第8話 熱砂の死闘

 ―冒険者ギルド ゼカイア―


 それはとある昼の事。いつものギルドのテーブルにみんなで集まったときの事。


「ばーん! これが注文してきた俺達の馬車だ!」


 俺は上機嫌で一枚の紙をテーブルの上に出した。

 描かれているのは真っ白い分厚い幌付きの馬車。若々しい栗毛の馬。

内装予定図も描かれていた。ロープで固定可能な小型のチェスト。幌の天井からはカンテラを吊るす事も可能。・・・火災が怖いので、蛍光石という闇の中で光る石を購入しようか考案中。明かりはカンテラよりは弱いので、本当に夜でも物とか人が識別できるくらいの用途だ。

 完成予想図の図面の書かれた紙切れをみんなで覗き込む。


「最大8人まで乗車可能! 安心の収納スペース!」


 俺は設計者の売り文句をそのままに伝えた。


「ついに色々なところへ旅が出来るようになりそうね」


 エルルが嬉しそうに身を乗り出してみている。

 これまでは食料や日用品を雑用おれが運搬する為に、重量オーバーしない範囲でしか活動できなかった。そして戦利品を持って帰るだけでも一苦労だった。

 そんな苦労から解き放たれる・・・。


「いやー、エルルにも喜んでもらえてよかったよ」


 元はエルルが封じられていた水晶を売却した際のお金だった。当人の事情もよくわからないが、ともかく喜んでいてくれているならよかった。


「予算きっかり50,000Gで細部までこだわりの設計!」


 これで所持金の余裕はかなり無くなるが、旅先での快適さ、何物にも換えがたい価値がある。


「やるじゃねえか、お前ら。早々に馬車を買うなんてよ!」


 いつぞやのダブルモヒカンの先輩冒険者だった。


「いやぁ、たまたまの幸運のお陰ですよ」


 自分で言っておいてなんだが、良く考えると本当に降ってわいたような幸運だった。


「クレイジーバッファローを一頭とはいえ討伐しちまうし、たいしたもんだぜ!」

「それもこれも仲間や、ギルドのみんなの応援があったおかげですよ。・・・ここのギルドの皆さんは本当に親切な方ばかりですし」


 俺がそんな事を口にしたら、


「あたりまえよ! 誰もが最初はみな駆け出しの初心者だった。それに、いつどこで遭遇し助けられるともかぎらねぇ。それが冒険者ってもんだ。それにお前らの活躍でギルドが有名になりゃあ、もっと仕事も入ってくるってもんだ。一蓮托生。同じギルドに所属するなら仲間であり兄弟みてぇなモンさ。なぁ、お前ら?」


