第16話 さようなら
「さあて」
仮想空間の技術で拘束されたリデムに、
「質問に答えてもらおうじゃねーか」
因みに、みんな汗や涙で顔がエライことになっているので、ヘルメットのみ解除している。
「悪の組織を裏で操っている要人は誰だ? 首都にいるのは分かっている。吐け。全員教えろ。このグズ。
「……」
リデムは様々な外傷で青や赤に変色した顔を、ふいと背けた。口を割るつもりはないらしかった。
千陽が歩み寄り、星奈の肩を叩いた。
「まあまあ星奈さん。弱っている者をそう脅しては可哀想だから」
「はあ? カワイソウ?」
「ちょっと、わたしと代わってもらえる? ──リデム、あなたはどうして悪の組織に入ったの?」
千陽はしゃがみこんで、穏やかに尋ねた。
「あなたには尊敬している人がいるんでしょう。『あの方』と言っていましたね。その方が勧誘をなさったの? 素敵な方なんですか? それとも怖い人?」
リデムが黙っていると、千陽は急に同情したようにリデムを見つめた。
「そう……とても口にできないほど恐ろしい方なんだね。可哀想に」
初めて、リデムがピクリと反応した。
何となく恒輝の頭に、北風と太陽、という言葉が浮かんだ。
「そっかそっか……『あの方』のせいで、君は戦わされて、とっても辛い思いをしてきたんだね。気の毒に。でももう大丈夫だよ。ぼくたちが君を保護してあげるから。『あの方』の脅威から、必ず君を守──」
「あの方は恩人だ……!」
リデムは声を絞り出した。──ようやく、喋った。
千陽は黒いどんぐり
その色を見て恒輝はどきりとした。
殺し合いをした相手に向ける眼差し──そこにはもはや殺意はなかった。
微かなる慈悲とさえ呼べるような眼、憎しみよりも、弱者への救済を、優先すべきだとでも言うような。
「……恩人ですか?」
「あの方は私を拾って下さった……組織のボスになるために……育てて下さった」
「ふむふむ」
千陽は親身になって話を聞いていた。
「それは……特別な時間だったんでしょうね。分かります。わたしも、レッドになるために訓練を積んできたんですよ。ずっと閉じ籠って」
「……ふん」
「あんなに頑張ってきたのに上手くいかなくて、辛いですよね。ごめんなさい、リデム。でもわたしたちは正義の味方だから、あなたを無力化する必要があったの」
「……」
「せめてもの報いとして、あなたのお気持ちを聞いて差し上げたいのですが」
「……何故、そのような必要が、ある」
「それはわたしたちが弱い者の味方だからです」
「……弱い、だと……?」
「あなたは今、心身共に弱っている。怪我をして、コアを失って、敗北して、落ち込んでいるでしょう。だからお話を聞くのです」
「誰が」
リデムの声が震えた。
「誰がこうした。誰のせいでこうなった。白々しい……!」
「そうですね。ごめんなさい」
「私は……私はボスになって……社会の役に立つために、存在してきた。私の存在理由はそれだけだった……のに」
リデムは呼吸を荒くした。喋るのも難儀らしかった。
「そんなことないですよ」
千陽は優しく声をかけた。
「わたしたちはきっとあなたに、新しい理由を与えてあげるから。あなたは生まれ変われる。コアがないあなたにだって価値がある」
恒輝は今度はハッとして、それから何だかしみじみするものを感じた。
あれほど魔道の強さに拘泥していた千陽から、そのような言葉が出るようになるとは。
「……嘘だ」
「嘘じゃありません。きっと他の形で、世のため人のために生きることができる」
「……そんな」
「そこまでのケアはレンジャーとして当然の務めです」
「……ふん」
リデムはふてくされたように黙り込んだ。
ああ、こいつも元は人間だったんだな……と、当たり前のことに今更気付く。
恩人に報いるためだけに戦ってきた──それが失敗に終わった、その気持ちは分かってやらないでもない。
と恒輝が思った時、千陽がぼそっと付け足した。
「……まあ、まずあなたが役に立つのは、しょせん獄中での話だけど」
「え? しょ……」
「とにかく、皆を守るのがレンジャーの仕事。弱体化した悪の組織のメンバーたちも、当然、助けて差し上げますから」
「……君、今……」
「強きを挫き、弱きを守る。罪を憎んで、人を憎まず。それが、正義の味方の基本です。あなたが更生するのなら、もう憎んだりしない。これからは、せいぜ……ゴホン、精一杯、贖罪に努めて下さいね」
