800 最終話 星空の約束
それからさらに一か月。
すべての準備を整えたあたしは、ついにルーちゃんを迎えに行くことになった。
「もう何度目になるかわかりませんが、止めても構わないんですよ?」
「何度言われても一緒。やめるわけないでしょ」
隣を歩くミサイアが数十回目になる言葉を繰り返す。
それに対するあたしの答えはいつも決まっていた。
ここはファーゼブル王国王都エテルノ。
大通りを抜けて街門を潜ると、多くの人たちが集まっている。
みんなあたしの見送りに……というよりは、アレに最後の別れをしたいみたい。
「♪おお、グランジュスト! いいや、輝攻戦闘機グランジェット! なぜ星の海へと帰るのか! おお、さらば! さらばまた逢う日まで!」
王国の有名ロックバンドのヤルグが謎の歌を歌っている。
特設会場には涙ながらに合唱するきもい男たちの声が響いていた。
彼らの向こうにあるのは、かつてグランジュストと呼ばれていた王国制スーパーロボット。
今は見る影もない改造を施され、ほっかむりをかぶった胸像みたいになっている。
背中には巨大なランドセル。
頭を取り囲むほっかむりは流線形の三角パーツ。
腕は胴体に収納され、両足は完全に外されて新規部分に使われている。
空のずっと向こう、宇宙と呼ばれる空間へ行くための改造だ。
あたしはこれからアレに乗ってルーちゃんの所へ行く。
「星の海って言ってますけど、一光年だから隣の恒星系までの半分も行かないんですけどね」
ミサイアが歌詞にツッコミを入れた。
ミドワルトでは一部の研究者以外は宇宙なんて概念自体知らないし、もちろん学校で習うこともないので、あたしはその辺の詳しいことはよくわからない。
「でも、ものすごく遠いんでしょ?」
「ええ……」
あたしはこれから気の遠くなるほど長い時間、アレに乗り続けることになるらしい。
その辺の説明も何百回と聞いたし自分なりに納得したつもりだ。
※
わざわざグランジュストを宇宙船に改造したことにはいろんな理由がある。
ファーゼブル王国だけが圧倒的な力を持ち続けるのは平和のために良くないとか。
ミドワルトで大気圏の脱出に耐えられるだけの強度を持つ装甲があれしかないだとか。
この戦争をひとりで終わらせた大英雄を迎えに行くための機体ってことで、多くの人があれの改造に協力したと聞いている。
主となったのはグランジュストを開発したファーゼブル王国の技術者たち。
それに加え紅武凰国の技術者による全面バックアップも受けている。
比較的戦争被害の少なかったシュタール帝国やセアンス共和国なんかは、紅武凰国の提供する新エネルギーの供給を条件に、予備動力として中輝鋼石をひとつずつ差し出してくれたそうだ。
あと、カーディナルも内部の輝術的要素にちょっと手を加えたらしい。
問題となるのは、これに乗り込むパイロットの選別だった。
本来の乗り手であるジュストが行けないので当初から公募で選ばることになった。
最初の募集に応じた人数はミドワルト中から全部で三千人以上。
ほとんどが「グランジュストに乗ってみたい」って理由で集まったミーハーどもだ。
それとは別に、ちょっとした英雄願望があって志願する真面目な人間も多くいたって聞いている。
ただし、そんなやつらは説明会で詳しい話を聞いたら即座に辞退していった。
すべてを知った上で最後まで残ったのはあたし一人だけだ。
辞退者が相次いだ理由は主に以下の二つに集約される。
救出が成功する見込みがほとんどないこと。
生きて帰れる可能性は全くないこと。
……というか実際のところこのプロジェクトが成功するなんて思ってる人はいない。
英雄に対する敬意として、救出に行くポーズだけでも見せておこうってところだ。
そんなことに貴重なグランジュストを使うのに盛大な反対の声もあったとか。
だから誰もあたしに注目なんてしてないし、歩いてても誰も声をかけてこない。
まあ、国の偉い人たちの思惑なんて知ったこっちゃないわ。
「よう」
「お、久しぶり」
と思ったら知り合いが話しかけてきた。
南フィリア学園のクラスメイトのジルだ。
「マジで行くんだな」
「うん、行ってくるわ」
「そっか。寂しくなるな」
ジルはそう言って悲しそうに笑った。
そんな今生の別れみたいに……とは茶化せない
だって多分、きっと、もう会うことはないだろうから。
「そういやあんた、友だちと一緒に会社を始めたらしいわね。順調なの?」
しんみりした雰囲気になってしまうのが嫌で、あたしは露骨に話題を逸らした。
「微妙かなあ。輝鋼石がなくなった後のエネルギー不足を見据えた計画だったのに、紅武凰国だかの保証のせいでどうにかなっちゃいそうだし」
「それは残念だったわね」
「ま、問題が起こらないってのは良いことなんだけどな」
輝鋼石の大量消失と紅武凰国との国交によって、これからミドワルトは大きく変わっていく。
けど、こいつならどんな世界でもたくましく生きていけるって気がするわ。
「元気でな」
「あんたもね」
フィリア市に戻ってきてから、ルーちゃんを除けばたぶん、彼女は一番の友人だった。
ジルはあたしがどれだけルーちゃんを大切に思っているかよく知っている。
だから、無理に止めたりすることはない。
最後にあたしたちは握手を交わし、拳を重ねて笑顔で別れた。
※
「インヴェルナータ御姉様!」
次に話しかけてきたのはマール王国の王女様だった。
「クレアール。あんたひとりでなにやってんのよ、護衛もつけずに」
「もちろん御姉様を見送りに来たのですわ。アグィラは午後からの会議に間に合うよう、空飛ぶ絨毯を手配しに行ってくれています」
なんだか知らないけど、あの日以来この子からやけに懐かれちゃってるのよね。
と言っても彼女は国も遠いしすごく忙しいので、実際に会うのはこれで三回目なんだけど。
「ルーチェ御姉様をよろしく頼みます」
「任せといて。必ず連れて帰って来るからさ」
あたしはそれが無理だと知りつつも迷いなく答えた。
「楽しみに待っていますわ。わたくしがルーチェ御姉様にもう一度会うのは無理でも、子や孫にしっかりと言い聞かせておきます。どうかお気をつけて行ってらっしゃいませ」
「あんたも大変だろうけど、国の復興頑張ってね」
「はい♪」
クレアール姫は最後まで笑顔を崩すことなくあたしを見送ってくれた。
※
一般人立ち入り禁止の柵を超えて、グランジュストの傍までやってきた。
そこではジュストがあたしを待ち構えていた。
「すまない、インヴェルナータさん」
「何がよ」
いきなり謝られても気持ち悪いんだけど。
「本来なら僕がルーを迎えに行くべきなのに」
「は? 何それ? フッておいてまだ自分がルーちゃんの一番だと思ってんの?」
「えっ、いや、そういうことじゃなくて……」
「冗談よ。真に受けないで」
わかってるわよ。
あんたは単にマジメなだけなんでしょ。
この二か月くらい、あたしはベラお姉さまから色んなことを聞いた。
ルーちゃんを街から連れだしたのはこいつが悪いわけじゃない。
アルジェンティオとかいうルーちゃんの育てのお父様の策略だって。
だからって仲良くできるわけじゃないけどね。
「君が言うと冗談に聞こえないんだよな……」
「何か言った?」
「別に。それより、これを渡しておくよ」
ジュストは腰から下げた剣を鞘ごと外してあたしに渡した。
「聖剣メテオラ。危ないから下手に抜いたり振り回したりしないでね」
これはグランジュストを起動するためのキーだ。
