第5話 鍵をかけて
街がまだ混乱でざわめいている中、ブルーがタヌキほどの大きさの人型の怪物の首根っこを捕まえて戻って来た。
「なんかチビっこい怪物めっけた」
ぶらんぶらんと左右に揺らされているそれは、ヘドロ色の鱗に覆われていて、お世辞にも可愛いとは言い難い。
「こいつがムササビけしかけてたっぽい。どーする? 消す?」
怪物はキーキー鳴きながら虚しくもがいている。
「倒すのは早計じゃないか」
グリーンは言った。
「多少の知能はありそうだ。何か聞き出してからでも遅くはない」
「そうですね。では」
レッドがそのチビっ子に、ペチンと弱々しいビンタを加えた。
怪物のほっぺたが片方吹き飛んだ。
「相変わらず容赦がないねえ」
イエローが他人事のようにのほほんと言う傍ら、レッドはヘルメットの奥から相手をジッと見つめた。
「……いいですか、おチビさん。今からあなたをレンジャーの情報部に引き渡します。素直に言うことを聞かなければ、わたしがあなたを消し炭にしますよ」
「キー……タスケテ……タスケテ……」
怪物はぷるぷるとゼリーのように震えている。
「甘いな、レッド」
ブルーが割り込んだ。
「脅迫ってのはこうやるんだ。見てろ」
彼女は怪物を目の高さまで持ち上げた。そして、めちゃくちゃに殺気を出した。
「テメェ誰に喧嘩売ったのか分かってんだろうなぁ? あ? 大人しく従わねぇとこうだ」
ブルーは怪物の首を片手でギュッと握りつぶした。
「ピギャア!」
「いいかクソ野郎。ちょっとでも反抗してみろ。四肢をもいで、はらわた引きずり出して、ケツからビームをブチ込んでやる。分かったな?」
「ピー、ピー」
「あ゛あん? 聞こえねーんだよサッサと返事しろよォ!?」
ドスの効いた怒鳴り声。怪物はがたがたとマッサージマシンのように震えている。
「ピ、ワカッ、ワカッタ」
「よし」
ブルーはようやく怪物の首を締めていた手を緩め、代わりに足を掴んで逆さ吊りにして、歩き出した。
何たるバイオレンス。
「おいブルー、正義の味方としてその言動はどうなんだ。ガラが悪すぎる」
グリーンは半ば呆れながら言った。うちの女性陣に情けの心は無いのか。
「立派なヤンキーだねぇ」
イエローがくつくつ笑っている。
「ハッ」
ブルーは気にも留めず、チビをぐるぐると振り回し始めた。
「こいつはマダラムササビと同罪。人を傷つけ、町を壊しやがったんだ。キチッと討伐するのが
「ピッ、ピィッ」
まあ、人型ゆえに可哀想に見えるものの、確かにこいつは悪の権化として作り上げられた兵器だ。生け捕ったからといって、軽んじて扱えば暴発する。プロならば万全を期して、決して間違いが起こらぬようにせねばならないのだ。
「お」
ブルーは情報部員を見つけ、彼に獲物を手渡した。
「これやる。後は任せた」
「ピギィ!」
「かしこまりました。調査結果は追ってご報告します」
「サンキュー。よろしくな」
怪物が逆さ吊りのまま厳重に保護され連れ去られるのを見届けた本隊員たちは、ぶら下げられたロープを頼りに、ヘリコプターに戻っていった。
窓外には、シェルターからわぁーっと人々が吐き出される様子が見える。
今回の事件は、損失が無かったとはいえないものの、スムーズに片付いたといえる。被害は比較的少なく、チビも無事に生け捕った。幸先の良い初陣だ。
四人は変身を解き、それぞれストレッチなどしてくつろいだ。ホワイトは今の戦いで得たデータをさっそく整理しているようだ。
恒輝はぼうっと
彼女は別段、疲れた様子もなく、肘をついて窓を眺めている。
その横顔。
初めて見た時には、何とも思わなかった。むしろ、弱点ばかり目についていたのに──
ああ。
今、ぽろりと思ってしまった。
……。
美しい、と。
弱さの中に隠された本性、その強さが、その光が眩しいと。
これは、何だ。
尊敬?