 ダブルモヒカンの男が周囲の冒険者達に語りかける。

「そうだそうだ!」「グルドフも良い事言うねぇ」と、いかつくゴツイ男達が返事を返してきた。


「しっかし、兄ちゃんは未だに雑用のままなのか? そろそろ水晶球診断を受けたらどうよ。パラメータもあがってスキルも増えたから転職ジョブチェンジも可能だろうよ」


 ジョブチェンジ、俺は魅力的な響きの言葉にしばらく身を委ねた。


「ジョブチェンジ・・・俺が・・・他のジョブに?」


 そういえば、チムチムからセージの話を聞いた事を思い出した。


「そう、受付嬢に頼んでみな。きっとアドバイスもらえるぜ。じゃあな」


 グルドフと呼ばれたダブルモヒカンの男は去って行った。


「ぉぉう、俺がジョブチェンジ可能かもだと? 直ぐには無理かと諦めていたが・・・」

「シシトウ、水晶球診断、しばらく、やってない?」


 俺はこれまでにそこそこ冒険してきたと思う。


「最初だけでやっていないな」

「成長、しているかも」


 俺は早速受付嬢の下へと行った。


「では、こちらの水晶球に手をかざしてください。あなたの今の姿を現すでしょう」


 俺は最初の頃と同じように、水晶球に手をかざした。


「これはこれは・・・シシトウさん。おめでとうございます。腕力STR体力VITが僅かに上昇、起用度DEX信仰心PIEが上昇しております!」

「肉体労働が多かったしなぁ・・・んん、信仰心?」

「ははぁ、シシトウ。さては私の奇跡に触れて信仰心があがったわね?」


 なるほど。目の前でヒーラーの術に預かればそうなるだろう。


「実に殊勝な心がけで、私も鼻が高いわ!」

「それで、シシトウさんは現在スキル補正も込みで狩人ハンターになれます。下位クラスのスライドチェンジで弓兵アーチャーになれば、王国騎士団にも就職可能ですよ!」


 俺は受付嬢の転職案内を聞きながら迷った。流石に騎士団への就職までは考えていなかったが、潰しの利く職業って考えるとすばらしいのかもしれなかった。


「俺が・・・ハンターに?」


 俺は迷った。思いもがけない話で、心の準備が出来ていなかった事もある。


「転職するに当たってのデメリットはありますか? 主に雑用における」


 俺は念の為聞いておくべきことは聞いておこうと思った。


「強いてあげれば雑用に戻る事はできませんが」


 戻ろうとする人は居るのだろうか。


「お願いします! 俺をハンターにしてください!」


 俺がそう言った途端に水晶球が輝いた。何か色々な光景が流れ込んでくるように見える。

『シシトウの能力と経験が必要条件を満たした』と、水晶球に映った。


「まただ。色々な光景が見える・・・」

「それは様々な冒険者達の霊の力なのです。彼らの体験した様々な事を擬似的に伝えてくれているの。スキルラーニングも同じなのよ。彼らに認められた者にしか駄目だけどね」


 受付嬢がスキルラーニングの原理を教えてくれた。意外な原理だった。

 生活の為だけではなく、戦う為の術。『狩りの基礎スキル』が『弓術の基礎スキル』に変化した! 短弓、長弓にボウガンまで扱い方がわかるようになった。ボウガンは威力も連射性能も段違いなので、扱えるようになるのは大きい。『観察眼の基礎スキル』を習得。ついに職種固有スキルが二つも手に入った。


「シシトウさん。ハンターへのクラスチェンジ。おめでとうございます!」


 受付嬢が俺を祝福した。俺は晴れて雑用を卒業し狩人となった。


「シシトウ、おめでとう!」

「雑用卒業おめでとう。なんとなくだけど、適性あったと思うよ」


 エルルが言うそれはバウエルとのコンビネーションなどだろうか。


「シシトウ、『動物会話』、覚える。無駄、ならない」


 獲物を鳴き声で状態を判別したり、狩りに犬や鷹を連れ歩く話なら現実でも聞いたことがある。どうやら趣味スキルにならずに済みそうだった。


「ついにしゃべるマスコット犬が手に入るのか!」


 俺は思わず床にいたバウエルを見た。


「マスコ・・・え、なにそれ?」


 どうやらマスコット、と言う概念がこの世界には存在しないようだった。エルルにもチムチムにもうまく伝えられない。これはこれで貴重な学びの体験だった。


「ともかく、これでパーティの戦力は大幅の増強だな。馬車が完成するまで日がまだあるけれど、どうする? このまま待つか?」


 俺はエルルとチムチムにそう尋ねた。


「一ヶ月くらいかかるんでしょ? なら、何かしらクエストはやっておきたいわね」

「チムチム、それ思う」


 所持金からいって、それなりの報酬のクエストを2,3消化しておきたいところだった。

 クエストボードをみんなで閲覧し、何かめぼしいクエストが無いか探して回る。


「実入りのいいのはみんな長旅だなぁ」


 俺は張り紙を一通り見てそう呟いた。


「街の付近でやれる事は大体みんなで取り合っちゃうからねぇ」


 エルルも手にしたクエストの張り紙にもめぼしいものは無かったようだ。

 商隊護衛や輸送船の護衛、海賊退治や遠方の採集クエストが大半だった。


「長期間拘束されるクエストが多いな。手軽なのはみんな持っていった後か」


 既に昼も近かったので、朝方に出てくる冒険者に美味しいクエストは掻っ攫われたあとであろう。この辺はみなシビアな争いとなる。早起き競争。冒険者の朝は早い。

 と、砂漠のサンドリザード退治の張り紙を発見した。街から西の方角の巨大砂漠に住む大型のリザード退治だ


「お、このクエスト。まだあったのか」


 俺はそのサンドリザード退治の張り紙を手に取った。


「前にピックアップした際はなぜ却下したんだっけ?」

「地図で見るとかなり広い砂漠だから。熟練した旅人でも困難な旅路となるよ」


 なるほど添え書きの地図を見ると、街より遥かに広大な砂漠だった。


「この砂漠は西への交易ルートがあるみたいね。他のクエストで出ていた商隊護衛の通り道がこの砂漠らしいから」


 元々キャラバンの道中の危険としてサンドリザード退治が挙がっていたようだ。


「あー、それか。サンドリザードが出てくるのは本格的な砂漠に入る手前のようだぜ。岩石だらけの荒地に出るって噂だ。もっとも、よほど腕に自身のある命知らずしか挑戦しないだろうがよ」