本来ならこれを扱える王家の人間しかグランジュストは動かせない。
ただし紅武凰国の技術で制限を外してあるので、今はこの剣さえあればあたしでも乗れるみたい。
「おっけ、確かに受け取ったわ。あんたも精々頑張りなさいよ」
ルーちゃんがいなくなったせいもあって、ジュストはダイゴロウと共に今回の戦いにおけるわかりやすい英雄にされてしまった。
さらにこいつはシルクと婚姻を結んだことで、ファーゼブル王家と新代エインシャント神国を繋ぐ架け橋になって、今や世界一の重要人物と言って良い立場だ。
こいつもルーちゃんのことが心配なんだろう。
けど、易々と自分の都合のために行動できる立場じゃない。
だからあたしが代わりに行ってきてあげる。
「ルーちゃんのことは任せなさい」
「任せたよ」
「……ふふっ」
「どうしたんだ?」
もうジュストのことは恨んじゃいない。
ただ、ひとつだけ言いたいことがあるとすれば。
「なんでもない」
あんたたちの冒険の旅、あたしも一緒についていきたかったわ。
言わないけど。
※
グランジュストの周囲は仮囲いの柵で覆われている。
扉を開けると、中では技術者たちが最後の調整を行っていた。
「ナータ」
その中からアオイが現れてこちらに近付いてくる。
「最後にもう一度忠告しておくわ。直前だけど止めてもいいのよ」
「さっきミサイアにも言われたけど、答えは聞かなくてもわかるでしょ?」
アオイは大きなため息を吐いた。
「バカというか、一途と言うか。それだけ思い込める情熱がうらやましいわ」
「余計なお世話」
「いいわ。座りなさい」
近くにあった何かの箱を二つ引っ張ってきてアオイはその片方に腰掛けた。
あたしが黙ってもう片方に座ると、彼女は何度目かになる講義を始める。
「今から貴女が向かう先はこのミドワルトのある惑星……仮称『地球M』から一光年先の宇宙。オールトの雲の真っ只中の空間よ」
一光年っていうのは時間じゃなくて距離の単位だ。
ミドワルトでも使ってる単位に直すと、約
……相変わらずでかすぎてピンとこない数字だわ。
アオイは改造グランジュストを見上げながら言葉を続ける。
「ミドワルト製スーパーロボットを改造して作ったこのロケットは、両世界の技術を結集した最高クラスの宇宙探査船よ。平均速度は時速1230万キロ。光速の1.2%にも達する人類史上最速の有人機ね。それでも一光年先まで行こうとすると、片道88年はかかる計算になるわ」
「……」
何度も聞かされたことだけど、改めて言われると言葉に詰まる。
三千人もいた志願者があたし以外全員辞退した理由。
それがこの、あまりにもひどい数字のせいだ。
片道88年。
往復なら176年。
人間の寿命を軽く超えてる。
「仮に辿り着いたとしても、ルーチェさんに会える保証は全くない。あの子の意識があの辺りに濃く漂っていることは確実だけど人間の姿を保っているわけじゃないし、あらゆる状況を想定した対策は練ってあるけれど、貴女が無事に生きてルーチェさんに会える可能性は0.00001%以下。寿命を考えれば帰りも同じ方法で地球Mに戻って来れる可能性は希望的観測の入る余地すらない、0%よ」
人生全部をかけても足りなくて、成功の見込みはまずない。
まあ、こんなこと言われて行こうと思う方が頭おかしいわけよね。
「でも実際の可能性はそれより少しは高いんでしょう?」
「気休め程度ですけどね。帰りに関して言えば、輝術的超長距離空間移動で戻ってすぐ来られる見込みが23%程度。それと今後88年の間にミドワルトで超長距離転移や超光速航行が発明されて、先に出発した貴女に追いつく可能性が1%弱って所かしら。自分のためを思うなら黙って技術が進歩するのを待っている方が良いわよ?」
「でも、行かないより行った方が会える可能性は高いのよね」
「0.00001%以下ですけどね」
「じゃあ行くしかないじゃない」
ルーちゃんのいない人生なんて意味ないし。
待った結果、何も開発されませんでしたじゃ悔やんでも悔やみきれないわ。
「はぁ、もういいわ……そこまで言うなら何も言わない」
「いろいろありがとね」
冷たく見えて、こいつもいろいろと便宜を図ってくれたのをあたしは知ってる。
この計画自体アオイの発案だったってこともミサイアから聞いたし。
「行ってらっしゃい。元気でね」
アオイは腕を組んだままうっすらと微笑んで言った。
※
そして、あたしはいよいよグランジュストに乗り込む。
タラップを上がっている途中で後ろから声をかけられた。
「ナータ」
ベラお姉さまだった。
「見送りに来てくれたの?」
「まあな。できるなら私も一緒に行きたいのだが……」
お姉さまは紅武凰国との契約で『調停者』を務めることになっている。
固有能力を持つ者の圧倒的な力で地域に平和をもたらす役目を担う大事な仕事だ。
「お姉さまはダメよ。これはあたしの特権なんだから」
「ああ。残念だが素直に譲っておくことにするよ」
あたしたちは視線をかわしてフッと笑い合う。
ここにきて多くの別れの言葉は必要ない。
「行ってくるね」
「気を付けてな」
それだけ言って振り返え……ろうとして、あたしはあることを思い出した。
「そうだ。これ」
ポケットから取り出したそれをお姉さまに投げる。
「なんだ。鍵?」
「お姉さまの輝動二輪のカギ。ルーちゃんがフィリア市を出るときに渡されて、返しておいてって言われてたのずっと忘れて今まで持ってたの」
それは今朝、出がけに荷物整理しているときに偶然見つけた。
ぶっちゃけ忘れたまま戸棚の奥で眠ってたんだけど。
「お前は今さら……まあいい。形見だと思って受け取っておくよ」
「縁起でもないわね。あたしはルーちゃんを連れて帰って来るつもりなんだけど?」
「そうだったな、すまない」
「じゃあね」
「ああ」
そして今度こそあたしはお姉さまに背中を向けて、グランジュストの中にひとり入っていった。
※
座席について発射の時を待つ。
腰には以前になかった安全ベルトを装着済み。
全天モニターからは遠巻きに眺めている人たちの姿がよく見えた。
外部音声スピーカーは切るように言われてるので、何を言ってるのかは聞こえない。
ま、大半はあたしの見送りって言うよりか、ミドワルト史上初めての宇宙への打ち上げを見物しに来てるだけなんでしょうけど。
その中に何人か知った顔を見つけた。
ジルとその兄貴とセラァとばかちび。
あっちで手を振ってるのはクレアール姫ね。
ベラお姉さまの傍には剣闘部の後輩たちもいるわ。
「いってくるわ」
聞こえないと知りつつも、声に出して呟いてみる。
その直後、地鳴りのような音が響いて、機体が発射体勢に入った。
『発進、五秒前。四』
カウントダウンボイスが後部スピーカーから聞こえてくる。
この声はミサイアね。
最後に聞くのがあんたの声とは。
つくづく変な因果があるってことかしら。
……次に戻るのは、どんなに早くても88年後なのよね。
『三。二。一……ナータ、体に気を付けて』
うっ。
その不意打ちはズルいわよ。
思わずうるっと来ちゃったじゃない。
『ゼロ!』
機体が激しく揺れ、視界がぐぃんと上に持ち上がる。
とんでもない輝力を放出しつつグランジュストは空に飛びあがった。
「おわわわわわわっ!」
体が下向きに押し潰されるほど強烈な力が加わる。
一瞬前の感動なんて吹き飛ぶほどのとんでもない加速だ。
コクピット内に姿勢制御機能のあるグランジュストでもこの衝撃!
