第13話 冒険者達の夜明け

―共同墓地へと続く街の通り―

 既に日は落ちて、辺りは完全に真っ暗だった。その上霧まで出ていて視界は悪かった。

 松明を持った男達がバリケードを張っている。


「街への侵入を許すな!」現場のリーダー格の男が叫ぶ。荷馬車を横転させて緊急のバリケードとして用いた。板を打ち付けてバリケードの強度を上げる。


 俺達はその様子を後方で見ていた。


「どうやらここは防戦を張って迎え撃つつもりのようだな」


 俺はひとしきり様子を伺ってから感想を述べた。


「被害を出さない事が重要なようだ。近隣の家の者達は既に避難したらしい」


 カルナは近所の家の様子を見ながら言った。所々の家はまだ明かりはついたままだった。よほど急いで避難したのだろう。


「共同墓地は区画を大きな壁で仕切られていて、出入り可能なのはここ南口と北口の二箇所だけ。北口には別の冒険者ギルドが既に配置済みのようだ」


 俺は先輩冒険者から聞いた情報を伝えた。


「私達はここの持ち場を守り抜けば良い訳ね?」


 エルルは緊張した面持ちだ。場の雰囲気自体がぴりぴりしているせいもあるが、どうやらそれだけではないようだ。


「何だ、エルル。アンデッド相手に緊張しているのか?」

「そんなわけないじゃない。元は聖山のあったふもとの町にアンデッドの大群なんて押し寄せられたんだから、今回の件は何が何でも引き下がるわけには行かない」

 そういえば鉱山の遺跡は聖堂と呼ばれているのだった。なら、ザーラムの街はそのお膝元ってわけだ。


「俺とチムチムは第一陣の射撃隊に入る。エルルは後方の治療班。カルナはバリケードを突破された後の切り込み隊。みんな今回はばらばらに行動するが大丈夫か?」

「適材適所。今回はギルド全体で協力体制をとるから仕方ないね。みんな、怪我したら直ぐに私のところに来るように!」


 エルルが念を押した。現場にはかなりの人数の冒険者が居るので、探すのも一苦労しそうだ。

 今回の戦いは防衛線を守り抜く為の陣地陣形構築済み。敵味方入り混じれての乱戦になるときにはかなり旗色悪い状況と言える。


「みんな、無事でまた会おう」

「シシトウ殿もな。射撃隊とはいえ先鋒に立つ部隊。気をつけて」


別れ際にカルナが告げる。俺達は持ち場に付く為に一旦は離れ離れになった。

俺はチムチムとバリケード近くに陣取る。バリケードの裏に木箱を積んで狙撃台を作る。

 高台から周りの様子を伺うと、防衛網の最前線は緊張感に包まれていた。

 バリケードから覗く共同墓地への道は一本道。外郭を大きなレンガの壁で囲まれている為、今あるバリケードで出入り口を封鎖すれば問題はない。

 問題の場所は広大な共同墓地のカタコンベだった。多数のアンデッドが現れた。


「すぐにわかって、よかった。遅れていたら、被害が広がった」

「そうだなぁ。墓守が始めに気が付いたらしいんだが、墓守は生きた心地がしなかったろうなぁ」


 共同墓地内で生活する墓守は、今は当然避難していた。命からがら逃げて来たのだ。


 「遠見の者がそろそろやってくるとよー!」と、遠くから声が聞こえてきた。使い魔か何かで様子を伺っているのだろう。

 その声に辺りが静まり返る。皆、暗闇の向こう側の墓地の方角を凝視している。

 墓地側の通りは殆ど明かりが無いので何も見えない。

 と、暗闇の向こう側で何かが動いたような気がした。俺の視力は職業補正で強化されているらしく、視力は限りなく良くなっていた。多少なら暗視も効く。

「おい、来たぞ!」「あぁ、十,二十・・・いや、もっといるぞ」等と、先鋒射撃部隊のハンター達からざわめきが聴こえてきた。


Battle Encounter! 「アンデッドの群れ」


 暗闇の中、赤く輝く双眸。それがゆらりゆらりと近づいてきている。おびただしい数だ。

 ゾンビの目だった。落ち窪んだ眼孔の奥は鈍い赤色の光を怪しく放っていた。


「ゾンビを銃撃するゲームならやった事あるが・・・」


 と、俺はゾンビゲームを思い浮かべ、ゾンビに掴まれて噛み付かれそうになっているモブキャラの光景を思い出していた。


「あ、そっか。墓地の死体には限りがある。防衛線で数を削りきってしまえば勝てるんだ」


 と、ゲームのことを考えていたところ、俺は唐突に冒険者ギルド達の作戦の勝利条件を理解した。だから出入り口を封鎖して防衛戦を行うのだ。ゾンビ映画のように無制限にゾンビが沸いて出てくるわけではなかった。

