第3話 古代の大神官エルル
―鉱山の町ザーラム 商店街通り イサノバ―
天気の良い朝だった。仕立て屋から出てきた俺は、袖を通したばかりの服の姿に変わっていた。
「あなたの服ってば、変わった作りをしているじゃない。縫い目とかまるで神業。均等でいて、それでいて真っ直ぐに縫い付けられている。布地もかなり上質」
エルルの鑑定眼というものは適格だった。俺には文明レベルの違いの差異というものが、彼女に言われるまで気がつかなかった。が、言われてみれば納得がいった。
「そっかな? 売れば高く売れるかも。大事に仕舞っておくか」
さて、服と荷物入れと弓とナイフを買った。どれも冒険に出る上で使いそう、の印象で決めた。弓とかナイフとかの扱いの心得なんて無い。冒険者ギルドのお姉さんに教わったとおり、まずは狩りスキルで弓の扱いを覚えたほうが良さそうだ。
「そうだ、エルルさん」
「ん、なに?そんな呼び名じゃなく、エルル様、とかエルル大神官、と呼んでいいわよ?」
「エルル、冒険者ギルドに行ってみるか」
「え、なによ! いきなり大神官を呼び捨てだ何て、あなた一体・・・」
つい俺の反骨精神が。いや、エルルのあれはボケじゃなく本気で言っていたような気がしたので、あえて呼び捨てにしてみた。
昨日歩いた道を行く。
―冒険者ギルド ゼカイア―
昨日訪れた冒険者ギルド。今度の受付はエルルのほう。昨日会った受付嬢が居た。
「え、あなたの出身地はアルカエイテ? あの伝説の古代都市、アルカエイテ?」
受付のお姉さんが難しい表情で申込用紙を見ている。伝説の古代都市、その名が嘘でなく、エルルの話も本当ならば、ますます自分も本当のことを言いづらい。
「ちょ、ちょっとまってください。エルルに言って聞かせてきますので!」
俺は冗談の類のせいにして、一旦エルルと周りに話が聞かれない場所へと移った。
「エルル、俺の話を聞いてくれ」
「え、何? あなたの言ったとおりに書いたはずなんだけど」
エルルも不思議そうな顔をしている。
「そのことなんだが、実は一つお前も含めてみんなに隠していることがある。実はエルルは俺と会った段階では水晶の中に閉じ込められていて、お前が言う神殿てのは周りの人達は遺跡だと言っていた。出身地の話も、伝説の古代都市、とかさっきのお姉さんが言っていた。つまるところ、エルルはどうも古代人みたいなんだ」
「え、何それ。面白い冗談―♪」
彼女は信じていないような雰囲気だ。
「俺達の生活費となったあの聖水晶という光る水晶にお前が入っていたんだ」
俺はあえて真顔で話を繰り返した。そしてさりげなく、あの水晶のかけらは売りましたと白状しておいた。
「事情がわからないので、このことは他の人には言っていない。さっきの記載内容も冗談の類だと言っておいた」
「え、なにそれ。本気? 本気なの?」
俺はエルルを連れて受付嬢のところへ戻った。
「すみません。この子も俺と同じおのぼりさんでして、故郷での冗談をまさかここでやるなんてー、いやー恥ずかしい」
俺はそう言ってごまかした。
「では、こちらの方も『ニホン』というところからいらっしゃったのですか。わかりました。他は問題ないため受理します」
そう言うと、受付嬢は見覚えのある水晶球を取り出した。
「では、こちらの水晶球に手をかざしてください。これはあなたの能力を測る水晶球。あなたの成るべき姿を指し示すでしょう」
俺のときと全く同じ台詞を言った。RPGの村人的立ち位置だからと言うのではなく、マニュアル的対応なのだろう。
エルルが水晶球に手をかざす。