 近くでクエスト探しをしていた別の冒険者が教えてくれた。


「ありがとうございます。・・・砂漠の周囲の荒地なら、まだ遭難する危険は少ないんじゃないか? サンドリザードも魔法があれば倒せるかもしれないし」


 冒険者ギルドのゼカイアは物理職が多かった。魔法の素質は生まれつき決まっていて、その上それなりに勉強しないと身に付かないのでハードルが高かった。

 他力本願だが、この間の範囲魔法の事もあって、俺は魔法と言うものがあれば大半の魔物は討伐可能なのではないかとたかをくくっていた。


「・・・なら私は反対しないけれど」


 エルルは少々気がかりなのか、言葉尻を濁した賛成だった。


「チムチムはどうだ?」

「サンドリザード、見た事無い。だけど、頑張る」


 チムチムも賛成のようだ。


「じゃあ、このクエストを受諾しよう!」


 俺達は以前諦めたサンドリザード退治のクエストを受ける事にした。


Quest Set! 「サンドリザードを退治せよ!」 Get Ready? …Go!


 街から西へ続く街道。地平線が見えそうな草原に延びる一本の道。整備された街道には魔物や盗賊の類は現れないので平和そのものだった。

 オーダーメイドの馬車は現在製造中のため、雑用を卒業したばかりではあるが、俺が兼用した。往復三日分の荷物を持つ。


「あぁー、なぜ恵体の冒険者が多いのか、わかった気がするよ」


 俺は思わずそう呟いた。専属の雑用が居なければ体力のある前衛職が荷物持ちも行う。ただでさえ力仕事なのに、さらに体力を酷使する状況に置かれるのだから。

 休憩を挟みながらではあっても、それなりに疲れる役割だった。そんなときに役立つ重要なアイテムの薬草。『冒険者必携!』と広告に謳われるだけの事はある。


「もうすぐ、荒地」


 チムチムが遠方を見ながらそう伝えてきた。どうやら目的地までは、障害となるようなものも危険も何も無い安全な旅路のようだ。


「このまま魔物が出ず、何事も無い順調な旅なら良いんだけどなぁ」

「魔物の討伐クエストに来ておいて、何事も無くはないんじゃないの?」


 俺のぼやきにエルルのツッコミが入る。ごもっともではあるが。


「そういえば、サンドリザードってどんな魔物なんだ?」

「砂漠に生息するおおとかげ、とかつて文献で見た程度。私は実物を見た事無いわ」


 エルルの言葉にチムチムも「見た事、聞いたこと、無い」と語る。当然俺も知らない。


「なんだ。誰も知らないのか。まぁ、俺も名前すら聞いたことは・・・」


 ゲームで名前を見かけた事があるような無いような。ありそうでないかもしれない。そんな絶妙なコースを突いてくる魔物の名前だった。


「・・・名前くらいは見た事あるかもしれないが、実物は流石に見たこと無いよ」


 おおとかげと聞いて、俺はコモドドラゴンのようなものを思い浮かべていた。

パーティの誰もが知らない魔物。今までにもいないわけではなかった。街の近くで見かけたうごめく草と呼んでいたものはアンブッシュグラスという魔物だったし、最近見かけた狼も正式な学術名が存在するらしい。

 サンドリザードについての話題で会話をしながらしばらく歩く。

 やがて遥かなる草原を抜けると、ごつごつとした岩だらけの荒地へと入った。


「一気に草木がなくなったな。空気も乾燥してきているようだ。喉が渇いてきた」


 俺はチムチムに出してもらった氷で水を飲んでいた。念の為に煮沸しゃふつしてから飲んでいる。日本人は海外旅行で真水に注意するように言われていた事を覚えていたからだ。

 そのせいもあってか、こちらの世界に来てから水に絡んで体調を崩した事はない。人間、いろんなところで学べる事があるもんだと感心した。現実の世界で見聞きして知った事は、こちら側でも通用するものが多いのだから。


