第14話

 好美は、家を出られずにずっと薄暗い部屋で布団を被り、浅い睡眠と覚醒の間を行き来していた。


 今日一日、まったく気分が落ち込んでいる。とりあえず大学へ行ったものの、講義も頭に入らなかったし、誰とも喋りたくなかったのですぐ帰ってきてしまった。

 今も身体がだるくて、心臓病になったように胸が苦しい。この不調の理由を好美はわかっていた。今朝、浜で見つけた彰夫へ、衝動的にコーヒーを持って行ってしまったせいだ。

 しかも図々しく横に座り、なんか変なことを口走りもした。彰夫に軽い女だと思われたかもしれない。なんでそんなことをしたのか、自分でもよくわからない。とてつもない自己嫌悪が、好美を襲っていた。


 こんな日はとにかく布団を被って、時が自己嫌悪を薄めてくれるのを待つしかなかった。






「彰夫君よ。君から誘ってくれるとは意外だったよ。この義兄にやっと心を開いてくれるようになったのか…」


 藤沢の居酒屋で時間をつぶしている間に、克彦はそこそこ出来あがっていた。


「いや、最近の彰夫君を見ていて、僕も信子も心配していたんだよ。酒が飲めないはずなのに、酒臭いままで出勤してきたり、この前なんか飲酒運転で捕まったし…」

「だからあれは飲んでないって。警察もわかってくれたでしょう」

「酒を浴びた服で運転すりゃ、誰だって捕まるっつうの…」

「いいから…もう行きましょう。時間ですよ」


 克彦を追いたてて、彰夫はテルミの働くキャバクラへ向かった。駅裏の雑居ビル。その地下に、『ゼロ・ガール』があった。


 彰夫は克彦とちがって、この手の店に入るのは初めてである。重いドアを開けると、安っぽいBGMと嬌声が、絡まって塊になり彰夫の体にぶつかってきた。彰夫は思わず顔をしかめる。


「いらっしゃいませ。おふたりですか?」


 入口のマネージャの問いに、克彦は指を二本立てると、その指を自分の鼻の穴に突っ込む。彰夫と一緒にこれたことがうれしいのか、克彦は席に座る前からはしゃいでいる。


「席にご案内いたしますが、只今からショーが始まりますので、女の子がつくのはショーの後からということで、ご容赦ください」

「おお、いいよ。そのかわりスタート時間は、ショーが終わってからつけろよ」


 克彦のやりとりに、さすが慣れたものだと、彰夫は感心した。

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