第21話
「実はわたし、小さい頃に目を怪我して…その怪我が原因で両目とも見えなくなったのです。でも突然私のマリア様が…」
エラは胸の前で手を握ると、感謝の祈りをはじめる。タイセイは、突然口をつぐみ祈りはじめた彼女に戸惑ったが、仕方なくその姿を見つめながら話の続きを待った。
祈りが終わったエラは、ようやくその顔を上げて口を開いた。
「マリア様が現れて、わたしの眼に奇跡を起こしてくれました。目が見えるようになったのです。ただ…どうしてもそのお顔が思い出せなくて…」
「エラがいくつの時の話しなの?」
「確か…6歳か7歳の頃です」
「そんな昔のこと…覚えてなくて当然ですよ」
「いえ、見えなかった目が、見えるようになって…、その時はじめて目に映ったのがマリア様なのですから、忘れるはずありません」
「治ったばかりの時だから、人物の認識は出来ても、顔の細部は焦点が合わずボケていたのかもしれませんね」
「そうでしょうか…」
「うーん、顔だけ記憶がないのか…」
タイセイはにやにやしながら言葉を続ける。
「本当に不思議ですね。エラの網膜記憶は、脳の命令がなくても体を動かせるくらい強力なのにね」
「意地悪言わないでください…」
顔を赤らめながら、エラはスケッチブックに手を伸ばすと、ページをパラパラめくった。
「何日かたって、入院していた病院のベッドで目が覚めると、マリア様がいなくなった代わりに枕元に小さなスケッチブックと色鉛筆がありました」
マリーはスケッチブックに描いたマリア様の像を指でなぜながら、話を続ける。
「あとで看護師さんから、それはマリア様が残したプレゼントなのだと聞きました。それ以来、目に映るものをスケッチブックに描くことが楽しくて…」
「なるほど…」
術後、ともすれば自らの目を雑に扱う子どもの患者さんへ、適度な角膜運動を促すために、スケッチブックを与えるなんて…。このドクターには並々ならぬ臨床のセンスを感じる。タイセイはもし自分が臨床の道を選んでいたら、こんな芸当を思いつくことができるだろうかと感心した。
すると、エラがキリストを見つめていた澄んだ目を、いきなりタイセイに向けた。その黒真珠のように輝く瞳に見つめられて、タイセイの鼓動がなぜか高まる。
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