「これは…すごい高い知力と信仰心…中級どころか上級職にも成れそうなレベルです」
大神官というのだから信仰心は高いのだろう。知力については俺の学生服から裁縫、仕立ての文明レベルの違いを看破しているようなものなのだから、相当な可能性は高い。
「エルルさんはハイプリーストからスタート可能です。おめでとうございます。100年に一度の人材かと」
俺はふとさっきの古代都市の話を思い出す。
「おねーさん。そういえば、先ほどの古代都市は何年前に栄えたんですか?」
「え、アルカエイテですか? そうですねーいまから2600年ほど前です」
俺はエルルのほうを振り返った。
「エルル。おめでとう。2600年に一度の人材だとさ」
「すばらしい! もっと私を崇めなさい、讃えなさい!」
「あーはいはい。こういう性格の人ね」
「ところで、あなたなんでシシドウではなく、シシトウなんて呼ばれているの?名前だよね?」
「あー、それか。俺も冒険者ギルドに申し込んだんだが、そのときに名前の綴りを間違えていたみたいなんだ」
「じゃあ、シシトウ。あなたの職業は?」
「秘密だ。冒険者たるもの、真の力はそうそう見せびらかさない、ひけらかさないものさ。あ、お姉さん。俺の水晶球診断の結果はこの子には内緒でお願いします」
「そこ、シシトウさん! パーティたるもの、互いのことを良く知るべし。ですよ冒険者の心構え第⑪条!」
受付嬢に注意された。というか、受付嬢も暗記しているんだ、あれ。
「で、シシトウ。今一度聞くわ。あなたの職業は?」
「……雑用」
「雑用? それはどんな優れた職種なの?」
「仲間のみんなの戦闘以外の面でのサポートを行う万能職さ」
うそは言ってはいない。本当かどうかと尋ねれらると返答に困る程度で。
「それでシシトウさん。今日はクエストを受けていきます?」
受付嬢が俺達のやり取りを見ながら話を挟みこんだ。
「あ、はい。できれば狩りスキルを覚えられるとありがたいですが」
「はい。えーと。んー、狩りスキルには直接関わるものがないですね。強いてあげますと、近くの森での採集クエストがありますので、そのときにその森にいる狩人さんに教わると良いかと。他の退治系クエストよりは格段に安全ですよ」
「わかりました。では、これを受注します」
Quest Set! 「森で薬草を採集せよ!」 Get Ready? ………Go!
―動物と野草の楽園 エスクワイア―
そこは町からすぐの森だった。人里にも近いので、危険な動物の類は少ない。クエスト自体も総じて難易度は低く、これならば俺達にも遂行可能なことだろう。
俺は森の入り口付近ですれ違った狩人さんに狩りスキルを習った。脳内に鳥や動物達を追う弓持つ狩人達の姿が浮かぶ。『狩りの基礎スキル習得』と見えた。俺は狩人さんに謝礼として1000G払った。スキル伝授者には謝礼を払うのが礼儀らしい。採掘のときは本当に恵まれていた。鉱夫の仕事に応募したから、というだけでもないだろう。
「ありがとうございました」
「この辺りには危険な動物はいないが、気をつけて進むんだよ」
狩人さんが手を振りながら去ってゆく。
「これでよし。俺は弓も使えるようになったぞ!」
俺は弓に矢を番えて森の方角を狙う。
「おめでとう、雑用に狩りは必要なの?」
「えっ? それは…狩りスキルでパーティの食糧確保! とか?」
後日熟練冒険者に聞いたらこれは正解だった。冒険は食料や飲み水確保は重要度最大。戦闘職は習得可能スキル数(最大八種までが人の限界)を圧迫するであろうこの手のスキルを確保しづらいが、雑用なら習得も迷わない。有益にして重要なスキルというわけだ。それも基礎を習得というなら、いずれは上級とかが出てきそうだ。