 この状況で一番に恐れるべきは敵味方入り乱れての乱戦。

 と、その時、「その通り」と近くの冒険者が答えた、


「この状況では無理に元凶を暴こうとせず、せめて朝が来るまでは持ちこたえて自分達に有利な状況を待つのさ!」


 同じ冒険者ギルドの先輩狩人だった。同じ先鋒射撃部隊の構成の大半が飛び道具を得手にするものや魔法使い達だった。


「じゃあ、俺達の仕事は日が昇るまでこの場を維持することなんですね?」

「そう、俺達の腕の見せどころよ!」


 冒険者達の士気は高い。徐々に近づいてくる死霊の群れを目の前にしても、ものともしていない。

 「全員、十分ひきつけてからよーく狙って撃てよー!」と指示が聴こえてきた。闇夜であるので狙撃は難しいが、方角さえあっていればとりあえず当たりそうだった。

 ゆらり、ゆらりと徐々に近づいてくる。

 ヒュン、ヒュンと矢が放たれる音が聞こえ始めてきた。距離があっても当てられる自信のある者達から次々と矢が放たれ始める。俺も負けじと矢を放ち始める。

 ガガッ、ガツッ、ドガッ・・・次々と矢が当たる音が聞こえてくる。

 ドサリ、バタッ・・・何体かのゾンビが崩れ落ちて動かなくなる音が聞こえる。もっとも迫り来るゾンビたちは倒れたゾンビを踏み越えて押し寄せてくる。


「これはいずれ矢が足らなくなるな!」と誰かが叫んだ。

 その時であった。炎の矢がゾンビの一体を弾き飛ばして倒した。

「我々がいるのをお忘れなく!」魔法使いの男がゾンビを一体仕留めてそう言った。そう、魔法使いも同席している。


「精神力、続く限り、魔法、放てる」


と、そういうとチムチムもファイアアローを放った。先頭のだけでなく、後ろの二,三体をも巻き込んで倒している。


「精神力の続く限りってことは、そちらにも攻撃手段に限りがあると言う事か・・・」


 今までの冒険は戦いが長期化する事は無かった為、チムチムの精神力が切れると言う事は無かった。だが、今日の戦いは持久戦だ。

 木や鉄の矢と魔法の炎の矢や雷の矢が飛び交う。

 が、倒れたゾンビの後ろから、新たなゾンビが次々と現れる。


「大量のアンデッドってのは本当だなぁ!」と、誰かの弱音が聞こえてきた。実際のところやはりゾンビ映画さながらの数が押し寄せてきている。


「西洋らしく土葬ってわけかよ! せめて半分は火葬にしてくれ!」


 アウラ・ノヴァの埋葬方法の主流は土葬のようだった。・・・押し寄せてくる彼らも元は街の住民だったのだろうが、今はその有様を悼む余裕はなさそうだ。


「たった今、そうしてやろうとしていたところさ!」と、近場の魔術師がファイアアローを放ちながら言った。なるほど、ファイアアローが当たったゾンビは燃えながら倒れた。


 戦いは一方的な攻勢から始まった。こちらは飛び道具。彼らは徒歩でゆったりと回避行動も取らずに歩いてくる。

 だから不気味だった。あれらに押し寄せ迫られたらどうなるのか、と。

 「撃て撃てー! 怯むな、休むなー!」と怒号が聞こえてくる。

 徐々にゾンビたちは近づいてくる。

 ドカッ、ガズッ、ボワッ! と矢の中に混じり、炎の矢がゾンビを燃やす音。その音も徐々にバリケードに近づいてきた。段々とゾンビの顔がわかるくらいにまで近づいてくる。

 「まずい。このままだとバリケードにまで届かれる・・・」と誰かが言った。

 ドガッ、ドガッ、ドガッ! 断続的に何かを叩くような音が続く。

 「このおっ!」と誰かが叫んだ。見ると、ゾンビの一体がバリケードを叩き割ろうとしていた。そのゾンビが頭部に矢を貫通させて倒れた。が、次々とゾンビたちが押し寄せてくる。