憧れ?
それとも──
恒輝は一人赤面した。慌てて、顔を窓の方へと向ける。
まだだ。まだ、分からない。この胸のもやもやの正体は。
はっきりするまで、この気持ちは仕舞っておこう。注意深く、丁寧に。心の引き出しに、鍵をかけて。
レンジャー本部に戻ると、休憩室でフレアが待っていた。
「おつかれさーん!」
と隊員の背中をバシバシ叩く。
「やるやん五人とも。成果は上々やで」
「ありがとうございます」
強引に頭をわしゃわしゃと撫でられた千陽は、若干引き気味である。しかしフレアは気にした様子もない。
「こんだけ派手にやらかしたら、次は敵さんも絶対、強い奴寄越してくるで。気ィ引き締めや」
「ラジャー」
「……ほんで……この調子で、いずれはリデムを引きずり出す。ええな?」
みな背筋を正し、決意に満ちた顔で頷いた。
レンジャーと力の均衡を取ろうとする敵の動きを利用して、数十年の長きに渡る
やがて来る宿命の対立に、身が引き締まる思いだ。
――しかし、とりあえず今のところは。
「ま、今日はもう怪物出えへんやろ。四人とも帰ってええで。ゆっくり休みぃ」
フレアがパンパンと手を叩き、今日はそれで終いになった。
恒輝は肩の力を抜いて、帰りの支度を始めた。
途中、再びちらりと千陽の方を盗み見た。
彼女はいつも通り、あか抜けないショートヘアを揺らして、彼女の魔道に対応した専用のビームガンを磨いていた。
(……大丈夫。大丈夫だ)
今のところ、動揺はしていない。鍵はちゃんと掛かっている。
今は、何も考えないで、さっさと帰ってしまおう……。
……そうして、恒輝が自分の感情に向き合わないまま時間が過ぎた。その間、弱小の怪物が現れたりしたものの、それらはみなグレーたちの働きで倒すことができた。
本隊が必要になるような大物が町を襲ったのは、数週間後のことになる。
「来よったでぇ」
本隊員たちが出動に備えていると、またフレアが顔を出した。
「今度は新種の怪物や」
「新種……」
恒輝は思わず繰り返した。
「せや。ホワイトのデータにも無い奴や。倒し方はその場で考えるしかあらへん。頑張ってな」
「はい」
「グレーは既に出動しとる。あんたらも落ち着いて、早う行きんさい」
「ラジャー」
怪物が現れたのは、首都圏郊外のちょっとした広場だった。
土埃がもうもうと舞い上がっており、道路はあまり整備されていない。
そこで遊んでいた子供たちが、キャーキャー言ったり泣いたりしながら、大人やグレーの指示に従って広場から逃げていく。シェルターが設置されている場所まで避難するのだ。
ヘリから降りた五人はすぐに状況把握に努めた。
広場の真ん中では、黒い
グレーたちの何人かは、怪物とその取り巻き達を相手に戦っており、また何人かは、怪我をした子供を抱えて避難させている。
ホワイトが、敵の情報を分析し始めた。
『ピー……。レッドのビーム一発ぶんで、敵は討伐できます』
「その程度ですか……拍子抜けです。一刻も早く粉々にして差し上げましょう」
レッドは静かな口調でそう言ったが、その体中からは尋常でない殺気が放たれている。
「行きますよ」
「ラジャー!」
五人は敵のもとへ、流星の如く駆けて行った。
「狼藉はそこまでだ、怪物っ!」
グリーンが言い放つと、怪物はグルリとこちらを向いた。破壊活動に酔い恍惚とした表情のそれは、「キーッシェッシェッシェ」と高笑いした。
「来たか、にっくきレンジャーどもよ。我が名はファスタイガー。貴様ら全員八つ裂きにしてやるぜェ!」