ちらりと目を開いて下を見ると、すでに地上は遥か彼方にある。
打ち上げ地点はまるで大爆発でもあったみたいな煙に覆われていた。
王都は遠ざかり、雲がずっと下にあり、大陸の形までもはっきりとわかる。
地図で見たミドワルトの形を黒っぽい靄が取り囲んでいて、その向こうにも世界は広がっている。
やがて、世界の丸さがはっきりとわかるようになってきた。
横を見れば空が濃い青から赤に染まり、すぐに黒に変わっていく。
何分くらい耐えていただろうか。
やがて、ふわりと下向きの圧力が弱まった。
足元を見る。
そこには青くて丸い世界があった。
ミドワルトとそれを取り囲む全世界……
アオイの仮称した『地球M』という星が。
「すっごいわね……」
以前にジュストが操縦するグランジュストに乗ってきた時は、それほど高くまでは上がれなかったし、夜ってこともあってゆっくり周りを見てる余裕もなかった。
改めて眺めてみると思わず息をのむような美しさと雄大さだ。
そうしている間にも地球Mはどんどん遠ざかっていく。
「それにしても、とんでもない速度だったわね。光の速さの一パーセントってのはダテじゃないわ……」
『おいおい何言ってんだ。地球からの脱出速度なんて精々時速3万キロ程度だし、本気の加速をするのはこれからだぜ』
ん?
スピーカーから謎の声が聞こえて来た。
「誰よあんた。誰かいるの?」
『おう。こっちに来いよ』
腰を固定していたベルトを外して座席の後ろに回る。
背後に見える外の景色の中に取っ手が浮かんでいた。
ボタンを押しながらそれを押し込むと、ドアが開いて奥の部屋へと繋がった。
グランジュストをロケットに改造した際、長く暮らしやすいように本来は武装が詰まっていた部分も改修されて、内部にいくつかの部屋を作ってある。
操縦席のすぐ後ろは居住区だ。
壁は真っ白で、テーブルや戸棚などの調度品が並んでいる。
ぶっちゃけ言ってこの区画だけであたしが一人暮らししてたアパートの部屋より広い。
『こっちだ、こっち』
右側に壁と一体化した映水機がある。
その画面の中には小さな人の姿が映っていた。
髪が短かった時のルーちゃんに似てるけど、髪色は黒でやや目つきが悪い女の子。
「あんた確か、ルーちゃんのお母様と一緒にいた……なんて言ったっけ?」
『紅武式非実体型子守用
「なんであんたがここにいるのよ」
『ハルの頼みでな、お前の面倒を見てやるように言われた。ちなみに本体じゃなくてコピー人格だけど』
「あっそ」
よくわかんないけど、ご苦労なことね。
別に無理して付き合わなくてもいいのに。
『そう邪険に扱うなって。これから長い時間を過ごすんだ、話し相手がいるってのはいいもんだぞ?』
「まあ、そうかもしんないけど……」
『とりあえずハルとソラトから伝言だ。「娘をどうかよろしくお願いします」だと』
「お、おう」
伝説の聖少女様と魔王によろしくお願いされちゃったわ。
『あとおまえ、事前に船内設備の説明とかまともに受けてなかっただろ。これからどうやって過ごすのとか、向こうに着いたら何をすればいいかとか、後で詳しく教えてやるよ』
「あ、それはちょっと助かるわ」
本当に直前までずっと改良工事してたしね。
紙のマニュアルはもちろん事前に受け取ってる。
けどわかりやすく説明してもらえるならありがたい。
『さて、それじゃまずは操縦席に戻れ』
「え、なんで?」
画面の中のスーは人差し指を立て、にやりと笑ってこう言った。
『旅の最初しか見れないモノを今のうちにしっかり見ておくんだよ』
※
「うっわ……」
座席に腰掛けて外の景色を眺める。
あたしの目の前には月があった。
ただし、とんでもなく大きい月だ。
ミドワルトで見るのとはまるで別物みたい。
「月ってこんな大きかったのね……」
『そりゃまあ、地球Mの三分の一くらいあるからな。ミドワルト全土より何倍も大きいぞ』
喋っている間にも月はぐんぐんと近付いてくる。
全天モニターの右側の大部分をまん丸い星が占めるようになる。
表面は白い部分と灰色っぽい部分に分かれていて、白い部分に無数の円形模様(?)があった。
足元に視線を向ければ、青と緑の地球Mがかなり小さく見える。
それはちょうどミドワルトから見上げる月くらいの大きさだ。
『気分はどうだ? ミドワルト初の宇宙飛行士さん』
「なんていうか、素直に感動ね」
別にそういうのを期待してたわけじゃないけど、雄大な景色を見ていると自然と心が弾んでくる。
『今のうちに堪能しておけよ。後はほとんどずっと真っ暗な闇の空間なんだからな。十分に堪能してからもう一度居住区に来な』
「うん」
ある程度まで近づいたら、今度は急速に月から離れて行く。
こっちの速度がどんどん上がっているみたいだ。
※
月が豆粒くらいに小さくなったところで、あたしは居住室に戻った。
画面の中のスーがここでの暮らしの注意点を説明してくれる。
『基本的には家にいるみたいに普通に生活していいぞ。ただしグランジュストは疑似重力は0.9Gしかないから、定期的に筋肉負荷装置で全身マッサージするのを忘れるな』
「疑似重力って何?」
『本当なら宇宙空間は無重力なんだよ。体もモノも下に引っ張られず、勝手に浮かび上がっちまうんだ。それじゃ不便なんで加速を利用して疑似的な重力を作ってるってわけだ』
よくわかんないけど、言われてみれば体がいつもより軽い気がするわ。
『あっちのコンピューターにはミサイアの好意で大量のゲームと映像書籍が入ってる。操作方法は後で教えてやるよ』
「ゲーム? 多分やんないと思うけど……」
『ベッドはあるけど基本的に寝るときは操縦席な。毎晩、液体輝力に浸って必要な栄養を取りつつ肉体の劣化を防ぐんだ。寿命が延びるわけじゃないが外見上の老化はおよそ十分の一に抑えられるぞ』
これは事前に聞いていたけど地味にありがたいわ。
普通に年をとったらルーちゃんに会える時にはすでにおばあちゃん。
それは別にいいんだけど、あたしだってわかってもらえなかったらすごく悲しいもの。
『食事は無理に取る必要ないけど、どうしても何か口に入れたきゃ食糧庫に缶詰が山ほどある。毎日三食食ってたら三十年でなくなっちまうけどな。あと、料理設備はないからそこは我慢しろ』
「別に普段から料理なんてしてなかったし、大丈夫よ」
『トイレはそっちのドアだ。定期的に汚物を船外に放出するのを忘れるな。風呂はないけど就寝時の液体輝力で体は基本清潔に保たれるはずだ』
「おっけー」
『基本的にお前が船のどこにいてもあたしからは見えてるけど、もしあたしに見られたくない事をしたくなった時は画面右下の電源を押せば一時的に消えてやる。道具はそこの戸棚に入ってるから好きに使え』
「なんの道具?」
『あとで自分で確認しな。さあ、次は隣の部屋だ』
※
その部屋は倉庫だった。
日用品ではない、よくわからないものが並んでる。
巨大な箱型の
「なんなの、これ?」
『ルーチェを連れもどすために必要
実際の所、ルーちゃんがどういう状況で宇宙空間に漂ってるのかはよくわかっていない。
だからあらゆる可能性を考慮して、様々な対処が取れるように……ってことらしい。
『予測される状況と、それに応じた道具の使い方はすべて頭に叩き込んでもらう』
「わかったわ」
『よかったな。これを覚えるだけで一か月は潰せるぞ』
改めてあたしは思う。
これからあたしは長い旅を行うことになる。
けど、ルーちゃんはその間ずっとひとりで待っているんだ。
心細く思っていないかしら。
辛いと感じていないかしら。
そう思うだけで胸が強く締め付けられる。
心臓が張り裂けそうになってしまう。
「成功確率0.00001%がなによ。あたしは絶対にルーちゃんを助け出すんだから……!」
※
そこから三日間、あたしは倉庫に籠って必死に道具の使い方を覚えた。
実際に使いこなすには量子力学だとか霊性学だとかいろんな基礎知識が必要みたい。
『一週間やそこらですべて理解するのは無理だ。時間は腐るほどあるんだし、気長に覚えていけよ』
「わかってるけどさ」
ルーちゃんのことを考えるとジッとしていられないもの。
あ、ちゃんと適度に操縦室で寝てるわよ?
