第28話

 彰夫の動きは迅速だった。


 不動産屋の情報網を総動員して、ふたりが住む部屋をすぐさま探し出した。好美が好きな海の見えるベランダがあり、キッチンとバスルームはひとつでも、鍵のかかる寝室が2部屋あるマンション。

 好美が退院すると、ふたりはすぐにその部屋に引っ越したのだ。


「はい、これが玄関のカギと寝室のカギ。僕の部屋は鍵を付けないから、不安な時はいつでも入ってきていいからね」


 にこにこして鍵を受け取った好美は、彰夫との暮らしが嬉しくて仕方がないようだった。

 大学から帰って来ると、早めに仕事から帰って来た彰夫が、キッチンで鍋の湯気に包まれて夕食の準備をしている。寝室での創作活動で喉が渇き、リビングへ出ると彰夫が読書をしている。寝坊して起きると、キッチンのテーブルにメモとともに朝食が準備してある朝もあった。

 彰夫が待つ部屋に帰り、彰夫とともに時を過ごし、毎朝彰夫の存在を感じる。ひとりきりで味気ない、今までの生活が一変した。


 好美はそれでいいのだが、テルミはそうはいかなかった。一緒に暮らして初めてテルミが現れた晩『なんで私がアンタと暮らなきゃならないのよ』と叫びながら、部屋中のモノを彰夫に投げつけた。

 ぶつけられてあちこち絆創膏だらけになった彰夫だが、常に冷蔵庫に冷酒を欠かさないことを条件に、なんとかテルミをなだめすかした。


 彰夫は、毎日の同室の生活の中で、好美とテルミの生活をできるだけ干渉しないようにしながら、彼女たちの観察を始めた。

 どんな時にテルミが出現するのか、克明に記録した。テルミが毎晩現れることはない。3日か4日に一夜ぐらいの出現率だ。よほどの事件が無い限り、人格交代に明解な動機があるわけでもないようだ。その出現のあり方は『ししおどし』に少しずつ水が溜まり、やがて傾いて岩を叩くのに似ていると思った。

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