 ドガッ、ドガッ、ドガガッ! バギッ! 一際激しい音と共に、バリケードの一角が叩き壊された。その様子からも見てわかるとおりに、かなりの怪力のようだった。

 バギバギ、メキメキメキメキッ、メリメリッ! と、木のバリケードをへし折り破る音が聞こえてきた。


「バリケードが破られる! 射撃隊、さがれーっ!」と合図が聞こえた。


 先鋒射撃部隊は総員退避だった。さすがにゾンビと白兵戦をするには分が悪すぎた。


「後は俺達に任せな!」


 筋肉質のごつい者達が入れ替わりに前に出る。戦士系職業を中心とした白兵戦部隊だった。


「シシトウ殿、チムチム殿、お疲れ様。今度は私達の番だな!」


 と、カルナはそう言うとスラリと剣を抜いて前へと駆け出していった。


「接敵するなら私達も忙しくなるわね」


 と、エルルも後方待機してヒーリングをいつでも出来るように待機した。バリケードを抜けてきたゾンビたちを戦士たちが迎え撃つ!

 俺達後衛職は後方待機で撃ち漏らされたゾンビがいないか警戒をしながら様子を見た。

 始めにゾンビ達と接触してから30分ほど経っただろうか。


「今日は夜明けが待ち遠しいな・・・」と誰かが言った。その人物のいうとおり、今夜は時間の流れが遅く感じた。少しでも早く日の出を拝みたかった。だが、夜が明けるまでは後数時間はある。

「前衛たちが頑張っている間に、何人かは矢を補充するんだ!」と誰かが檄を飛ばした。慌てて何人かが後方の町の方へと駆け出して行った。

 俺もチムチムも後方に詰まれた木箱の山に乗り、バリケードの向こう側へと攻撃を続けた。その様子を見て他の冒険者達も続いた。

 さらに30分が経過した頃であっただろうか。

 突如前衛でワーワー! という喧騒が大きくなった。後方の治癒部隊に運び込まれる負傷者が増えた。


「なんだ? 何かあったのか?」


 俺は戦況の変化をいち早く見抜き、前衛を見た。

 ランスと盾を持ち、漆黒の鎧を着たナイトが、これまたゾンビの馬に跨って前線に立っていた。

 3人の冒険者が馬に乗ったゾンビに突進する。・・・馬に乗ったゾンビも突撃する。・・・3人の冒険者達が軽く吹き飛ばされて宙を舞った。

 チャージ。乗馬するものがランスなどで突撃するアーツ。一撃の威力は普通の歩兵の比ではない。

 馬に乗ったゾンビは巧みな槍さばきで次々と冒険者達をなぎ倒していく。


「なんだ、あいつは? このままじゃまずいぞ!」

「シシトウ、どうした?」


 まだ、後衛で気が付いたのは俺だけだったようだ。俺は後方指揮を執っていた冒険者に駆け寄る。


「大変だ! 前衛に馬に乗ったゾンビが前衛を破り始めた!」

「・・・!? なんだって? そいつはアンデッドナイトか! 大変だ! 中級、上級職の冒険者をぶつけないと!」


 陣頭指揮を執っていた者が慌て始めた。

 と、その時、前線から歓声が上がった。漆黒の鎧を着たアンデッドナイトに対峙していたのは、白銀の鎧を着たカルナだった。

 カルナの宝剣の閃きがアンデッドナイトのランスと交差する。双方激しい攻撃の応酬が始まった。

 カルナを応援するように、他の冒険者達もアンデッドナイトを取り囲む。・・・が、魔法と思わしき爆発がそばで起きた。


「なんだ!? 魔法の暴発か?」


 違った。ゾンビの群れの後方から現れた魔術師のゴーストだった。


「そうか! 街の共同墓地だから、冒険者達の死者も眠っていたんだ!」


 それはかつての先達冒険者達の成れの果てだったのだろう。鋭い槍捌きを見せるアンデッドナイト。魔法を使うゴースト。だが、今は生きる者達の脅威となっていた。


「後衛、前衛を補佐しろ! あのゴーストを何が何でも倒すんだ!」


 陣頭指揮をしていた冒険者は叫んだ。前線が崩壊するほどに魔術師のゴーストは危険だった。

 ヒュヒュン。ヒュヒュン! 残っていた狩人達がゴーストへ矢をけしかける。

 スカスカッ、と矢はゴーストをすり抜けた。どうやら物理攻撃無効らしい。


「だめだ。矢が効かない!」


 俺は矢をけしかけようとして、その光景を見て止まった。


「燃え盛る熱意よ、業火となって唸れ。ファイアアロー!」


 チムチムがファイアアローをゴーストへ向けて放った!

