第一章 シャインレンジャーの再始動

第1話 初めまして


「新しい子はスゴイで。なんたって極秘に育て上げた逸材やからね」


 と、聞いていた。

 が、正直なところ恒輝こうきには、兄以上にレッドに適任な人材がいるとは思えなかった。


 自分は兄の背中を追ってここまで来た。


 天賦の才能、快活な性格、頼もしい背中、輝かしいばかりのカリスマ性。どこを取っても兄は、レッドになるために生まれてきたのか、と思わせられるくらい完璧な戦士だった。

 その兄に怪我を負わせ、現役を退かせてしまったのは、恒輝の一生の不覚だが——。

 とにかく、急に誰かが取って代われる立場ではない。極秘だか何だか知らないが、半端な人材では、容易に兄の、自分の二の舞になってしまう……。


 とはいえ、最低限の期待はしていた。平社員グレーから本隊色付きに昇格するにはそれ相応の実力が必要だし、リーダー格たるレッドならなおのこと素質が問われる。

 だから、それなりにちゃんとしたヤツが来るのは大前提だった。

 しかし——


「初めまして」


 恒輝の前におずおずと現れたのは、


「ほ、本日からレッドとしてお世話になります……」


 小さくてやせっぽちで童顔で、オドオドしていて、いかにも頼りなさそうな、


太田おおた 千陽ちはると申します。以後よろしくお願いします」


 ——女だった。


 ぴょこん、と彼女は頭を下げた。垢抜けない真っ黒なボブヘアーが、もそっと揺れた。

 仲間たちからパラパラと拍手が沸き起こる中、恒輝は手が動かせないでいた。


「すげー。女の子のレッドなんて史上初じゃん」

 ブルー担当の入山いりやま 星奈せいなが興奮した様子で言った。いや、こういうのは前代未聞という。

「初めまして。よろしくねー」

 イエロー担当の光原みつはら 拓三たくぞうがにこやかに言った。いや、なんにもよろしくない。


 ここは身体能力が問われる場なのだ。人々の命がかかっているのだ。

 そんな誇り高きレンジャーの頂点がこんな、およそ戦闘に向いているとは思えないレベルのちんちくりんだなんて──


「その、……大丈夫か?」

 気がついたら口に出てしまっていた。


「えっ」

 太田はどんぐり眼を瞬かせて恒輝を見た。何だか小動物を思わせる仕草だ。

「大丈夫って、何がですか?」


「いや、その、だな。に……先代とは、随分様子が違うから……」


 恒輝はすっかり狼狽して口走った。あああ何を言っているのだおれは。


「お前さぁ」

 星奈が呆れ果てて言った。

「いくら兄ちゃん大好きだからってそれはねーわ」

「そういうことではないんだが……」

「じゃあどーいうことだ。このブラコン」

「ち、違うと言っているだろう」


 拓三は「あははは」と能天気に笑っている。

 一方の太田は「……あの、恒輝さん」と小さな声で切り出した。


「その……」

「?」

「もしや、わたしが先代お兄様に劣る、とでもお考えですか」


 んん?

 


「あの、安心してください。きっとわたし、明良あきらさん活躍してみせますから」


 えへへ、と照れくさそうに微笑む太田。

 その控えめな態度とは裏腹に、発言内容はかなり大胆である。

 失礼なやつだ。


「そ、そうか」


 ようやく、恒輝はそれだけ言った。油断していると、この素直な口がまた面倒を引き起こしそうだった。


「ええ。そのう、よろしくお願いします」


 太田の差し出した掌へ、躊躇いがちに伸ばした恒輝の手は、ふわっと柔らかく握られた。その、戦士のものとは思えぬほど小さな手。そして、いかにも人畜無害といった顔つき。


(本当に、この子が「逸材」──?)


