第4話 新たなるパーティメンバー、犬

 前回のクエストの翌日、目が覚めた時には日が昇った後だった。エルルはまだ寝ていたようだ。起こさないようにそっと起き上がる。

 お互いに疲れが抜けきっていないので、今日は休息の予定だ。最低限の荷物だけを持って出掛けようと荷物袋を漁る。

 特に行き先を決めずに部屋を出た。青空の下、石畳の道を歩く。

 休みの日にしたが、考えることはどうやって今後クエストをクリアしようかということばかり。消化可能な難易度のクエストばかりとは限らないし、今後も安定して難易度が低いクエストが発注されるとも限らない。


「なんとか最低限生活を維持するクエストは、いつも確保しておきたいなぁ」


 そんなことを考えて歩いていたら、気がついたときには冒険者ギルドに居た。


―冒険者ギルド ゼカイア―

もう何度目だろうか。流石に俺も顔を覚えられてきた。雑用職というのも大きい。


「おぅ、雑用の兄ちゃん。なんだかんだで仕事熱心じゃねえか」


 後頭部に髑髏の刺青を入れたスキンヘッドの男が話しかけてくる。・・・なんかこの冒険者ギルド、個性的な方が多すぎやしませんか?


「あぁ、駆け出しなもんでね。まずは経験値なり名声が欲しいんだよ」

「経験値ってのが何なのかはしらねえが、名声が欲しけりゃ誰に、どういった方面にってのを考えるのさ」

「どういった方面に、とは?」


 見た目とは裏腹に親切なアドバイスをくれる先輩冒険者だった。


「つまりだな。王国府執政機関にコネを作りたいのか、通商ギルドに幅を利かせたいのか、工匠ギルドに伝手を作りたいのか等で選ぶクエストは変わるって事だ。同一方向の依頼人を選び続けることで、そっち方面への名声は効率よく高まる」

「なるほど。そういわれてみればそうだ。ありがとうございます!」

「何、良いって事よ。冒険者にとってはお得意様をどこにするかで旨みも変わるぜ」


 そういうと先輩冒険者は去って行った。

 定期的なクエストが欲しければ、固定のお得意様を持てばいい。クエストの発注があるかないかで悩まないように、依頼人自体と親しくなればよい。ならば、どこと?という話になる。前回は近場の薬草採取だったが、それなら商工ギルドとなる。

 クエスト板をみれば、採取クエストの大半は商工ギルドが担っていた。素材確保は危険地帯に関して、ほぼ冒険者ギルドに委託されているようだ。

先ほどの先輩冒険者は通商ギルドって言っていた。貿易、交易関連も盛んなようだ・・・馬車などあったらそんな仕事も良さそうだ。

 加工などを必要とする工芸品関連は交易中心となる。陶器、織物などはこの町の産業ではない。恐らくどこかに主要産業とする街があるはずだが、今の自分にはわからない。いずれ地図を買う必要がでてくるだろう。・・・今日のクエストで知っている場所はやはり前回の森くらいだ。まだそのクエストは公募中だった。

 薬草を探す手間さえなんとかなればクリアは簡単そうだ。・・・あの薬草を効率よく探す方法・・・何か無いだろうかと思案する。

 ふと、マンドレイクを犬で掘り出すファンタジーを思い出した。

 閃いた。あの薬草は独特の香りがするから、犬で探し出せないだろうか。そう思い立った俺は街中のペット売り場を探した。

 街中を探すこと一時間。目的の店を発見し、俺はりりしい顔の犬を一匹購入した。後々のえさ代なんて考えていなかったことは認めよう。自分の発想のことしか頭になかった。


「よし、お前は今日からバウエルだ!」


 俺はうきうきしながら犬に名をつけた。道具屋で買ってきた薬草を見せる。犬はくんかくんかと薬草の匂いをかぐ。

 犬のリードを引きながら、俺は前日の森を目指した。


Quest Set! 「森で薬草を採集せよ! ソロwith犬」 Get Ready? ………Go!


―動物と野草の楽園 エスクワイア―

以前と同じ入り口から入った森。俺はリードから手を離し、薬草を犬に見せる。


「バウエル、これだ。これを見つけられれば、俺とお前は飯にありつけるんだ!」


 俺は油断していた。飼ったばかりの犬がまだそれほど自分になついていないことさえも、考慮の外側だった。

 バウエルはダダダダッ!っと、勢いよく逃げ出した。


「バ、バウエル! 待て!」


 待つわけが無かった。3千Gの犬はいずこかに消え去った。まだ懐いてもいない犬のリードから手を離すという失敗。リードをつけていたときは従順だったので思いもがけなかった。


