第35話
翌日の昼過ぎ、エラがゲストの家に出勤すると、まず初めに昨夜の晩餐の食器を確認した。どの皿もきれいに平らげられていた。その中の一人が本当にタイセイだったら、ニンジンは残しているはずなのに…。食器を洗いながら、何らかのメッセージが残されていないか確認したが、エラは何も見出すことはできなかった。やはりタイセイではなかったのだろうか。結局自分の勘違いだったのかと、少なからぬ失望と闘いながら、エラは散らかった衣類を洗濯かごに集めらた。
日頃の習慣で、洗濯機に入れる際には必ず衣類のポケットを確認する。レシートなど入ったまま洗濯してしまうと、水に溶けた紙くずが衣服について、あとあと苦労するのだ。なんだか薬臭いワイシャツを洗濯機に入れる時も、エラは同じように胸ポケットの確認をした。
『おっとあぶない。紙くずが入ってるじゃない』
その紙くずを握りつぶして捨てようとした時、閃きがあった。もしやと思い、握った手の平を開け、くしゃくしゃになった紙くずを広げてみた。
『Who are you? Ela?』
その文字を見ながら、エラの瞳に急に涙が溢れてきた。何でここで泣かなくちゃいけないのよ?エラは何度もほほをぬぐいながら、そう自分に問いかけた。ワイシャツの胸ポケットに彼を発見したことが、こんなにも自分を幸せにするのかと、彼女も意外だったのだ。
翌日、部屋に帰ったタイセイは、何よりも先に清潔に選択されて上品にたたまれたワイシャツの胸ポケットを探ってみた。彼の期待通り、そのポケットにメモが潜んでいた。
『エラよ!タイセイは日本に帰っていなかったの?なんで、そんなところに居るの?』
今度はタイセイがエラとの再会の喜びに打ち震える番だ。
彼は泣きはしなかったが、再会の興奮に後押しされて、息せき切ってここに来た顛末を書き記す。なんせ、隠せるメモの大きさも限られているので、自分でも飽きれるくらいの小さな文字で書く必要があった。
書き終わると、今度メモを隠す衣類を物色した。ベッドに脱ぎ捨てられたソックスが目についが、今日はいていたものに入れるのは、メモに臭いがうつりそうな気がする。エラに不快感を与えたくないと、新しいソックスにメモを入れた。自身の人生を決める非常事態だというのに、エラへの体裁を気にするなんて…。
翌日、タイセイが部屋に帰ると早速ソックスを確認。今度もメモを発見した。
『だいたい、状況は飲み込めたわ。大変なことになっているのね。で、私に何して欲しいか言ってちょうだい。追伸 真新しいソックスを洗濯かごに入れるのは不自然よ』
メモを読みながら、タイセイはエラの冷静さを頼もしく思った。
『日本総領事館に逃げ込みたい。この家を抜け出すのを手伝ってほしい』
そう書き記すと、はいていたソックスを脱ぎ捨て、今度は躊躇なくメモを投げ入れる。
『わかった。明日の晩御飯は絶対に食べないでね。おなかすくけど我慢よ。今日の夜ご飯は力がつくものを準備するからね』
翌日その返事を受け取ったタイセイは、その夜用に準備してくれたエラの夕食を腹いっぱい食べた。明日の夜、エラが何かを起してくれる。その後はいつ食べられるかわからない。しかし、次の食事は必ずエラと笑いあいながら食べるのだと、心を奮い立たせた。
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