第15話 よく言った

 頼みの綱のホワイトは故障。レッドとグリーンの不意打ちも、もう通用しないだろう。

 それでも、太刀打ちせねばならない。


 四人は半壊したホワイトの脱出口から這い出そうともがいた。

 その間、リデムは壁に手をついてよろよろと立ち上がりながら、何やら喋っている。


「ふふ、ふ。随分と、やってくれたね」

「……」

「私の怪物が壊れてしまったではないか。カラズどもも、キョジーさえも……。ニーゴスも、ヨルベもそうだ……ろくに私の役に立たんまま壊れおって。実に使えない。実に……」

「つ、使えない」

 まるで部下が道具か何かのような発言だ。そういえばヨルベのことも荷物とか何とか言っていた。

「まあいい。どうせ君たちは負ける……。私は少なくとも二人は、殺すからね。そしてレンジャーにはしばらく再起不能になってもらう……」

「再起不能? 本気か?」

 グリーンは思わず問い返した。それは、これまでの悪の組織の方針と真逆ではないか。

「本気だとも。君たちは少々やりすぎた。今後も戦いを続けるために……ここで少し大人しくなってもらわねば困る」

「……」

「そう、も望んでいる」


 あの方──。

 悪の組織の支援者の一人か。


 いくらボスを倒しても、支援者が存在する限り何度でも組織は復活するだろう。リデムがそうしたように。


 その辺のリサーチは普段から情報部が行なっているが、照彦の安否が分からない今、情報部に負担はかけられない。

 リデムを倒したら、何としても情報を吐かせねば──。


「その、『あの方』について教えていただきたいのですが」


 最後にぴょこんと床に降り立ったレッドが問うたが、リデムはこれを無視した。

 そして唐突に壁から手を離し、足と尾ですっくと立った。

「!」

 まずい、先制攻撃される──と思った時には、槍の矛先が喉元に迫っていた。


「うわ!?」


 グリーンはのけぞってバク転し、辛うじて攻撃を避けた。


 そこからの記憶は曖昧だ。

 無我夢中だったから。


 とにかく四人とも必死で攻撃を繰り出していたと思う。激しくぶつかり合い、火花を散らし、目まぐるしく動き回って。


 そして気がついたらグリーンは息も絶え絶えで、ブルーもイエローも肩で息をしていて、


 ──レッドの右腕をリデムの槍が貫通していた。


 レッドのビームガンが床に落ちる。かたん、という音が、やけに耳についた。


「う……」


 嘘だ、と思った。


「言っただろう、君たちは負けると──」


 待ってくれ。やられてしまう。

 また、目の前で、やられてしまう!


