第二章 シャインレンジャーの活躍

第4話 デビュー戦

 

 真っ白なコックピット。


 巨大ロボ化したホワイト七号に乗り込んだシャインレンジャーの四人は、手と手を重ねて“勇気の魔道”を込める。


「放て! シャイニーキャノン!」


 掛け声とともに、ホワイトの口内の大砲が、火を吹く──

 はずだった。


 実際は、きゅるるんと情けない音を立てて、機内の照明、モニター、制御装置、その他もろもろがダウンした。ワンテンポ遅れて、砲口からは弱々しい魔道の光がボフンと吐き出された。

 またしても魔道の融合に失敗したのである。


「ホワイト、調整したんじゃなかったのかよ?」

『はい、ブルー。今のワタクシは元気百倍です』

「ごめんなさい、ごめんなさい。わたしがバランス調整できないせいで……うっぷ」

「また酔ってら」

「巨大化は仮想空間の技術だからな……」

「まあまあ。レッドだけのせいじゃないよ。ぼくらも合わせる努力をしなくちゃ」

「むう。今のところは合体技など使わずとも、レッド単体の方がよほど強いな」

「でもこれから先、単騎じゃ太刀打ちできねーサイズの敵だって出るだろ。やっぱ合体技は捨てらんねーよ」

「はい……。何度もすみませんが、もう一度やりましょう。ホワイト、大丈夫ですか?」

『ピコーン』

「え?」

『来客です。訓練を休止。皆サン、一旦お降りください』

「おっ? そうか。サンキューホワイト」

『You're welcome、ブルー』


 四人は、全長約十メートルほどになっているホワイトの背中にある脱出口から、ヒラリヒラリと飛び降りて、変身を解いた。ホワイトが仮想空間を解除すると、いつもの訓練室が戻ってくる。

 そこには、独特な服装の女性が立っていた。


 レンジャー本隊を担当するトレーナー、熱海あたみ 風玲亜フレアである。


 今日は、鮮やかなオレンジのシャツに緑のジャージ、水色のスニーカーといった格好だ。

 彼女が元イエローだった事実を踏まえて、ついたあだ名が「カラーおばさん」。なお、本人はまんざらでもないらしい。


「本隊員諸君。悪の組織からメッセージが届いたで。よう聞きんさい」


 彼女はそう言って、本隊員たちの前でタブレットを堂々と掲げた。


「『レンジャー本隊の諸君へ。いかがお過ごしだろうか。さっそく新しいレッドを擁立したと聞き及んだ。しかしまさか女性とは思わなんだ。我々悪の組織としては、女性レッドを認めるわけにはいかぬ。よって新しい怪物をそちらへ送りつける所存である。せいぜい苦しむがよい』やて」


「は? いつの時代のプロイセンだよ? ダッサ」

 星奈せいなは小馬鹿にしたような表情だった。

「言いがかりをつけて暴れたいだけなんだね」

 拓三たくぞうはいつも通り、慌てず騒がず穏やかである。


「ご丁寧に予告状を送ってくれはったからには、万全の態勢で臨むように」


 フレアは続けた。


「なんや上の人らが、グレーを多めに配置する言うてはったで。避難誘導はそいつらに任せるよって、あんたらはちゃっちゃと怪物を倒しぃ。ついでに怪人をってくれてもええで」

「ラジャー」

「よろしい。本日よりトレーニングメニューは控えめにし、出動に備えること。ほな、うちはグレーどもに活を入れてくるさかい、これにて退散……」



 突如、けたたましいサイレンの音が部屋中を駈け抜けた。


『怪物出現、怪物出現。警戒レベルA。本隊に出動を要請します』


「!!」


 場の空気が一気に張り詰めた。


「なんやえらい早いなぁ。この部屋、盗聴器でもあるんちゃうか」

 フレアが低い声で言った。

「情報部に報告せなな。さ、諸君。出動や」


 言われるまでもなく、恒輝こうきたちはそれぞれベルトとビームガンを再び手にしていた。すぐに、屋上へと駆け上がる。


「さあて、これがあたしらの初陣ってワケだな」

「気合い入れて行こうね」

「うむ。当然だ」

『ワタクシも頑張ります』

「はい。必ず敵を討ち果たしましょう」

「ラジャー!」


 ヘリポートに辿り着き、四人は一斉にベルトのボタンを押した。


「変身!」

 色とりどりのスーツが射出され、衣服と融合してぴたりと全身を覆う。

 レッド、ブルー、イエロー、グリーン、そしてホワイト。

 五人合わせて、光彩戦隊シャインレンジャー!


