第12話 仲間なんて
「……リデム……」
グリーンはよろよろと立ち上がった。
兄の仇が目の前にいる。
どうして、怒りの衝動を抑えていられようか。
「覚悟っ」
ふらつく足で走り出す。
「あ、グリーン、ダメですよ……待って!」
ビターン、とグリーンは転んだ。まだ調子が戻らないのだ。
「ああ、だから言ったのに」
レッドはそう言って、朦朧とした様子でビームガンを構えた。その場から撃つつもりらしい。
「手柄を立てるのはわたしなんですからね……!」
「二人とも何やってんだ落ち着け。早まるな」
ブルーが冷静に呼びかける。しかしレッドが止まる様子はない。
照準を合わせようとしながら、ふらふらっと標的に近づいていく。
リデムは、にじり寄ってくるヨルベに一瞥をくれてから、誰にともなく言った。
「面白い。まさかこれほど早く、這い上がって来るとは」
特に面白くもなさそうな暗い声音である。
「あ、当たり前……だ!」
レッドが珍しく語調を荒げた。グリーンは驚き、うつぶせの状態から頭を起こした。
「あなたなんか、今すぐ粉々に……っ、しますから!」
言うや否や、彼女は引き金を引いた。
グリーンは固唾を飲んだ。
レッドの破壊力がリデムに通用するものなのかどうか、これで分かる……。
しかしレッドは、撃った衝撃でビターンと仰向けに吹っ飛んでしまった。やはりグリーン同様、本調子ではないらしい。
そうして射出された、ちょっと頼りない赤い光の柱が、へろへろへろとリデムとヨルベを包み込もうとする。しかしその直前に、リデムは槍の穂先を振り回して“悪の魔道”で壁を作り出し、瞬時にバリアを張った。
バチバチッと、両者の魔道がせめぎ合い、しばらくののち両者ともぱっと消え失せた。互いに勢いが相殺されたのだ。
「あ!」
「消えた!」
ホワイトに匿われたギャラリー含め、それぞれが反応を示した。
しかしレッドはというと、ついさっきヘルメットの後頭部をしたたかにコンクリートにぶつけたばかりらしく、ひっくり返ったまま「うう〜」と唸っている。
リデムはそんなレッドに興味も示さず、相変わらず単調な声色で言った。
触れたら毒に侵されてしまいそうな危険なオーラに、グリーンだけでなくヨルベも怯えているようだった。
「ヨルベ。お前……コアが壊れかけている」
「は、はい、すみませ──」
「……随分と無駄なことをしてくれた。大した損害も出せずに……。お前は、役に立たなかった……」
「リ、リデム様」
ヨルベが焦った様子でボス怪人の顔を見上げた。
「リデム様、あたくしはまだやれますわ。確かに今日はしくじりましたが、一度出直してコアを回復させたらきっと──」
「黙れ」
「……!」
「お前の嬌声は聞き飽きていたところだ……。丁度いい。どちらにせよ、半壊した怪人など大して使い物にもならない……邪魔なだけだ……」
リデムの持つ槍から悪の魔道のオーラが消えた。鈍く銀に光る刃が、座り込んでいる怪人ヨルベに向けられる。
「リデム様ぁ……! お、お願い、やめて」
「……」
別れの言葉すら口にせず、リデムは槍でヨルベの胸を突いた。
「ガァッ……!」
真っ黒な血液が、先ほどとは比べものにならないほど噴き出した。
ヨルベは地面に倒れ伏した。
「なっ……」
グリーンは思わず声を上げた。
「何をしている! 仲間に対して!」
「……。私は帰る……」
「無視をするな。おい!」
リデムは煩わしそうな目でグリーンを睨んだ。
「……うるさい……。私はいらん荷物を捨てただけだ……」
「荷物って」
グリーンはヨルベを見やった。
レッドが彼女の元に駆け寄って、注意深く様子を確かめている。それからほっとしたように肩を落とし、近くのグレー達に指示を出し始めた。
どうやら辛うじて息があるらしい。
(……敵には一切容赦しないあいつも、弱った者には手を差し伸べるのか……)
そんなことを思った隙に、リデムは黒い翼を広げ、大きな尻尾で地を打って飛び立った。
「ま、待て!」
慌てて振り返ったグリーンが叫ぶと、ははは、と乾いた笑い声が降ってきた。
「これ以上はやりすぎというものだ。お互いにな……。だが、次は私が直々に、お灸を据えるから……」
「何だって!? 降りてこい、降りておれと……勝負をしろっ!」
「そう慌てなくてもいい。いずれ近いうちに、あいまみえることになるのだから……。ふふ」
声がだんだん遠ざかる。やがて豆粒ほどの大きさになった彼は、じわりの空の青に溶けて消えた。
「く、くそ、せっかくのチャンスを」
グリーンは拳を握りしめた。
「まあまあ。ぼくらの勝ち、でいいんじゃないかな?」
変身を解いた拓三は、能天気にグリーンの肩を叩いた。
「拓三……」
「最後は変な形になっちゃったけど、ぼくらはヨルベを追い詰めたんだ。リデムが彼女を見捨てるレベルにまでね。ぼくらは、勝ったんだよ」
「……そうだな。お前のお陰でな……」
恒輝も変身を解いた。解いて、拓三の筋肉質だが細めの肩に掴みかかった。
「拓三お前、独断であんな、危ないことをしては駄目だろう!」
「ごめんね。捕まっちゃったから仕方がなかったんだ」
