第2話 たった一撃
『仮想空間を構築します。ロケーション:住宅街、標的:キングマウス、難度:S、目標時間……』
時間をかけて仮想空間を構築したホワイト七号が、模擬戦の設定を読み上げている。
グリーンはチラと隣を見やった。レッドはやや緊張した様子で佇んでいる。
これからこの人の本当の実力が知れる。楽しみが半分、不安が半分といった心持ちだ。
『用意……ドンど焼きっ!』
ホワイトの掛け声に一瞬つんのめりそうになるも、気を取り直して走り出す。こいつの戯れにいちいち付き合う義理は無い。
『十時の方向、住宅地内の広場。噴水あり』
やっと真面目に喋り出したホワイトの指示に従って、閑静な住宅街を疾走する。住人を模した人形の動きを妨げぬよう、今回も屋根の上を忍者のごとく走る。
まあ、どれほど急いだところで、イエローには敵わないのだが……。その性格に反し、彼はスピードが最大の武器なのだ。
早くも遠くの方で、バシバシと発砲する音が聞こえてきた。
その音を頼りに突き進んだ先で、グリーンはまたもやつんのめりそうになった。
「何だこれはっ!?」
ホワイトの奴はずいぶんとはりきったらしい。広場には所せましと、小さくて真っ黒な鼠がひしめいている。まるで小マウスの洪水だ。真ん中の噴水らしき場所にも群がっていて、もとの地形が想像できないほどである。
「ごめん、ぼくだけじゃ捌ききれないや。手伝って~」
目にもとまらぬ速さで宙を駆け回る黄色の風から、間延びした声が届いた。
「もちろん手伝う。しかし、これは……」
グリーンは手近な小マウスたちをまとめて蹴り飛ばして蒸発させながら、頭を悩ませた。
「こいつら、弱いが、数が多すぎるぞ」
「でしょう? 参ったよね。キングマウスがどこにいるのかさえ分からないよ」
やがてブルーも駆けつけてきた。瞬時に状況を察したらしく、手際よくビームで網を編んで一度に大量に捕獲しはじめる。
「ブルー、レッドはまだなのか」
「あー、転んじゃったから置いてきた。仮想空間は酔っちゃうんだってさ」
「ええ~っ、大丈夫かなあ」「何だと!? 使えないな……!」
イエローとグリーンが同時に言った。
「んなこと言ってる場合かグリーン。自分をよく見てみろ」
「?」
グリーンは足を見下ろして……飛び上がった。小マウスたちがわらわらと脚を這い上ってきている。
「うげえ、気持ちの悪いっ!」
慌てて振り落とし、蹴りとビームで焼き尽くす。尋常でない大量発生だ。さすが攻略難度Sと言ったところか。
気合を入れ直し、三人がかりで雑魚の数を減らした。
「あ、見て。あそこ」
イエローが、噴水のてっぺんを指さした。
「あれがキングマウスじゃない?」
「どれどれ」
確かに、小マウスたちが蠢く中で、カピバラのようなサイズの黒い塊が見え隠れしている。ようやく居場所を特定できた。……あと一息だ。といっても、
グリーンは、キングマウスが投げてよこした黒いボール状の武器をヒラリとよけた。球は舗装された道路にぶち当たり、爆散した。
なかなかおっかない。
しかし、どんとこい、である。レッドへの対抗心も相まってか、グリーンはずいっと、キングマウスの方へと進み出た。
気づいたブルーが鋭い声を上げた。
「おい、早まるな。下がって、まずは遠距離で対処しろ」
グリーンがはっとした丁度その時、キングマウスが二発目のボールを投げてよこした。それはすぐ足元に落下し、爆風でグリーンは道路に横倒しになった。
すかさず、小マウスたちがたかってくる。一匹だけなら軽くとも、こうも続々と上ってこられると重い。
「うわ、ぐぬぬ、もぞもぞするなっ」
「グリーン!」
「今助けるよ!」
イエローが速射を浴びせるが、怪物たちは続々と押し寄せてきてキリがない。
……ああ、おれはまた、不覚を取ってしまった。
(すまない、アキ——)
その時だった。高らかな声が降ってきたのは。
「お待たせしましたっ」
振り仰ぐと、曇天の中に赤色が小さく光った。
新レッドが、住宅の屋根の上に仁王立ちしていた。
「お気をつけを。少々、本気を出しますゆえ!」
そう叫ぶと、彼女は何の備えも無く、ネズミの溢れる広場へと綺麗に弧を描いてダイブした。
敵の厄介さを身をもって知ったグリーンは、咄嗟に制止しようと手を伸ばしたが、時すでに遅し。
(捨て身は無茶だと、分かったばかりではないか!)