 バシュッ! と、ゴーストも同様にファイアアローを放って、ファイアアローをかき消した。


「魔法、相殺された!」


 チムチムが驚いているのが見えた。他の魔術師達も次々に魔法を放つが、ゴーストは腕を一薙ぎし、それらの魔法をかき消した。有効打には至っていない。


「くっ、生前は魔術師だっただけに、魔法耐性まであるのか!」


 陣頭指揮を執る冒険者が驚愕していた。その間にもゴーストは吹雪の嵐を巻き起こし、前衛冒険者達が膝をついていく。範囲魔法も心得ていたようだ。敵も味方もお構いなしに凍てつく吹雪が襲う! だが、ゾンビにはあまり吹雪が効いていない!

 一方的だった。種族と属性相性の違いと言うものもあるのかもしれないが、戦況は一方的にアンデッド軍団に有利に働いている。


「このままじゃまずい・・・あのゴーストを何とかしないと・・・」


 俺はそう呟きながら、ふとあの黒いオーラの事を思い出した。


「そうだ、あの力なら何とかできるんじゃないのか!」


 俺は魔神と戦った時と同じように、指先で矢をなぞった。・・・が特に何も変わりは無い。


「なぜだ! あの時みたいに使えないのか!」


「くっ!」俺はそう漏らしながら、矢をゴースト目掛けて放った!

ヒュッ、・・・スカッ・・・矢はむなしく地面に落ちた。


「どうしてあの時は黒いオーラを纏えたんだ・・・」


 考えるが答えは出ない。

 前線ではカルナがアンデッドナイトとゴーストを相手にしていた。流石のカルナもダメージを負っていた。深手ではないが、明らかに疲労が見て取れた。他にも中級職の冒険者が何人か足止めに廻っている。が、彼らのダメージも深刻そうだった。


「このままじゃカルナが危険だ!」

「シシトウ、カルナの援護に行くわよ!」


 エルルが駆け出していた。彼女は前線の戦況はそれほど見えていなかっただろうが、俺の言葉に動いたようだ。


「危険だぞ!」


 と、叫んだ俺も気が付いたら前線に向けて走り出していた。


前線は二体の魔物の手によって窮地に陥っていた。


「大丈夫か、カルナ。援護に来たぞ!」


俺はそう叫んで、宙に浮いたゴーストの前に立った。エルルはカルナの治療に当たった。

「お前ら、勇気あるヒーラーを守れ!」と、他の前線の冒険者達も援護に廻った。

 不利な戦況ではあったが、前衛に治療役が現れた事でかろうじて戦線は維持された。

 チムチムがファイアアローをゴーストへ向けて撃つが、ゴーストもサンダーアローを放って迎撃された。どうやらチムチムの魔力の高さは警戒しているようだ。他の魔術師達よりも一回りも二回りも大きなファイアアローは直接腕でかき消さない。