老化を抑えないといけないしね。
ここには夜も昼もないから、時計を見て大体の寝る時間を決めて休んでる。
「けど、あの液体輝力ってのはどうも慣れないわね。なんか溺れてるみたいだし」
『そのうち慣れるさ……っと、今日で四日目か。そろそろ操縦席に戻れ』
「まだ寝るには早いわよ」
『そうじゃない。最後の大型イベントがあるんだよ』
とりあえずあたしは言われるまま操縦室へ向かった。
この三日でもう完全に慣れ親しんだ、ふんわりした座席の感触。
背もたれに体を預けながら外を見ていると、右前方にある星の一つが急激に大きくなっていった。
「なにあれ、バスケットボール?」
『馬鹿言うな』
一見すると黄土色。
よく見ればオレンジや白の横縞模様の星だ。
それがどんどん近く大きく……大きく……?
「なにあれ、でっか!」
『木星だよ。直径は地球Mの11倍。体積は1321倍の太陽系最大の惑星だ』
ちょっと想像がつかないわね。
月もそうだったけど、あまりにきれいな球形はなぜか無性に怖い。
『この外側にもいくつかの惑星はあるけど、今回の旅で目視できるほど近づける星はこれが最後だ。あとはひたすら暗闇しかない。今のうちによく見ておけよ』
「しかしあんた詳しいわね。宇宙に出るのはあたしが初めてなんじゃなかったの?」
『ミドワルトを含むこの世界の地球Mの外は基本的にヘブンリワルトのコピーだからな。残念ながら生物がいないのは確定してるぞ』
向こうの世界での宇宙の常識がこっちでも通じるってことなのかしら?
「そういやついでに聞きたいんだけど、あんたらの世界の人間がミドワルトを作ったって言ってたじゃん。それって一体どういう理屈なの? こんなバカ広い宇宙をちまちま作ったってこと?」
『実際に科学者がコンピューターを使ってやったのは地球Mの『データ』を移すだけだ。それを元に世界を構築したのはヘルサードっていう
「どこかで聞いたことある名前ね」
『ミドワルト神話でも聖天使として名前が残ってるだろ。実際、そいつは創世神みたいなもんだ』
喋っている間に木星とかいう星はどんどん近づいてくる。
ほぼ真横に来たかと思ったら、すぐに遠ざかり始めた。
「すごかったわね。キモかったけど」
『実際にはかなり離れてるんだけどな。あまり近づきすぎると重力にとらわれるし』
「もう倉庫に戻っていいかしら?」
「待て、ついでにひとつ仕事を教えておく。手前のパネルを操作して航宙図を開いてみろ』
航宙図……これかな。
全天モニターに図形が現れる。
『手前に光っているのがこの船の現在位置だ。木星軌道からどんどん遠ざかってるのがわかるだろ』
「うん」
『右上の矢印を押して縮小してみろ。思いっきり連続でだ』
画面の中の矢印を押すたびに航宙図に描かれた円が小さくなっていく。
「まだ?」
『もっとだ』
現在位置と地球Mを現す光点がほぼ重なる。
一番外側にある海王星軌道とやらも中心の光に飲み込まれる。
やがて、目的地を示す赤い光点が外側に表れた。
『そこがゴール。88年後に到着予定の場所だ』
「ここにルーちゃんがいるのね……」
『一応コンピューターで制御はしてあるが、二つの世界の技術が混合してる影響で、色々な不都合が考えられる。時々微妙に軌道がズレる可能性があるから、それを手動で直すのはパイロットの仕事だ』
機械にまかせっきりってわけにはいかないのね。
変な方向に進んで余計に遠ざかってたとか笑えないわ。
「おっけ。やり方を教えて」
『まずは左のレバーを引いて……』
あたしはスーから宇宙船の動かし方を習った。
※
ミドワルトを経ってから一週間が過ぎた。
『さて、そろそろお前に教えておくことがある』
「なによ?」
今のところは宇宙の旅も順調。
あたしは特に退屈することもなく救出道具の使い方を学んでいた。
そんなタイミングで、スーがまじめな声色でこんなことを言った。
『ミドワルトへの帰り方だ』
※
そしてあたしはこの船で唯一まだ足を踏み入れていない場所……
救出道具のある倉庫の隣の小部屋の前にやってきた。
「だからあたしは帰る気はないってば」
『いいから聞いておけ。まずは中に入るんだ』
ドアを開けると、そこは何の変哲もない小部屋だった。
青白いライトが物々しい雰囲気を醸し出してるけど、特に何かがあるわけじゃない。
奥の壁にはものすごくでっかいボタンスイッチがあって、これ見よがしに『押す』と書かれていた。
『ベレッツァの魔剣ディアブロを覚えているか?』
「覚えてない」
『事前にストックした輝術を任意のタイミングで発動できる剣だ。この部屋は全体があれと同様の仕組みになっていて、あのボタンを押すと事前に登録してある輝術が発動する』
「その輝術ってのは?」
『もちろん、
遠く離れた場所まで一瞬で移動できる輝術。
ただし、行ったことのある場所にしか行くことはできない。
『
「あんまり遠くに離れすぎると転移できなくなるってこと?」
『紅武凰国の研究者の見立てでは、確実に作動するのは登録地点から10000
「ふーん」
また新しい用語が出て来たわ。
あたしはよくわからないので話半分に聞き流した。
『おい、マジメに聞け』
「だって何を言われようと帰る気なんてないもの」
『今は出発してすぐだからそう思ってるだけだ。お前のルーチェへの想いを疑ってるわけじゃないし、すぐには納得できないのもわかってる。けどな、心なんていつまでも変わるもんじゃないんだよ』
はっ。
「バカ言わないで。あたしのルーちゃんを思う気持ちは永遠よ」
『十九年しか生きてない小娘がほざくな。88年って時間はお前が想像してるより遥かに長いぞ。普通の人間なら途中で心が折れる』
「つーか今さら帰れないし。知り合いにもさよならしてきたんだから」
『一時の恥と残りの人生を比べたら大した問題じゃないだろ……まあ、せいぜい頑張れよ。中にはシンクやソラトみたいに千年以上も執着心を持ち続けられる変わり者もいるからな』
言われなくても、やってやるわよ。
あたしが次にここに来るのは88年後だけどね。
※
とは言ったものの。
「暇だわ……」
あたしはベッドの上でゴロゴロしていた。
ミドワルトを飛び立ってから一か月が経っている。