どうして悪の組織はそんな適当なネーミングをしてしまうのか……という戯言はさておき、ブルーがファスタイガーに食って掛かった。
「八つ裂きだァ? 嘘こけ。生かさず殺さずがてめぇらの流儀だろうが」
「キシシ。皆殺しにするくらいの意気込みも無しに、お前らに太刀打ちできるかよォ!」
「ありゃあ、ずいぶん悲哀たっぷりな殺意だねえ」
「その意気やよし、ですね」
レッドは言うなり、サッとビームガンを構えた。
ボカーン、と光の大砲が炸裂する。
──ああ、短い命だったな。
とグリーンは思った。
土煙が晴れると、取り巻き達はチリも残さず消滅しているのが確認できた。
そして、ファスタイガーが、無傷かつ得意満面で、腰に手を当て立っていることも視認できた。
「!?」
レンジャーたちは揃って驚愕した。ホワイトは今にもバグを起こしそうである。
「キーッシェッシェ」怪物がまたも高笑いする。「貴様の攻撃は確かに脅威だが、当たらなければどうということはないんだよ! なぜなら我は素早いからっ! キーシェシェシェ!」
「……」
グリーンは黙って敵を見つめた。
「自己申告おつ」
ブルーは呟いた。
「イエロー」
レッドが言った。
「アイサー」
イエローは返事をし、姿を消した。
それから、スピードオバケ同士の目にも留まらぬ猛攻が始まったのだった。
レッドは数打ちゃ当たるの戦法で無差別にビームをばんばんと繰り出した。ブルーはビームで罠を張って敵の逃げ道をなくしていった。グリーンはグレーたちと一緒になって、ときおり捕捉できた敵にズドンと腹パンを加えた。ホワイトは高性能カメラを起動して捉えた敵の動きを分析し、皆に指示を与えた。
それでもなかなか敵を捉えられない。
しかしやがて「やあーっ!」というイエローの掛け声がこだまし、あちらこちらで火花のように、金色の光が飛び散った。数秒後、ファスタイガーがへばった様子で地に足をついた。
「遅くなってごめん。今がチャンスだよ!」
「っしゃ!」
ブルーがその機を逃さず、ビームを連射して
グリーンはその腹に飛び乗って執拗に足を踏み下ろし、蹴りをお見舞いする。
その間に狙いを定めたレッドが、ここ一番の全力を以って激烈な閃光を叩きつけ──ようやく、敵はチリと化した。
──といっても、これまでの例と比べたら格段に短時間である。
「いやー」ブルーがビームガンを腰に差し戻した。「最近はレッドのおかげでサクサク事件が片付くな」
「そんな。みなさんが協力して下さっているおかげもありますよ。いつもありがとうございます」
「あたし、レッドのそういうとこ好きだよ」
「う……えへへ……」
グリーンは照れ笑いするレッドを後ろからまじまじと見た。
彼女は強い。こんな小さな体いっぱいに殺意を乗せて、果敢に敵を撃破する。今までに見たことのないタイプの人間だが、間違いなくこの人は戦士なのだ。その強さも、心意気も、気高さも。
だから恒輝は否応なしに惹かれてしまうのだ。
隣に立って戦えることが嬉しくなってしまうのだ。
(あ、あれ? おかしいぞ……)
ずっと胸に仕舞い込んでいたはずの気持ちが、今にも飛び出そうとして、グリーンの心をカタカタと揺らしている。
何だか、レッドの活躍ぶりを見れば見るほど、感情が言うことを聞かなくなっていくような……。
(何故なんだ……)
自制の鎖がだんだんと緩くなっている。その状況に、恐れと、微かな高揚を感じてしまう。
そんなことを再認識したこの日だったが、帰り際、とんでもないことが発覚した。
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