俺は弓の感触を確認しながら、森の奥へと歩く。使い慣れていないが、扱い方はぼんやりわかるという不思議な感覚を確かめながら。
その後しばらく、俺達は森を進んだ。確かに危険な動物は居ないようで、取り立てて何も無く歩くことができた。
「何ていうか、見たことも無い木とか草だらけだなぁ」
「シシトウの生まれた場所ではこのような植物が無い?」
「(俺が異世界から来たことは伏せたままなんだったな)そうそう。俺はこっちに着てからまだ日が浅いから、見るもの全てが目新しいよ」
本当は今頃学校の修学旅行のはずだった。流石に今はその延長線上と言う気分ではない。
「まだ聞いていなかったわね。あなたの出身はどこ?」
「ん?…日本、てとこ」
「聞いたこと無いわね。私が知らないなんて…いや、この時代の地名は既に私の知るものとは違う?」
エルルが途中から独り言になってゆく。恐らく彼女が推察している内容は正しいのかもしれない。2600年以上残っているもの自体が稀だと思う。たとえ俺の世界であったとしても。
「そういうわけで、俺にこの辺りのことを聞かれてもまったくわからねーからな」
と、俺がこちらの世界に関して何も知らない事の理由付けも終了。
俺は背負い袋をがさっと背負いなおす。ずり落ちてきたので重心を据えなおした。
「荷持ち持ち、ご苦労様」
パーティのハイプリーストの荷物持ち。雑用の真価を発揮。俺、活躍しているなぁ。
「雑用冥利に尽きります」
エルルは大神官で良いとこの生まれなのは間違いないようだ。恭しい表現を多用すると機嫌が良くなる。
良いんだ。俺はこれで良いんだ。平凡な日本人の高校生として生きてきた俺が、いきなり剣と魔法で戦えるかと言われると困る。スキルを習得したからと言って、いきなり戦うような心構えとかまで出来るとは思えない。
冒険者の雑用ってシェルパみたいな位置づけか。どの道危険な場所へ行くことには変わりは無い。名誉市民職のようなものだと思っておこう。
今はお日様が真上くらいに差し掛かった頃だろうか。時計は無いが、恐らく昼時。
「ちょいとここらでお昼休憩にしよう。ちょうど開けた場所でもあるし」
「それはいいけど、何を食べるわけ?」
俺は背負い袋を地面に下ろした。
「冒険者の必携品。パンと干し肉とぶどう酒ならあるよ。他、煮詰めた薬草」
俺は火をおこす準備をする。煮詰めて乾燥させた薬草はお湯で戻してスープにする。インスタントな料理を用意できないか考えた挙句の方法。
「え、料理も出来るの?」
「出来なかったが、町の食堂でラーニングしてきた」
ちゃんと『料理の基礎スキルの習得』済み。コモンスキルは冒険者以外が所有するスキルの為、町中ほど教えてくれる人が多い。スキル枠の上限の問題は後々響いてきそうなので、本当に必要なものだけを選んだつもりだ。
サバイバル。下手すると一人で生きていかなきゃいけなくなる。
普通の冒険者は上位職も視野に入れて専門スキルを選ぶようだが、雑用の俺にはそんなものは無いので、なら必要性の高いものだけ自由に選ぶ。
採掘、狩り、料理のスキルを習得済み。残り5枠。恐らく今日は採集の基礎スキルも習得することになる。採掘と採集で複合上位スキルの探索と鑑定が覚えられるようになるらしい。前情報もばっちり仕込んだ計画的キャラ育成。…自分のスキル編成を考えるのも楽しいな。戦闘にはかなり不向きな構成だが、自分のステータスってやつは自覚している。
「はいよ。出来上がったぜ」
乾燥させた薬草をお湯で戻しただけのスープ。体によく塩気も採れる算段。