『テレポート室はいつでもお前を待ってるぞ』
「いかない」
ぶっちゃけ甘く見ていたのは白状するわ。
学校に行く必要もなく、知り合いと会う必要もない生活。
何もする必要がないとこんなに時間が経つのが遅いなんて始めて知った。
ルーちゃん救出道具の使い方はとりあえず全部覚えた。
道具そのものの理屈は理解してないけど使うことはできると思う。
それが終ったら、やらなきゃいけないことは何もない。
『コンピューターの使い方でも覚えてみたらどうだ? 時間潰しできるモノはいくらでも中に入ってるぞ』
「うーん」
前に一度だけ電源を入れたけど、どうも苦手なのよね、アレ。
なんか手元の操作で画面が動くのが不気味というか……
「ま、暇だし。ちょっとやってみましょうか」
※
結論を言えば、ハマった。
『おい、いい加減に寝た方がいいんじゃないか……』
「あとちょっと!」
コンピューターの中には二〇〇〇を超えるゲームが入っていた。
中でもあたしのお気に入りは、迫りくる敵を銃で撃ち倒していくゲーム。
映像の中のキャラクターや背景はまるで現実世界みたいにリアルな迫力がある。
対戦できるゲームではスーが相手になってくれる。
こんな楽しいことがこの世にあったのかって感じよ。
現実と違って、やられても死なないのが特にいいわね。
他にも伝説の勇者になって魔王をやっつけるゲームとか、街をつくって運営するゲームとか……
これなら何年でも時間が潰せるわね!
『引きこもりにとっちゃ、この状況はむしろ天国なのかもな』
「ああ、やられた!」
くそう、スーが話しかけるからよ!
仕方ないからもう一回最初から始めるわ!
※
ずっとは無理だった。
「暇ね……」
楽しいゲームも長く続ければ飽きてくる。
まだプレイしてない作品は山ほどあるんだけど……
どれも以前にやったのと似たようなものと思うと、わざわざやる気が起きない。
「ちょっと船の外を泳いできたりとかしちゃダメ?」
『ダメに決まってんだろ。宇宙空間は真空なんだから血管が破壊されて死ぬぞ』
「ミドワルトを出発してからからどれくらい経ったかしら」
『五年と四十一日だな』
まだそんだけしか経ってないのか……
『帰りたくなったら』
「ならないって言ってんでしょ」
こうなったら意地よ、意地。
何が何でもやり遂げるんだからね
「おし」
『帰るのか?』
「帰んねーって言ってんでしょ。操縦室でルーちゃんを眺めてくる」
ゴールを示す高宙図の赤い点。
そこにルーちゃんがいると思えば頑張れる。
……わよね?
※
ぼーっ。
操縦室から前方の空間を眺める。
星々が瞬く広大な宇宙。
けど、そのどれもが手が届かないほどに遠い。
「見えてるのにたどり着けないなんて不思議ね」
『あの中で一番近いのだって四光年以上先だからな』
ゴールまでの四倍以上かよ。
しかも遠くにあるのは百億倍とかだっけ?
ほんと、宇宙ってやばいわ。
『ルーチェはその宇宙を超えちまったんだけどな』
「そう。すごいわね」
まだ出発してから十年も経っていない。
※
むしゃむしゃ。
「意外といけるわね」
『あんまり食いすぎるなよ』
缶詰は一日一個まで。
そんなルールを破ってからどれくらい経つだろう。
美味しいものを食べてる時は、少しだけ時間の感覚を忘れることができる。
『そうだ。一応言っておくんだが』
「なに?」
『
「……帰らないって言ってんでしょ」
即答できなくなったのは、ごく最近のことだったと思う。
※
「っしゃ! 王冠ゲット!」
第二次ゲームブーム到来。
朝から晩までコンピューターの前でアイテム集め。
シンプルな感じの
『なあ、筋肉負荷装置でのマッサージを忘れてないよな? 座ってばっかりだとマジで歩けなくなるぞ』
「後でやるわよ」
せっかく楽しんでるんだから水を差さないで欲しいわ。
まあ、しばらく飽きることはないでしょうけどね!
※
飽きた。
『そんなところにいないで、中に入ってもいいんだぞ?』
「入らない」
あたしは三日前から毎日、起きるとすぐに
もちろん当たり前だけどミドワルトに帰りたいわけじゃない。
じゃない、けど……
『じゃあ何でこんなところにいるんだよ』
「わかんないわよ、そんなこと」
あーもう、バカ。
一体なんなのよこれは。
涙なんて出てないんだからね。
※
あたしはコンピューターの中の映像書籍を読み漁っていた。
漫画を中心に、軽い感じで読めそうな小説など。
特に気に入ったのは二周三周する。
「この作者の描く作品ってどれも面白いわ」
『めったに完結しないのが難点だけどな』
データとして画面に表示される本は実に十万冊もあるらしい。
これを全部、一日一冊読むだけで88年も楽勝だ。
飽きなきゃね。
※
「ほっ、やっ」
ある書籍からハマって、現在は格闘技の自己訓練中。
ベッドやテーブルをどかせば居住室はそこそこ広くて体を動かすこともできる。
スーが言うにはちょっとくらい暴れたところで船はビクともしないから、好きなだけやれだそうだ。
「今ならジルにも勝てるかしら」
『さあ。無理じゃねーの?』
それを試してみることは永久にできない。
※
「うえぇん……わぁぁん……」
泣いて過ごした日。
最近なんだか気持ちが不安定になる。
そんな時、スーは何も言わずにずっと黙っていてくれる。
「ルーちゃぁん。会いたいよお」
※
「あははははは! 死ね死ね死ね死ねェ!」
第三次ゲームブーム到来。
別に狂ったわけじゃないわよ。
頭を使わないアクションゲームで爽快に敵を薙ぎ倒す。
ああ、スカッとするわ! 悲しんでたのがバカみたい!
「スー! 次は格ゲーで対戦するわよ!」
『いいけど、もうお前には勝てねえよ』
最初は負けることが多かったスーとの勝負も、最近じゃ勝ち越せるようになってきた。
「ああくっそ! ずるいでしょ今の!」
『コントローラーに当たるな。壊れたら代えはないんだぞ』
おっと、それは危ない。
モノは大事に扱わなきゃね。
※
「悪いけどしばらく消すわよ」
『おう』
「……マジで見えてないのよね?」
『絶対に見えてないし、詮索もしないから心配すんな』
よし。
今日はスーの電源をオフにする。
ひとりで何をしてるかって?
