第19話
「だいぶうなされていたようだが…」
「普段見もしないのに、久しぶりに夫の夢を見たわ」
「日本であんたの帰りを待っているのか?」
「いえ、40そこそこの若さで、食道静脈瘤という病気でね。大量に出血してショック死」
「そうか…そんな病気だったら、お別れの挨拶もろくにできなかったのだろう」
モエは、その小さな肩を一層小さくして、ぽつぽつと語りはじめた。
「お別れの挨拶どころか…連絡がとれなくなったのを不思議に思って…夫の住んでいるアパートに行ってみたら…鮮血で真っ赤に染まった布団の上で…あおむけで…両目を大きく開いて…死んでいたの」
ドラゴンヘッドはモエの語りの邪魔をせず、黙って彼女の言葉を待った。
「死ぬ時に傍に居てあげられなかった。傍にいなかったのに、その時傍にいた夢を見るの…へんね…どうしてかしら」
モエがテーブルに置かれた息子の写真を取りあげた。
「お葬式の時、みんな慰めてくれた。けれど、心の中では思っていたはずよ」
彼女は写真に写る息子を指でなぜながら言葉をつづける。
「私の息子だけが、はっきりとみんなの思っていることを口にしてくれた。お父さんが死んだのはお母さんのせいだ。お母さんが、そばにいてあげなかったから、お父さんは死んだのだ…ってね。それ以来、息子は私を許してくれないの」
言葉の意味を知ってか知らずか、小松鼠がモエの小さな肩をぎゅっと抱きしめた。モエはうなずきながらそんな、少年の優しさに応える。
「その写真に映っている青年が…その息子なのか」
ドラゴンヘッドの言葉に、モエはキッと姿勢を正した。
「そうよ。だから、私は…私のいないところで家族を失うなんて、もうまっぴらなの」
〈香港街景〉
「ところで…ミス・エライザ」
PMQのレストランをあとにしたふたりは、士丹頓街(スタントン ストリート)の緩やかな坂を下っている。いまのふたりは、PMQに入る前とはちがって、肩をならべて歩いていた。
「どうぞ…エラって呼んでください」
「ああ、それでは…エラ」
タイセイはエラが大事に抱えているスケッチブックを見ながら言った。
「君は絵を描くことが本当に好きなんだね」
エラが恥ずかしそうに、スケッチブックを背中に隠す。
「ちょっと見せてもらってもいいかな?」
最初は渋ったものの、再三のタイセイのお願いに根負けして、エラはスケッチブックを彼に差し出した。
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