 疑惑と不信は深まる一方である。


 ☆☆☆


 専門学校を卒業後、本部の極秘の養成所に招かれ、四年ほど訓練を積む。地方の支部での分隊長の経験あり。こう見えて歳は恒輝と同じ、今年で二十四になる──


 そういった経歴を告げられ、恒輝は黙り込んだ。

 彼女の知名度が低いのは、本部がスパイ対策のためにその存在をひた隠しにしたからであって、決して実力がないからではない……らしい。

 どうにも、釈然としないのだが。


「レンジャーの切り札って感じなんだね、千陽さんは」

 拓三は涼しい顔でランニングマシンを走りながら言った。

 隣で太田は恥ずかしそうに俯き、無言で魔道トレーニング機器を弄っている。

「近頃の悪の組織は手強いから。明良くんがやられちゃうくらいに、ね」

「……そうだな」

「せっかくぼくらでボスを倒したのに、新しいボスがあれじゃあ、レンジャーとしても本気を出さざるを得ないよねえ」

「……ああ」


 恒輝は不承不承、肯定した。色んな思いが去来して、やはり素直に彼女を認める気にはなれない。気持ちのやり場が無くて、マシンの速度を上げた時だった。

 ピーという警告音が、トレーニングルームに鳴り響いた。


「?」

 自分のマシンの故障かと思いきや、「あれ」と太田が呟いた。


「あわわ。またやっちゃったかな……」

「どした?」

 星奈が覗き込むと、太田は赤面して機器を抱え込んだ。

「ご、ごめんなさい。機械、壊しちゃったみたい」

「おお? 初めて使って、相性が悪かったか?」

「ぎ、技術部に連絡してきますっ」


 太田は機器を持ってピャーッとルームを出て行ってしまった。


 それきり帰らない。


 つくづくヘナチョコな女子である。

 恒輝は重い溜息をついた。


 ☆☆☆


 ──結局、彼女が恒輝たちのもとへ戻ったのは、午後の模擬戦の時間だった。

 武器の調達が済んでいない彼女は、恒輝たちの行う模擬戦を見学することになっていた。


 恒輝は勇み立った。

 ここで、舐められるかどうかが決まるというものだ。

 先日の対リデム戦では不覚を取ったが、恒輝とて誇り高き本隊員。

 そこらの戦士とは格が違うのだと、無性に太田に示してやりたかった。


「変身ッ」


 緑のスーツとビームガンを装着し、準備は万端。天堂てんどう恒輝、改めシャイングリーンは、自信満々でビル群の前に仁王立ちした。


 模擬戦――実践を想定した仮想空間での訓練が今、始まろうとしていた。


 魔道が全身に滾るのを感じる。脚が、腕が、飛び出す時を待ちわびている。


 ――見ていろ。


 恒輝は後方に控える赤いジャージの影を、ちらりと振り返った。


 ――残された本隊員として、恥じることのないよう、全力で戦ってみせる。


 三、二、一、――突撃。


「はあーっ!」


 グリーンは二人の仲間たちと共に、町中へと飛び込んでいった。


 大通りのど真ん中。乗り捨てられた車の数々、そこらに散らばるコンクリートの欠片。あちこちで暴れまわる仮想の怪物は、コウモリのような姿を取っていた。その大きさは人の顔ほど、数は視認できる限りで十数匹ほど。

 そして何より、都会の空を覆い隠さんばかりに漂う一つの巨大な影……通称、デカコウモリ(ダサいネーミングだとグリーンは常々思っている)。これらを倒すのが、今日のミッションだ。


「行くぞ!」


 グリーンは眼前に迫る怪物たちに、次々と殴りかかる。恒輝にとってこの程度の敵は、物の数には入らない。


 レンジャーに求められるスキルは二つ。魔道を具現化して射出するビームガンの腕前と、魔道で身体能力を増幅させる戦闘スーツの扱いと。グリーンが得意なのは後者だ。


 魔道を込めた拳でぶっとばした小物達が、蒸発して消えゆくのを振り返りもせずに、グリーンはアスファルトを蹴って、建物の屋上へ駆け上がった。鍛え上げた筋肉を躍動させ、ビルからビルへ、木から木へと飛び移り、都会の空を忍者のごとく駆け抜けていく。向かう先はもちろん、あの大きな仮想怪物の懐――


