第14話 白光の巨砲


 怪物の拳を何度防いだだろうか。

 待ちに待った報告がきた。


「見つかりましたっ!」

「!!」

 緊張が、雷のように全身を走る。

「どこ? 状況は? 怪我人は!?」

 レッドが息せききって訊いた。

「その……」


 通信機の向こうのグレーはやや咳き込んだ。

 嫌な予感がした。


「場所は本部第二棟脇の広場です! あの、十数人やられていて!! 助けに入りたいのですが、とても……」


 グリーンは青ざめた。十数人も! 重体なのだろうか? 死者はいるのだろうか?

 ブルーが舌打ちした。


「早く行ってやんねーと……!」

「ホワイト、聞こえましたか? 仮想空間はそこに展開できる?」

『いいえレッド。届きはしますが、リデムの実力ならば展開速度よりも速く逃げられる可能性が高いです。足止めが必要です』

「足止め……」

『あと約47秒で準備が完了します。そちらの準備が整ったら合図をお願いします』

「分かった」


 レッドは仲間を振り返った。


「わたしが一発叩き込む」

「……!」

「みんなはすぐにホワイトに乗れるようにしておいて。わたしもすぐ合流する」


「一人じゃ危険だ」

 グリーンはすぐさま言った。

「レッドに怪我でもされたら……」

 勝機がなくなる。何より、耐えられない。絶対に嫌だ。


「ぼくが隠れておくよ」

「イエロー」

「攻撃直後にレッドを回収して最速で連れてく。もしもの時には助けに入る」

「それなら、おれも」

「だめだよ。巨大化したホワイトはまとになりやすい。無防備にしておけない」

「……むう」

「ではそれで。イエロー、頼みます」

「ラジャー」

「二人はホワイトの元へ。あと、グレーに指示を」

「ラジャ。仮想空間には入れなくていい、よな?」

「……ええ。危険だし……ホワイトの負荷軽減のためにも、少数精鋭でやるしかない」

「オーケー」

「後の采配は任せる」

「……うし。やるぞ」


 四人はいっとき、目線を交わした。そして二手に分かれて駆け出した。


 ☆☆☆


 ブルーとグリーンは、グレーたちに役割ごとに分かれるよう命じながら、ホワイトの元へ急いだ。

 やがて通信が入った。


「こちらイエロー。配置についたよ」

「グリーンだ。こちらも大丈夫だ」

「では、ホワイト。わたしが撃ったらすぐさま展開を」

『ラジャー』


 ドクン、ドクンと鼓動が速まるのをグリーンは感じていた。

 どうかうまくいきますように──。


 そして、ズドン、と音がした。


『ピピ────』


 視界が真っ白に染まる。次の瞬間には、グリーンたちは白くだだっ広い平らな空間に居た。

 目の前には巨大化したホワイトの脚部。

 グリーンはひとっ飛びでホワイトの肩に乗っかった。続いてブルーがビームの縄を使ってスルスルと登ってくる。


「よし」


 これで現実世界における周囲への被害は完全に防げる。目の前で動揺している鉄色の怪物は、もう町を破壊することはできない。巻き込まれた一部の──数十羽の鳥たちもだ。

 こちらとしても、攻撃に専念できる。


 問題は──


 グリーンはリデムの姿を探して顔を巡らせた。

 途端。


「プギャー!!」

 イエローが猛烈な勢いでホワイトに叩きつけられた。

「ええ!?」

 イエローはずるずるとホワイトを伝って落下する。余程の威力だったらしく、立ち上がれないでいる。

 グリーンは慌てて飛び降りた。

「どうしたんだ!」

「バ……バレてた……勘が鋭すぎるよ……あいつ……」

「そんなまさか!」


 レッドが確かに一撃を入れたはずなのに、それでも俊足のイエローを捕捉するほどの余力があったのか?


