Interlude III
ひまわり畑
ひまわり畑の脇にある、小さな墓地。
果てしない花弁の海にうずもれるようにして、それはあった。
ぼくは蝉時雨を一身に浴びて、灼けた墓石に水を打った。
「ふぃ~」
空を仰いで額の汗を拭う。
毎年ここを訪れている。
暑くてうるさくて、鮮やかな金色の花と青空が眩しくて、それなのに、心が静けさで満たされる。 天と地と、ぼく。
なんと清々しい孤独感だろう。
ぼくらは今、二人っきりだ。
「天国でも元気にやってる?」
ぼくは目の前の墓石に訊いた。
「幸せにやってくれていたら嬉しいなぁ」
ぼくの親友、
ぼくはこんな田舎育ちで、近所にろくに子どももいなかったから、毎日知代と遊んでいた。
知代は身体が弱くて、だいたいは室内で大人しくしていたけれど、そんな境遇をものともせずに人一倍明るく笑う子だった。
知代が死んだ時、月並みだけれど、ぼくは誓った。
これからは知代のぶんまで生きる。
知代のぶんまで夢を追って、知代のぶんまでいっぱい笑って生きるんだと。
ぼくがレンジャーを志したのも、いつも笑っていられるのも、全部知代のお陰。
この話をすると、たまに言われる。
「その子のこと、好きだったんでしょ?」
それを聞くと、ぼくは何だか悲しくなってしまう。
知代は親友だ。それではだめ?
まあ、もし結婚するなら知代との可能性が高いのかなぁ、なんて思っていた時期もあった。仮にぼくが恋をするなら、その相手は必ず知代だろうと思っていたことも。
だけど、それはそれ。
結局、恋ではなかったのだから、ぼくはこの先も恋人を見つけることは無いだろう。
知代の方が、本当のところぼくをどう思っていたかは、今となっては知る術がない。けれども、少なくとも最後まで知代は、ぼくを友人として扱ってくれた。
ぼくは目を閉じ、しばしの間、あの頃のことを思い返した。
☆☆☆
彼女は、レンジャーに恋するオタク女子だった。ぼくはいつも、彼女が熱く語るのを拝聴する係をやっていた。
レンジャーという組織そのものが好きなオタクというのも存在するが、知代はレンジャーの中に「推し」を見出すタイプのファンだった。
特に、グレー時代から注目していた戦士が本隊に上がった時の喜びようといったらなかった。
「かぁーっくいーぃ!」
知代は目を輝かせて画面に見入っては、床を転がり回る。
ふつう、好きな男の前で他の男の雄姿に悶絶するなんて真似はしないだろうな。だからぼくは、性別とか恋愛とか、そういう類のことに気を取られることなく、安心して知代と共に過ごせた。
レンジャーが出動した次の日なんかは、知代は部屋にぼくを引っ張り込んで、アップされた動画を熱心に観ていた。戦場にはいつもドローンが飛んでいて、臨場感たっぷりの映像を観ることができたから。
何度も観るうちに、だんだんとぼくまでレンジャーのファンになって──。
「あーあ。観てるだけで幸せ!」
「そうだね。かっこいいもんね」
「アタシもレンジャーになれれば良かったのに」
「そうだねえ」
知代は虚弱だし、いつ発作が起きるか分からない難病を抱えていた。何とか
そして何より、生まれつき魔道のコアを持たなかった。これでは逆立ちしたって戦士にはなれない。
「ま、こうして観て楽しめるだけで良しとするか。ムフフーン」
動画が終わったので、知代は別のアングルからの動画を探して画面をスクロールした。
「ふんふんふふん」
ちょっぴり音程を外した鼻歌。彼女が上機嫌の時の癖。
「あのさ」
「なーに?」
「ぼくが代わりにレンジャーになるっていうのは……どう?」
それは少し前から考えていた選択肢だった。やや緊張しながら、ぼくは知代の様子を窺った。
「たっくんが?」
「うん」
「レンジャーに?」
「うん」
「それは!」
知代の表情がぱあっと明るくなった。お天道様に向かって花開くひまわりのように。
「それはいいな! それいい、それいいよ! そしたらたっくんを、アタシの一番の推しにしてあげる!」
勢い込んで言われて、ぼくはほっとした。
僻まれたりしたら嫌だなと思っていたのだ。ずるい、妬ましい、なんて思われるかなぁ、と。
でも、知代は本当に良い人だ。優しくて、ポジティブで、決して悲観的にならない。
ぼくはにっこり笑った。
「ふふふ。ぼくが『推し』かぁ」
「あ、やるからには、本気で頑張んなきゃダメだからね。ヘラヘラしてちゃ駄目だからね」
分かった、頑張るよ、とぼくは約束した。
それからひとしきり動画を観て語り合って、晩御飯の時間になったので、ぼくは知代とさよならをした。
そしてそれが本当のさよならだった。
次に会った時、知代は色んな管に繋がれて、病院のベッドに横たわって──こときれていた。
ひゅう、と息を吸い込んだまま、ぼくの身体は硬直した。
全ての音が遠ざかる感覚。
弱めの冷房の音。蝉の音。よく分からない医療機器からの電子音。
遠く、遠くて、知代の顔色はとても白くて、あの無邪気な笑顔の持ち主とは別人みたいで、そしてぼくは一体どうすればいいのか分からない。考えがまとまらない。ただ呆然と立ち尽くすだけ。
おばさんの泣き声が聞こえる。おじさんの涙が見える。
ぼくは──
いつかこういう日が来ることは分かっていたけれど──
ああ、
まだ、早いよ。
まだ、一緒に居たかったよ。
まだ、きみの話を聞いていたかったよ。
きみに、レンジャーになったぼくを見て欲しかったよ──。
☆☆☆
たとえ大切な人を亡くそうと、人は、過去にとらわれることなく生きていかねばならないわけで。
ぼくは知代に恥じない人生を送るために、色々と努力を重ねた。
いつも笑顔で、人に優しく。悲観的にならず楽観主義を貫いて。
そして、レンジャーになるという夢を叶えて以降も、前へ進むことをやめなかった。
全ては、天国から推してくれている友のために。
ぼくは知代に、極楽からぼくを覗き込んで、雲の上をころころと転がっていてほしいのだ。
ぼくは墓地を出た。
黄色の波が押し寄せる。この花を見るたび、あの子のひまわりの笑顔を思い出す。
彼女はこれからも見ていてくれるだろうか。だとしたら嬉しい。もし見ていなくても、ぼくはぼくのために、知代の思いを背負って戦うんだ。
ぼくはいつも通りにふんわり微笑んで、背筋を伸ばし、ひまわり畑のそばをてくてくと道なりに歩いていった。
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