「よぉグリーン。相変わらずよく動くなあ!」

「!?」


 不意を衝かれたグリーンは、空中でもんどりを打ちかけた。

 背後から、ブルーが猛然と迫ってきていた。


 こいつの運動能力が、おれに及ぶはずはない……グリーンは思ったが、どうやら彼女はビームの力を借りている。ブルーの得意技はビームを変形・変質させることであり、今回は前方に青色のトランポリンを打ち出して爆走していた。ビョーン、と冗談みたいな飛距離で突き進む。


「何だそれは。ずるいぞ」

「ずるくねえ。いいか、あいつはあたしが仕留める!」

「いや、おれがやる。って、どわっ」


 あと少しという所でコウモリが翼を振って攻撃してきたため、二人は咄嗟に躱した。ビルの屋上でごろごろと横ざまに転がる。


 そんな彼らの視界の隅を、一陣の黄色い風が通り抜けた。


「へ!?」


 光の速さでコウモリの前に躍り出たイエローが、息つく間もない速さでビームの連射を叩き込む。

 的確に敵の動きを牽制しており、コウモリはろくに身動きも取れなくなってしまった。


「今だよー、二人とも! トドメを刺して!」


 グリーンは慌てて駆け出した。一瞬、反応が遅れたブルーは、「ちっ」と舌打ちをして起き上がり、グリーンの前方へ足場を撃ち出した。


「行ってきやがれ、グリーン!」

「! ああ!」


 グリーンは躊躇なく飛び出し、トランポリンの力を借りて高く跳び上がった。


「たあーっ!」


 渾身の魔力を込めた拳で、デカコウモリの腹部をあやまたずにとらえる。

 そこへ重ねて、イエローの援護射撃が雨あられと降り注いだ。


「グァァ」


 デカコウモリはもがき苦しんでいる。

 グリーンはもう一発を、容赦なくお見舞いした。


「てえい!」

「グ、ガアア」


 デカコウモリは身をよじり……パシュン、と音を立て、塵となって消え失せた。

 討伐成功である。


「ふむ。これで、よし」

「うんうん。上出来だねぇ」

「はー終わった終わった」


 レンジャーたちは地上へ降り立った。

『仮想空間を解除します』

 天井からアナウンスが流れた。ビル群はパッと消去され、そこにはだだっ広い真っ白な部屋が現れた。


 その隅っこに、並んでちょこんと膝を抱えた、白と赤の影があった。近づいていくと、二人が立ち上がって出迎える。


『お疲れサマです』


 白い方――戦闘用人型ロボットのホワイト七号が、折り目正しく礼をする。その動きは滑らかで、ロボットであることを微塵も感じさせない。尤も、外見はつるっぱげのまっしろけなのであるが……。


 一方の太田は、手をぱちぱち叩いて歩み寄ってきた。途中、自分で自分の足に引っかかって躓いている。何とも鈍臭い。しかもどういうわけか、彼女の顔色は良くなかった。


「大丈夫? 千陽さん」

「ああ、いえ、お気になさらず……」

「……まあ、ひとまずちょっと休もうね」



 そういう訳で、変身を解除した一行は、控え室に入っていった。


 壁いっぱいに張り巡らされた歴代レンジャーのポスターが、ぐるりと一同を取り囲む。それらと太田を見比べた恒輝は、やはり不安を拭いきれぬままソファに腰を下ろした。

 

「んで? レッド用の装備はいつ届くわけ?」

 星奈がぞんざいに問いを投げかける。太田は肩をびくりとさせた。

「えっと、ごめんなさい。今日の夕方には届くはずで……。明日の模擬戦には参加できます」

「そう。じゃ、楽しみにしてる」

 星奈に肩を叩かれ、太田の表情はようやく少しやわらいだ。

「ええ。わたしも楽しみです」


(むむむ)

 恒輝は僅かに眉根を寄せた。

 いや……分かってはいる。

 実力をこの目で確かめない限り、無闇に「弱そう」などと考えてはいけないことくらい。


(ああ見えても本部に推薦された人物だ。きっと、女子にしては強いという境地には達しているはず)


 そんな恒輝には、知りようのないことだった。翌日、度肝を抜かれることになるとは。

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