第10話 近海を荒らす魔神
―冒険者ギルド ゼカイア―
いつもの場所、いつもの席、いつもの料理を並べてディナー。
その日、俺達は一日の終わりにいつもの過ごし方をしていた。これまでと違ったのは、俺達には念願の前衛職となるカルナが同席していた事だ。
「・・・いいのか? こう言っては何だけど、あの町の名士の屋敷で食事をするものばかりと思っていたんだが」
そのほうが良い食事を取れるのではないだろうかという確信はある。他にも思い切ってカルナに尋ねたい事もあったが、あえて濁してこのような言い方となった。
「当然食事代くらいは出すさ」
カルナがそう言いながら、金貨袋をテーブルの上に置いた。
「あ、いや。そういう意味ではなかったんだが」
俺は慌てて否定した。
「そう。パーティを共にするなら所持金は共有財産。個別に払う必要はありません」
エルルもそう言葉を付け足した。
「私は屋敷に居ないほうが彼らにも都合はよい。これは私の独断でもある。貴公らに迷惑であれば考え直すが・・・」
俺達は彼女の背後関係がわからない。が、元の仕事が守秘義務を伴うものでもあったため、あえて尋ねる事もできない。
「迷惑なんて事はないさ!」
俺はそう言いきった。何より腕が立つことは実証済みの前衛職である。歓迎こそすれども、拒絶はありえない。
「私達、歓迎する」
「ようこそ。後衛だらけのパーティへ!」
と、俺は両手を広げ、歓迎の意を告げる。厳密に言うと俺は中衛扱いだが。少なくとも今は中衛志望扱いだ。
「なんだか気を使わせてしまってすまない」
カルナはそう謝った。
「いや、俺達が変に意識していただけだから、カルナのせいじゃないよ」
みな、気を取り直してテーブルの上の食事にありつく。
「そういえば、どうしてカルナは俺達と行動を共にしようと?」
俺は食事中に差し障り無い質問をカルナへと投げた。
「夢だった。誰にも気を使わせずに、一人の人間として生きることが」
俺は思いもがけない返答を受けて戸惑った。
「・・・却って私達があなたに気を使わせていたのかもね。ごめんなさい」
エルルがそうカルナに謝った。その後は他愛ない日常会話が続いた。
そんなこんなで食事を終えて、食後の紅茶タイム。
「さて、俺達はパーティ構成が変わり、これで明日には馬車も届く。活動範囲が広がり、受けられるクエストも幅広くなった事だと思う」
俺は馬車を発注してから大分日が経っていた。だがようやくできあがった件を知らせた。念願の馬車がついに明日届く。
「待ってました! これで荷物を運ぶのも楽になるわね」
「そう! 移動も荷物運びも戦利品運びも劇的に楽になる! で、だな。馬の扱いになれた人が一人は必要だから、俺が乗馬とが御者に関わるスキルをラーニング使用と思うのだが・・・」
と、俺がそう述べたとき、
「なんだ。貴公らは乗馬スキル持ちを探していたのか。それならば私が所持している。戦車の操術程度しかないが、馬車の扱いも心得ているから問題ないだろう」
カルナが名乗り出た。
「ほんとうか! だがいいのか。道中は後ろで休めなくなるぞ?」
「何、気遣い無用だ。私のことはいっぱしの戦士扱いで良い」
「そうか。じゃあ、任せてもいいかな、みんな?」
反対するものはいなかった。初めから経験のある慣れた人に任せるのが良い。
「よぉーし、じゃあ、明日以降に受けるクエストを探しておこうか!」
「今は夜だから、明日の朝に探したほうがいいんじゃないの? 新しい依頼は朝方に張り出されることが多いでしょ」
実は依頼は発生ベースでも張り出されるが、定期クエストなどは朝方が基本だった。
「冒険者の依頼は朝に来るのか? なら私も早起きしなくてはな。・・・ところで、みなはどこで生活しているのだ?」
カルナが目を輝かせた。冒険者のような生活に憧れていたのだろうか。
「あー、あのね。ここから少し先の掘っ立て小屋を借りて住んでいるの」
