第7話 自分の手で
それからまた数週間が経過した。
このところ恒輝は、千陽と同じ部屋にいるだけで顔が赤くなるという症状に悩まされていた。これまでは何とか平常心でいられたのだが、愛花梨の言葉を思い出すと、勝手に体が熱を帯びるのだ。
——好きなんだと思うわ。
(ああ、くそ。意識してしまう)
大変恥ずかしいので、恒輝は誰よりも早くトレーニングルームに入って、ランニングで体温を上げて誤魔化すようになっていた。だが、勤務中だからと冷静になろうとしても、彼女の言葉が耳から離れない。
——告白するの?
告白なぞしたところで何にもならないことは分かっている。これはどこまでも自己満足に過ぎず、それに千陽を巻き込むのは申し訳ない。
だが、この気持ちをあやふやなまま放置しておくのも嫌だ。
そうやって悶々と悩みつつダンベルを上げ下げしていると、またしてもフレアがひょっこりと顔を出した。
彼女は挨拶もなしにいきなり大声をあげた。
「情報部が!」
「へ?」
「ヤバい情報を掴んで来よったでぇ!」
「ヤバい……?」
「ついに“怪人”が現れるらしいで!」
「……!!」
たちまち、訓練室にぴりっと緊張が走った。
怪人——人の身でありながら悪の魔道に呑まれ、悪の組織に加わった者。悪の組織を構成する中心的な人々であり、多くは異形の姿をしている。怪物を作り出したり、時に自らレンジャーを攻撃したりする。
「本当か?」
「え……っ、来るの早くね?」
「いよいよですか」
隊員たちが様々な反応を見せる中、フレアの後ろから、情報部長の
「おう、本隊諸君。元気にやってるか?」
フレアに負けず劣らず色鮮やかなアロハシャツを着用した、暑苦しいおじさんである。
「フレアさんの言う通り、じきに怪人が派遣される」
彼は手にしたタブレットをひけらかした。
「これが報告書だ」
本隊員たちは照彦の周りに群がった。
レンジャーの諜報員が、悪の組織の会話を盗聴することに成功したらしい。確かにそこには、「怪人ニーゴスを出す」との情報が含まれていた。
千陽のレッド就任以降に現れた怪物たちを裏で動かしていたのも、ニーゴスであったという。
「彼が、ここまで怪物を派遣してきていたのは、小手調べのようなものでしょう」
千陽は言った。
「ふむ。ここからが本当の戦いというわけか」
恒輝がそう言うと、千陽が上目遣いに恒輝を見据えたので、恒輝は非常にドギマギした。
「……な、何だ……?」
「ニーゴスは……グリーンにトドメを刺してもらう方向で、作戦を練りたいのですが」
「えっ」
千陽はすぐに、ふいと視線を逸らしてしまった。もしや、恒輝の動揺がバレてしまったのだろうか。そんなはずはないと思うが……。恒輝の頭に、しのぶれどナンチャラカンチャラという和歌が思い起こされた。
いやいや、さすがに意識しすぎだろう。そもそも千陽は、いつも伏し目がちに接してくる奴だった……気がする。
「悪くない手だな」
星奈が言った。
「つまり、これまでレッドが破茶滅茶にやってきたのを利用して、敵の警戒をレッドに集中させるってことか」
「そうです」
「となると、ぼくたち残り三人の中で一番パワーがあるのは、恒輝くんだもんね」
「ええ、そういうことです。──よろしいですか、恒輝さん?」
恒輝の頭に、怪人リデムと戦った時の光景が蘇った。
──やれるのだろうか、今度こそ。おれ自身の手で、誰も傷つけることなく……。
(……いや。弱気になっては駄目だ)
強くなると、決めたじゃないか。
ここで躊躇していては、怪我をした兄に申し訳が立たない。
「……やらせてもらう」
恒輝が決意を込めて言うと、千陽はふわっと笑った。雲間から顔を出した太陽みたいな、無邪気な笑顔だった。
「ありがとうございます」