 待機していたヘリコプターに乗り込み、一行は現場へ急いだ。




 そこは、駅前の人混みだ。

 グレーたちが既に動いていて、通行人たちは、地中に整備された避難用のシェルターに次々と潜っていく。

 時折、コンクリートの欠片が空から降ってくる。

 ——高層ビルに飛びついた怪物、マダラムササビの仕業だ。

 オレンジと紫色の大きな影が、低く滑空しては人々を薙ぎ倒し、建物に取り付いては壁を破壊している。


 子供の泣き声が聞こえる。逆に、興味津々に携帯のカメラを向ける者もいる。

 警察官が逃げ遅れた老婆に手を貸している。そこに、鉄筋なみに大きな橙色の尻尾が迫る。そこへ一人のグレーが飛び込んで、二人を抱えて大きく飛びすさった。


 急な出動だったにも関わらず、グレーたちはしっかりと機能しているようだ。

 地上は何とか大丈夫そうである。本隊員は、敵を狩るのみなのだが。


「んー。一撃で仕留めます」

「……できるのか?」

『計測中。ピピピ……レッドの最大出力だと、僅かに足りません』

「えっ」とイエローが呟いた。「それってすごく強いね?」

しかし当のレッドは冷静そのものだった。

「そうですか、では……グリーン。わたしのサポートをお願いします。二人は小物の処分と救護活動に回って、何かあったらこちらと合流。ホワイトは普段通り、情報の把握を」

「ラジャー」


 隊員たちは素早く散開した。

 グリーンはレッドに先立って怪物のもとへ向かう。先に、一発でも多く先制攻撃を仕掛けるのだ。早く相手の動きを封じて人々を守るために、そしてレッドのトドメをより確実なものにするために。


「たあーっ」


 ビルを駈け上り、上空からマダラムササビの背後を取る。ビームガンを乱射しながら、ガラ空きの背中に蹴りをお見舞いした。


「そこまでだ。これ以上の破壊活動は許さん」


 グリーンを振り落とそうと身をよじる怪物の上で器用に立ち回り、ビームガンで牽制して逃げ道を奪う。やることは多いが、落ち着いて対処すれば確実にこなせる仕事だ。

 マダラムササビは文字通り手も足も出せず、虚しくもがいている。狙い通りだ。

 

 ほどなくしてレッドもビルの壁を駆け上がり、射程内の位置についた。といっても、遠い。完全に遠距離射撃の位置取りだ。

 魔道に極端に偏った彼女の能力値では、近接戦が不利なのである。

 グリーンの仕事はその近接戦──彼女が来るまでの時間稼ぎ、そして来てからは彼女の安全の確保。


「動きを封じた! 今だレッド、頼んだぞ」

「お任せを。とりゃー!」


 彼女のビームガンから強烈な閃光が噴射された。全てを焼き尽くす烈火。それはビルをすり抜け、グリーンをすり抜け、マダラムササビの全身を余裕で捉えて、──撃破した。

 跡には怪物の残りかすが、しょぼくれた灰のように、ゆらゆら空中を漂っているのみ。

 実にあっけない。というか、手応えがない。


「ふう。一丁あがりです」


 レッドはビームガンを腰に差し戻し、伸びをした。


「グリーン、ありがとう。お陰で助かりました」

「おれは、援護しただけだ」

「ご謙遜を」

 ヘルメットの奥から、黒い瞳が優しく笑いかけた。

「本当に、ありがとうございます」

「あ、ああ。どういたしまして」


 グリーンはドギマギしてしまった。

 彼女は、決してグリーンをヨイショしているわけではない。チームメイトとして、純粋に、グリーンの働きを認めてくれたのだ。

 それが何だかこそばゆかった。彼女に頼りにされたという事実が無性に嬉しくて——心拍数が上がってしまう。


(……?)


 グリーンは己の胸を見下ろした。

 大胸筋の奥から、確かに鼓動が伝わってくる。


(これは……疲れたんだな。そうに違いない)


 本当なら、この程度で疲弊するようなヤワな鍛え方はしていないはずだが、そういうことにしておく。

 でないと、恥ずかしいではないか。

 ……何が恥ずかしいのか、自分でもよく分かっていないグリーンだった。

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