「ゴースト。魔力、高すぎる!」

「この死にぞこないめ!」


 ギリシャ転生? で生き返った俺は、自分の事はさておいて、幽霊を罵倒して矢を放つ。ヒュカヒュカと矢が幽霊をすり抜けていく。


「なぜあの時の力が使えないんだ!」


 俺は懸命に応戦するが、ゴースト相手に決定打を与えられずにいた。

 「俺が相手だ。この野郎!」前衛の戦闘職の男が幽霊に斬りかかるが、こちらも空を斬り手ごたえがなさそうだ。


「魔法の武器でもなければこいつは倒せないようだ!」


 幽霊を斬ろうとして剣を振り回していた男はそう叫んだ。


「シシトウ殿、ゴーストの方は私に任せてくれ! 私に考えがある! あちらのアンデッドナイトは時間稼ぎを頼む!」


 カルナは傷を全回復させて戦線に復帰していた。エルルは他の前衛の負傷者の治療に廻っている。


「そっちの髑髏野郎か、任せろ!」


 相手を出来る気は全く無かったが、時間稼ぎぐらいなら、と思って勢いで引き受けた。

 俺はカルナと立ち位置を交代する。

 今度は馬上槍を持ったアンデッドナイトが相手となる。実体がある分、まだこちらのほうが相手に出来そうだった。

 が、いざ歴戦の勇者だったと思わしきアンデッドナイトを前にすると、死を覚悟する思いだった。

 背筋を冷や汗が流れる。流石に安請け合いだったかと思う。

 ふと、自分の体からうっすらと黒いもやが立ち昇っているような気がした。


「シシトウ、危ない!」


 それはエルルの叫び声だった。気が付くとアンデッドナイトが直ぐ目の前に突撃していていた。・・・避ける暇も無い。

 ドガガッ! 体に強烈な衝撃を感じ、続いて自分の体が宙を舞っているのを感じた。


 クリーンヒット!


 アンデッドナイトによるチャージ攻撃の直撃。痛みは殆ど感じない。が、眼下に地面が見えるのを見て、「あ、これはまた死んだかな」と、ふと思った。

 ドゴッ! っと、俺は地面に激突した。途端に、全身に強烈な痛みを感じた。


「ぎゃあああ、いてぇえええ!」


 俺は痛みのあまり、転げまわりのた打ち回った。わき腹をランスで抉られていて出血もひどい。


「シシトウ、動き回るな!」


 エルルに怒られながら治癒ヒーリングを受ける。徐々に傷が塞がる。


「あ、生きていたのか」

「当たり前でしょ。あんた、自分で回避行動を取ろうとしていたのに気が付いていなかったの?」


 どうやら俺は無意識に防御、回避行動を取っていたようだった。雑用と戦闘職の狩人の差が見えない形で出ていたようだ。地面に激突する寸前にも自然に受身を取っていたらしい。おかげで致命傷は避けた。

 アンデッドナイトを見ると、複数の冒険者を同時に相手にしている。俺の直ぐ横に倒された冒険者が転がっていた。


「はい、治療完了。あまり無理はしないで!」


 エルルに背中をポンと叩かれた。俺は立ち上がる。


「私の精神力もそろそろ限界。これ以上は怪我の治療も難しくなる」


 エルルの表情を見ると、大分疲れが見て取れた。

 なら、ここで戦況を好転させないとジリ貧になる。俺は意を決し立ち上がる。懐から魔水晶を取り出した。


(よく考えると、同じ詠唱を唱えるだけで良いとは聞いたが、それ以上の使い方を聞いていなかったな。どうやって狙い定めて放つんだろう)


 俺はボウガンに矢を番えずに魔水晶を持ちながら構えた。そんな俺の姿を見つけたアンデッドナイトが再度チャージ攻撃の構えを取った。と、その俺の前にダブルモヒカンの男が立ちはだかる。同じ冒険者ギルドのグルドフだった。


「何か一発に賭けるつもりかい。俺が乗ったぜ!」


 グルドフは俺を見てにっ、と笑った。・・・いかつい男のスマイルだが、今はどこか頼もしい。グルドフは雄たけびを上げてアンデッドナイトにグレートアックスで切りかかった。

 大振りのグレートアックスの攻撃を、アンデッドナイトは馬で飛び避ける。

・・・今ならグルドフが応戦してくれているので狙う隙がある。

この魔法の矢を外せばこの場の劣勢を覆せないかもしれない・・・。俺は覚悟を決めた。


 俺は見えない矢が番えてあるイメージでボウガンの弦を引いた。その時、ゆらゆらと黒い影が自らの身を覆う。


「詠唱が必要なんだったな。『我、炎を御する者』」


 俺はアンデッドナイトを狙うようにボウガンを持つ。両手から黒いオーラがゆらゆらと発せられる。・・・来ている。何らかの力が来ている。


「『我が意に答え、我が敵を撃て!』」


 照準は狙い違わずアンデッドナイトを捉え続けている。両の手の黒いオーラははっきりと眼で見てわかるように発せられる。と、魔法の詠唱をしたことで、炎の矢が手中に現れる。


 ドガッ! と言う音と共にグルドフがランスで弾き飛ばされた。アンデッドナイトが俺のほうに向き直る。一歩遅かったな、喰らえ! 