「…ん、これは煮込みすぎた野菜みたい。味は…いまいちね」
いきなり味まで完璧にこなせるとは思っていないが、インスタント食材を作ると言うアイディア負けか。
「外で手軽にスープが出来るんだからいいだろうよ」
俺も薬草スープを口にする。塩気は薬草自体のが強めで、汁は薄目となっている。
「そう。野外食向けに用意したんだ。お店で出すなら論外だけど、荷物が嵩張らずに手軽に作れる点でみれば、案外良い線行っているかも」
味にお世辞も言わず、淡々と俺の行動の目的を評価してくれた。まぁ、良しとしよう。料理スキルをとったせいか、食べられそうな食材の調理方法がなんとなくわかるようになった。それを応用して何か出来ないかを試してみたが、試行錯誤は必要そうだ。
「ではでは、使用人。そろそろ行くわよ」
確かに今の自分はそんな立ち位置ではあるのだが…。
「へいへい、お嬢様」
俺は荷を背負いなおす。たまたま事故で拾ってしまった、行く当ての無いどこぞの大神官様の世話をしているような立ち位置。で、否定しなかった訳は。
「使用人てことはお給料貰えるんだよな?」
「んっ? そこは働き次第よ!」
あれ、ボケにボケ返し? それとも真剣なほう? 俺が先にボケツッコミをしてしまったというパターンも有り得る。
もっとも、この分なら冒険者稼業が無理でも村人でやっていけそう。元の世界に帰れてもスキルを所持したままだとうれしい。
昼飯を取って先へ進む。町の近くの森なので、広さはともかく危険度は無い。探していたのは昼食にも採った薬草。需要は高く、低い採取難易度だとか。たぶん、スキルなしでも採取や判別は可能だと。冒険の必携品の為、どこでも売れるという品物。自分で使うもよし、金品に換えるもよし。無難な選択だと思う。
道中は何事もなく進む。やる事も無いので会話をしながらの散歩のようだ。
「そういや、エルルのいた時代って、今の時代と何が違うんだ?」
「人も文化も何もかも。少なくとも高い信仰心や魔力を持たないものは市民権を持たなかった。今の時代、と言われても私には今ひとつ実感は無いけど、私のいた教団がもう過去に廃れてしまっているならば、それはもう異世界に居るのと変わらない」
俺はどきりとしてしまう。
「異世界ってあると思うか?」
「ある。召還魔法の類は異世界から呼び寄せる魔法。少なくとも召還対象となる魔物は、私達の世界にいる生き物とは異なるでしょ?」
「お、おう。そうだな」
俺はあいまいな返事を返した。が、ゲームの召還魔法を思い描いて、それもそうだなと納得した。逆召還魔法と言うのがあるなら、その異世界というのに行けるのだろうか。
「俺はわからないことだらけなんだ。色々と教えてもらえたら助かる」
「そこは喜んで。あなたは私の命の恩人みたいなものだから」
その辺りについては何がどうしてどうなったのかを説明できない。よって俺としては肯定も否定もできない。
「そ、そうか? そう思ってくれているのはうれしいんだが、俺はたまたま通りかかった程度だから気にしなくてもいいぜ?」
本当にたまたま通りかかったレベルだったので、助けたという気は全く無い。むしろ、この世界に馴染めていない仲間が出来たようで、今は少しだけ安堵している。
「私はこの時代のことを良く知らないけれど、よろしくね」
あぁ、なんとなく性格が良さそうな人で良かった。思っていたより。
俺はエルルとそんなやり取りをしながら歩いていた。会話のほうに気をとられていたのもあった。しかし、注意して歩いていても、その後に直面する危険には気がついていなかったことだろう。
ヒュッ!