「バウエルー!」


 俺は叫んだ。犬の鳴き声が聞こえる。どうやら返事は返してくれるようだ。俺は犬の鳴き声がする方角へ走った。

遠くから犬の鳴き声がするが、うごめく草や毒草が怖いので慎重に進む。


「この森、そこそこには危険だから、そんな遠くに行かないでくれよ」


 少し進むと、木の根元にバウエルが居た。


「犬! 俺を待っていてくれたのか!」


 俺はバウエルを名前で呼ぶことを思わず忘れた。バウエルが勢いよく吠える。


「そんなに外を走れるのがうれしいのかよ、お前は・・・ん?」


 バウエルの側に見慣れた薬草が生えている。


「これはまさか探している薬草か!」


 バウエルは探し物を見つけてくれていた。


「やった、これなら薬草探しは安定する! バウエル、お前は今日から俺達の仲間だ!」


 俺はバウエルを抱き寄せて撫で回した。

 森深くへ入りすぎると危険な為、出口近くでそこそこに薬草を採取して戻る。バウエルは大いに活躍した。


Quest Clear!!  Result.

・千G獲得

・薬草売りの称号を得た


 一キロほどの薬草を採取し、道具屋で換金した。その時にさりげなく名を名乗り、軽くアピールして店を立ち去った。


「そっか、こんな感じで顔を売っていけばいいんだな」


 些細なクエストも依頼人とのつながりだ。毎日続ければ顔も名前もすぐに覚えてもらえるだろう。単純な収入だけではないし、やり方しだいで得られるものも変った。

 宿への帰り道の途中、装飾品屋へ立ち寄った。あるものを買う為だ。

 軽い買い物を済ませた後、宿へ帰る。部屋にはエルルが居た。


「あっ、おかえり。遅かったね・・・なにその犬・・・?」

「ただいま。そう、今日から俺達の仲間となるバウエルだ!」


 バウエルが元気に吠える。


「いいけど、家の中連れ歩いて平気なの?」

「あっ、バウエル、静かに!」


 バウエルはちゃんとおとなしくなった。宿といっても掘っ立て小屋だ。たぶん大家にはばれないだろう。・・・念のため、外に犬小屋を用意しよう。


「エルル、今日はちょっと外に食事に行こうぜ」


 いつも冒険者ギルドの酒場ばかりだったので、たまには別のところでの食事に誘う。エルルは喜んで答えた。

 行くのは俺がこの世界に始めてきたときに貰ったチラシの店。あのチラシのおかげで冒険者ギルドの場所がわかったのもある。軽い礼のつもりで訪れようと考えた。


―憩いの料理屋 三つ葉亭―


「へぇ、中々良さそうな店じゃない。知っているお店?」

「んー? チラシを貰ったことがある程度だったが、一度は来て見たかっただけさ」


 店の中を見回すと、見覚えのあるおばちゃんが居た。流石に相手は覚えていなかったようだ。


「冒険者ギルドからもそこそこ近いから良いかなと思ってよ」


 俺は手にしたチラシを見る。これをくれたおばちゃんは、ある種で命の恩人。

 席について、一番豪華な食事を頼んだ。割と強気のオーダーだが、トータルで2千も行かなかった。


「随分と強気だけれど、所持金の方はだいじょうぶ?」

「ん、あぁ、バウエルのおかげで、最低限クリア可能なクエストは確保できそうだ」


 バウエルには肉塊をあげて掘っ立て小屋においてきた。


「今日はなんだかいつもと違う」

「そりゃあ、俺だってたまには奮発するさ! そうだ、あげたいものがあるんだ」


 俺はそっと装飾屋で買ってきた箱を渡す。冒険者ギルドでなくて良かった。こんなやりとりしていたら、どう囃し立てられていたものかわからない。


「なにこれ・・・えっ、髪飾り?」


 エルルはカチューシャ状の髪飾りをつける。飾りの両端にはティアドロップの宝石が付いている。なんでも精神統一を助ける魔法石だとか。


「ありがとう、でもなんでまた急に?」

「ん、あー。ほら、これから後衛で回復役をしてくれる人の装備の充実をしておきたくて」


 俺はエルルが始めにつけていた髪飾りが砕けたことを覚えていた。不可抗力で壊れたとはいえ、少々気にしていた。


「ついに前衛に立つ覚悟をした、というわけ?」


 違ったがそういう意味合いに取られる答えを返してしまった。


「前衛の件、忘れていたよ」


 今日一日は、前衛が居ない→簡単なクエストなら大丈夫→バウエルで薬草採取、というプロセスの思考による行動だった。根本の問題は解決していない。

現状なら前衛に立つのも仕方が無いか、とそう考える。


「ありがとう。これ、貰っておくね」


 気に入ってもらえた様で良かったと思った。

 やがてテーブルの中央に大皿で様々な料理が並ぶ。


「ささっ、まずは料理を食べようか」


 俺は軽い照れくささをごまかせて良かった。本当に今日は冒険者ギルドでなくて良かったと思う。またいつものやたらとごつくいかつい先輩方に何か言われるかもしれなかったのだから。