「『ファイアアロー!』」


 俺の手から発せられた炎の矢はたちまち丸太のような太さの矢となる。その矢には黒いオーラがとぐろを巻くように絡まっていた。

 一瞬、その魔法の矢を見たアンデッドナイトが明らかに狼狽していたのがわかった。

 その一瞬がやつの命取りとなった。動きが硬直したところに、ズガガガガッ! と魔法の矢が直撃した。


クリティカルヒット!


 とっておきの魔法攻撃がアンデッドナイトを直撃した。アンデッドナイトは馬から弾かれごろごろと転げまわって行った。マジックアイテムを使った強烈な一撃がアンデッドナイトを一撃で沈めた。

 アンデッドナイトは起き上がってこない。・・・やがてぼろぼろと身体が崩れ落ちていった。

「やったのか?」と、誰かが叫んだ。やがて前線から歓声が上がる。

 アンデッドナイトの馬が倒れて動かなくなったのを確認し、俺はゴーストの方を振り返った。

 カルナが応戦していた。


「不浄な霊め、貴様のようなものに我が剣の名を名乗るのは名折れだが、この窮地に陥った我が未熟さゆえとする!」


 カルナが眼前で剣を垂直に立てる。


「我が魂の刃よ、その真の姿を現せ、エノムスティ!」


 彼女が叫んだのは剣の名前だろうか。本来は名乗ってはいけない剣の名らしい。彼女が剣の名を叫んだ途端、剣の鍔、ガードの部分がバカッ、と取れて、刀身から金色の光が輝き始める。

 その剣の輝きにゴーストが怯んだ。


「我が剣技、この世の見納めにするには贅沢と知るが良い!」


 カルナが一気に間合いを詰め、十字斬り《クロススラッシュ》に幽霊を切り裂いた。

「GYAAAAAAA!」


 幽霊は絶叫を上げ、散り散りに霧散して行った。どうやらあちらも片付いたようだ。

 前線を崩壊させた元凶の二体の魔物を倒した!

 一時は戦況が混乱していたが、冒険者達はその結束であっという間に体制を立て直した。

 バリケードを乗り越えてまだまだ何体ものゾンビが押し寄せてきていたが、後詰めの冒険者達があっという間に撃退していく。

 「お前ら、大活躍だな!」と、冒険者が語りながら前線を交代した。

 俺達パーティは後方の治療部隊の世話になる。


「よかったぁ。シシトウの機転のおかげで何とかなったわね」


 機転だけではなかったが、本当に何とかなってよかった。

 と、俺は担架に乗せられたままのグルドフを見た。


「・・・彼は?」


 治療班の女性が首を横に振った。よく見ると、彼の冒険者仲間と思わしき男が泣いている。


「俺達パーティじゃ蘇生できるほどの所持金は無い・・・。残念だがグルドフは・・・」

「そ、そんな! おっさーん!」


 俺は思わず叫んだ。


「あ、ちょっとまって。蘇生あと一回ぐらいなら余裕はあるかも」


 言葉はわからないが、雰囲気で察したエルルがグルドフに蘇生リザレクションを試みた。

 グルドフの寝ている地面に金色の光の魔法陣が描かれる。


「え、この女性。蘇生が出来るほど高位だったのか!?」


 先ほどの泣いていた男が驚いている。俺も蘇生魔法を見るのは色々な事情があって初めてだ。

 やがて地面の魔法陣が消える。

 グルドフがゆっくりと目を開ける。


「お、俺は生きているのか?」

「蘇生魔法は受ける側も体力をかなり使うから、しばらくは安静にしていてね」


 エルルが額の汗を拭って答えた。顔色が大分悪い。かなり無理をしたようだ。

 グルドフが起き上がる。


「元雑用の兄ちゃん、あんたがアンデッドナイトをやったのか! 俺の眼に狂いは無かったぜ! ありがとうよ!」


 そういうとグルドフは勢いよく俺の背中をドンと叩いた。気が付いていなかったが、俺も治癒を受けて体力がかなり消耗していたようだ。バターンと激しく前のめりに倒れこんだ。視界がブラックアウトしていく・・・。そこから先は記憶が無い。