「何とか撃退できたからいいものの……!」
グリーンが言い募っていると、ホワイトも寄ってきて労をねぎらった。
『拓三サン、
「うん。確かにちょっと疲れたけど、大丈夫……わっ」
いきなり後ろから星奈が拓三に飛びついたので、拓三は目を丸くした。
「この野郎、あんたまで寝返ったんだと思っちゃったじゃねーか! ちょっと泣きそうだったんだぞ!」
「ごめんね。でも敵を騙すにはまず味方からって、思ったから……」
「このバカ! サイコパス! すっとこどっこい! 図太い精神しやがって! こんちくしょー!!」
どしどしと背中を殴られて、それでもいつもの笑顔の拓三だった。
「……勝てたんだな」
恒輝は言った。突然の来襲でどうなることかと思っていたが、自分たちは勝ったのだ。
「うん。やったね」
「わはは。大勝利だ!」
拓三と星奈も同調し、ほんわかとしたお祝いムードとなった。
『もう大丈夫ですよ、皆サン』
ホワイトは、魅了が解けた人々を優しく誘導している。
ああ──よかった。無事にみんな元に戻って、本当に……
……みんな?
恒輝は振り返った。
ヨルベが持ち去られた後の地べたに、千陽が膝を抱えて座っていた。
全く喋らないし、全く動かない。
どんよりした雰囲気を醸し出している。
いや、どんよりどころではない。もっと差し迫った何かを感じる。
恒輝は彼女の前に立て膝で座った。
「どうかしたか、千陽」
「わたし……」
彼女の顔面は蒼白だった。
俯いて意気消沈し、静かな焦燥とパニックで、その身を焼いている。
「どこか具合でも……」
「わたし、全然、役に立ちませんでした」
彼女は苦しそうに言葉を吐き出した。まるで、とんでもない過ちを犯してしまったかのように。
「え」
「わたしなんて……」
「ま、待てよ」
恒輝は面食らっていた。
「き、気持ちは分かるが、勝ったんだからそれでいいだろう? それに今はほら、拓三に文句とか礼とかを言うのが筋じゃないか」
「……ああ……そうですね」
千陽は胡乱な仕草で立ち上がった。
「拓三さん。お陰でみんな助かりました……ありがとうございます」
「ううん、ぼくも。演技のためとはいえ、傷つけちゃってごめんね」
「いえ、そんな。むしろ感謝してるくらいで」
「……千陽さん、もしかして元気無い?」
「う……」
「魅了の効果がまだ残っているのかな? 今日はもう切り上げて、部屋で話でもしようよ」
「あ……ハイ」
千陽は伏し目がちに頷いた。
やはり、様子がおかしい。
☆☆☆
傷は実際、大したことはなかった。
医務室で手当てを受けた後、休憩室でコーヒーが淹れられるのを待ちながら、恒輝は千陽の様子を窺った。
ずっと下を向いている。ときおり力なく愛想笑いするくらいで、あとはただ俯いている。思いつめた表情だった。
恒輝は落ち着かない気持ちになった。申し訳なさそうに縮こまっている背中が、初めて会った日を彷彿とさせる。あれから四か月ほど経ったろうか、共に死線をくぐってきた戦友なのに、急に距離を置かれてしまったかのようだった。
「入ったよ」
拓三が、マグカップを四つ載せたトレーを運んできた。
恒輝は千陽の前にマグカップを置いた。
「あ、ありがとうございます……」
「何故そんなに元気をなくしているんだ」
他の隊員にもカップを配り、自分のぶんに砂糖とミルクを投入しながら、恒輝は問うた。
「あ、わたし……ですか?」
「そうだ。折角あのヨルベに勝ったというのに」
「で、でも、わたしは何も貢献していません。足を引っ張っていただけなのに、喜ぶ資格など」
「そんなことは」
気にするな、と言おうとしたところで、星奈が「あのさあ」と割って入った。千陽はびくりと肩を震わせた。
「は、はひ……」
「ちはるん、あんた、自分一人で戦ってるつもり?」
「え……」
「あたしらは仲間だろうが。助け合ってやっていきゃあいいんだ」
「な、仲間だなんてっ」
千陽が意外にも噛みついたので、恒輝は驚いた。
「千陽……?」
「そんな綺麗事……! おこがましいです。わたしは、わたしなんかは、魔道で役に立たなければ!」
千陽は言葉を詰まらせ、一旦深呼吸をした。
「すみません」
それから下を向き、幾分声量を抑えて、続けた。
「一番強くなくちゃダメなんです。だって、強いからレッドになれた……強いからみんな認めてくれた。こうして仲間に入れていただいているのも、わたしが使える奴だから……。使えない──役に立たないのなら、わたしはもうただのごみで……誰にも認めてもらえなくて、仲間でいる資格はなくて。だから、ここに居場所はなくなるんです……!」
恒輝は唖然として聞いていた。
こいつはもしかすると、とんでもない馬鹿なのではないか、と思った。
そして思い出していた。
──わたしが先代に劣る、とでもお考えですか。
あの妙ちくりんなプライド。
気弱なくせに好戦的な性格。
きっと全部、このせいだ。
千陽は最初から、強くないと仲間として認められないと思って、必死になっていたのだ。そして、仲間に見捨てられることを、ずっと恐れていた。
そこまで思い至った時、恒輝はハッとした。
──おれはあの時、なんと言った?
