第四章 シャインレンジャーの死闘

第13話 化物の襲来


 リデム襲撃の日に備えて、レンジャー隊員はみな忙しく働いている。


 悪の組織としては、そろそろレンジャーに痛い目を見てもらわないと面目が丸潰れだろう。彼らの支援者のためにも、レンジャーには確実にダメージを与える必要がある。

 それをヨルベ以上に実行できる力の持ち主は、今のところリデムしかいないはずだ。そして彼は、その目的が達成できることを微塵も疑ってはいない様子だった。

 だからこそ躊躇いなくヨルベを切り捨ててしまえたのだろう。


 近いうちに、リデムと決戦する時が必ず来る──。


「せやけどこれはチャンスや。奴さえ壊せば悪の組織は瓦解する。奴の襲撃を機に、この数十年に渡る戦いを終わらせようっちゅーのが、本部で決まった方針や」


 訓練に専念する本隊員に代わって会議に参加していた風玲亜フレアは、珍しく真剣な眼差しをしていた。


「リデムはありえへんほど強い。あの明良あきらが一撃でやられたくらいや。が、是非とも勝ってくれ」


 そしてフレアはずいっと前に出た。


「──鍵はあんたや、千陽ちはる

「!」

「リデムが戦ったことがないんはあんただけや。あんたのアホみたいな魔道がリデムを打ち破ると、みんな期待しとる。……分かっとるな?」


 千陽はこくりと頷いた。


「元より、そのつもりです」

「あんたもやで」


 フレアがずずいっと近寄ってきたので、恒輝こうきは大層驚いた。


「ええ? おれですか?」

「せや。奴はあんたをナメくさっとったっちゅー話やないか。今度こそ強くなった自分を見せつけたれや」

「っ、ラジャー……!」


 恒輝は気合を入れて返事をした。


「よし。連絡はここまでや。……ここからは、うちの個人的なお願いになる」

「はい?」

「絶対に勝てとまでは言わん。ただ、絶対に、死んだらアカン」

「……!」


 恒輝は浅く息を吸い込んだ。これで一体何度目だろうか、兄が槍に貫かれた光景がフラッシュバックした。


「ええな」

 フレアの念押しに、

「ラジャー」

 本隊員たちの声が、揃った。



 そういうわけで、戦士も情報部も技術部も、フル稼働で備えを進め出した。グレーの戦士たちが全国から少しずつ本部へと集められており、いよいよ訓練に熱を入れている。

 もちろん本隊員たちも例外ではない。


「やったああ!」


 四人と一体がハイタッチを交わす。


「また成功だよー!」

「いけるいける! なんかもういつでも出来るようになったな!」

「うむ、よかった。“絆”がより深まった証拠か」

「ごめんなさい。きっとこれまで、わたしが足を引っ張ってたんだ」

「そんなことないよ。お互い様だよ」

『皆サンおめでとうございマンモス』

「ホワイトも、いつもありがとう」

『礼は不要です、レッド。皆サンのお力あってのことですから』


 元の姿に戻ったホワイトと共に、和気あいあいと喜び合っているところへ、珍しいお客がやってきた。


「おうおう、何だ、随分盛り上がってるじゃねえか」


 情報部長、古峰照彦ふるみねてるひこである。


「あ、お疲れ様です」

「おう、お疲れ様だな」


 照彦はそのまま腕を組んで黙って立っている。


「……」

「……」

「……照彦さん?」

「なんだ?」

「いや、何か御用なんですよね」

「おうそうだな、グリーン君よ。ちと長い話があってだな」

「……?」


 グリーンは首を傾げて、照彦の浅黒い肌の顔を見つめた。何だか様子がいつもと違うようだ。

 その時、廊下をすたすたと歩く音がして、開け放しの入り口の前に、もう一人の人影が現れた。

 スラックス姿の、怜悧そうな女性だった。


「……あ」


 彼女は照彦の姿をみとめ、ピタリと立ち止まった。


「あれっ……コロナちゃん」

 レッドが身を乗り出した。

「む? 知り合いなのか」

「う……うん」


 コロナと呼ばれたその女性は、レッドにチラリと笑顔を見せてから、長身の体をぴしりと折り曲げて、深く一礼した。


「訓練中の所、失礼いたします。情報部の黒崎と申します。入室してもよろしいでしょうか」

「どうぞ」

「ではお邪魔します」


 それから部屋に踏み込み、照彦の背中に声をかけた。


「部長、こんな所にいらしたんですか。皆して探していたんですよ」

「んん?」


 照彦はようやく振り返り、コロナをみとめた。