エルルの言葉にカルナが軽く考え込んだ。
「邪魔じゃなければ、私も一緒してよいか?」
「あぁー、恥ずかしい話なんだけど、あまり人様には勧められないかなぁって」
エルルはそういえばあの掘っ立て小屋には不服だったのだった。
「私は構わない! 使用人のいない生活に憧れていた!」
普通そこは逆なんじゃないかと思ったが、あえて口にしなかった。
これで男1女3の生活環境となった。俺が周りに気を使う側なのだが。
「うーん、馬車が届くのは昼過ぎだから、朝方に受けても行動は遅れるだろうなぁ」
「へぇ、それじゃあシシトウが持ってきたその一枚のクエストの張り紙は?」
「良くぞ聞いてくれました! 長い間放置されているクエストが一つ!」
俺は持ってきておいたクエストの張り紙をテーブルに広げた。
「これは・・・魔神討伐!?」
カルナが少々驚いていた。
「貴公らはとてつもないクエストばかりを受けてきていたのだな! もはや歴戦の勇者ではないか!」
カルナがなぜか感動していた。
「え、これなに。ちょっと! カルナ。いつもこんなクエストは受けていないからね! シシトウ、どういうこと?」
ずっと残り続けていたクエストの一つだった。
「良くぞ聞いてくれました」
「聞くに決まっているでしょ。この間も残っていたクエストを受けて大変な目に遭ったばかりじゃない!」
サンドリザードのクエストの件だとすぐにわかった。
「安心してくれ。今回は先輩冒険者達にきちんと聞き込みを行った。聞いたところによると、このクエストは今現在扱いが保留中なんだ」
俺の言葉にみなが不思議そうな表情をした。
「どういうこと?」
エルルが言葉の続きを催促した。
「入り江の先の半島にある洞窟に魔神が住み着き、長年通りがかる船を襲っていると言うのが事の始まりだが、なんとこの洞窟に冒険者が訪れても誰も魔神を見つけられずに帰ってきているんだ。この洞窟から魔神が出てきているのは確かな話なんだが」
「それはつまり、洞窟に隠し部屋か何かがあるかもしれないと言う事か?」
カルナが尋ねてきた。
「それはわからない。このクエストは討伐クエストではあるが、魔神の住処の探索クエストでもある。魔神の居所を突き止めればサブ報酬が貰えるんだ」
そして、行って帰ってきた冒険者が居るからこのような情報があるわけで、訪れるだけならば危険はそれほど無いのではないかと言う俺の計算も入っていた。
「つまり、そのサブ報酬狙いってわけね」
「そう。なんとその報酬1万G!」
「報酬、破格! しばらく安泰」
「そうなんだ! 洞窟内にいる魔物は退治しただけの討伐報酬も出る! だから、今回俺はこれを推薦する」
長年入り江の海上の安全を脅かされているのもあって、この討伐クエストへの力の入りようは半端なかった。報酬設定からそれが伺えた。
俺達のパーティにはシーフは居ないが、自然の洞窟に人工的な隠し部屋があるとは思えないので、もしかしたらあわよくば俺達でも何か見つけられるかもという算段もある。
「シシトウが事前に情報を仕入れてきた上で臨むと言うのであれば、私は反対しないよ」
「私も、反対、しない」
「私はもとよりみなの意見には口は挟まない。どこであれ供しよう」
報酬の金額やら相対的危険度が意外に低い点から、みなが賛成してくれたようだ。
「何人もの冒険者が何も見つけられずに帰ってきていたが、ここの冒険者も何人か挑んで帰ってきている。ここは一つ、俺達も参加してみようじゃねーか!」
馬車の扱いに慣れる意味でも、まずはそこそこの距離のクエストを探していた。だから、行って戻ってくる前提でのこのクエスト自体が、骨折り損で終わる可能性も低いのもあって、俺はベストなのではないかと言う判断だった。
「じゃあ、みんなで岬の洞窟を目指そう」
Quest Set! 「岬の洞窟の魔神を討伐せよ!」 Get Ready? …Go!