瞬間、何かが俺の頬を掠めた。気がついたときには背負っていた鞄の中身の幾つかを抜き取られていた。抜き取ったのは蔓のような枝がうねうね動く草。
「「魔物!?」」
俺とエルルは慌てて動く草から距離をとった。
「ちょっと待てよ! 入り口の狩人さんはこの辺りに危険な動物は居ないが…って言っていたじゃないか!」
「雑用! どうするのよ! 財産含めて大事なものが幾つかとられちゃったじゃない!」
うねうね動く草のほうを見ると、確かにがま口財布を奪われていた。なんてこった。逃げることも出来なさそう。
「えっ、ちょ、俺戦い方知らない。そうだ! 俺、雑用ですから! せ、先生。お願い致します!」
俺は畏まり、最敬礼をしながら後ずさる。
「えっ、ちょ、私戦い方知らない。そうよ、私は回復職だから! 前線で戦えなければ、攻撃スキルも無い!」
Battle Encounter! 「うごめく何か」
いきなり戦闘が始まった。俺は初めての実戦であり、初めてのパーティ戦でもある。そしていきなり判明した。そう、アタッカー不在のパーティと言う問題が。
「雑用、怪我をしても私が回復する。さぁ、突撃よ!」
エルルがワンドを片手に、びしっと敵を指差し突撃指令。
「それ、怪我しても痛いのは痛いんだろ?」
俺は流石にためらう。
「大丈夫、どんな大怪我もたちどころに治して見せる!この大神官を信じなさーい!」
大怪我前提の話をされても困る。…俺はふと入り口の狩人から学んだスキルを思い出した。弓と矢がある。俺はおもむろに矢筒から矢を取り出し、弓に番える。
「閃いた! これなら距離をとって戦える!」
俺は矢を放った。初めて撃った矢は狙い違わずうごめく植物の幹に突き刺さる。
「よし、これならいける! あいつは植物だ。その場からは動けないだろう」
「あ、ほんとだ! 頑張れ雑用!」
二本、三本と矢を放つと、草はやがてくたりとうなだれて動かなくなった。
Victory! Result 「伸縮性の高い蔓×3」
初勝利。もしかしたらぎりぎり無害な魔物だったかもしれない。相手の名前がわからないのだから判断しようが無い。戦利品として、ゴムのように伸び縮みする蔓を何本か刈り取った。
「あー、これは服の腰紐とかに良く使われる材質の紐だ」
エルルが俺の手にある蔓を覗き込む。
「ん、これって生活用品になるのか?」
それなら店で売れそうだ。後ほど店で鑑定してもらおうと、背負い袋の中に仕舞いこんだ。
「ともあれ、何事も無くてよかったわね」
「弓の扱いを習っておいてよかったな。そうじゃなきゃやばかった」
俺は矢を回収しながらエルルに応えた。
「油断していたわけじゃないけど、ここは町中じゃないんだし、気をつけて進みましょうか。危険な植物はいるようだから」
「そうだな。それに道端に採取対象の薬草があるかもしれないしな。だいぶ歩いた気がしたけど、この森ってそんな広かったっけ?」
「そんなに広くは無いから、そろそろどこかしらに自生している薬草があってもいいはず」
俺達は辺りを探し回る。俺は背負い袋から採取対象の薬草の残り(食材)を取り出した。
「こんなの、一見するとただの草だからわからないよな」
「んー、なんだろ。あちらの方角は色とりどりの怪しげな花が咲いてる」
エルルが指出した方角はただの茂みではなかった。…なにか甘い香りがしている。
「薬草にあんな花は付いていないだろう…お、花畑の先にあるのって、この薬草じゃないか?」
赤や紫の花々の先に生えているのは、紛れも無く探している薬草だった。俺は薬草の方角へと踏み込んだ。
「しかしすごい香りだな。…うぐぅ!?」
自分の腰ぐらいはある花々を押し分けて進もうとしたら、とたんに目が眩み始めた。
「なんか、くらくらする…」
俺は動けなくなってその場にうつぶせに倒れた。だんだん呼吸が浅くなる。
「うっ、この花、もしかして猛毒?」
エルルがあからさまに嫌そうな表情で辺りの花々を見た。
「あのー、すみません。助けてください…」
俺は脚をずるずると引っ張ってもらい、花畑から助けられた。
「この程度の毒なら…
エルルがワンドを振りかざすと、たちまち俺は体の不調が治った。しっかし、この子・・・プリキュアか何かかよ?