―生と死の狭間―

 それはアウラ・ノヴァに行く前にハデスと出会った場所。

 気が付くと俺は椅子に座っていた。


「はっ、俺はまた死んだのか!?」


 と、俺の言葉を笑う声が聞こえてきた。


「いや、気絶しているだけだ。お前の魂は何度かここを訪れた為に、この場に来やすくなっているがな」


正面の高台の上に豪華な椅子に座っているのは黒いローブの男。ハデスだった。


「度々訪れる場所ではないが、よほど死が気に入ったのか?」

「そんなわけない!」


 俺は思わず勢いで言葉を返した。が、俺のスポンサーのような相手であったことを思い出して慌てる。


「あぁ、変に気を使わなくてよい。お前はお前のままだ」

「そういえば、黒いオーラを度々見かけたが・・・」


 ハデスがにやりと笑った。


「それは我が加護。黄泉の波動。生と死の狭間に陥るほどに強く輝く。死を強く意識するほど、生を強く意識するほどにな。闇の力ではなく、死の力だ。魔神であろうが、不死者であろうが逃れられぬ『死』の力そのものだ」


 これまでにも何度か窮地で強大な力を発揮した訳を知った。


「たしか、異世界行きの際に、特典のようなものは無いって言っていた筈だ・・・」


 ハデスがまたしても笑った。


「お前の聞き方が悪い。『異世界行きに関して』とお前は尋ねた。俺様の加護は別に異世界行きだから与えるわけではない。俺様が気に入るか気に入らないかだ」


 思わぬ特典があったものだと、そう思った。


「お前の行動は予想の範囲内。いやはや・・・」

「それも予定通り、と?」

「いかにもいかにも」


 ハデスはクックックッと笑った。かなり上機嫌だ。


「期待通りであることには変わらない。行くが良い。シシドウ。お前の帰りを待つ者達の元へ。死の価値の異なる世界ではあるが、そこにはもうお前の居場所がある」


 体を暖かな光が包むのを感じた。

 意識が遠のく。視界がホワイトアウトして行った・・・。


―共同墓地へと続く街の通り―

 気が付くと俺は担架の上で寝ていた。


「あっ、目を覚ました?」


 むくりと起き上がる。・・・ふと元寝ていた場所を見る。なんだかエルルに膝枕してもらっていたような・・・。


「治癒も体力を使うんだから、シシトウも安静にね」


 エルルは強い語気で俺を怒った。

 周りを見るとゾンビはあらかた倒した後だったようだ。


「もうすぐ、夜が明ける」


 チムチムが言った。どうやらずっと倒れていた俺を看ていてくれたようだ。カルナも心配そうに見ていた。

 俺は起き上がる。東方の空を見ると、ぼんやり白く明るみがかっていた。長い長い夜が終わった。


「「俺達の勝利だ!」」


 バリケード地点から大歓声が上がった。丸々一晩、アンデッドの進行から街を守り抜いたのだ。皆思い思いに健闘を褒め称えあっていた。


Quest Clear!!  Result.

・亡者より街を救った英雄の称号


―冒険者ギルド ゼカイア―

 それは早朝であるにもかかわらずの大賑わいだった。

 酒場も臨時で24時間営業していた。それもそのはず。冒険者ギルドの酒場では戦勝祝賀会が開かれていた。


「やったぜ!」


 俺は上機嫌だった。共同墓地の南側防衛地点の最功労者は俺に決まったようだ。表向きは魔水晶での魔法使用によるアンデッドナイト撃破とされていた。

 祝賀会の主人公は俺だった。


「みなさーん、今日のクエスト大成功をお祝いしましょう!」


 冒険者ギルドに帰ってきた冒険者達を迎えたのは受付嬢やいつもの給仕の女性達だった。今回のクエストに報酬は設定されていなかった。国から色々労われるのはまだ後だった。よって、その日は冒険者達をギルドが労った。

