第35話
「姉貴、来たよ」
彰夫の声に克彦は震えあがった。
ついにその時がやって来た。信子に促されて、仕方なく克彦も来客を迎えるために玄関へ出る。今夜の晩餐を無事に乗りきることができるのだろうか…。
信子の背中に隠れて恐る恐るのぞき見る克彦。しかし、同じように彰夫の背中から恥ずかしそうに顔を出して挨拶したのは、テルミではなかった。
「はじめまして…大塚好美です。今日は、お招きいただきまして…」
信子と克彦のあまりにも不躾な凝視に押されて 好美は最後まで挨拶の言葉を言うことができなかった。
信子は好美を頭のてっぺんから足の指先まで、値踏みするように眺めまわしているし、克彦は予想と違った女性を目の前にして、唖然と好美を見つめている。
こんなふたりの視線に曝されれば、途中で言葉失うのも無理はない。
やがて、値踏みが終わった信子が、ふたりに家に上がるように言った。彰夫に導かれてリビングに進む好美。そのふたりの後ろ姿を眺めながら、信子が克彦の耳元で囁いた。
『彰夫ったら、案外まともなのを連れてきたわね』
一方言われた克彦は、盛んに首をひねる。
テルミを連れて来るはずではなかったのか。もしかしたら、三人で暮らしているのか。そんなことが許されるのか…。
平土間式のリビングに腰掛けるふたりに、落ち着く暇もなく信子が声を掛けた。
「好美さんだっけ…。夕飯の準備手伝ってくれるかな」
「姉貴、来た早々お客さんに失礼だろう」
「いいじゃない、ただでさえ我が家は女手が不足しているんだから」
「はい…、わかりました」
彰夫の制止も聞かず、好美は言われるがままに信子についてキッチンへと姿を消した。姉の失礼を詫びながら好美を見送る彰夫。一方、ふたりきりになったことを確認した克彦は、さっそく彰夫に問いただした。
「彰夫君…」
「なんですか?」
「あの娘が、本当に同棲している娘なのか?」
「本当って…。そうですけど、同棲じゃなくてルームシェアですから」
しばらく疑いの眼差しを彰夫に向けていた克彦だが、意を決して口を開いた。
「もしかして、彰夫君。その…ルームシェアってやつを、ふたりの女性としていないか?」
「なんで?義兄さんも変なこと言うな…。一緒に暮らしているのは彼女だけですよ」
「そうか…」
克彦もまさか、以前彰夫が指名したテルミに、その後自分が入れあげて、彼女を送った時に彰夫の顔を見たとも言えず、その後の言葉が継げなかった。
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