第50話
やがて道が狭くなり、車が通れるぎりぎりの道まで行って、彰夫はタクシーを降りる。
このあとはスマートフォンの地図を頼りに歩くことにした。
生垣を持つ古い一軒家が建ち並ぶ居住区。彰夫は仕事がら坪単価の算出には慣れてはいるが、何処を掘っても歴史的遺物が出てきそうなこのあたりの坪単価は、まったく想像が出来ない。やがて、スマートフォンが指し示す地点まで到達した。そこはあたりの家と溶け込んだ普通の古い一軒家だった。
彰夫は玄関で表札を確認したが、自治体の交付する住居表示は貼られていたが、表札は古く、雨風にさらされて、そこに書かれた文字が判別できなかった。ここが本当に好美の実家なのかは、確認しようがない。しばらく家の周りを廻りながら、中の様子を伺った。人影はなかった。表木戸にもどりさてどうしたものかと考えあぐねていた時だった。
「君、私の家になんか用か」
振り返ってみると、風呂敷に包まれた一升瓶を手に下げて、初老の男が立っていた。彰夫は男の語気を荒めた誰何に、慌てて手に持ったスマートフォンを落としそうになった。
「すみません…。お尋ねしますが、こちらの家の方ですか?」
「そうだが…何か?」
こわもての男は、その眉間にさらに深いしわを刻んで彰夫を睨み続ける。
「あの…こちらは、大塚さんのお宅でしょうか?」
「ちがうな」
「そうですか…。失礼いたしました」
彰夫は頭を下げた。男の視線を背中に感じながら、玄関から離れかけたが、思いなおして振りかえる。
「あの…。失礼ですが、以前大塚さんと言う方がここに住んでいて、引っ越されたということはありませんか?」
「ないな。君が生まれる遥か昔。じいちゃんの時代からわたしはここに住んでいる」
「そうですか…失礼いたしました」
再び頭を下げる彰夫。その時、隣の家の玄関が開いて、女性が出てきた。
「あら、高井さん。お買いもの?」
「ええ、注文していた日本酒が入荷したもんでね」
彰夫へ向けていたこわもてを崩して、隣人に笑顔で答える男。彰夫は、そのふたりのやり取りを聞いてハッとした。
「ちょっと待ってください。こちらのお宅は高井さんというんですか?」
「なんだね君。いきなり失礼だぞ…。確かに高井だがそれがどうした?」
「もしかして…高井テルミさんと言う方はおられますか?」
男は、一瞬黙って警戒心を強め、彰夫を睨む。
「私の娘だが、君はいったい誰だ?」
彰夫は頭を下げると、逃げるようにその場を離れた。
男の答えに、再び背中から浴びせられた男の言葉に気づけないほど、頭が混乱していた。
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