第18話
タイスケは外付けハードディスクをパソコンに接続し画像を探し始めた。しばらくして手を止めると、映し出されたなんの親しみもないデスクトップ画面を眺めながら、タイスケが言葉をつづける。
「でも、修理したというよりは、なんか新しいパソコンが生まれたって感じがしないか」
「…どういうこと?」
「確かにマシンそのものは今まで使っていたものなんだけど、中に入っているOSはまっさら…いわば、生まれたばかりの赤ちゃんみたいなものだ」
「それで?」
「このパソコンを使用していくというプロセスは、まさに生まれた赤ちゃんにあらためて経験と学習を重ねさせて、立派な成人に育てあげるようなものだ…」
「…なにがいいたいわけ?」
「もし、OSが人間にとっての魂だとしたらだな…」
「魂だなんて…科学者だったあなたが、いつから神秘主義者になったの」
「もともと科学者の祖先は、魔法使いか錬金術師だっただろ。根は一緒だって…」
「そうかしら…」
「経験と学習を重ねその魂が育っていく過程で…古い魂が宿していた過去の記憶など必要があるだろうか」
「タイスケくんたら…変なこと言いだすわね…」
「もし今のお前の頭に、見も知らぬ以前の人の記憶の断片が残っていたら嫌だろ」
「なんか気味悪いわね…」
「だろ…だから、デスクトップ画面を前のパソコンとおなじ画像にするなんて、やめないか?」
タイスケの言葉に、モエは暫し考え込んだ。やがて合点がいくとあきれ顔で彼に言った。
「保管していたはずの旅行の写真データが見つからないって素直に言ったら」
「うう…面目ない…」
モエは、肩をすぼめてしゅんとした夫の言に、口に手をあててコロコロと笑った。タイスケもそんな妻を見て安心したのか、頭を掻きながら豪快に笑い始めた。
その時だった。
「ゲホッ」
タイスケの口から鮮血がほとばしった。その量は半端ではなかった。その血で目の前のノートパソコンが真っ赤に染まった。
「どうしたの、あなたっ!」
モエは驚きのあまり、医師としての冷静さを失った。
夫の口からとめどもなく流れ出る鮮血をなんとか止めようと 、医学的効果もないのに、自らの手で夫の口をふさぐ。しかし、ふさいだ手の指の間から夫の血液が漏れ出し、その出血は止まりそうもない。やがて血液は、口内に溢れ、気管をふさぎ、夫はもがき苦しみ始めた。
「あなた、あなた、しっかりして…」
モエは自分の声で目が覚めた。少年が心配そうに彼女をのぞき込んでいる。
周りを見渡せば、ここは九龍城のアパートのキッチンである。彼女も現実に起こっている事態をゆっくりと思い出してきた。
「あら、私ったら寝ちゃったのかしら…探し始めてどのくらい経ちました? 」
「1時間かな…しかし、あんたも、こんなところでよく寝られるもんだな。いい根性しているよ」
「家族以外に寝顔を見られるなんて…はずかしいわ」
ドラゴンヘッドはキセルにまた刻みたばこを詰め込みながら言った。
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