「レッド!」

「レッド、君はやはり最初に殺すよ。厄介だから……」


 リデムは槍を引き抜こうとした。

 しかし──動かない。


「?」


 レッドが左拳に魔道を込めて、槍を握りしめていた。

 バチバチッと、魔道同士がせめぎ合う例の音が響く。


 そしてレッドは──走り出した。


「く……」

 リデムの手の中で槍が滑る。

 それでも完全に勢いを殺すことはできていない。レッドの前腕を槍がずぶずぶっと貫いて、血が噴き出た。


「え、ちょ、レッド!?」

「うああああああ!!」

「何を……?」


 戸惑いを隠しきれないリデムは、レッドの無茶な突撃に振り回されて、思わずといった様子で槍を手放してしまった。

 一直線に駆け寄ったレッドは、その小さな体をいっぱいに使って、がばっとリデムにしがみついた。


 そして──レッドの全身が、眩い深紅の輝きを放った。


 リデムは絶叫した。


「全身が魔道で光っている!?」

 グリーンは驚愕した。


「どんだけパワーあんのあの子!?」

「というか、いつの間にあんな身のこなしを──しかもあの怪我で」


 やがて、レッドに突き刺さっていた槍がフッと消えた。リデムが魔道を保持できなくなったのだ。

 新たに鮮血が噴き出た。


「もういいよ、レッド!」


 イエローが飛び出して、リデムからレッドをもぎ取った。リデムはガクンと両膝をついて、倒れ込んだ。


「はあ、はあ──、イエロー……」

「ふう……傷口を押さえなくちゃ」

「ちょっと大丈夫!?」

「……平気。ブルーは今のうちにリデムを何とかして」

「わ、分かったけど……!」


 ブルーは心配そうに振り返りながらリデムの元へ走った。

 レッドの二の腕の赤色が、更に色濃く濡れてゆく。イエローの掌も赤く染まる。戦闘スーツによる自動止血が間に合っていないのだ。

 しかし、レッドは構わずに、グリーンをキッと睨んだ。


「グリーンも! まだ戦いは終わってない!」

「……しかし」

「いいからっ!」


 レッドが珍しく怒鳴ったので、グリーンは非常に驚いた。


「敵を倒して市民を守るのがレンジャーの務め。たとえどれほど傷つこうとも、どれほどの犠牲を払っても!」

「待て、そんな大声を出しては傷が」

「この程度の負傷を、気にしてる場合じゃないでしょ!? わたしはこの機を逃したくない。たとえ死んでもリデムを倒す。だからわたしなんか放っといて早く行って、お願い!」


 ──ぞくりとした。


 あまりの執念に。


 以前からそうだった。レッドは、自分の身を顧みないところがある。

 自分の身を投げ打ってでも敵と戦おうとする、覚悟と気迫が。


 犠牲──。


 ……あのフラッシュバックは、いい加減もう見飽きた。


「──犠牲は払わない」

「!? 何を……」

「忘れたのか。死んだら駄目だと、フレアさんに言われただろう」

「……ぁ」

「これ以上は誰も傷つけさせない。レッドも含めてだ」


 グリーンはリデムを見やった。

 ブルーに仰向けに蹴倒され、四肢と首と胴体と尾と羽を、魔道でがっちりと床に固定されている。まだレッドの攻撃の余韻があるらしく、リデムは弱々しく足掻くことしかできないでいた。