「あー助かった、ありがとうございます。エルル様」
「私にかかればこんなことぐらい・・・あなた、げんきんねぇ」
エルルが腰に手を当て、得意げな表情をしている。んー、まぁいいか。
体の調子が完全に治るまで休息して考えたが、どうしても途中にある毒草が邪魔になった。
「さて、どうやってあそこの薬草を採ろうか」
「んー、私が解毒するから、あなたは突撃?」
疑問系での提案なだけ、遠慮と言うものは感じられたが…。
「無理無理無理無理! 10秒で体に不調が出たから!」
全力で辞退する作戦だった。
「たぶんあれ、あんな場所に生えているから町のほかの人達は迂回していたんじゃないかな。そうでなければ、あんな大量に群生している薬草を放置しないよね」
エルルが毒草の先の薬草を見ながら、そんなことを呟いた。
「もしかしたら、採取が簡単な場所では中々見つからないか」
「そう言う事。だから、逆に言えばあれはチャンス」
俺はしばし考える。花々に直接触れたらだめなようだ。休息中も甘い香りはしていたが、特に体への変化は無い。ならば…。
「木の枝で毒草を押し倒していこう。触れなければ大丈夫なようだから」
「じゃ、私はここで待機しているね。毒にやられたら救助するから」
「あー、やっぱそうなります?」
…俺はエルルが離れて待機している間、延々と毒草を木の棒で押しのけて道を作った。時折毒にやられては解毒してもらうの繰り返し。中々に大変なルーチンの作業だが、時間をかければ道を作れた。
3時間後…、ようやく道を切り開いた。
「これで簡単なクエストか…重労働だった…」
背負い袋に入れてきた採取用の皮袋を取り出す。自生していた薬草を採取するのもまた重労働だった。薬草採取自体が肉体労働だったなんて、やってみるまでわからなかった。
帰り道はもと来た道を引き返すだけなので楽だった。町に辿り着き道具屋へ駆け込む。薬草キロ単価千Gなり。伸縮性の高い蔓、一本20G。
Quest Clear!! Result.
・3千60G獲得
「なぁ、エルル。俺、鉱山で働きたい」
それが俺のクエスト後の感想だった。なるほど、町の主力産業になるだけのことはあるんだな、と。
俺は一週間分の食い扶持を得られたと安堵をしながら、宿への帰路を歩く。
明日はどうしようか。そんなことを考える余裕が出てきたのは、夕飯の後になってだった。
―冒険者ギルド ゼカイア―
その日一日の仕事を終えた冒険者達が、思い思いに過ごしていた。
「シシトウ、今日も一日お疲れ様」
エルルがその日一日を労いながら、エールジョッキを片手に祝杯を上げる。
「今日の様子を見る限り、なんとかなりそうだったな。この世界で生活していけそうかどうか不安だったけど…」
俺はそこまで言いかけて、不要なことまで言いかけたことに気がついた。
「…この世界で生活していけるかどうか…そっか。私、考えていなかった。今居る時代が、私が生きていた時代と違うこと、気がついていない振りをしていた」
俺の話は彼女の境遇の話で置き換わってくれたようだ。
「おっと、まずは今日一日に乾杯!」
俺は沈みがちな雰囲気になりそうだったのを感じ、慌ててジョッキを合わせた。
「…そうね。生きていられるだけ、良かったのかも」
エルルも気を取り直して、目の前の料理の方を向く。俺の方もエルルの言葉を聴いて、異世界にくる前のハデスとのやり取りを思い出した。何か自分に不都合な話があったような気がしたが忘れることにした。
「最初は不安だったけど、何とかやっていけそうで良かったよ。大神官様様だな」
「雑用も初心者とは思えない活躍ぶり。以前は何をやっていたの?」
「俺? 学生だよ」
エルルが料理を口に運ぼうとしていたが、俺の言葉に驚いた。
「え、あなた貴族か何か? それとも平民から優秀な人材として登用された方?」
エルルの反応は意外だった。
「え、あぁ。(なんか教育を受けられる水準があるみたいな言い方だな)登用された方?」
能動的ではなく、受動的な教育過程の人間である為、そのように答えることにした。
「へぇー、意外。シシトウのこと、少し見直した」