「そうか、それはすまなかったな」


 ははは、とピンクのアロハシャツの胸を反らして笑う。全く、とコロナは溜息をついた。


「部長は情報部ウチの責任者なのですから、行き先も告げずフラフラと出ていかれては困り、ま……」

「? どうした?」

「……」


 コロナはしばらく眉をひそめて照彦をジッと見つめていた。それからおもむろに腰から黒い小振りなビームガンを抜き取り、ピキュンと照彦の額を撃った。


「!?」


 本隊一同が驚愕する中、撃たれたところを中心に照彦の体がぽろぽろと剥がれて崩れていく。

「何っ!?」

 すっかり正体を現したそれは、照彦とは似ても似つかぬ顔の、太った老爺だった。


「今朝の照彦さんのシャツは、そんな薄桃色じゃなくて、派手なピンクだった……」

 コロナが低い声で言った。

「それに、前に察知したことがあると思ったんだ。お前の“悪の魔道”。あまりに微弱だから気づけなかったが……。いつだったか、列車で迷惑行為をはたらいていた輩だろう。お前がスパイの一人か?  一体いつから怪人になった? いつから、うちに出入りしていた?」


 怪人は苦しげにうずくまりながらも、にやりと笑って立ち上がろうとした。


「ブルー。拘束を」

 レッドがぼそっと指示を出した。

「ほいきた」


 ブルーは蒼いビームを使って老爺の体を、例の如くぐるぐる巻きにした。


「くっ」


 男は芋虫のようにもがいている。グリーンは拳を固めて駆け寄ろうとしたが、それをコロナが制した。


「お待ち下さい。聞くことがあるので」


 コロナは膝をつき、彼の顔を覗き込んだ。


「照彦さんはどこだ」

「……」

「答えろ。ここには本隊の皆様もいらっしゃる。……早く吐いた方が身のためだ」


「……あのオッサンなら……」

 男はにやにや笑うのをやめない。

「オレの仲間が連れ去った。今頃、どこぞで死体になっているかもなぁ」


 その場の全員が息をのんだ。


「でたらめを言うな」

 コロナが声を荒げた。

「あの人がそんな簡単にやられるタマか。あの人はお前なんかより何倍も凄い方なんだぞ」


 男は気持ちの悪い笑みを絶やさず、黙っている。

 コロナは怒りに燃える瞳でそれを睨んでいる。


「……何故だ」

 グリーンは言った。

「何故お前はここへ、一人でのこのこと現れた。お前にはそれが自殺行為だと分からんのか」

「……」

「身の程知らずが」ブルーの声は氷のごとく冷たかった。「たった一匹の雑魚が、何か悪さをするようないとまを、あたしたちが与えるとでも?」

「……違うなあ、本隊員様よ」

「何が違う」

「オレみたいな下っ端が、そんな大層なお役目を頂けるものか。俺はただ、正確な位置情報を提供して、ほんの一分だけでも時間を稼げ、と仰せつかったにすぎない」

「……どういう意味……」


 グリーンが言いかけたところで、ホワイトがビーッと警告音を発した。


『強大な“悪の魔道”を感知! 周囲に警戒して下さい!』

「え? 急だな!?」

『今までワタクシには感知できませんでした』

「そんな」

「コロナちゃんっ!!」


 レッドがいきなり叫んで、飛びつくようにしてコロナを突き飛ばしたその瞬間、轟音がした。

 腹に響く重い衝撃、爆風のような圧。

 隊員たちは飛び退いて、床に転がって受け身を取った。

 トレーニングルームの壁が一面、なにものかに砕かれて、ごっそりなくなっていた。ぱらぱらと壁の破片が散る。ビュウと風が吹きつけて、青空と灰色の街並みがよく見えた。


「何だ……!!」

「襲撃か!」


「ごほっ。ほうら来たぁ」

 男は這いつくばったままにやついた。どうやら巻き添え覚悟だったたらしく、拘束されたまま吹き飛ばされた上に壁の欠片を体に食らって、苦しそうである。

 グリーンは立ち上がって一瞬で距離を詰め、男の胸ぐらを掴んだ。


「何のつもりだ。今の攻撃は何だ!」

「げほっ、げほっ」

「答えるんだ」

「ごほ……。ひ、ひひ」

「何を笑っている」

「ひひ……リデム様がおいでだ……お前らの負けだぁ……!」


 グリーンが殴ると、老爺の貧弱なコアは難なく砕けた。振り返って周囲の状況を確認する。


「オイ! クソデケェバケモン出てんぞ!!」

 ブルーが叫んでいる。

 確かに、鉄色のゴツゴツした物体が見え隠れしている。


 どうやら何かの右腕だ。


(ここは建物の五階なのだが……)


