第37話

 克彦は、テルミのマンションで見た男を彰夫だと思ったのは見間違いだったと結論付けると、急に気が楽になった。


 気が楽になると、彰夫の友達とは言え、若いお嬢さんを初めて我が家に迎えた嬉しさで、子供のようにおはしゃぎを始めた。

 克彦は自分が適当に出来あがって来ると、やがてキャバクラの乗りで、飲まない彰夫には目もくれず盛んに好美に自分の焼酎を進めた。


「義兄さん。いい加減にしてよ。好美さんも困ってるだろ」


 彰夫が義兄を責めるも、好美は笑顔を崩さず克彦の酒を受け入れた。


「いいんです。お義兄さんいただきます」


 しかし過去一度も他人の家族の団欒に招かれた経験のない好美は、招いてくれた家族に失礼は出来ないと、かなりの無理をしていたのは事実だ。

 断れない酒の杯を重ねながら、鍋の蒸気とエアコンの熱気が好美への酔いに拍車を掛けた。気がつくと、いつのまにか好美は、彰夫を膝枕にして酔い潰れていたのだ。


「かっちゃん。彰夫の彼女を潰してどうすんのよ」

「そんなつもりはなかったんだけど…」


 信子の叱責に、克彦は肩をすぼめながらも、瓶に残った焼酎を手酌でグラスに足していた。


「彰夫、好美さんをソファーに寝かせてあげて」


 彰夫は、好美を抱き上げてリビングのソファーに寝かせた。


「あーあ、あとかたずけを、手伝ってもらえなくなっちゃったじゃない」

「いいよ、姉貴。俺が手伝うから」


 彰夫は、好美の頭の下にクッションを置き、毛布を掛けると、信子に従って台所へ向かう。酒の相手も居なくなり、ひとりになった克彦はつまらなそうにグラスを口に運び、このまま中途半端に終わるくらいなら、この後キャバクラでも行こうかと考えていた。


「オイちゃん。あんたの家には日本酒は無いの?」


 聞き覚えのある女性の声を聞いて、克彦のグラスの手が止まった。顔をあげると、目の前に毛布をはおったテルミが、グラスを差し出して悪戯っぽく笑っている。


「テルミ?」

「早く探してきなさいよ」

「好美さんはどこへ?」

「あの女のことなんかどうでもいいの。早くちょうだいよ!」


 事態の把握できない克彦は、テルミに言われるがままに、酒があるラックから、日本酒の一升瓶を取りだしテルミのグラスに注いだ。テルミは最初の一杯目を、喉を鳴らしながら一気に飲み干した。


「カーッ。やっぱり他人の家の酒はうまいわね。もう一杯!」


 テルミの飲みっぷりに押されて、差し出されたグラスに日本酒を注ぐ。

 なぜ突然ここにテルミが現れるのか。よく見れば、さっきまで好美が来ていた服を身につけているが、顔と目つきは別人だ。テルミ以外の誰でもない。


「いつまでハトみたいな顔してんのよ」

「だって…」

「そんな顔見せられたら酒がまずくなるわ」

「テルミがいきなり現れて…、ソファーにいたはずの好美さんが消えて…。もしかして知らない間に入れ替わった?」

「なに馬鹿なこと言ってるのよ。酔ってるの?」

「俺…もしかして、飲みすぎた?」

「飲み過ぎどころか、まだまだ足りないわよ。ほら、乾杯するから一気に飲んで」


 克彦は、大学生以来の焼酎の一気飲みをテルミから強いられた。

 テルミの、イッキ、イッキの声援に押されグラスを飲み干すと、混乱する頭の中で、克彦の酔いが一気に爆発した。

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