見直したと言う台詞に、俺は少し不安を感じた。その分だけ、俺に求める知的水準というもののハードルが上がったかもしれない。俺はこの世界のことはわからないのに。
「そ、それよりだな、今日の出来事を振りかえると、前衛職の人が欲しいと感じた」
俺は話題をさりげなく変えつつ、パーティ構成の問題を提起する。前衛職が居ないのはあるとはいえ、今後も今日みたいに突撃役をやらされるのは不安だ。
「ほら、後衛2(非戦闘員含む)じゃバランス悪いだろう」
「んー、ヒーラーも前衛が居てこその華よねぇ。守ってくれるナイト様は確かに欲しい」
俺はふと、ゲームでの後衛をかばう前衛ナイトの姿をぼんやり思い浮かべる。
「確かにありがたい存在だよなぁ」
ゲームじゃ火力アタッカーを重用するケースが多々あるが、いざ自分が後衛(戦闘員にあらず)をやっていると、後衛をかばう前衛のありがたさがよくわかる。
「いざともなれば突撃。何かあっても私が
この子には突撃指令以外にないのだろうか。
「おいおいおい、兄ちゃんとこは随分とブラックな現場じゃねーか」
気がつくと隣の席のダブルモヒカン、刺付き肩パッド、むさ苦しいあごひげ、片目傷の男に話しかけられていた。
「あ、いつものことですのでー」
俺は思わず会釈を返す。
「フッ、だが、そんな脳筋パーティ。俺は嫌いじゃない。応援してるぜ!」
いかつい男は笑顔で親指をぐっと立ててきた。
「ありがとうございます…」
そんなパーティでもいいのか、それとも主流なのか。よくわからないが、許される現場なら問題なさそうだ。恐るべし、前衛職。
「で、前衛が見つかるまではどうするの?」
「えっ、それまで?」
俺はエルルに問われてその質問の真意を測りかねた。
「そう。前衛が見つかるまでなにもしないわけ?」
所持金には限りある。そして、冒険者と書いてその日暮らしという呼称を見かけたことがある。すなわち、回遊魚のように泳ぎ続けなければ生きられない生き物。
「それはまずい。クエストは消化しながら探そう」
「じゃ、前衛よろしくね(ハァト)」
可愛らしく言われる内容かどうか、それは相手の胸中思惑によるところが大きい。ゲームでパーティメンバーを全員後衛にしたら、全員前衛と変わらなくなったケースを思い出した。そして、そんな中で俺が一歩前へ。
「……俺が?」
「そ♪ じゃ、そんなわっけでー、後よろしくねー」
エルルが上機嫌で席を立ち、部屋へ戻って行った。
「おいおいおい、兄ちゃん。大変だねぇ。前衛は落命率が高いからよ。気ぃつけな!」
ダブルモヒカンの男が、にっと笑って親指を立てた。
「あ、ありがとうございます」
俺は恐らくギルドの先輩冒険者であろう男に会釈し、席を立った。
俺は先々に不安を感じながら宿へ戻る。
―冒険者ギルド ゼカイア―
寝室の中には誰も居なかった。エルルのベッド脇の壁にはワンドが立てかけてある。
「あれ、エルルはどこかへ出掛けているのか?」
もう夜になるというのに姿が見えない。外出して迷子にでもなっているのだろうか、とふと考えた。宿の中を歩いたが姿が見えない。
宿から出て通り沿いに探してみる。
少し離れた広場の木の側にエルルがいた。どうやら一人夜空を眺めていたようだ。俺はエルルに話しかけようとして、思いとどまった。
なんだか彼女の様子が気になったからだ。
「…お父さん、お母さん。皆…もうどこにもいないのね」
俺は思わず呼吸を止め、気配を隠した。
「私だけが一人。知り合いは誰も居ない。知っている場所もどこにも無い」
エルルの言葉に、まるでこの世界に来た自分と重なる思いを感じた。
(……やっぱり、気にしていたのか)
普段、あまり深くは考えてなさそうに感じたから気にもしなかった。
「私はこれからどうすれば・・・」
そんな彼女の様子を見て、俺はそっとその場を離れた。自分にはどうすることも出来そうになかった。自分でも自分の境遇をどうとも出来ないのだから。
宿までの道を戻る。
「俺、元の世界に戻れるんだろうか。あいつと自分と、境遇に何が違うんだろうか」
部屋へ戻り、ベッドへ潜り込んだ。元もと疲労困憊だったのもあってすぐに眠りに入った。
第4話へと続く
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