グリーンの心配をよそに、彼女の拳が振りかぶられる。それは吸い込まれるように噴水の頂点へ向かった。
「とりゃーっ!」
彼女の拳がマウスを捕らえたのが見えた、その瞬間——
ドギューン、という轟音と共に、赤みを帯びた白い光が広場全体を包んだ。
「!?」
“勇気の魔道”による攻撃ならば、“悪の魔道”の使い手たる組織の連中にしか効果を発揮しない。レンジャーには擦り傷一つ与えずに透過していくはずである。にもかかわらず、レッドの魔道に身を包まれたグリーンは、あまりの威力に気圧されて、思わず頭を抱えて転がった。
何とか目をしばたたいてよく見ると、彼女を中心に、魔道の衝撃が波紋のように広がっている。
噴水に鎮座していたはずのキングマウスは、跡形もなく消滅していた。小マウスも九割がた消し飛んでいる。
しん、と辺りは沈黙した。
「……は?」
グリーンはやっとそれだけ言って、あとは口をあんぐり開けることしかできなかった。ブルーもイエローも、その場に縫い留められたように硬直している。
三人がかりで何とか凌いでいたものを、たった一撃で?
なんという化け物じみた魔道か。
豪快かつ暴力的。桁外れ、規格外、チートもいいとこだ。
こいつは、こいつは本当に、レンジャーの切り札——
「は、はは……」
ここまで格が違うと笑えて来る。これは現実に起きたことなのか。彼女は別の生き物ではないのだろうか。
グリーンが道路に寝そべった体勢のままでぽけーっとしていると、レッドが小マウスの残りカスを掃討しながら歩み寄ってきた。
「大丈夫でしたか? グリーン」
「ああ……」
すっと差し出された手を、グリーンは素直に取ることができた。ぐいっと力強く助け起こされる。
「驚いた。あれほどの魔道を操れるとは」
「……お褒めに預かり光栄、です」
レッドはもじもじした。グリーンとは対等以上の関係なのに、彼女はやたらとかしこまった言葉で喋る。
「これでわたしのこと、信用して頂けますでしょうか?」
「うむ。その……今までの発言を、詫びる」
「そんな。謝られることなんて、何も」
「いや、おれは」
「いえいえいえ」
二人で恐縮合戦を繰り広げているところへ、ブルーとイエローが歩み寄ってきた。
新たに三人から賛美の言葉をもらい、レッドは恐縮しすぎて小さくなっていた。変身を解いてみれば、その顔は朱に染まっている。
「わたしの実力なんて、大したこと……あるかもですけど、皆さんだってお強いですから!」
自信家なのか違うのか、よく分からない奴だ。
「さあ、みんなお疲れ。休憩室いこーぜ」
星奈が手を叩いて四人を先導する。
「は、はいっ」
ついていこうとした千陽は、また蹴躓いて転びそうになった。
「ふわあ!」
「おう、大丈夫か」
「あははは。気をつけて!」
「やれやれ……」
恒輝は天を仰いだ。
これは、そう……ギャップが激しすぎるのだ。全く、紛らわしいことこの上ない。強いならば、ちゃんと強そうな振る舞いをしてほしいものだ!