そんなのもちろん秘密よ。
※
『……この式を整理するとt=√(1-v^2/c^2)t'となる。光の速度cはどんな時でも必ず一定なので、動いている観測者Aに流れた時間tは、速度vの分だけ静止している観測者Bの時間t'と比べてズレが生じるんだ』
「なるほど」
ミドワルトを出発してからおよそ三十年が経った頃。
あたしは唐突に勉強することの楽しさに目覚めてしまった。
『もっとも、光の速さは299792458m/sというとんでもない数字なので、よほど速く移動していない限りは体感できる時間のずれなんて起こらないんだけどな』
「この宇宙船は? かなり早いスピードで移動してるんでしょ?」
『自分で計算してみろ。この船の速度を平均速度で光速の1.2%として、さっきの式に当てはめるんだ』
「えっと…………t=0.9999279974t'ってなったわ」
『そういうことだ。わずかな遅れはあるが、この船中で88年暮らしたとしても、地球Mから見た時間の流れは87.9936637719年。光速の1.2%くらいじゃほとんど変わらないと思っていいぞ』
教科書はコンピューターに収められた十万冊の書籍。
そして、あらゆるデータを頭に収めているスーが先生だ。
どんなに興味がなかったことも頭で理解できると楽しくなる。
数学や物理学はミドワルトよりヘブンリワルトの方がずっと進んでいる。
異世界の歴史だって読み物と思えばいくらでも興味が持てる。
日に日に知識が増えて考え方が変わっていくのがこんなに楽しいなんて。
試験に受かるために嫌々知識を頭に詰め込んでた中等学校時代とは全然違うわ。
学ぶことはたくさんある。
知りたいこともいっぱいある。
もっと早くこの楽しさに気づいておけばよかったと後悔するくらいだ。
このコンピューターとスーを積んでくれたミサイアには全力で感謝したい。
知識がつけばできることも増えてくる。
コンピューターを使ってプログラムを作ってみたり。
ルーちゃん救出道具をより詳しく理解して自分で改良してみたり。
こんな狭い船の中でも楽しいことはたくさんある。
そしてこの
辛いことなんてもう何もない。
※
そう思っていた。
※
事件は85年めに起きた。
見た目の老化を遅らせているとはいえ、あたしも中身はすっかりおばあちゃんだ。
いつものように目を覚ます直前の液体輝力を排水している最中のこと。
これまでに感じたことのない衝撃が船を襲った。
「な、何?」
あたしは慌てて飛び起きた。
そのまま座席の後ろに回って、居住室へ続く扉を開けようとした時。
『来るな、ナータ!』
スーから強い口調で静止の声がかかった。
「どうしたの? 今の音はなに?」
『たぶん小隕石の激突だ。外壁が剥がれて大変なことになってる。いいか、絶対にドアを開けるんじゃないぞ!』
あたしはモニターを全天モードに切り替えた。
船の後部から、色んなものが尾を引くような感じで宇宙に放り出されていく。
いつもゴロゴロしていたベッドが、たくさんの知識と楽しみをくれたコンピューターが……
「ちょっと、うそでしょ?」
『残念ながら現実だ。この船は現在かなりヤバい状況にある』
「あんたは!? スーは大丈夫なの!?」
『え?』
あたしが問いかけると、スーは不思議そうな声を出した後、なぜか笑い出した。
『くくく、あはは』
「ど、どうしたのよ? まさか壊れちゃったんじゃ……」
『いや、そうじゃないんだ。なあナータ。あたしなんかよりもっと先に心配することがあるだろ? まだ二〇〇〇食以上も残ってた缶詰とか、ルーチェを助けるための道具とか』
「それも大切だけど、それよりあんたが心配よ! どうなの、無事なの!?」
『無事とは言えないな。ディスプレイは割れちまったし、本体へのダメージも深刻だ』
「っ!」
あたしはとっさにドアを開けた。
直後、ものすごい突風に引きずられ――
『システム権限を委譲しました』
がん!
ドアが勝手に閉まり、突風が止む。
『開けるなって言っただろ! 何考えてるんだ!?』
「あ、あんたが心配だから見に行こうと……」
『馬鹿野郎! こっちはもう真空状態なんだよ! ドアを開けたらどうなるかくらい、説明されなくてもわかるだろうが! 何十年間もなにを学んできたんだ!』
「でも、だって……!」
パニック状態になるあたし。
ドアはもういくら引っ張ってもビクともしない。
スーはひとしきり怒鳴った後、「はぁ」と大きなため息を吐いた。
『ま、そんなお前だからこそ、ここまでへこたれずにやってこれたんだろうけどな』
「スー……」
『正直言って、すぐに音を上げると思ってた。お前のルーチェに対する情熱には恐れ入ったよ』
「半分はあんたのおかげよ。あんたがいたから、ずっとやってこれたんだから」
『そいつは輝子人形冥利に尽きる言葉だ――慣性飛行に移行。続いて居住区のパージシークエンスに入ります』
スーの声がとつぜん機械的な声色に代わる。
「スー? あんた、なにやってるの?」
『こんなズタボロの状態で飛んでたら、そのうち船自体がぶっ壊れちまう。ここから先は船体後部を切り離しておまえのいるコクピット部分から先だけで飛ぶんだ』
「待ってよ! それって……」
『残念だが、空間転移ルームも、ルーチェを連れもどすための道具ももう使えない。お前はとりあえずルーチェがいるはずの場所まで行って、そこで救助が来るのを待つんだ。運が良ければそろそろミドワルトで超光速航行が発明される頃だろう』
「後部ブロックのパージなんてしたら、あんたは!?」
『……ここでお別れだ』
そんな、そんな……!
ここまで一緒にやってきたのに!