―ザーラム北東の街道―
入り江を囲うような街道。海沿いになだらかな道を進む。
半島に入らず北上すれば小さな町もあるので、人の往来もそれなりにある。道中の危険度も限りなく0に近かった。
2頭の馬に引かれた馬車がゴトゴトと進む。御者台に座るのはカルナ。彼女は何事も無く2頭の馬を操った。
「何て快適なのかしら! 念願の馬車なんだから、大事に使わないとね」
2頭の馬に立派な幌つき荷台。風を完全にシャットアウトも可能。なべや食器などの備品も完備。ハンモックなどの寝台スペースも確保。水や食料を積むスペースも万全。生活空間としての性能が高い設計だった。
「買って良かったなぁ」
俺一人では到底運べないであろう量の荷物も難なく載せている。大事に使って補修しながら、馬の管理をしっかりやれば、冬場以外の生活空間としても申し分なさそうだった。
バウエルものんびりと馬車の中で寝ている。
馬車の中でゆったり過ごしながら、入り江沿いに道を進む。
しばらく進んだ先に洞窟が見えてくるまで、それほど時間はかからなかった。
―魔神の巣食う洞窟―
それは山に出来た自然の洞窟だった。山の外壁は草木に覆われて、人の手の加わった痕跡などは欠片も無かった。
カルナが先行して洞窟の中を覗き込んだ。
「ここか。問題の洞窟は・・・松明が必要そうだな」
俺はその言葉に馬車から松明を取り出す。
「中には色々な魔物が蔓延っているらしい。気をつけて進もう」
俺はそういうと松明に火を灯した。
洞窟の中にもぐる。松明の火が洞窟内を照らす。全てを明かりで照らす事が困難で、死角からなにか現れないかという恐怖を感じる。
「良く考えると俺はダンジョン探索が初めてだったな・・・」
洞窟内にトラップが仕掛けられていないか気にかかったが、自然の洞窟内であるため恐らくはそのようなものは無いだろう。
「私も初めてだ。エルル殿やチムチム殿は?」
カルナの言葉にエルルもチムチムも首を横に振った。なんだ。ダンジョン探索自体が珍しいクエストだったのか。
「私は殆ど館暮らしだったものだから、今はとてもわくわくしている」
そんな事を言いながら、カルナはとても上機嫌だ。
俺もダンジョンなんてゲームでしか探索した事は無かったから、ある意味ではどきどきしている。トラップは無くとも、どこからとも無く魔物が沸いて出てくるらしい。
そんな他愛ない話をしていたところ、バウエルが前方に向かって低くうなり始めた。
と、しばらくした頃だった。かっちゃかっちゃと何か乾いた音が近づいてきた。
みな緊張の面持ちで警戒する。カルナはシャッと剣を抜いて構え、チムチムもルビーの杖をぎゅっと握った。
・・・前方から剣と盾を持った2体の人骨が歩いてきた。
Battle Encounter! 「スケルトン×2」
カルナを先頭に、俺とチムチムがその後ろに立つ。通路はそこそこに広いので、一体は抜けて中、後衛までやってくる可能性がある。
「GOGAAAA!」
スケルトンの1体が雄たけびを上げながらカルナへと切りかかる。既に前衛は切り結び戦端がひらかれた。
「残り一体は任せた!」
カルナの声に俺もチムチムも身構える。
俺は速攻で脇を抜けてきた一体を弓で狙い打つ。
「あぁ?」
矢は胸骨の隙間をすり抜けて飛んで行った。ヘッドショットでも決めなければ決定打を与えにくいようだ。
カルナともう一体のスケルトンがキンキンと剣戟を叩き込みあい応戦している。
「このスケルトン、ただのアンデッドではないな! 気をつけろ!」
カルナからの檄が飛んできた。魔神の眷属のようで、偶然発生した死霊とはわけが違うようだ。要するに戦闘面で強化されたアンデッドのようだ。
「私に、お任せ。紅蓮の矢、持って、眼前の敵、狙い打つ。ファイアアロー!」
チムチムが杖を掲げて炎の矢を飛ばす!