「いや……」
「何や大丈夫そうやな。頑張ってな」
とフレアは言った。照彦も満足気な顔をして、フレアと共に退室した。
「よし。そうと決まれば、早速仮想空間でデモンストレーションをやろう」
拓三が明るい声で言った。
「ホワイト、対ニーゴスを意識した空間構築はできる?」
『できますよ、拓三サン。お任せください!』
それからはひたすら対怪人戦を想定した訓練が続いた。
グリーンとレッドの呼吸は、次第に合うようになっていった。巨大化したホワイトに乗ってのシャイニーキャノンも、少しずつではあるが威力を発揮するようになってきていた。まだ、実戦で有効かは定かではないのだが。
コックピットで手を重ねるたび、グリーンはそわそわする。フルフェイスのヘルメットでなければ、気持ちを隠し通すことなどできなかっただろう。
そのうち、恒輝の中で決意が固まってきた。
──この戦で活躍することができたなら、千陽に思いを伝えよう。
千陽には悪いが、これが、自分の示せる最大の誠意だと思った。
何も知らせずに片思いを続けるというのは、不誠実なことのように感じられたのだ。
いつ聞いたのだったか、兄の助言を思い出す。
「やるかどうか迷ったらね、とりあえずやってみるといいよ。そうしたら後悔しないから」
(──よし)
恒輝は気合を入れ直した。
絶対にこの手で怪人を仕留めてやる。
そうしてついにその日が来た。
本隊員たちは無言でヘリコプターに乗っている。ヘルメットの内側では、皆一様に張り詰めた表情をしているに違いなかった。
「グリーン」
レッドが口を開いた。
「大丈夫ですよ。不意打ちが失敗しても、わたしがカバーします。それにいざとなったらホワイトだっていますから」
「……気遣いに感謝する。だが心配は無用だ。おれは必ず作戦を成功させる」
「そう、ですか。頼もしい限りです」
「……おう」
グリーンは柄にもなく照れてしまった。いかんいかん、浮ついた気持ちで臨むのは命取りだ。
眼下には現場の様子が見えてきた。
建物が倒壊し、人々は逃げ惑っている。ちらほらとボヤのような火事も見受けられた。救急車が何台も駆けつけていて、怪我人が担架で運ばれている。シャイングレーたちは避難誘導に救護活動、そして小物の討伐など、大わらわである。
首都ではないところでなら、こんな狼藉が許されるというのか。これは大変な差別だ。
「絶対に、食い止めてやる」
グリーンは怒りのエネルギーを溜め込んでいた。
「もちろんです」
レッドも同調する。
「被害を最小限にとどめるよう、全力を出しましょう」
「ラジャー!!」
隊員たちは口々に言って、ヘリコプターから飛び出した。
戦闘開始だ。
『ピピッ。三時の方向、およそ一キロ先に、膨大な“悪の魔道”を感知。そこに最大の怪物とともに怪人がいる模様』
「承知しました、ホワイト。――イエロー、訓練通りに。頼みます」
「ラジャー」
イエローは一足先にニーゴスの元へ向かう。残り四人はグレーを手伝いつつ前進する。
やがて遠くで金の閃光が打ち上げられた。ヘルメット内蔵のスピーカーからイエローの声が届く。
「ここは大通りの交差点! 怪人ニーゴスは怪物ギュウと一緒に暴れ回ってるよ。このあたりを更地にでもするつもりみたい!」
「市民は?」
「避難はほぼ完了してるよ」
「では、わたしたちが行くまで、そのまま潜伏しててください」
「ラジャー」
「行きますよ、皆さん」
レンジャーたちは都会の空を飛ぶように駆け、問題の地点に降り立った。
見上げるほど図体のでかくて青黒い闘牛のような怪物が、鼻息を荒くして駆けずり回っている。