「大丈夫……仮想空間ここに連れ込むのだけは成功した……でも、レッドが……!」


 グリーンはハッとして顔を上げた。


 レッドは──

 ひらりひらりとリデムの手から逃れている最中だった。

 しかし次の瞬間、リデムに喉元を掴まれた。

 そのまま持ち上げられて、ぎりぎりと締め付けられている。


「ぐあぁっ!」

「レッド!」


 グリーンはすっとんでいった。


「ちょ、おま! イエローはどうすんだ! ってか、怪物こっち来てるんだけど!? ああでも、レッドが……! くそ、どうすりゃいいんだ!?」

 忙しすぎる戦況にブルーは頭を抱えている。


「レッド……」

 リデムは静かに言った。どこか危うい茫洋とした雰囲気を纏っている──しかし、明らかに怒っていた。

「よくもこの私を、こんな場所に連れ込んでくれたね……」

「ううっ」

「少々君を見くびっていたようだ……。決めたよ、まずは君を殺す」


 ビキッ、とリデムの手に力と魔道が込められた。


「んぐっ!!」


 レッドはもがき苦しみ──そしてリデムが、火傷したようにパッと手を離した。


「つっ……」

「ゲホッ、ゴホッ、ヒュウッ」


 レッドはへたりこんだ。どうやらあの状況下で、喉元に“勇気の魔道”を集中させたらしい。──なかなかの胆力だ。

 この隙を逃してはならない。近接戦に持ち込むのだ。グリーンは無我夢中でリデムに一気に近づいた。


「どらぁー!!」


 リデムは動じることなく、構えを取ってグリーンを捕らえようとした。

 グリーンはその動きを、注意深く見極めた。


(バケモノ相手に戦うには──相手の力を利用する!)


 リデムが掴みかかろうとした刹那、グリーンは身を捻った。空振りをしたリデムごく僅かにバランスを崩す。その背後に回り、彼の尾の攻撃も何とか躱して、黒い翼の生えた背中に魔道を込めた蹴りをお見舞いする。

