第3話 お見舞いへ
技術部に打診したところ、ホワイトの性能強化には数日かかるらしかった。
もしホワイトがいない間に敵が暴れ出したら厄介だが、ついこの前にレンジャー側が惨敗を喫したばかり。この上で大規模な攻撃をしかけてくる可能性は低いだろう。
戦い続けることこそが、奴らの目的なのだから。
その後、トレーニングを終え、レンジャーたちは寮へ戻るために片付けを始めていた。
千陽はメンバーと少し打ち解けてきたようである。はじめは怖がるようなそぶりを見せていた星奈に対しても、笑顔で応対している。
「ちはるんさあ、今度一緒に呑みに行かね?」
「あ、ありがとう……是非」
「つーか合コンしよ」
「ごっ!?」
千陽はせきこんだ。
「す、すみません、わたしそういうのはちょっと……男の人苦手だし……」
そもそも、出会って早々に合コンに誘うのはどうなんだ、と恒輝は思った。
まあ、千陽は見た目純朴そうだし、遊び好きな星奈とは趣味が合わなさそうではある。だが星奈は断られても特に気にした様子でもなかった。
「あ、そう? いやー、最近、彼氏がヒモすぎてフッたばっかでさー。まあいいや。呑もう、とりあえず」
「えっと、その、はい」
「だーから敬語は要らないって。知ってんだろー?」
「ご、ごめ……ごめん。もう癖になってて……」
「ま、別に何だっていいけどな。さ、帰ろ帰ろ。寮はこっち」
「はーい。皆さん、お疲れさまでした」
結局敬語で言って、千陽はぱたぱたと控室を後にした。
「ふむ。今日はくたびれたな」
「うふふ。帰っても一応、呼び出しには気を付けるんだよ?」
「当然だ」
もっとも、夜間の襲撃は少なく、あったとしてもグレーたちが対応してくれることになっているのだが。
「……しかし千陽には驚かされたからな。理解が追い付かん」
「恒輝くんはちょっとお堅いからなあ。他人に対しても自分に対しても。もっとこう適当に、柔軟に考えていいと思うよ。レッドが女性だっていいし、グリーンがちょっと失敗することくらいあったっていいし。もっと気楽にね」
「拓三は適当すぎないか?」
「いやだなあ。これくらいがちょうどいいんだよ」
「そうだろうか……」
「そうそう。じゃあ、お先にね」
拓三も部屋を出て行った。
恒輝も書類をやっつけて、いったん個人寮へ帰った。
着替えを済ませ、コンタクトを外して眼鏡をかける。鏡を睨み、焦茶色の癖っ毛を撫で付けた。再び出かけ、行きつけのケーキ屋でシュークリームを二つ購入してから、兄の入院している病院へと向かう。
受付に辿り着くと、そこに見覚えのある背中が見えた。
「あのう、
やれやれ。結局、共に行動することになった。
「千陽」
恒輝が声をかけると、彼女は花束を抱えてこちらを振り返った。
「あれ? 恒輝さんもお見舞いに?」
「うむ。……一緒に行ってもいいだろうか」
「ええ」
千陽を病室へと案内する。
ノックをして病室に入ると、明良がベッドの中から「おう」と元気そうに片手を上げた。
その隣で、髪の長い女性が立ち上がる。
「恒輝君。いつもご苦労様」
「こちらこそ」
「ちょっと、席を外すわね」
「いえ、おれたちにはお構いなく」
「ううん、いいの。それじゃあアキちゃん、後でね」
彼女はしずしずと病室を立ち去った。すれ違いざまにいい香りがした。
「今の方は?」
千陽が小声で訊いた。
「兄さんの彼女だ」
「ああ……。お綺麗ですね」
「だろー?」
明良が得意気に言った。
「で、そちらはどなた様かな。コウの彼女? ついにできたの?」
「違う」
「あの、わたし、この度レッドに就任しました、太田千陽と申します」
「ああー! 君が例の極秘の子かあ!」
明良は目を輝かせた。
「どんな人なのか、俺にも知らされなかったから気になってたんだよ。女の子なんだね! 来てくれてありがとう!」
満面の笑みを向けられて、千陽はもじもじした。
「わ、わたしなどに明良さんの後任が務まるか不安なのですが……」
おい、この間と言っていることが真逆ではないか。
「……きっと明良さんよりも活躍してみせます」
同じだった。
わはは、と明良は怪我人とは思えぬほど朗らかに笑ってみせた。
「それは楽しみだなあ! うんうん、戦士たるもの、そうでなくっちゃ」
「あ……ありがとうございます。それであの、明良さん、お加減は……」
「見ての通りぴんぴんしてるよー。魔道は全く回復してないけどね!」