その隣では、ケンタウロスの肢体と複雑な形の捻じ曲がったツノを持つ、顔色の青白い怪人ニーゴスが、パカパカと力強い足取りで走り回り、馬鹿みたいに“悪の魔導”のビームを乱射している。お陰で周辺の建物はめちゃくちゃに損壊している。歩道にも車道にも瓦礫やガラスが散らばって、酷い有様だ。
“悪の魔導”は“勇気の魔導”と違って、人や街を物理的に傷つけることができるものなのである。
ニーゴスはレンジャーたちに気付くと一旦破壊行動をやめ、ニタリと笑った。
「来たな、シャインレンジャーめ。久し振りじゃあないか」
「挨拶する猶予など与えませんよ」
レッドがビームガンを構え、いつものように最大出力でボカーンとやった。しかし、それは風のようなものに巻き取られて勢いが削がれ、明後日の方向へと逸れてしまった。
ニーゴスが“悪の魔道”の竜巻による
「ふはは。レッドを封じてしまえば、お前らに勝ち目などないぞ。それに、ほら」
ニーゴスの示した先では、ギュウが闇雲にそこらに頭突きをしている。
「あいつを放っておいていいのか? そーれギュウ、もっともっと壊してやれ!」
「ムモーゥ!!」
ギュウは猛り狂い、ドッスンドッスンとその健脚を振り下ろして、コンクリートを陥没させ始めた。
「やめろ!」
グリーンは果敢に殴りかかったが、ほとんどダメージが通らない。
「何だこいつは!」
「……レッド、先にギュウを殺っていいか?」
「ええそうしましょう、ブルー」
「ほいきた!」
「イエロー! 油断しないで、ニーゴスを抑えて!」
「はーい!」
イエローはすぐに、ビームの連射を開始した。どんなに早い攻撃も、ニーゴスは盾を作り出して余裕綽々で弾いてしまう。しかし一割程度は当たるので、とりあえず時間稼ぎにはなるはずだった。
一方のブルーはギュウの足元めがけて四、五発のビームを撃った。それらはギュウの足元にからみついたので、ギュウはどうっと倒れ込んだ。
「オラオラオラァ!」
すかさずブルーは何発ものビームを撃ち出して、変形させ、ギュウをがんじがらめに縛ってしまった。
「どうだ。身動きできねえ独活の大木のできあがりっと!」
「では遠慮なく」
レッドは、まっすぐビームガンをギュウに向けた。
「……さようなら」
ドン、ドン、ドン。
一発当たるたび、ギュウの体に大穴が空く。悲鳴を上げる暇さえ与えず、レッドは冷徹に相手を撃ち抜く。
ドカン、と最期の一発がぶっ放され、ギュウの巨体はさらさらと霧散した。
「他愛もない……ホワイトを使うまでもありませんでしたね」
レッドは言って、ニーゴスを見た。
「それはどうかな」
ニーゴスは不敵な笑みを浮かべている。
「今の攻防でイエローは消耗している。それに小娘、お前も、あれだけの大砲を撃っておいて、疲れていないはずがない」
「……」
確かに、二人とも肩で息をしている。
「残るは魔道の弱いブルーと、お荷物のグリーンだけ。どこまでやれるか見ものだな」
「は?」ブルーが言った。
グリーンも、自分の体がピクリと反応するのを感じた。
「……おれが、お荷物だと?」
「そうとも!」
ニーゴスは大げさに両腕を広げてみせた。
「我らがボスとの戦いでの失態を、よもや忘れたわけではなかろう。その後はそこの新しいレッドのお陰で勢いを取り戻したようだが、グリーン、お前は少しばかり怪物の上で飛び跳ねただけで、何の役にも立っていないではないか」
「……貴様!」
グリーンが声を荒げて撃ったビームは、手の一振りでやすやすと跳ね返された。
「なんだ、その豆鉄砲は」
「くっ……」
「さあ、倒してみるがいい。これまでのようにはいかんということを、俺が直々に教えてやろう」
レンジャーたちはじりじりとニーゴスを取り囲んだ。
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