「希望進路に探検家とでも書けそうだよ」


 俺はそんな事をふと思った。そうだ。俺は学校の修学旅行でギリシャへ来ていたのだ。気がついたら大変な事になってしまったが。生きていく為に躍起になっていた間に、いつの間にか順応していた。


「シシトウ、本格的に、探検家、なる?」


 そういえばチムチムには探険家に向いているのでは? と言われていたんだった。便利な謎の翻訳能力が身に付いているのだから、これを特技として有効活用しないてはなさそうだ。文章の翻訳も可能だ。・・・まてよ、危険に身をさらさずとも、この付近とは異なる言語の海外の書物を翻訳して売れば儲かるのでは・・・。

 俺は水飲み休憩中に壮大な人生プランを思い描いていた。労せずして稼げるのでは、と言うその一点において試さずにはいられない。


「どうしたのシシトウ。珍しくシリアスな表情をして」


 志の方向性はともあれ、自身の生活に直結したサクセスストーリーを妄想するに当たって、にやけ面になりそうな内容ではなく、どう商売に出来そうかを考えていた事が良かったようだ。


「いや、ちょっと考え事さ」


 旅先でのふとした考え事レベルではないが、これは真剣に検討したほうが良い内容だ。

 俺は輝く太陽を見上げ、自身の成功を想像して拳をぐっと握った。


「やれやれ・・・帰ってから忙しくなりそうだぜ・・・」


 俺はそう力強く格好をつけて言った。


「どうしたの急に?」


 エルルが心配して・・・ないな。胡散臭そうに俺を見ている。変に格好をつけたような言い回しをした事を怪しんでいるようだった。


「あぁ、人生について哲学していたところさ・・・」


 俺はそう答えた。台詞に意味は無い。ただ言ってみただけだ。妄想は既に大成功を収め、莫大な富を手に入れたシーンに差し掛かっていた。


「砂漠の熱にやられ、半妄想状態で呆けるにはまだまだこれからでしょ」


 エルルには砂漠の熱でやられたものかと思われているようだ。気温はまだまだ余裕なんだがな。あ、そんなツッコミだったのかな。


「・・・まだまだ気温は大丈夫だろうよ。と言っても、本格的な砂漠になったら大変そうだな」


 今後の人生プランはともかく、まずは目の前の事に集中しよう。俺は息を整え、荒地へ入る準備を始めた。


「この先、サンドリザード、出る話。注意、する」


 今回の作戦もチムチムの単体魔法頼みだった。一撃の威力ならそこらの魔法使いなど比較にはならないらしい。

 俺が遠くから矢をかけ追い込むなり、囮になって引き寄せるなりを実行する。この辺りは的となる魔物の知性と攻撃性頼みだったが、無鉄砲な作戦じゃないだけ遥かにましだ。

 まずはサンドリザードを見つけ出すしかない。今回は砂漠に近い気候の荒地と言う事で、バウエルはお留守番だった。いつもの冒険者ギルドに預かっていてもらっている。この分なら大丈夫だったかもしれないが、ともかく今日はみんなで索敵を行う。


「どうする。今回も荷下ろしをして野営地を作ってから行動するか?」


 俺は動きやすいように荷物を軽くしておきたかった。後が楽なように岩場の影でもいいのでテントを張ってしまいたい。


「そうしておきましょうか」


 一時間ほどかけて荒地の岩場にその日の拠点を作る。大き目の岩の天辺に旗を立て、遠方からでも直ぐ見つけられるように目印を立てた。

 その後、大きな岩だらけの荒地を進む。


「そういえば商隊が襲われて危険なレベルの魔物なんだよな」

「依頼人の話ではそうだったわね」

「商隊が襲われて危険を感じるって、どんな魔物なんだろうな」


 俺はとても重要な点に疑問を感じていたのかもしれなかった。


「どんなって・・・どうなんでしょう!」


 エルルも答えられなかったようだ。

 と、チムチムが何かに気がついたようだ。が、どこか青ざめている。


「どうしたチムチム、何か見つけたか?」


 チムチムが遥か右前方を指差した。そこには遠めにもトカゲらしきものがいるとわかる姿が見えた。


「おー、あれがサンドリザードか。・・・どれくらい離れているんだろう。・・・あれ、遠近法の問題かな。やたら大きく見えるんだが・・・」


 それは俺でも見えるくらいに巨体を誇るとかげだった。象よりも大きいのではないだろうか?