「それは」
「ああ、そう暗い顔しないで。大丈夫。悪の組織と戦う以上、こうなることは覚悟してたんだから」
恒輝は千陽から花束を貰い受け、包装紙を剥がして活けた。その間、明良と千陽は、当たり障りのない会話を静かに交わしていた。
「……それでは、あの、お会いできて光栄でした。どうぞご自愛ください」
「あれ、帰っちゃうの。ゆっくりしていってもいいんだよ。ほらシュークリームもあるし」
「おい兄さん。それはおれのだ」
「いえ、お見舞いの品を頂くわけには……。あの、またお邪魔してもよろしいでしょうか」
「いつでもおいで。君みたいな可愛い子なら大歓迎だよ」
「かっ!?」
千陽は動揺した——いや、かなり引いている様子だった。
「可愛くなどございませんよ……?」
「兄さん、そんなことばかり言っていたら、また
「確かに、歴戦のレンジャー隊員を相手に『かわいい』は失礼だったかな? でも大丈夫、可愛さと強さは両立できるから」
「ヒェッ、そそそんなこと……! あの、失礼します、また伺います!」
千陽は大慌てで退出してしまった。
「ありゃ。行っちゃった」
「からかうなよ、アキ」
「はは、ごめんごめん」
「それは千陽に言ってやってくれ」
「……にしても」
明良は枕にバフッと頭を預けた。
「あんまり戦士らしくない
「そう思うだろう。しかしとんでもなく強い」
「だろうね。じゃなきゃ、あの性格でここまで上ってはこられないよ」
「……うむ」
「それになんだかんだ言って、結構芯が強い子なんじゃないかい?」
明良は愉快そうだった。
「俺より活躍してくれるっていうし!」
「そんなことをおれたちにも言っていた」
「本当、楽しみだよ。俺は嬉しい。これなら、リデム討伐も夢じゃない」
「!」
明良は窓の外を眺めた。
日の傾きかけた中庭では、皐月の風が木々の若葉を揺らしている。
兄の不運とは対照的な、穏やかな日和だった。
恒輝は、兄へと視線を戻す。
明良は以前、悪の組織の首領を倒した。
レンジャー史上じつに十数年ぶりの快挙である。
このまま弱体化し、あわよくば解散すると思われた悪の組織だったが、その直後、新たな首領が彗星の如く現れた。
それが、怪人リデムだ。
リデムは、壊滅した悪の組織をあっという間にまとめあげ、すぐさまレッドを屠ったのだった。
「俺より活躍ってことは、少なくとも、リデムは倒すつもりでいるってことだからね」
「そうだな」
「いいねえ。そういう積極的なの、俺は好きだよ。ま、コウもせいぜい頑張って、俺の仇を取ってくれよ」
「言われなくても、そのつもりだ」
恒輝はおもむろにシュークリームの袋を開けて、一つを兄に渡した。二人はしばらく無言で、はぐはぐと菓子を口に運んだ。クリームがふわっととけて、口の中が何とも幸せである。
「コウ、お前さ」
明良は最後の一口を放り込んでから言った。
「何だ」
「あんま、気に病むなよ」
「何のことだ?」
「コウ自身のことさ。馬鹿真面目なお前のことだから、『自分が未熟なせいで俺を傷つけた』──とか考えてるんじゃないかと思って」
「うぐ……。しかし、それが真実だろう」
「そんなことはない。コウは、ちゃんと強いよ。ただ敵が一枚上手だった、それだけの話。俺はね、コウがこのまま鍛え続ければ、リデムとも渡り合えると思ってる。身贔屓とかじゃなくてね」
「……」
「だから、そう思い詰めるな。お前は強いし、強い味方が沢山いる。自信を持って、コウはコウの使命を全うしてくれよ」
「……ああ」
「俺の仇とか、余計なことは考えずにな」
「さっき、仇を取れと言ったじゃないか」
「あれはジョークだよジョーク。全く、頭の固い弟だなあ」
明良はけらけら笑った。それから恒輝の肩を叩いた。
「ま、頑張りすぎずに頑張れよ」
病室を退出し、ちょうど戻ってきた愛花梨に会釈して、恒輝は病院を出た。
(お前は強いし、強い味方が沢山いる……か)
時代は変わり、人も変わる。
本隊が新たな始まりを迎えたのなら、恒輝もまた、それに合わせて変わり続けていく必要があるのだった。
しかもそれは、そんなに難しいことではない。
(おれはこれからも、成長し続ければそれでいい)
恒輝は背筋を伸ばして、夕焼けに染まる病棟を背に、個人寮へと歩いていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます