第11話
タイセイは一人っ子のせいか、人と分け合って食べたという記憶がない。短いとは言え、結婚した相手との生活の中でもそんな記憶はなかった。自分の前に出された食事は自分のもので、当然自分が食べる。それが当たり前の生活であった。
「欲張りですね…」
「だって…ひとりでひとつのものを食べるよりは、二人で二つのものを分け合って食べる方が…なんか…こう…いろいろ味わえて…幸せに感じませんか」
タイセイにいたずら心が湧いてくる。
「でも…おいしいものを途中でやめられるかどうか…自信ないな…」
「…嫌ならいいです…ごめんなさい。勝手なこと言って…」
女性は自分の本心は瞳の底に隠すという。過去交際した女性たち、かつて妻となった女性、そして自分の母も含め考えても、確かにその通りだと思っていた。
しかし、この目の前に居る女性はどうだ。考えていることが、こんなに正直に瞳に映る女性には会ったことがない。涙とは言わないまでも、落胆した気持ちで目を潤ませるエラを、タイセイはまじまじと見つめた。
「わかりました。では、こうしましょう…好きなところでストップと言ってください。がんばってナイフとフォークを置きますから」
「えっ…いいんですか?」
「ええ、その代わり…食事を分け合う相手の名前も知らないのも変ですよね」
タイセイは姿勢を正して自己紹介する。
「僕はコウケツタイセイです」
「わたしは、Elaiza James Dacara.(エライザ・ジェームス・ダカラ)」
こうして二人は初めてお互いの名前を知って握手をした。
「これでミス・エライザと私はお友達です」
「ですね…」
「友達って、案外すぐ出来るもんですね」
そう言ってほほ笑むタイセイ。エラはなぜか顔が上気してくる。それを悟られまいと彼女は声を高めた。
「そんなことより、早く食べましょう。おなかがすきました」
「ですね…それでは、よーい、ドン!」
「なんです?それ?」
「あっ、いや…日本のスタートの合図です」
「わたしはフィリピーナですからそんなの分かりません」
「そうですか…ならばミス・エライザの国のスタイルだと、なんていうんですか」
「Time Start Now!」
「なるほどね…あれっ…今ので始まっちゃったんですか…」
無心に食べ始めているエラを見ながら、呆れ顔のタイセイ。
「ねえミス・エライザ。いくらスタートの合図があったとは言え、早食い競争じゃないんだから…お話ししながらゆっくり食べてもいいんじゃないですか」
「じゃあ…ストップ」
「いや、そういうことじゃなくて…えっもう交換ですか?」
「約束したじゃないですか」
「でも…まだ自分は何も食べてなくて…」
「安心してくださいドクター。ストップは何度でもかけますから、またビーフは帰ってきますって…」
嬉々としてお皿を交換するエラ。
「だから…自分が言いたいことは、そういうことじゃなくて…」
「わぁ、このビーフおいしい。こんな柔らかいお肉、食べたことないわ。ドクターも食べてごらんなさい」
エラは小さなお肉をフォークにさしてタイセイの口元に差し出した。
「えっ、いいですよ…お皿が返ってきた時に食べますから…」
「ほら、早く」
エラは全く人の話を聞いていない。なのになぜ腹が立たないのか。タイセイは不思議に思いながら、エラの差し出す肉を口の中に入れた。
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