──「千陽の人柄と強さに惚れた」。
──確かにそう言った。でもあれは、そういう意味ではないのに。
厭な感情が、腹の底から湧き上がる。
それは、怒りでもあり、ショックでもあり、また悲しみでもあった。
そりゃあ、強くないと本隊には居られない。だがそれとは別に、共に戦いながら築いた絆というものがある。それが、こうも簡単に失われると思われていたなんて、そんな──遣る瀬無く虚しいことがあるか?
「千陽は馬鹿だ」
気づけば恒輝は、思ったことをそのまま叫んでいた。
「ヒェッ」
千陽は臆病な仔犬のように体を震わせた。
「この馬鹿者。何でそんなことを言うんだ!」
「あわばばば」
「ちょっと恒輝くん、落ち着いて」
「落ち着いてなどいられるか。おれたちの信頼関係を何だと思っているんだ!」
「分かってるから、落ち着いて」
拓三の声はいつも通り穏やかだった。
「千陽さん」
「ひゃい」
「そんなに自分を卑下しないで。きみを大事に思っている人に対して、それじゃあ失礼だよ。ぼくらを含めてね」
「……? 大事に……」
「ぼくらは千陽さんが好きだよ。ちょっと失敗しちゃったところで、それは変わらないよ」
「……」
千陽は不思議そうに拓三を見つめている。
「千陽さんはぼくらが好き?」
「? ハイ……皆さん強くてお優しくて」
「ぼくらも千陽さんが好き。それじゃダメ?」
「……」
千陽は下を向いた。それから、細い細い声で、
「ダメじゃ……ない……」
そして目をこしこし擦り、今度は消え入りそうな声で言った。
「……です。ごめんなさい。そんな……そんなこと考えたこともなくて……」
「ちはるん」
星奈が唐突に言って、ガバッと千陽を抱きしめた。
「ちはるん。あたしたちは友達だ。ちゃんと仲間として大事に思ってる。だからちはるんも、信じてくれよ。あたしはちはるんに信じて欲しいよ」
「はい。……あのう」
千陽はくぐもった声で言った。
「なんだ。何でも言ってみろ」
「わ、わたしも皆を信じたい……」
「おう。信じろ」
「でも、まだ、頭が混乱していて。えっと、その……ちょっとずつでも……いいですか?」
星奈は千陽の目を真っ直ぐ見つめ、それからにっと笑った。
「もちろんだ」
千陽のふさふさした頭をぽんと叩く。
「今からでもゆっくりやり直せ」
「……はい。そうしま——そうする」
「うん」
星奈は恒輝を振り返った。
「これで大丈夫か?」
「あ、ああ」
恒輝は戸惑いがちに頷いた。
何やら小難しそうな事情がありそうだが、もう、怒る必要はない。
彼女は、見えない殻を被っていた。そしていまそれを破り始めたのだ。喜ばしいことだ。
だから、かける言葉は多くなくていい。
「共に頑張ろう、千陽。これからも」
「うん」
千陽は照れ臭そうに顔を上げ、恒輝を見て遠慮がちに微笑んだ。
「ありがとう。よ、よろしくね」
「……うむ」
恒輝は目を逸らしてしまった。
諦めたとはいえ、可愛いと思ってしまうのは止められなかったのだ。
「星奈さんも」
「おう」
「拓三さんも」
「うん」
「ホワイトも」
『やったー』
棒読み、と星奈が茶々を入れた。
『では……「ぃやっとぅぁああああ」』
千陽が小さく吹き出した。拓三はケラケラと笑いだす。星奈はその様子をニヤニヤしながら見ている。
いい方向への風が吹き始めたように感じる。
今までよりも、確実に。
——これから本隊は、より強い“絆”で結ばれることになるだろう。
もしうまくいけば、の話であるが。
「それじゃあ、戦勝祝いに」
「飲みにいくぞ、野郎共! ヒャッホーイ!」
拓三と星奈が喜び勇んで部屋を後にする。恒輝は千陽とホワイトの手を取って、二人の背中を追いかけた。
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