回想、4

懐かしいなあ。

家に帰ったら、松村にひどく呆れられたっけ。

あ、松村は君も見たことあったよね?よくうちを出入りしてるやつ。あんまりよく知らないんだけど、父さんの親友だったらしい。食人種ではないらしいけど。



僕は目の前のぬくもりに追い縋るように顔をうずめた。

出会った頃と変わらない、静かなサチ。穏やかな波のよう。

それでね。僕は話を続けた。




「あんた、なんてもん持って帰ってきたんだよ……」

「将来的に食糧になるからいいだろ」


あれからサチを風呂に入れ、夕飯を食べさせて寝かしつけた後、僕と松村はリビングにいた。はあー、と大きなため息をつく松村はジト目でこっちを見ている。

そう、罪を犯せば食糧になるから。自分に言い聞かせるようにした。

でも、それまでは。せめてそれまで通りの生活をさせてやろう。だってあんまりじゃないか。虐待受けて、母親殺されて、食べられて、ハイ人生しゅーりょー、だなんて。9歳の女の子があんな、何もかも諦めたような目をするなんて知らなかった。



それからは君も知っての通りだと思うけど。

誤算が生じてサチは学校に行きたがらなかった。勉強道具を買ってやって、僕がサチの先生になった。松村にはお前教えられるほど学あんのか、なんてまた呆れられた。中学生の授業までならなんとか教えられるぞ、多分、なんてちょっとむっとした。


サチは物覚えが早かった。知識を貪欲に吸収してった。とりわけ物語に興味を示したから、小説をたくさん買ってやった。

1年、2年と経つうちにサチがいるのが当たり前になった。栄養が付いてサチは健康な年相応のかわいらしい少女になってた。物静かな海のような少女は、いつのまにか僕のそばに寄り添っていた。僕も彼女のそばにいると自然と落ち着いた。


いつからだろう。自分を恐れ始めたのは。

いつかサチは死ぬ。いや、。そのとき僕はまた1人ぼっちになってしまう。もう、サチがいない生活なんて考えられないほどになっていた。

だから、大切に大切に育てた。悪い事をしないように。




ねえ。それでも僕に言うの。

『私を食べて』だなんて。

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