千陽は立ち上がって、ふわりと笑った。
「……」
リデムはなんとも言えぬ表情でそれを見上げている。
憎しみよりも慈しみを。──でも、憎しみが消えたわけではないらしかった。
それはそうだろう。あれほど傍若無人に暴れ回って敵を蹂躙してきたレッドが、憎悪を忘れられるはずがない。
それでも彼女はぐっとこらえて、手を差し伸べるのだ。
そこに彼女の芯を見た気がした。
力を振り回す者を憎み、弱者を救う。両者は渾然一体となっている。
それは時に、敵に情けをかけることにも繋がるようだ。
強く優しいからこそ持てる信念……。
『──準備完了』
突如、ホワイトからの通信が入った。
『リデムを残し仮想空間から脱出。十秒前──』
千陽はもう一度、リデムに笑いかけた。
「さようなら、リデム」
そして視界が白い光に包まれた。
☆☆☆
というわけで本隊員たちは、本部の敷地内に戻ってきた。
「ふううー」
星奈が伸びをする傍らで、千陽は……四つん這いになっていた。
「あれ?」
「千陽?」
「ウッ……しゅ、集中してたから、酔ってるヒマなかったけど、今、急に……オエッ」
「あ」
すっかり忘れていた。
こいつは仮想空間が大の苦手だったのだ。
「て、手洗いはどこだ!? せめて誰かエチケット袋!」
「便所! そこ! あたしが連れてく! 耐えろ、ちはるーん!!」
星奈が千陽の左手を取って、足を引きずりながらも猛ダッシュする。
「が、頑張れ。負けるな」
「頑張ってー!」
男子二人が心配げに待っていると、やがて、星奈に背中をさすられながら、げっそりとした千陽が戻ってきた。
「大丈夫か」
「うう。ごめん、星奈さん。みなさんも、おつかれさまでした、ぁ……」
千陽は、ふらっと力無く倒れ込もうとした。
「おっと。ちはるん……ああ、失血だわコレ……」
「みんな結構やられてるもんね。早く診てもらわなくちゃ」
「ああ……」
四人は、救援に来たグレーたちに助けられながら、病院まで向かっていったのだった。
☆☆☆
「悪の組織を邪魔するということは、社会秩序への挑戦に他ならない」
それが、従来からの、悪の組織の支持者の言い分だった。
「私たちは人々の不満や鬱屈をエネルギーに活動する。それで、どれだけこの国は助けられたと思う。このところ、デモも起きない。暴動もない。無秩序に怪物が出現することもない。人々は穏やかに暮らせている。更には、壊れた道や建物の修復、シェルターの配置やビームガンの販売などによって、経済も回る。これこそ平和だとは思わぬか」
思わない、とシャインレンジャー一同は断言する。
誰かが傷つくことが前提で保たれる社会秩序など、紛い物だ。
得をするのは建設会社を始めとする富裕層や、防衛省や国交省、経団連などに潜り込んで不正を働くような、ほんの一部の愚か者のみ。
そのような強欲な“死の商人”を、のさばらせるわけにはいかない。
不満や鬱屈が蓄積して怪物が無秩序に現れるなら、それも全てシャインレンジャーが封じてみせましょう。それこそ、はるか昔から魔道士がずっとそうしてきたように。
組織立って意図的に破壊活動を行うことには、何の正義も無い。むしろ、破壊が計画的に断行されるため、ここ数十年は被害がより拡大しているのだ。この事実は無視できない。
だから我々は戦った。戦って組織を壊滅させるのが、我々の責務だったのだ。
これまで通りの、健全な平和を築き上げるために。
☆☆☆
仮想空間外での出来事は、予想していたよりは悪くなかったようだ。
グレーは鳥の怪物だけでなく、組織にまだ残っていた
リデムにやられたグレーたちも即死はしておらず、何人かは意識不明の重体ながらも、病院で何とか治療を受けている。
情報部は無事に照彦を発見、保護した。彼のコアは砕かれてしまっていたが、辛うじて命はとりとめたという。そんな彼の指示に従い、情報部員らは捕らえられた雑魚怪人の口を割らせ、様々な情報を引き出した。
悪の組織を裏で支援していた連中の尻尾も、もうじき掴めるという。いや、元々目星はついていたが、決定的な証拠がようやく得られたと言うべきか。
リデムを捕らえたので、捜査にはもっと大きな進展が見込める。情報部には催眠術の魔道を使える者がいるから、これはもう勝ったも同然だ。悪の組織はじきに根本から潰える。