「・・・群生ではないみたいね。そこまではいいけど、本当にあれを相手にするの?」


 エルルが念を押すように確認をしてきた。


「・・・思っていたよりも大きいな」


 弓矢で象を倒せると思えるだろうか? マンモス狩りをしていた石器時代ぐらいでも困難なんじゃないだろうか? こう言葉にすると、もしかしたらいけるかもって思えそうでなんだが、こちらは魔法の力がある。


「・・・チムチム、仕留められるか、自信ない」


 チムチムが慎重に標的と自らの力量を測って答えた。


「うーん。足の速さはどうなんだろうな。だめそうなら逃げる方向で、一度仕掛けてみるか?」


 遠路はるばる来たのだから、やばそうなら逃げようの方向で一度挑戦してみようと思った。


「無理は禁物。大変そうならクエストは辞退しましょう」


 エルルも条件付でなら問題なさそうだ。


「チムチム、がんばる」


 チムチムがぐっと拳を掲げながらアピールした。


Battle Encounter! 「サンドリザード」


 遠方に見える巨体はこちらの接近には全く意に介さない。とかげは悠然と歩いている。


「魔法の射程まで近づくか?」


 こちらから先制攻撃が可能そうだった。それなら一気に畳み掛けるつもりで仕掛けたほうが良い。初手にて一撃必殺なら楽な相手だろう。いけたらの話だが。


「100メートル。近づければ、確実に、当てる」


 魔法の必要射程はわかった。最大威力の射程のようなので、もちろん近ければ近いほど良いようだが、相手のことがよくわからないので、100メートルから魔法で狙撃する事になった。

 じりじりと気配を殺しながら標的に近づく。

 戦いで先制を取ることの重要性を身にしみて感じた。エルルやチムチムが戦う相手の知性を気にかけていたのもよくわかった。こちらの世界の住人の大事な価値観のようだ。

 サンドリザードが人間より遥かに知性が高いと言う竜種だった場合、先に気付かれて先制攻撃を受ける事もあるのだろう。


「あのとかげ、どうやら気が付いていないみたいだな」

「油断は禁物。商隊が襲われるくらいなんだから、かなり獰猛な性格のはず」


 エルルの見立ては正しかった。あいつらは動くものを見ると餌とみなして襲い掛かってくる。一番の問題は馬も狙われると言う事だった。この問題については後で重大な出来事に繋がる。

 岩と岩の間に隠れるようにして進む。なるべく相手の背後から近づく為に、遠回りなどをしながら接近を試みた。

 サンドリザードの巨体がだんだん近くになるにつれて、殆ど動かない標的の様子をみて、何とかなるかもと思いもしていた。

 標的との距離を徐々に縮める。予定の距離まで残り後わずか。


「一つ聞いておくけど、一撃で倒せなかった場合の予定はどうする?」


 エルルが作戦行動の予定を確認する。


「えーと、俺が弓で応戦する間に第二射とか?」

「それなら、次の魔法撃つ、一分、必要」


 一分なら何とかなりそうだった。


「良し、それで行こう」


 俺は反対する理由が見当たらなかったので、早速矢を手に取り弓に番える。

 サンドリザードまであと少しの距離。にじり寄る。


「いまだ!」


 俺の合図と共にチムチムが詠唱を始める。


「凍てつく、大気よ、無慈悲の刃、振り下ろせ。アイスアロー!」


 チムチムのアイスアローがサンドリザードめがけて飛び交う!

 アイスアローはサンドリザードの後ろ足に直撃した。


「やったか!」


 サンドリザードの後ろ足が氷漬けになっている。


「あれなら足止めもかねられる。次で決められれば・・・」


 エルルがそう言いかけた時だった。

 がきっ! という氷の砕ける大きな音と共にサンドリザードが動き始めた。そして攻撃してきた相手を探し始める。・・・射線が引いてあるので、当然相手からはこちらは丸見えだ。

 ・・・サンドリザードに見つかった。

 これまで同様にのそのそ動くのかと思いきや、サンドリザードは俊敏な動きで迫ってきた。地を這うように、だがその動きは非常にすばやい。


「何て早さだ!」


 俺は慌てて矢を放つ。が、ただの木の矢では有効打には程遠い。

 サンドリザードは匍匐するようにぐんぐん近づいてくる。明らかにこちらを狙っていた。


「まずい、逃げろ!」


 俺はみんなにそう言い放った。エルルもチムチムも一斉に退却を始める。

 3人がサンドリザードを背にして逃げる。しかし、相手のほうが圧倒的に足は速い。商隊の馬を狙うと言う事は、馬と同じかそれ以上の足の速さと言う事だった。砂漠や岩だらけの荒地ではサンドリザードに地の利があった。俗に言う地形効果は圧倒的にサンドリザードに有利に働いている。