 食べても食べても食べつくせない料理が次々と出てくる。冒険者ギルドも名を上げたので、羽振りのよさがすごかった。


「それでは・・・冒険者ギルド・ゼカイアの益々の発展を願いましてー、乾杯!」


 誰かが乾杯の音頭を取った。ガッチンガッチンとエールのジョッキを打ち付けあう光景が広がる。


「おめでとう、みんな!」


 俺も冒険者ギルドの仲間全員と祝いながら杯を交わしていく。

 しばらくしたら、いつものパーティのみんなのところへと戻った。


「戻ってきたな。本日の主役殿が!」


 カルナが拍手をしながら俺を迎えてくれた。


「私が気まぐれにそなたらのパーティの仲間入りを願ったが、今では街を救った英雄のパーティの一員だ。おかげで私もある程度の自由が許された。感謝する!」


 俺はカルナの身の上の話を思い出した。何らかの恩赦が出たようだが、詳しい話はわからないのでそのままにした。後ほどわかった事だが、アンデッドが押し寄せてくる事件の最中、宝剣の真の名前を開放した事が問われたらしい。一体どれほどの問題だったのかは知らないが、彼女の話しづらい生い立ちに絡むので、こちらからは尋ねられない。


「シシトウ、魔法の使い方。よく直ぐわかった」


 チムチムが感心していた。直ぐにわかったと言うより、いつも矢のようなものが飛んでいたし、魔法にもアローと付いていたので矢を番えるイメージで使ってみただけだった。うまくいって良かった・・・。


「なんだかんだでシシトウはいつも大事な局面で活躍するよね。きっと神のご加護があるのよ」


 と、エルルが珍しく褒めてくれた。実際、冥府の神の加護があった事が判明したのでそうなのかも知れない。相手ハデスの意図はわからないままだが。


「きっと英雄の星の下に生まれてきたのさ!」と、カルナも俺の事を讃えてくれている。俺は気をよくしていつも以上にガバガバと酒を飲んだ。


「俺も頑張った甲斐があるってものだよ!」


 実際のところかなり何度も死を覚悟したので間違ってはいない。その死の覚悟のおかげで黄泉の波動を纏えたらしいが。

 それからは皆冒険者ギルドから讃えられた。カルナ曰く、俺とエルルが目立ってくれたおかげでこちらの素性は表ざたにならずに済んだと言ってくれた。

 俺の活躍と、エルルが蘇生リザレクションを使える最高位神官だと言う事が判明した事が大きい。

 エルルはいまや女神か何かのような扱いだった。それもそうだろうが。

 俺は酒の席での挨拶が一巡して落ち着いたとき、ふと思った。


「異世界転生行きを望んで良かった!」

「え、異世界転生て何? シシトウ」


 俺は思ったことを思わず口にしていたようだ。


「あぁ、なんでもねーよ」


 俺はそういうとその場を後にした。


「おっ、バウエル。人間の宴には退屈そうだな」


 ふと床下を見ると、バウエルはテーブルの下で寝そべってあくびをしていた。


「おっと、急がないと」


 酒を飲みすぎてトイレに行きたくなったのだ。

 いつもの冒険者ギルド内。勝手知ったる場所である。いつものようにトイレを探してドアを開けた。


―生と死の狭間―

 それはアウラ・ノヴァに行く前にハデスと出会った場所。

 気が付くと俺はトイレではなく違う場所に居た。


「ここは厠ではないぞ、シシドウよ」


 ハデスが俺のほうを見ている。


「え? なにここ。え? 俺また死んだの? 何で?」

「死んではいないが厠前のお前は危篤状態だな。急性アルコール中毒。何だ、お前未成年だったのか。酒は呑みなれていなければそうなる。せっかくだ。冥府の特上のワインでもくれてやろうか? 俺様からの迎え酒だ」


 ハデスはクックックッと笑った。

 俺は笑い事ではなかった。


「まぁ待て。今お前のお仲間が緊急で治癒しているところだ。解毒キュア・ポイズンは酒に効くのか?」


 と言うハデスを見ていたら、徐々に体を温かい光が包んだ。


「まったく、この場はそうそう安い場ではないのだがな」


 そういうハデスはどこか面白そうにしている。俺は意識がホワイトアウトしていくのを感じた。



・・・生と死の狭間。その間に残されたハデス一人。


「さて、陪審員達よ。生と死の価値の異なる世界を跨ぎながら、全く変わらない男がいたな。これが死の価値が異なる不公平の問題提起に繋がるが、あれが特例だとしても、人の営みは変わらんと言う事だ。それを示すくらいには役に立った男であろう。俺様があの獅子堂 空無を別世界へ転生させたこと、悪くは無かったであろう?」


→はい

 いいえ


第13話終了

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アウラ・ノヴァ ペテン師のMark @might-is-right

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