「よう、雑用の兄ちゃんじゃねえか。HAHA!」


 安堵したのも束の間。ツーブロックヘアのマッスルな大男が笑いながら話しかけてきた。


「良いねぇ、冒険者たるもの、常々悔いの内容に生きること。豪勢な宴会は良好なパーティを築き上げる必要手段。グッドだぜ!」


 ツーブロックヘアの男はその場を立ち去った。よくよく考えると、冒険者ギルドに近いのだから、知り合いが歩いていてもおかしくなかった。


「あー、気の良い先輩率が高いギルドでよかった」


 俺はそんな風に思った。なんだかわからないがアドバイザー率が高い。

 料理を手に取りながら、俺は自分のことをエルルに話した。といっても、ハデスのことは伏せた。ハデスの名は俺の世界でも色々な扱いの名前だったのだから。こちらの世界でどのような立ち位置かわかるまでは伏せておこうと思う。


「すると、シシトウは異世界から来た人って事?」

「そういうこと。どうやって戻れるのかもわからない」


 尚、元の世界で自分がどうなったのかは伏せておいた。


「へぇ、初めて見た。向こう側の世界から来た人」


 彼女は興味深そうに俺の顔を見る。


「やっぱり俺みたいなのは珍しいのか?」

「聞いたこと無いからね。・・・あーでもそのことは黙っていた方がいいかも」

「なぜだ?」

「向こう側の世界の情報を知りたがるでしょ。とくに為政者が。今の時代はどうか知らないけど、情報としては希少だもの。場合によっては独占しようと幽閉されるかも」


 そこまでは思い至らなかった。


「そこまでするのか?」

「そういう人も居るかもって言う事。政治の場は一枚岩じゃないから、様々な思惑で人は動く。特に異世界見聞録・紀行録とかは王家に献上されることもあるくらい。あなたの世界でもなかった?」


 俺は何とか思い出そうとした。大航海時代に色々あった話ぐらいしか思い出せなかった。


「・・・あったかもなぁ」

「そう言う事だから、基本的には人には話さない方がいいってこと」

「わかった。この件はそうする」

「・・・そうするとシシトウはこの世界のことはほとんどわからない?」

「そういうこと。俺にこの世界の常識とか問われてもわからないからな!」

「あー、似た境遇の者同士なわけね。これは苦労しそうだわ」


 エルルがふーっとため息をついた。


「それ、俺がずっと抱えていた悩みな」

「お互い様! ・・・そうすると、私も過去の時代の人間だって事は伏せておいた方がいい話なんだ」

 ふと、エルルが真顔になった。

「ん、・・・あー、そうなるな。俺と同じ理由で」

「さすがに自分の置かれた状況は楽観していたわ。だけど気をつけようね」


 エルルが慌てて周囲を見回した。自分達の話しを聞かれていないか気にしたようだ。だが杞憂だった。料理屋での喧騒の中、どこの誰とも知れない者達の会話に聞き耳を立てているものは居なかった。


「そうなんだ。ところで、シシトウは古代語で話しているの?」

「えっ?」


 考えた事もなかった。周りの人達は俺達の会話を全く意識していない。

「大丈夫みたいだ。俺達の言葉をわかるやつはいなさそう」

「シシトウ、実は博学なのね。・・・で、シシトウはこれからどうするわけ?」


 俺は目的が無いことに気がついた。


「イヤー、特に無いかなぁ」


 ふと、ハデスの言葉を思い出した。あいつを退屈させないとは何をすればよいのか。


「しいてあげれば、生活費を稼ぐこと?」

「なんか現実的ーな目標ね」

「え? 現状を考えると、そうなるだろう」

「なるなる」


 エルルはあっさり肯定した。


「だからシシトウが最初に優先しようとしたことを理解した。右も左もわからない状態で、同じく右も左もわからない私を連れて優先したこと。すなわち生活基盤の確保」

「お、正解! よくわかったな!」

「目的がはっきりしている人の行動は理解できるもの。で、あのワンちゃんはその一環で?」

「そういうこと。俺の世界での逸話を思い出してさ。薬草を犬の嗅覚で探せないかなと」

「なるほどー。動機は理解しているから何も言わないけど、犬で薬草探しってすごい発想ね」

「そうかな? いやーバウエルが思っていた以上に賢い犬でよかったよ」


 俺は後でバウエルにもっと豪華な生肉でも買ってやろうと思った。


「なんにしてもさ、バウエルともどもよろしくな」


 俺はテーブルの上で、エルルと固く握手した。

 前途は多難かもしれないが、きっと上手くやれる、俺はそんな風に考えていた。


第5話へと続く

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