炎の矢は狙い違わずスケルトンを撃つが、スケルトンが片手に持った鋼鉄製の盾でなぎ払い防ぐ。
「防がれた!」
チムチムが驚愕する。防がれたと言っても盾を持った腕を弾き飛ばしたので、決定打ではないが有効打だったようだ。だが・・・。
「次の詠唱、間に合わない!」
「GAAAAAAAA!」
スケルトンが片手で剣を持って突進してくる!
俺は咄嗟にチムチムをかばい、左腕を浅く切りつけられる。
俺は当然白兵戦なんて出来ない。このままではまずい・・・!
俺は手にしていた弓で横薙ぎにしてスケルトンを追い払おうとする。スケルトンは弓で殴られても危険がないと判断したのか、平然と受けようとした。
が、スケルトンは俺の姿を見て後ろに飛びのいて避けた。その瞬間・・・。
「相手がアンデッドなら任せて!」
最後列でエルルが目を閉じ蒼玉のワンドを地面に突いていた。
「命を傷つける事はできなくても、不浄なる霊を裁く術はあります! ターンアンデッド!」
地面に白い魔法円が描かれ、洞窟内を白い光が包んだ。
「GYAAAAAAAAAAA!」
洋画のモンスターの絶叫もかくやという断末魔を上げてスケルトン達が苦悶する。彼らは剣を取り落とし、自らの顔を抑えながら天を仰いで崩れ去っていった。
Victory! Result 「ショートソード×2、ラウンドシールド×1」
戦闘に勝利。だが状況次第では中々に危険だった。
「今の魔法は・・・」
神官職が行うアンデッドを浄化する魔法らしい。
「エルル殿の魔法か。効果抜群だったようだな。あいつらは一掃されたようだ」
「相手がアンデッドってわかれば直ぐにでも使ったのだけど・・・」
エルルがそう言いながら俺の腕を
「接敵して直ぐには識別できないし仕方ないよ。それでも助かった。ありがとう」
俺の腕はあっという間に完治した。
「なるほど。魔神だけでなく脅威は存在するようだ。みな、状況によっては退却しよう」
カルナがそう提案した。流石に怪我をしたばかりの俺も反対はしない。
一息ついてからまた慎重に進み始める。
・・・一時間ほど洞窟内を歩く。文様の描かれた壁がある以外は何も無い。
「なんだろう。さっきもここ通ったよな」
俺は周囲の様子を見ながら洞窟内を全て踏破した可能性を考慮した。
「言われて見ると・・・殆ど一本道に近かったような」
エルルも同意した。彼女も辺りの様子を観察していた。
「おかしいな。この先は行き止まりだけだ。私達が倒した2体の魔物を除けば何も居なかったし、何も無い洞窟だな。本当にこの洞窟でよいのだな?」
カルナが俺に尋ねてきた。他に特徴の一致した洞窟も無かったし、この洞窟で間違いは無いはずだ。
「そのはずだ。気になる箇所なんて一番奥の行き止まりくらいだな」
「じゃあ、そこ。もう一度、調べてみる」
「そのほうが良さそうね。壁の文様があったけど、気になるのはそれくらい?」
一度洞窟全体を調べて回って、壁に文様があった箇所に戻る。全体を廻った段階で文様が一番奥に当たるのが判明したのもある。
・・・歩いて十数分。目的の場所まで辿り着く。
「この壁だな。謎の魔法陣のようなものが描かれているくらいで、他には何も見当たらないよなぁ」
俺が松明を掲げると、松明の明かりに照らされて洞窟の奥になにやら怪しげな魔法陣が見えた。