 ごつごつした岩だらけの間を縫うように逃げているのに、サンドリザードはこちらを見失わなかった。単純に視覚にだけ頼っているわけではなさそうだ。

 このままでは追いつかれる・・・。


「くっ!」


 俺は一人敵を見据えて振り返る。そして振り返りざまに次々矢を放つ。

 少しでも時間を稼げれば二人は逃げられる。そうすれば逆転の手も見つかろう。


「くそっ、こいつ、とまれっ!」


 俺は一心不乱に矢を放ち続けた。どんどん接近するサンドリザード。

 眼前に迫るサンドリザードの巨体。



 それが記憶にある最後の俺の景色だった。


―――――――――――――――――――――


 ・・・気がつけば暗闇の中。


「・・・ん、ここはどこだ? 俺は荒地に居たはず」


 周囲は何も見えないくらいに闇に包まれていた。


「目が覚めたか獅子堂空無」


 聞き覚えのある声だった。そうだ、この声は・・・。


「ハデス?」


 名を呼びながら、今は初めの頃と違い、本物なのではないかと考えていた。


「いかにも。二度目の死を迎えたか。いや、あちらの世界ではまだ始めての死であったな」

「俺は・・・死んだのか」


 心は静かなものだった。特に苦痛の記憶などは無い。


「オマエの行動は期待通り。だが、それは予想通りと言う事だ。足掻くがいい。生きるは死に向かうと同義。果たしてオマエは何を成す?」


 青白い顔が何を考えているのかはわからない。


「どう言うことだ?」

「オマエの二度目の死は仮初めのものだ。オマエの死後の扱いはまだ定まっていないと言う事。陪審員達も居る。せいぜい探求することだ」


 俺は何かを言いかけたその時、聞き覚えのある声がしてくるのを感じた。

 それはエルルの声だった。


「死に瀕し、逃れられる術のある世界でよかったな。こちらとそちらの世界。異なるのは色々あるが、死の価値もまた違う」


 俺は体が浮くような感覚に包まれる。どこか温かく優しい光が身を包む。


「どういうことだ。俺は一体何をすれば・・・」

「オマエとは世界の息吹、『新たなる風』よ。答えなど、無い」


 ハデスは薄く目を細め笑っていた。

 俺の体は光に包まれていった。


「世界が変われどさしてかわらず、か」


 どこからとも無く、ハデスの声だけが聞こえてきた。


―――――――――――――――――――――


 うっすらと目をあけると、心配そうにえるるとチムチムが顔を覗きこんでいた。


「うっ、ここは・・・」


 なんだかまぶしい。


「良かった! リザレクションがうまくいった・・・良かった。必ず成功するという保証は無かったから・・・」


 エルルの安堵した表情が見えた。

 俺は先ほどまでの光景を思い出す。


「・・・俺は死んでいたのか?」

「そう、助け出す、苦労した」


 気がつけば最初に作成した野営地にいた。


「私達は何とか逃げられたけれど、あなたが・・・」


 どうやって助かったのかはわからないが、ともかく俺は生きていた。


「シシトウ、無事、良かった・・・」


 本当にそう思った。


「みんな、助けてくれてありがとう・・・」


 俺はお礼を言うのがやっとだった。意識を保ったままで居るのが困難で、その後は深い眠りについた。

 後で聞いた話では、治癒や蘇生の魔法は対象者の体力を大幅に使う為、施術後は深い眠りを必要とすることも多いようだ。

 俺達は野営地で一日休息をした。


Defeat・・・

Quest Fail・・・


 戦闘には敗走し、クエストは失敗。だが、誰も欠ける事が無かったのが幸いだった。

 無事であればまた今日を、明日を生きる事ができる。俺はその日の無事を何かに感謝せずにはいられなかった。

 街へ着いた時には皆へとへとで、しばらく休養を取ろうという話で決定した。

 主人公補正なんてものは無いのかもしれない。そんな事を考えながらも、未だに無事でいる自分と言うものが不思議で仕方なかった。


第9話へ続く

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