「切り離さなくても飛び続けられる可能性はあるんでしょう!?」
『切り離さず安定して航行し続けられる可能性は3パーセント以下だ』
「それなら!」
『こんなところでこれ以上運を使うなよ。お前は無事にルーチェに会えることだけ考えてろ』
「スーも一緒にルーちゃんに会うって約束したのに!」
『仕方がないんだ。事故なんだから』
けど、でも、だって、どうして、なんで。
頭の中がぐちゃぐちゃして言葉にならない。
『ナータ。お前と過ごしたこの85年間、すごく楽しかったぞ。あたしは現実で動ける実体すら持たない単なるコピーだったけど、オリジナルよりもきっと満足してたって胸を張って言えるよ』
「スー……」
『心残りがないって言えば嘘になるな。お前のこれから先の三年ちょっとは、今までと比べてずっと辛いものになるだろう。幸いにも液体輝力の循環装置は無事だった。けど、娯楽も話し相手もなくなるってのは、やっぱりキツイと思う』
ガコン。
扉の向こうで大きなものが外れる音が響いた。
『でもあたしは信じてる。お前ならきっとやり遂げるって。神なんて信じちゃいないけど、頑張ったお前にはきっと祝福が訪れるよ。だから……』
「スーっ!」
『元気でいろよ。じゃあな』
ジジッ、と音がして全天モニターの後ろ半分が真っ白な壁に戻る。
それきりスーの声は聞こえなくなった。
あたしは最後に彼女の顔を見ることすらできず、もう一人の大親友を永遠に失った。
※
なにもできない。
なにもすることがない。
ただ、座ったままぼーっとして。
決められた時間が来たら液体輝力に満たされて眠って。
ただ、それだけが続く日々。
一日が今までの一年にも思えるくらいに長く感じる。
勉強中はあれほど働いていた頭が今じゃ何も考えられない。
筋肉負荷装置もなくなってしまったので体がどんどん衰えてくる。
鏡がないから自分の顔は見られないけど、最近急激に老け込んだ気がする。
辛いとは思わない。
悲しいとも思えない。
ただ、ひたすらに空虚だ。
「ルーちゃん……」
思い出したようにあたしはその名を呟く。
最後に会ったのは、もう気の遠くなるような昔のこと。
あんなに愛しかった彼女の顔が今はもうハッキリと思い出せない。
また、目をつぶる。
どうせ起きてたって星空しか見えない。
ミドワルトがある方向はもう何も映してはくれない。
深淵への片道旅行。
後悔なんてしたくないのに。
「帰りたいな……」
そんな言葉が口から零れることを、あたしはもう嫌と思わなくなっていた。
※
あたしは夢を見ていた。
音のない夢。
輝きだけが鮮明な夢。
ここはあたしたちの街。
海辺の都市、フィリア市。
坂の途中にある緑のトンネルを抜けると、赤い屋根と煉瓦の校舎が見えてきた。
ジルがあたしの背中を叩く。
ターニャがその隣で微笑んでいる。
あたしはクラスメートたちに挨拶を返して先を進んだ。
少し歩くとベラお姉さまがいた。
剣闘部の仲間たちと一緒にランニング中だ。
朝練を休んだ言い訳をすると、お姉さまは呆れ笑いを浮かべて肩をすくめた。
校舎に入る。
何かが目の前を横切った。
スーだ。
彼女はあたしに手招きをする。
体を手に入れたのね、よかったわね。
あたしがそう言うと彼女は照れくさそうに笑った。
教室のドアを開ける。
眩しい光が目に飛び込んでくる。
「ナータ」
懐かしい声があたしを呼ぶ。
優しく微笑むピーチブロンドの女の子。
「ルーちゃん」
あたしは無性に胸が締め付けられ、彼女へと駆け寄り、手を伸ばして――
※
「……はっ?」
伸ばした手は操縦桿を握っていた。
宇宙船グランジュストの始動キーでもある剣の柄。
ビービーとやかましい音が鳴っている。
あたしは混乱する記憶を必死で整理しようとした。
全天モニターの一角に映っている航宙図を見る。
最大倍率になっており、白い点と赤い点が重なっている。
機体は……動いていない。
故障したわけじゃない。
あたしは覚えている。
最後に眠る前、全力で逆噴射ブレーキをかけたことを。
やりすぎて後ろに戻っていかないよう細心の注意を払いながら。
そして機体は停止した。
つまり。
「着いた……?」
ミドワルトから一光年の彼方。
途中で慣性航行に切り替えたため、予定より二年ほど長くかかってしまったけれど。
あたしはついにルーちゃんがいる宙域に辿り着いた。
座席から降り……ようとして、足に力が入らず倒れてしまう。
なんとか必死に体を起こして全天モニターにへばりつく。
見える範囲にはなにもなかった。
これまで死ぬほど見続けてきた星空と一緒。
でも。
でも……!
「ルーちゃん」
あたしにはわかる。
「ルーちゃん!」
ここにいる。
彼女がいる。
「ルーちゃん! ルーちゃん!」
姿はないけれど。
声も何も聞こえないけれど。
あたしは確かに存在を感じていた。
「ルーちゃん! あたしよ! あなたに会いに来たのよ!」
彼女を呼び戻すための手段はもうない。
だからあたしは声の限りに叫んだ。
「ルーちゃん! ルーちゃん! ルーちゃああああーん!」
感情を、涙を、あたしに残ったすべてを声にして。
ただひたすらに、彼女の名前を呼ぶことしかできなかった。
※
ふわふわ。
ふわふわ。
私はずっと漂っていた。
どこを?
わからない。
どれくらい経ったのかもわからない。
ただ、心地よい感じがずーっと続いている。
何の不安もない。
何の苦しみもない。
ここには安らぎだけがある。
だけど退屈なんてことはなくて、時間が過ぎるにつれて、良くなっていく感覚はある。
そんな目覚めたくない、目覚める必要のない夢の中のような世界で……
誰かが私の名前を呼んでいる。
……
…………
まだ呼んでる。
……
…………
うーん。
呼ばれたからには起きなきゃダメだよね。
というわけで、おっくうだけど目を覚まそうとしたその途端。
「いいのか?」
別の声がした。
私の名前を呼ぶ声とは違う男の人の声だ。
「本当にいいのか?」
どなた?
「このままあと6500万年も漂っていれば、君は
なんかよくわからないこと言ってるよ。
いいからまずは名前を名乗りなさい。
「俺の名はヘルサードだ」
はいはいヘルサードさん。
どっかで聞いたことある名前ですね。
「お前たちの世界の神話では聖天使と伝わっている」
それで、その聖天使さんが私に何の用なんでしょうか。
「俺はずっとお前を見ていた。そしてお前は、俺の期待以上の奇跡を見せてくれた。エリィとの戦いの中でお前は宇宙の限界を超え、肉体と言う枷を取り払い、上位存在への道を開くことに成功した」
え……ずっと見てたとか、気持ち悪いんですけど。
もしかしてストーカーの方ですか? やっつけても大丈夫?
「ストーカーではない。ただ全知全能なだけだ」
うわあ。
全知全能(笑)って。
「フフ……俺を前にして壊れない女か……俺はずっとお前のような存在を待っていたのかもしれない」
どうしよう、話が通じないし、本気で気持ち悪いよう。
というか引き留められる筋合いはないので、もう行きますね。
あっちで友だちが呼んでるし。
「友だちか……彼女はお前以上の奇跡を俺に見せてくれたよ。そもそも本来なら彼女はお前たちの世界に存在していないはずの人間だった。そう、気まぐれで落とした滴が、俺の予想をは遥かに超え、想像を絶する奇跡を見せてくれたのだよ」
全知全能のくせに想像を絶されてる時点であんまり全知全能じゃないと思うけどどうでしょう。
というか本当に全知全能なら会話とかする必要もなくない?
「じゃあただの全能でいい。一応、知ろうと思えばなんで知ることはできるんだがな。あとは世界を造ったり、すでにある世界に干渉して、なんでも思う通り自由自在に変化させることもできる。あくまで精神は一個の人間だが、それは己の自我を保ちつつすべてを知悉し、操り、完璧ではなくとも深く心を揺さぶる快の感情を得ることが、何より素晴らしいからだ」
チュニー病かな?
「このままここに留まるんだ。そうすればいずれ、お前も俺と同じように全てを見通す力を得ることができるのだぞ?」
いや、いらないし、そんなもの。
私は別にすべてを知ってる神様になりたいなんて思ったことは一度もありません。
「ならばお前は何を望む? 狭く限られたただ一個の世界に戻って、何を手にする気だ?」
うるさいなあ、もう。
こんなやつにいちいち将来の夢とか話したくないけど……
そんなに聞きたいなら語ってあげましょう!