バウエルがかりかりと壁を前足で掻いている。
「先ほど見かけたときはあまり気にしなかったけれど・・・」
エルルがそう言いながら壁の魔法陣を手でなぞった。
「魔力、感じる。だけど、なんの魔法陣か、わからない」
チムチムも魔法陣を間近で観察している。
俺は松明を持って光源を保ち、みんなの調査をフォローした。
10分ほど経過した頃。
「やはり何も無いな。チムチム殿にも詳細がわからない魔法陣のようだが・・・」
「ごめん。チムチム、なにもわからなかった」
チムチムがすまなそうにしている。
「何かあると思ったんだけどねぇ」
エルルもワンドで壁をコツコツ叩いているが何も起きない。
バウエルはしきりに壁の辺りをくんくんと臭いを嗅いでいる。
「みんなで調べても何なのかは判別不能かぁ」
俺がそういいながら初めて壁の魔法陣を触れた時だった。
俺の体から黒い霧のようなものがぼわっと現れて、魔法陣に吸い込まれたような錯覚が見えた。
「あれ、シシトウ。今松明の炎が消えた? なんだか黒いものが見えたような・・・」
と、エルルが疑問を投げかけたその時であった。魔法陣の壁がすぅっと消えた。
「あれ、壁が消えてるぞ?」
俺が触れていたはずの壁が綺麗さっぱりなくなっていた。
「え、どういうこと? なにがあったの?」
エルルが不思議に思い首をかしげている。
「どうする? このまま進むのか?」
カルナは剣を構えて開けた道の奥を覗いた。
「よし、目標を発見しだい帰還する方向で!」
道が出来たと言ってもその先にお目当ての魔物が居ないでは報酬が出ないだろう。よって、可能なら見つけていこうと言う事だ。
壁が無くなった通路を通ってさらに奥に進む。
石壁や石畳の通路。何かしらの手の加わった洞窟。恐らくは正解ルートなのだろう。
「奥の部屋が少し開けているな。・・・何も居ないようではあるが」
カルナが通路の先の様子を見た。
さらに奥の部屋には床に魔法陣が描かれているだけで、他には誰も居なかった。
みなが警戒しながら部屋の中に入る。
「結局、誰も無い」
チムチムが部屋をひとしきり見回してからそう言った。そのときである。
「グゴゴゴァア!(侵入者だと!)」
低い声がする。人間の声とも思えない、低くガラガラとした声がした。
「何? 今の声? どこから?」
どうやらエルルも他の2人も言葉の意味を聞き取れなかったようだ。俺には相手の言葉が理解できていた。
床の魔法陣が鈍く輝く。やがて、魔法陣の中央より頭部から大きな異形の角を生やし、鋭い棘を持った尻尾の生えた、全身黒色の巨体の魔神が姿を現した。その背には大きな翼までもがある。全員が驚き、部屋の入り口付近に避難した。
「ゴァァァァ!(暗黒神の加護でもなければ開けられぬ封印をどうやって!)」
魔神の言葉がわかるのは俺だけのようだった。便利な翻訳能力は魔神の言葉にも適用されていたようだ。
「そんなの知らねえよ!」
俺はいつものようにそう叫んだ。
「わっ、シシトウどうしたの? 魔神みたいな叫び声で相手を威嚇したりなんかして」
エルルが俺を見て驚いていた。
「グッ? グググゴァァァ!(なんだと? 悪魔語を理解する人間が居るだと!)」
魔神が俺をみて明らかに驚いている。
「・・・なぁ、エルル。魔神たちの言葉とか、わかったりするものなのか?」