「レッド。勝ちたかったら──仲間を信用しているなら、まずは自分を大事にするんだ。だから休んでいろ」

「そんな……」

「行けるか、イエロー」

「うん……あとはスーツで何とかなりそう」

「そうか。絶対動くなよ、レッド」

「待っ」

「あんな奴、おれたち三人で十分だ。安心して見ていろ」

「……。……ラ、ジャー……」


 グリーンとイエローも、レッドに背を向けて駆け出し、ブルーと合流した。

 三人でビームを浴びせかける。手を抜いてはいけない。一瞬も油断ならない。


「グリーンさ」

 反射する光の中で、ブルーが言った。

「何だ」

「兄貴に似てきたな」

「えっ」


 予想だにしていなかった言葉に、どきっとした。

 ブルーは少し笑っているようだった。


「いや、奴よりも頼もしいかもな。犠牲を払わないとはよく言った」

「……そうか」

「そうだ。──さあ、勝つぞ」

「おう」

「おー!」


 イエローはリデムの動きを封じるように全身にビームを撃ち込んだ。ブルーとグリーンは心臓あたりを重点的に狙う。

 みしっ、と微かな手応えがあった。


「!!」


 他の怪人と比べて──前のボスと比べても、コアの守りが圧倒的に固い。しかし、きっとあと一歩だ。


 と思った矢先──ブルーによる手枷が、派手に破壊された。

「あ」

 リデムの鎧のような着物から見え隠れする手が、めきめきと大きくなっていく。その手から、何かふさふさしたものと、銀色の爪が生えてきた。


「やべ」

「鳥、か?」

「恐竜……?」


 ブルーが新たにビームを出したが、次の瞬間には、全ての枷が破壊された。


「マジかよ」

「この期に及んで怪人化が進むとは──」

「みんな一旦距離をおいて!」


 ダンッとリデムは立ち上がった。

 それからはほんの一瞬だった。イエローの声掛けがなかったら、グリーンの胴は真っ二つになっていたかも知れない。

 ブルーとグリーンの脇腹を鋭い爪が掠めていた。ブシッと赤いものが出て、すぐに塞がれる。


ってェ!」

「危なかった……」


 ぐるるるる、と目の前の怪人は唸った。

「ぐるる……皆殺しに、してやる……ふ、あはははは」

「こいつぁ暴走しかけてやがるな」

 ブルーが素早く、四人の前にシールドを張った。

わりィ。あたしじゃ自分とレッドを守り切れるかどうかも危うい。自分の身は自分で守ってくれ」

「ラジャー」


 そこから再び猛攻が始まった。先ほどとは比べものにならぬ速さ。レッドだけは何とかブルーが守っているが、他三人は徐々に切り傷を増やしていっている。


「まずい、このままではジリ貧だぞ」

「ふえぇ……ふらふらしてきたよ」

「泣き言言ってんじゃねえ! 押せ押せェーッ!」


 と激励したブルーの足から血が迸った。


「ってェなもう、腹立つ!!」

「あ、グリーン! 危ない!」


 皆がブルーに気を取られた隙に、リデムは駆けた。その拳がグリーンの胸に届かんとする。


「う、うわ──」


 殺られる、と思った時だった。

 目の前で、ヒュンッ、とリデムが消えた。


「ええ!?」


 いや、消えたのではなかった。

 床に、小さく深いがピンポイントでのだ。


 リデムはそこから下へ──三十メートルは落下したように見える。よく見えないが、翼と脚が変な方向へ曲がっている。骨折したらしい。


「何だ、これは……」


『ピー』

 天井から音が降ってきた。

『バックアップデータとの同期が一部完了。仮想空間技術、使用可能』


「!!」

「サンキューホワイト!」

「た、助かった」

『ピーガガガ』


 ホワイトの一計で、起死回生だ。形勢逆転──これなら何とかなるかもしれない……!


 その時、ドォンと、仮想空間全体が揺れるほどの衝撃が訪れた。


 地の底で伸びていたリデムは、の直撃を食らってギャアッと喚いた。


「!? レッド!?」


 いつの間にかレッドが溝の前に座っていて、懸命に体幹を支えながら、両手でビームガンを構えていた。


「みんな、時間稼ぎありがとう。──この機を逃すな。一斉攻撃!!」


「! ラジャー!!」


 全員、ビームガンをチャッと構えて照準を合わせる。

 そして、四色の光線がゲリラ豪雨の如くリデムに降りかかった。


「うおらー!!」


 リデムに動く隙を少しも与えぬために、皆、最後の力を振り絞る。


「んむむーっ!」

「……レッド?」


 レッドがふと攻撃をやめ、ぐぐぐ、と力を溜め始めた。

 手先とビームガンが、少しずつ……太陽の如き眩い《まばゆ》い赤に輝き出す。

 じわ、とまた傷口が赤黒く濡れた。


「おい!」

「むうーっ、むむむむむ……」


 溜めて、矯めて、溜め込んで、


「そいやぁーっ!!」


 見たこともないような規模の、砲弾のようなビームが投下された。

「!?」

 火事場の馬鹿力としか思えないそれは、一直線にリデムに突撃し、その全身を包み込んで爆発する。


 燃える——火達磨のごとく。圧倒的な威力の“勇気の魔道”が、“悪の魔道”を悉く焼き尽くしていく。

 リデムは一際大きく、苦しげに叫び声を上げた。


 そして、儚く、それでも確かに──聞こえた。


 待ち望んだ、悲願の、が。


 ──パキンッ。


「!!」


 全員が射撃を止めて、リデムの様子を窺った。その時再び、天井から声が降ってきた。


『ピー。“悪の魔道”の消滅、確認』


「!!」

 グリーンはハッと上を見やった。そして、


「やっ……」

「やったああああああああああああ!!!」


 四人は飛び上がって、互いに駆け寄り抱き合った。


「やった、やったよぅ」

「マジかよ信じらんねー!」

「凄いよー! わああ!」

「勝った。勝ったんだな、おれたち……!!」

『オメデト、ゴザマス』


 五人は、怪我の痛みも忘れて、喜び合った。

 グリーンは、目から次々と熱いものがこぼれるのを、止めることができなかった。


 勝ったのだ。ついにおれたちが、あのリデムに──憎き敵の首領ボスのコアを破壊した。

 ついにやった。──ついに、勝てた。

 誰も死ぬことなく。誰のコアも砕かれることなく。


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