その時だった。
『ピ────』
という警告音が再び鳴り響いた。
「今度は何が——」
『仮想空間を強制解除します。お気をつけください』
急にアナウンスが流れた。住宅街が何度か点滅したかと思えば、ブツリと風景が消え失せた。
残された真っ白な部屋の中で、――ホワイトが、立ったまま完全にフリーズしていた。
顔の画面には「
「どうしたんだ、ホワイト」
『容量オーバーです』
「む?」
『観測しうる魔道の上限を超え、仮想空間の維持が困難になりました。技術部を訪ね担当者にリペアの要請をブツン』
「ブツン?」
『……』
「あ。停止してしまった」
恒輝は困り顔で仲間の方を見た。すると、千陽が顔面蒼白になっているのが目に留まった。
「千陽……?」
「うええ」
どうやら急激な仮想空間の変化に再び酔ってしまったらしい。
「大丈夫か?」
「お気になさらず、恒輝さん。それよりもホワイトが……。ごめんなさい、わたし、またやっちゃったみたいで。魔道の使い過ぎです」
「まさか、さっきの
拓三は目を丸くしていた。
「ええ。その、わたし……こちらへきて初めてのバトルだから、ちょっと皆さんをビビらせようと思って……はりきっちゃいました」
「ビビらせようと思って」
恒輝は呆れるあまりおうむ返しをしていた。何でこの人は、大人しそうな顔をしてアグレッシブなことを言うのだろう。
「まさか、先日魔トレ機器を壊していたのも、それが原因か」
「ええ」
そんなことが、あってたまるか。
ここにあるのは、レンジャーの中でもトップレベルの戦士たちが使う設備だ。そう簡単に容量オーバーを起こすはずがないのに。
「とにかく、わたしが責任を持ってお連れします」
千陽は、よっこいしょとホワイトの脇の下に腕を入れた。そのままずるずると引きずって歩き出したので、恒輝は慌てて取り上げて、代わりに担いでやった。
「ありがとうございます。生身でロボットを担ぐなんて……力持ちですね」
「別にこんなことは、誰でもできるだろう」
「すみません、わたしはできません……」
それは、レッドとしては非力すぎないか? 魔道と身体能力のギャップもまた、凄まじいことこの上ない。まあ、この点は女性だから仕方がないか。
一行は訓練室を後にし、技術部の受付に向かう。
「しっかしハンパねえなぁ、ちはるんの魔道。もはや
「ち、ちはるん」
いつの間にか星奈にあだ名をつけられた千陽は、恥じ入ったように俯いた。
「特訓のお陰なんでしょうか……。訓練時代は、仕事も出動もせずに閉じこもって、ひたすら魔道の強化に明け暮れていましたから」
「それだけでこんなモンスター生まれちゃうワケ? ったく信じらんねーよ」
「すみません」
「いや謝るところじゃねーから」
拓三は会話を聞いてくすくすと笑っていた。彼は実によく笑う男である。
「味方なら頼もしい限りだよね。明良くんもとっても頼もしかったけど、それとはまた別の意味で。ね、恒輝くん」
「あ、ああ……」
兄は——全ての面において完璧なリーダーだった。それに比べて千陽は、これといったカリスマ性も身体能力もない代わりに、魔道だけは突出している。明良をバランスがいいと評するならば、千陽は良くも悪くも極端に尖っていると言えた。
「本隊はこれから面白いことになりそうだねえ」
「そうか?」
「そうだよ。何事にも、遊び心は大事なんだよ」
拓三はニコニコと上機嫌だった。
その横顔を見ながら、恒輝はようやく事態を飲み込みかけていた。
兄の背中を追う時はもう終わってしまった。
これは、シャインレンジャー本隊の、新たな始まりなのだ。
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