたら、君自身に何か秘密があるような気がしただけだよ」
まさかカープ以上に珍獣扱いされるとは思わなかった。
とはいえ、この転校生はアタシに出来た初めての友達であった。
アタシは一つ溜息を吐いて歩き出した。
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