 リデムの体がぐらりと傾いだ。


「行くぞ!」


 グリーンはレッドの手を取って駆け出した。早くホワイトに乗り込まねばならない。

 レッドはまだ苦しんでいたが、足をもつれさせて走りながらも振り向き、ビームガンで二発、追撃を加えた。

 そのビームは、リデムが倒れ込んだ体勢で掌から発射した魔道の砲弾とぶつかって、威力を相殺した。


「危なっ……。助かった、レッド」

「ぐふっ。それより、急がないと」


 怪物が、ズシンズシンとホワイトに近寄っている。


「くそ……!」


 ここまでの時間で、ブルーは滅茶苦茶にビームを撃ちまくっていたようだ。青い魔道が網目状に張り巡らされて、怪物の行手を阻もうとしていた。

 そして怪物が網に接触した。ビリビリと魔道が効いている音がする。しかし怪物はというと、一切構わず前進を続けようとしている。青の網はみしみしとたわんだ。


「何とかもってくれ──」


 ブルーが更にビームを追加した。しかし時を同じくして、鳥の怪物が群れとなり、網に向かって突進してきた。


「! やべェ」


 突き破られる、と思われた時、突然下方から金色の弾幕が飛び出した。

 何百もの細かい連撃が鳥たちを撃墜する。数秒にして、群れは消滅した。


「イエロー!」ブルーは叫んだ。「お前、大丈夫か……」

「だいじょーぶ」


 座り込んだままそう答えたイエローに駆け寄ったグリーンは、彼を小脇に抱えた。

「うわ〜?」

 続いてレッドの手を離し、こちらも抱えた。

「ほえぇ!」

 そしてジャンプ。

「わわ〜!!」

 ドン、と無事にブルーの隣に降り立った。


「お……お疲れさん、三人とも」

「あの、グリーン、」

「いいから早く乗るんだ」


 巨人もリデムもじきに攻撃に転ずるだろう。時は一刻を争う。


「させる、ものか」

 リデムは両手を巨人にかざした。

 めきめきと音がして、怪物が更に大きくなる。

 大量の魔道が注ぎ込まれて、禍々しさも一層増した。

「手加減はしない……」

 より力を漲らせた怪物は、ブルーの魔道をいとも簡単にばらばらにしてしまった。


「あっ」


 その様子を固まって見ているレッドを、グリーンは引っ張った。


「しっかりしろ!」

「!」

「──信じるんだぞ。仲間と自分を」

「うん……!」


 グリーンはレッドを連れて、ホワイトの背中から中へと飛び込んだ。


『……皆サン乗り込みましたね』

「待たせてごめんなさい、ホワイト」

『指示を願います』

「では……」

 レッドがちらりと怪物の頭を見上げた。

仮想空間ここの天井を低くして」


『?』

「……?」


 ……ややあって、グリーンは理解した。

 リデムは墓穴を掘ったのだ。というより、元から怪物はホワイトより大きかった。


怪物あいつの頭を潰して動きを封じる。それと同時に大砲を撃つ。──いける?」

『可能です』

「ではみんな、手を」


 四人の手が、機械の上で重なり合った。

 モニターは、重い足音を響かせて向かってくる怪物をしっかりと捉えている。


『いきます』

「お願い」

『地獄へ堕ちろ。用意……ドン=ジョバンニ!』

「お前そういうのやめろ! 空気を読め!」


 というグリーンの突っ込みは、「ゴシャッ」という凄まじい音に掻き消された。

「がうっ」

 怪物は初めて声を発した。

 打撃はかなり効いたようだった。頭を粉砕するには至らなかったが、怪物は背中を丸めて身動きが取れないでいる。

 

「今だっ!」

 レッドが声を張り上げた。


 ──“勇気”と“絆”が、力になる。


「放てっ、」

『シャイニーキャノン!!』


 五人の声が揃った。


 ホワイトの口に色とりどりの光が集結し──それらは仮想空間よりもなお白く、まばゆいばかりの光となって、ゴォッと怒涛の勢いで巨人へと噴射された。

 灼熱の陽光の如き奔流が、怪人の巨大な腹を穿つ。


「がう──っ!」


 断末魔の咆哮と共に、怪物の肉体が破裂し、爆散した。

 四方八方に飛び散る鈍色の破片は、蒸気を上げて消滅していく。その身体はぼろぼろと崩れ、もはや原形を留めていない。


「や、殺った……」


 グリーンははあっと息を吐き出した。


「っしゃ、第一関門突破だな」

「ええ、何とかなってよかった……」

「ねえ、今のジョークは良かったよホワイト」

『ありがとうございます』

「何の話をしているんだお前らは。ここからが正念場という時に」

「ふふ……。さあ、気を抜かないで。この調子でリデムもやっちゃいましょう。みんな、練習の通りに」

「ああ」

『承知しました』


 対リデム戦のために鍛錬を積み上げた技。今の威力の技を、小さな目標に全て集中させる──!


 レンジャー達は息を合わせて、渾身の魔道を掌に込めた。


「もう一度! 喰らえっ、」

『アルティメット・シャイニーキャノン!!』


 ぎゅーん、と光が圧縮される。

 そして発射。ドカン、と反動が伝わって、体が骨までびりびり震えた。

 そして魔道の弾は、間違いなく、リデムを捉えた。


「……」

「──やったか?」

「いや……何か動いてるぞ」

「チッ……しぶてぇ奴め。やっぱ一筋縄では行かねーか」

『あと二、三度打ち込めば倒せる可能性があります』

「それはちょっと多いなぁ〜。魔力もつかな」

「もたせるしかねぇだろ。何度でもブチ込んでやんよ! よーし……」

「あ」

「え?」


 バギョッというとてつもない衝撃が、コックピットを突き破った。


「どぶぇ──っ!?」


 レンジャーたちはこぞってひっくり返った。

 ホワイトもゆっくりとひっくり返ったので、転がっていた四人は続いて前方に勢いよく放り出され、壁に叩きつけられた。

 戦闘スーツでなければ、ぺしゃんこの血塗れになっていたところだ。


「ぐあっ……な、何事?」


 部屋の中央に、“悪の魔道”を纏ったバカデカい銛のようなものが突き刺さっている。


「ヒェッ……。みんな無事!?」

「ま、まあ……」

『…………パチパチ……プシュー』

「ホワイト以外は……。痛てて」

「誰も死ななくて良かったよ……」

「つーかマジかよアイツ……あの一撃を食らった直後にこんな……!?」

「動じている暇はない。みんな立って──ホワイトから降りなくちゃ」


「──!!」


 グリーンは身震いした。

 キャノンでも倒せなかった相手に、ホワイト無しで挑むのか。

 この状況を想定していなかったわけではないが──果たして勝てるのだろうか。生き残れるのだろうか。

 しかし──。


「やるしか、ないのか……!」

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