──人間相手に自白剤などの投与は認められていないが、何しろリデムは人間ではなくなってしまっている。「人間」の定義については色々と論争があるが、少なくとも現行法では、彼らの権利は制限されている。
これから情報部は忙しくなるだろう。戦士も技術部も、助っ人として駆り出されるかも知れない。
だが未来のことは後で考えれば良い。
戦いが終わって、本隊員たちは満身創痍であった。
ホワイトはボディの再構築と同期のやり直し。他四人は速攻で入院させられた。
最も重症だったのは言うまでもなく千陽で、輸血の管に繋がれてピクリとも動かないと、同室の星奈がメッセージを寄越した。
「……」
拓三も頭など複数箇所に打撲があり、クラクラしているようだ。
そして恒輝は腹部の傷および筋肉痛と戦うこととなった。大人しく鎮痛剤を打たれて横になる。
ひとまず医者による処置が終わって、安静にするようにと申し付けられた。暇になったので、メンバーたちはメッセージのやりとりをしていた。
〈飲み会は退院後におあずけだな〉
〈星奈さんそればっかりだねえ〉
〈だって盛大に祝いたいじゃねーか。恒輝だって兄ちゃんの仇とれて良かったろうが。なあ〉
〈そうだな。思ったより早く片付いて驚いている〉
〈やっぱり千陽さんの力が大きかったかな。あとホワイト、みんなも、がんばったよね〉
〈千陽の容態はどうなんだ?〉
〈寝てるよ。割と穏やかそうな感じだから多分心配いらん〉
〈そっか、良かった〉
〈今日は、あんなに無茶をするとは思わなかった。以前から捨て身の傾向はあったものの〉
〈あれなー。見ててこっちがイテテテテって思ったもんな。
〈そうだな……。おれも、目の前で二度もレッドがやられるのを見たくはなかったからな〉
〈ぼくもうねる(•ω•)ノ〉
〈あ〉
〈お疲れ〉
〈……本当に寝てしまった〉
〈あたしも眠くなってきたわ〉
〈そうか〉
〈おやすみィ〉
恒輝は、メッセージ画面を閉じた。
自分はまだ眠くはない。
そこで端末から本棚を開き、読みかけだった本のページを表示した。
「……」
今日の戦いで死んでいたら、これの続きも知らずじまいだったな、などととりとめもない考えが浮かぶ。
胴体を狙われた時は流石にヒヤリとした──今思い返してもゾクっとする。
嫌な考えを頭から振り払って、恒輝は黙々と本を読み進めた。
そうしてどれほど経ったろうか。ノックの音がして、ウィーンと病室のドアが開いた。
「お、起きてたか。よう」
「……アキ」
兄が元気な姿で立っていた。
兄は実は結構前に退院していて、今は魔道のリハビリに通っているはずだった。
「調子はどう? 大丈夫?」
「おれは軽症だから。大したことはない」
「そうか。なら良かった」
「リハビリの方はどうだ」
「びっくりするほど順調だってさ」
「……流石だな。アキには才能があるからな」
「何言ってんだ。ずっと努力してきたお前が」
「?」
「自分を卑下するのはやめなよ。前にも言ったろ、コウは強いって。しかもリデムを倒した。もうコウは、俺より立派な戦士だよ」
「……そんなことは」
「ホントに仇を取ってくれるとは思わなかったけどね……でもやってくれると信じていた気もする。はは、よく分からないな」
「……うむ……」
「ま、ともあれ、よく頑張った。俺は鼻が高いよ」
そう言って明良は恒輝の頭をわしゃわしゃした。
「お疲れ様。本当、頑張ったな」
「や、やめろ。癖がつく!」
「天パは我が家の遺伝だから諦めなよ」
「そうではなくて」
「照れんなって。かわいい奴だなあ全く」
「かっ、かわいくなどない……!」
なんかデジャヴだね、と言いながら、ようやく明良は手を離した。恒輝は急いで髪の毛を撫でつけた。
「全く!」
それから少々世間話のようなお喋りをして、明良は退室した。
急に静かになったせいか、先ほどまでは無かった眠気に襲われた。
「……ふう」
恒輝は眼鏡を外してケースに仕舞った。
それからもぞもぞと布団を被り、目を瞑った。
暗い。やわらかい。暖かい。安心する。
夢も見ない深い深い眠りに落ちるまで、そう時はかからなかった。
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