私の夢はようちえんの先生。
子どもたちに囲まれて暮らすの。
それで、もうちょっと年をとったら結婚してね。
未来の旦那様と一緒に、小さなパン屋さんを開くんだ。
お店の中では近所の小さい子どもたちが集まって遊べるような部屋を作って……
あ、そういえば私、ビシャスワルトの魔王になっちゃったんだっけ。
学校もほとんど中退みたいなものだし、今から先生の資格ってとれるかな。
そうだ、だったらいっそビシャスワルトで学校を開いちゃおう!
いろんな部族の子どもたちを魔王の館に集めてね。
平和の大切さを教えたり、お互いの理解を深め合ったりするの。
おお、これはやりがいがありそうですよ!
「そうか……」
そうだよ。
というわけで、全知全能(笑)のスカウトはお断りします。
「ならばこれ以上は何も言うまい。しかし、お前はすでに常命の者ではなくなった。悠久の時の中、やがて気が変わることもあるだろう。俺はずっと待っているぞ」
気が変わることはないと思うけどね。
それじゃさよなら、自称全知全能さん。
「最後にひとつサービスをしてやろう。
※
……
…………
ふっかつ!
「ふう、やっと生き返ったよ……」
気のせいだろうけどまるで90年くらい漂ってた気がするよ。
っていうかあれ、なにここ?
暗いんですけど! 息苦しいんですけど!
あれ、まだ宇宙空間なの!?
「ルーちゃん!?」
はい、ルーちゃんですよ。
名前を呼ばれた私は後ろを振り向いた。
そこにいたのは……輝攻戦神グランジュスト!
……のような何か。
もう人型をしてないし、あちこちボロボロだ。
「ルーちゃんね!? ルーちゃんなのね!? 本物!?」
「本物のルーちゃんですよ」
この声は、ナータ?
なんでナータがグランジュストに乗ってるの?
「うわあああああん! ルーちゃあああああああん!」
「なんで泣いてるの!?」
なにか悲しいことがありましたか!?
あっ、また再会を喜んでくれてるとか?
でも前みたいに四か月とか一年とか会ってないわけじゃないし!
そんな90年くらいぶりに会ったみたいな泣き方しないでもいいと思います!
「えっと、泣かないで。ちょっと待っててね、いまそっちに行くから!」
えーと、できるかな?
しゅん。
私はグランジュストの中にワープした。
そこには私の記憶と
「ただいま」
「おかえりなさあああああい! うわああああああん!」
ぎゃうっ。
そんなぐじゃぐじゃな泣き顔で抱き着かれたら恥ずかしいよ。
ナータは本当に感受性が豊かだなあ。
「ほら、泣かないの」
背中とんとんしてあげるよ。
「泣くに決まってんでしょおおお! 90年ぶりなのよ!? あたしもうすっかりおばあちゃんよ!」
ナータのような超絶美少女なおばあちゃんがいてたまりますか。
――神の祝福じゃないが、俺からのサービスだよ。彼女の肉体年齢を18歳に戻しておいた。ついでに世界の時間軸も彼女が出発してから一か月後に設定してある。
頭の中にヘルサードの声が響く。
――もちろん彼女の長旅の記憶はそのままだ。これは、彼女がここまでたどり着いたことを記念した奇跡へのプレゼントさ。ご都合主義は努力に対する正当な対価だよ。
何言ってるんだかわからないよ。
もうあなたはいいから話しかけないでください。
――やれやれ。それじゃ、こんどこそさようなら。
あ、消えたみたい。
「もう離さないからね! 絶対にどこにも行っちゃダメだからね!」
「はいはい。ずっとナータの傍にいますよ」
……まあ、いっか。
私は泣き止まないナータを抱きしめて頭をなでた。
こんなふうに再会を喜んでくれる友だちがいるのは素直に嬉しいからね。
※
――望めば絶対者に手が届く才を持ちながら、あえて普通に生きることを願う少女か。まあ、それもいいだろう。一個の人として生きるのもそれはそれで辛く大変で、多くの快に溢れた素晴らしい生涯になる可能性もある。ただ、一時とはいえ俺に届いてしまった君を、彼女たちは放っておかないだろうな。
※
「覚えたての
「ちょっと大丈夫なの? これ……」
「えっとね、なんか空間を折り畳んでその間を通ってるとか、そんなのっぽい」
「ワープ航法!?」
「なにそれ」
「超光速航法の一種よ! え? 輝術ってそういうの簡単にできちゃうの?」
「ちなみに流読みで先を測ったところ、三日くらいでミドワルトまで着くみたい」
「はあ!?」
「やっぱり時間がかかり過ぎだよね。失敗だったかなあ」
「馬鹿言うな! あたしここまで来るのに90年かかってるのよ!?」
「あはは。ナータの冗談はかわいいなあ」
「冗談じゃねーわ! あたしのこの顔を見りゃわかんでしょうが!」
「ただの超絶美少女だけど……」
「ルーちゃんは目がくさってるの?」
「くさってないって。ほら、
「冷たっ! この鏡、冷た…………若返ってる」
「そういやさっき、聖天使とかいう気持ち悪い人がナータと年齢と世界の時間軸を出発してから一か月目の状態に戻したとか言ってたよ。ナータが頑張ったご褒美だって」
「え? え? なにそれ、なんなの? どういうこと?」
「まあ、なんでもいいじゃない。よくある奇跡だよ」
「ごめん、頭が痛くなってきたわ」
「横になって寝た方がいいよ。あ、でも座席が一つしかないね」
「使っていいわ。あたしはその辺の床で寝るから」
「それは悪いよ。じゃあ私も床で寝る」
「それよりルーちゃん」
「はい」
「フィリア市に帰るのよね? もうどこにも行かないのよね? あたしの傍にいてくれるのよね?」
「あー、えっと、実はね、ビシャスワルトで学校でも開こうかと思っるんだけど……いちおう私、魔王になっちゃったし」
「そ。じゃあ、あたしも着いてくわ」
「はい? いや、だってビシャスワルトだよ? エヴィルの世界だよ?」
「もう戦争してるわけじゃないんでしょ。ルーちゃんが王様をやる世界だってんなら安心だし、適当に仕事を見つけて働くことにするわ。いろいろ役立ちそうな知識も手に入れたし、なんならルーちゃんの秘書をやってあげてもいいわよ」
「はあ、ナータはすごいなあ……」
「いつの間にか魔王になってたあんたほどじゃないわよ」
「一年半前はこんなふうになるなんて想像もしてなかったよね」
「あたしもよ。ほんと、なんでこんなことになってるんだか……でも許してあげる。ちゃんと約束通りにあたしのところに帰ってきてくれたからね」
私たちはふたりで座席横の床に座り、肩を寄せ合って語り合う。
見上げればモニター越しにあの日のような星空が輝いていた。
ミドワルトに帰り着くまでまで三日間。
それまで、話したかったこといっぱい喋ろう。
「おかえり、ルーちゃん」
「ただいま、ナータ」
いつも私を見守ってくれていた、私の大好きなともだちと。
閃炎輝術師ルーチェ! ‒ Flame Shiner Luce ‒ 花実すこみ @mitsuka
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