俺は俺で恐る恐るエルルに確認してみた。
「神学と対を成すように魔神たちを研究した悪魔学というのがあって、その悪魔達の言葉を研究する悪魔博士などの存在なら古代から知られているわ。かなり少数派で希少な存在だけど?」
「んー、わかった」
俺は悪魔の言葉を理解可能な事を確認した上で、それが出来ると言う事は一応伏せておいた。
「グググァァアァァアア!(我らを研究する目障りな人間種か! 根絶やしにしてくれるわ!)」
魔神が両腕に力を込めて魔力を解き放つ。
「あ、まずい。あの魔神、襲ってくる!」
俺は言葉を翻訳はしないが、おおよその旨をみんなに伝えた。
Boss Monster Encounter! 「入り江の魔神」
魔神が口から白い煙のような息を吐く。低いうなり声が聞こえてくるようだ。
「ガウガウ!」
バウエルが懸命にほえている。
「お前は危ないから下がっていろ!」
俺はバウエルにそう命令した。
バウエルはたったったっと部屋の入り口まで行くが、それ以上は逃げずに振り返り、魔神のほうをめがけてほえ続けていた。
「私が前に出る!」
カルナが抜剣し先頭に飛び出した。それを合図に他のみんなもいつものフォーメーションを組む。
ガキン! カルナの鋭い一撃は、魔神のかぎ爪と火花を散らしあう。
ヒュバッ! その剣戟の応酬の合間を縫って俺が狙撃する。
バチン! と魔神のかぎ爪が矢を叩き落す。
「なんて動体視力だ!」
飛んでくる矢を叩き落せるなんて!
「裁きの雷よ、悪しきモノを打ち滅ぼせ! サンダーアロー!」
チムチムの紅玉のロッドから雷光の矢が放たれる!
バシュ! なんと魔神は翼を畳み、その翼で雷光の矢を受けきった。
ズガッ! 魔神は攻勢に移り、カルナをかぎ爪で襲う! カルナはその攻撃を剣で受け止めた。
「グァハハハ! グァァァ!(他愛ないわ! 滅びるがいい!)」
魔神がかぎ爪、翼、鋭いとげを持った尻尾を次々と繰り出し、カルナへと連続攻撃を仕掛ける。
ドガッ、ガガッ、ズガッ! ・・・ドゴォ!!
クリティカルヒット!
魔神のかぎ爪がカルナの鎧を直撃する!
魔神の怪力によって、カルナが横薙ぎに吹きとばされる。俺は弾き飛ばされたカルナを受け止めようと飛び出したが、後方にいた俺ごと壁際まで弾き飛ばされた。
全身に浅いが細かい傷だらけのカルナが、鎧の上からの重い一撃を受けて気絶した。
俺は立ち上がり、パーティの先頭に立った。エルルがカルナの傷の治癒を始めた。時間を稼いだほうが良さそうだ。・・・何ができると言うわけでもないが。
「ゴォアハハハァ!(仲間と仲良くあの世へと旅立つが良い!)」
魔神の笑い声ともつかぬ勝利への確信の声を聞いた気がした。
魔神が全身に力を溜め、両腕に魔力を充填させる。黒いオーラが魔神の腕を循環しほど走る。
魔神の両腕から作り出された暗黒の球体が宙に浮く。
「ゴファファファ!(とどめだ、ダーク・フォース・インパクト!)」
魔神が俺達に向けて暗黒の球体を飛ばす!
ギュワァァァ! 先頭に立つ俺は、せめて時間稼ぎでも出来ないかと思ってみたが、飛んで来る魔力の塊を見て体が硬直し、思わず眼前を腕でガードして防ごうとした。それがどれほど有効なのかは高が知れているが。
暗黒の球体が直撃する!
