第11話
片瀬西浜の砂辺に腰かけた彰夫は、打ち寄せる波のしぶきが朝日に光るのを眺めていた。
今朝も浅い睡眠で早くから目が覚めて、ベッドに居られず海岸へ出ていたのだ。日の出に水平線を眺めるといつも感じるのだが、日中に比べて、日の入りとか、日の出とかの時間の方が水平線を高く感じる。
不変とは言えないまでも、毎日同じ高さの水平線のはずなのに、それを眺める人間の感性なんていい加減なものだ。
「あのう…」
彰夫の瞑想が、女性の声で中断された。もっとも、瞑想と言えるほど美しく哲学的な想いにひたっていたわけではないが。
「はい?」
「江の島ハウジングの方ですよね?」
彰夫が声の主を見上げた。好美だった。彼女が紙のコーヒーカップを両手で持って、立っていた。
「はい、そうです。あなたはたしか…、松風マンションの大塚さん」
憶えていてくれたのが嬉しかったのか、好美の口元にわずかな笑みが浮かんだ。しかし、そのまま黙ってしまって立ったままだ。
彰夫はこの気まずい間にもしばらく辛抱をしていたが、いよいよ焦れて沈黙に終止符を打つために好美を誘った。
「よかったら、お座りになりますか」
もちろん、好美が謝して断り、立ち去っていくことを予想しての誘いだったが、彰夫の意に反して彼女が近づいてきた。
仕方なく彰夫は、自分が椅子がわりにしていた流木を彼女に譲り、砂の上に直に座り込む。流木に腰掛けた好美は、手に持っていたコーヒーを彰夫に差し出した。
「あっ、どうもすみません」
彰夫はその冷めかかったコーヒーを手に取り、好美はいつからここに立っていたのだろうかと考えた。
「その後、夜の騒ぎはどうですか?」
「ご相談したあとはずっと静かです」
「なにか、お宅にご迷惑をおかけするようなことは無かったですか?」
「別に…」
テルミは、約束を守ったのか。酒のシャワーを浴びても、底意地の悪い彼女のことだから、約束を守ることには懐疑的だったのだが…。とにかく、好美に何も危害が無くてよかった。
「相手に注意して下さったんですか?」
「ええ、まあ…」
「ありがとうございました」
「いえ、仕事ですから…」
朝の海を眺めているふたりにまた沈黙が訪れた。
長い沈黙の後、今度は好美が口を開いた。
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