 いや、悠長に構えている時間はない。


「よけろ!」


 巨大な腕が、空いた穴から部屋に突っ込まれる。


 レンジャー達は素早い身のこなしで部屋の隅に退避した。イエローがホワイトを、レッドがコロナを、搔き抱いて庇っている。

 立ち上がる間も無く、再び拳が叩き込まれる。本隊全員をぺちゃんこにしかねぬ攻撃に、一同は逃げ惑った。


「わー、死んじゃうよ」

「コロナちゃん、必ず守るから。今すぐシェルターに逃げて」

「分かった」

「ホワイトは隙を見て外へ。仮想空間を作って、早く!」

『承知しました、レッド』

「おい、グレーはいるか? 無事か? 直ちに連絡を回せ。作戦通りに動け」

「照彦さんの捜索にも人員を割いてくれ!」

「おし、今はとにかくコイツの対処だ。誰も傷つけさせるな!」

「うん。先に行くよ!」

「ええ。みんな、イエローに続いて!」


 レッドの声に頷き、グリーンは仲間と共に穴から外へ飛び出した。


 ゴォッと視界が開けて、本部の建物から頭をのぞかせるほどの巨体が目に飛び込んだ。


「こ、これは……」


 確かにとんでもない。鋼でできた巨人みたいだ。丸みを帯びた四角い頭、どでかい肩幅、地面にめり込みそうな足元。

 巨大化したホワイトより一回りは大きい。


 そして、飛び交う無数の鳥のような怪物。

 黒や紫に怪しく光りながらくうを舞い、建物を、そしてその中で逃げ惑うレンジャーたちを突き回そうとしている。


 リデムはこのサイズの怪物と、この量の怪物たちを、一瞬にしてここに出現させたというのか?

 こんなのと、どうやって戦えと?


 ヒュウウ、と空気がヘルメットをかすめる音がする。このまま地面に着地するつもりだったが、そんなことをすれば巨人にプチッと踏み潰されかねない。


「気後れするなァッ!」


 ブルーの叫び声が聞こえた。

 彼女はビームガンでいくつもの足場を空中にばらまいた。


「!」


 グリーンは近くに出来た足場でグッと踏み切り、一気に怪物の首辺りまで跳んだ。


「感謝する、ブルー!」


 本隊員たちは足場と建物を頼りに、ビームを浴びせかけた。

 鳥の方は比較的早く消滅させられる。

 しかし巨人の方は違った。レッドのビームを食らってもなお、鋼鉄のようなその頭部は、わずかにのけ反るだけで少しも削り取れない。こちらからの攻撃を五月蝿そうにしてはいるものの、それ以上のことではないらしかった。


(頑丈すぎる。どういうことだ……!)


 しかし幸い、奴の動きは鈍かった。三たびその拳が建物に振り下ろされようとした時、四人は息を合わせて同じ場所にビームを集中させた。


「おおおおおああああ!!」


 バチッ、と拳が弾かれて、怪物はよろめいた。何とか防御できたようだ。


「良かった……」


 しかし、このままでは防戦一方である。


「何とかダメージを与えられないか……」

「今は構いません、グリーン」

「何?」

「全力を出すのは後。敵を仮想空間に取り込んで、こっちがホワイトに乗ってから。それまでは守りに専念して!」

「……そうか。ラジャー」


 それからは段々と、体力と魔力を温存する余裕が出てきた。

 グレーたちも続々と出動してきてくれている。他の地区からもかき集めてきたので、何十人と助っ人がいる。

 彼らと共に、鳥を追い払いながら、巨人の緩慢な動作に合わせて攻撃を防ぐ。何とか持ち堪えられそうだ。

 だが。


「リデムはどこにいるんだろうね?」

 イエローが防御の合間に言った。

「次は直接来るって言ってたのに……。あの雑魚怪人も、リデムが来たって言ってたし」

「……」


 確かに、奴ほどの魔道の持ち主ならば、居場所を察知できてもおかしくないが、それができない。

 巧みに気配を消しているのか。


「奴を探しながらとなると、厄介だな」

「あいつも一緒に仮想空間に引き摺り込まないと、わたしたちが怪物と戦っている間に何をされるか……あ、みんな、来るよ」


 ドンッと、拳と魔道が何度めかの衝突を起こす。


「ふぅ。……今はホワイトの索敵能力に頼れない。グレーにリデムを探してもらうしかねぇだろ。こっちは人員が足りてるしな。見つけたら接触せず即刻報告させるんだ」

「それがいいね、ブルー。ぼくから指示を出しておくよ」

「頼んだ」


 やることは、決まった。

 今はとにかく、被害を出さずに時間を稼ぐ。


 リデムが見つかるまで。

 ホワイトの準備が整うまで。

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