・・・暗黒の球体は俺の体を直撃した。
直撃したはずだった。無残に引き裂かれたのは暗黒の球体のほうだった。
俺の体で真っ二つに切り裂かれた球体は後ろのパーティメンバーには当たらず、それより遥か後方の壁に激突して激しい爆発が起こった。
俺の体の回りにちぎれて残った暗黒の球体のかけらが、まるで吸い込まれるように俺の体に取り込まれる。
「ゴォア!?(なんだと!?)」
魔神は混乱している。状況が理解できていないようだ。
俺の体から暗黒の闘気のようなものが立ち上る。
黒より黒い黒。漆黒の闇。光さえもを切り裂くような暗黒。
この黒いオーラを、以前にもどこかで見たような気がした。
「ゴブァァァァァァ!(なんだそのどす黒いオーラは!)」
俺の様子に魔神は明らかに戸惑っていた。
「・・・こいつでいけるのか?」
俺は手のひらからほど走る黒いオーラごと、矢を手でなぞった。
矢に暗黒のオーラが纏われる。
俺は矢を番え、弓で魔神を狙う。
魔神は動揺している。
俺はその隙を逃さなかった。狙い撃つ。少なくとも外す気は起きない。
ヒュパッ! 黒い軌跡を描いて矢が飛ぶ!
魔神は再び矢をかぎ爪でなぎ払おうとするも、かぎ爪のほうが折れ飛んだ。
ドガッ!
クリティカルヒット!
今度はこちらの一撃が魔神に撃ち込まれた。かなりの有効打だったようだ。
「ギャアアアアア!(この暗黒の力は、バカなぁぁぁ!)」
魔神が圧倒的声量で叫び声を上げた。苦悶の表情を浮かべて矢で穿たれた胸を抑える。
「後は私に任せろ!」
カルナが飛び出した。エルルが全回復させたようだ。
「我が全身全霊の一撃を受けてみろ!」
カルナは防御をかなぐり捨てた一撃を放つ。防御や回避を全くしないで全力で攻撃するアーツ、『パワースラッシュ』だ。
ガズッ! カルナの剣が魔神を袈裟切りにする。
「ゴォアァァァァァ(そんな、バカな。この俺様が・・・)」
魔神は両手を天に掲げながら魔法陣の上に崩れ落ち、そのままゆっくりと体は消えて行った。
「やった・・・のか?」
俺は思わずそう言葉を漏らした。
みなが心配そうに魔神の崩れ落ちた場所を見続けている。
シーンと静まり返り何も起きない。
Victory! 「魔神のかぎ爪×1」
「倒したみたいね・・・」
エルルがほっとしたように息を漏らした。
「シシトウ、大戦果」
チムチムが拳を突き上げ、勝利のポーズをしている。
「シシトウ殿にあれほどの力があったとは・・・。いやはや、驚かされた」
カルナも俺を労った。
「ワンワン!」
バウエルが飛び出してきて、俺の足元まで走り寄ってきた。
「みんな・・・無事のようだな」
俺は全員の無事を確認した。
「何だったのかは良くわからないが、魔神を討伐しちまったな・・・ハハハ!」
俺は思わず笑い出していた。
「ハハハ、じゃないわよ。何だったの、あれ?」
エルルが半分怒りながら俺に聞いてきた。
「何って言われても、何なんだろうな。俺にもわからねえよ!」
そう言うしかなかった。
「まぁまぁ、みな無事でよかったではないか。なんにせよ、あの魔神を討伐したのならこの一帯の入り江の海の平和は戻った。大手柄だぞ」
カルナが間を取り繕った。
「こいつぁ、帰ったら大宴会だな」
俺はそう言うと、なんだか疲れを感じてその場へとへたり込んだ。緊張が解けたようだ。
「じゃあ、早く帰りましょ」
へたり込んだ俺を見て、エルルが笑いながらそう言った。
思いがけずクエストは大成功。早く冒険者ギルドに帰って、馬鹿でかいローストチキンにでもありつきたい気分だった。
暗闇の洞窟内に、仲間達との笑い声だけが響いた。
Quest Clear!! Result.
・魔神討伐報酬10万G
・入り江を騒がしていた魔神討伐の名声
・1000G(スケルトンのドロップ品売却)
第11話へと続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます