782 ▽輝攻戦神VS魔王

「ルーっ!?」


 ジュストは遠くからその光景を見て叫んだ。

 ルーチェとその友人である暴走娘が乗った人型兵器が……

 いきなり空に現れた謎の巨大な剣に斬られ、撃墜され落下していく姿を。


 あの暴走娘がルーチェを操縦席に引っ張り込んで飛び去ってしまったため、急いで追いかけている最中のことであった。


「くそっ、なんだあれは!?」


 巨大な剣がこちらに近づいてくる。

 グランジュストの彗星剣にも似たサイズの大剣だ。

 ジュストは落ちるルーチェたちを救いたい気持ちを堪え、その場に留まった。


 巨大剣がグランジュストの目の前で停止した。

 よく目を凝らして見れば、その根元には人間がいるのがわかる。

 自身の数十倍にもなるサイズの武器を、あいつは軽々と振り回しているのだ。


『よう。輝攻戦神グランジュストとか言ったよな』


 スピーカー越しにそいつの声が聞こえてくる。

 力強く野太い男の声だ。


「お前は……」

『魔王ソラトだ』


 やはり、魔王か。

 エヴィルの王にしてすべての戦いの元凶。

 かつてビシャスワルトで出会った時は、刃を交えることすらできなかった相手。


 撃墜された人型兵器に乗っていたルーチェたちのことは気になるが、彼らにとって倒すべき最大の敵がこうして目の前に立ちはだかっているのだ。


 この機会を逃す術はない。

 グランジュストは彗星剣を構えた。


「話し合いの余地はない。わかるな?」

『ああ、いいぜ。そのスーパーロボットの力を俺に見せてくれよ』


 ……?

 なんだ、どこか違和感がある。

 目の前に浮かぶ邪悪の王の禍々しさと、その軽い口調に奇妙な差異があった。


 いや、そんなことはどうでもいい。

 こいつはここで倒す、いや殺す。

 世界に平和を取り戻すために。


「はああああっ!」


 構えた彗星剣をおもいっきり振り下ろす。

 一〇〇メートル級の巨人が、人間サイズの敵を相手に。

 それは斬るというよりも、叩き潰すことを目的とした攻撃だった。


 しかし。


『くはっ! すげえパワーだな、おい!』


 魔王はグランジュストの斬撃を受け止めた。

 その手に持った巨大な剣で、完全に衝撃を相殺する。


「うおおおおおおおっ!」


 だが、その程度でいちいち驚くつもりはない。

 こいつはエヴィルの王なのだ、きっと潜在能力は覇帝獣ヒューガーをも超えるだろう。


 人間サイズだからといって手加減や油断は一切無用だ。

 ジュストは操縦席で握った剣を押し込み、その力をグランジュストに伝える。


 巨大剣を支える魔王も次第に押され始める。


『力でこの俺に勝るかよ!』


 しかし魔王は動じない。

 やつはわずかに身を引いた。

 かと思ったら、力任せに剣を跳ね上げる。

 そのまま機体の懐に飛び込んで横薙ぎの一撃を繰り出してきた。


「うわっ!」


 攻撃をまともに食らったグランジュストが揺れる。

 ジュストは機体を大きく後ろに下がらせて距離を取った。

 魔王からの追撃はなかったが、なぜかおかしそうに笑っている。


『真っ二つにならねえのか、さっき潰した紅武凰国製のロボットとは大違いだな!』

「この……っ!」


 もう一度前に出て、再び魔王と斬り結ぶ。


『こんなとんでもないスーパーロボットをミドワルトが開発するとは、千年以上生きてて一番驚いたぜ! そいつが量産化された暁には紅武凰国への防波堤として十分な抑止力になるだろうな!』

「わけのわからないことを! 意外と饒舌だな、エヴィルの王ッ!」


 グランジュストの斬撃を魔王が受け止める。

 魔王が力任せにそれを跳ね飛ばし、さっきと同じように飛び込んでくる。

 しかし今度はジュストもそれを予測して後方に避けつつ下から彗星剣を切り上げ迎撃する。


 サイズ差をものともしない攻防が、両者の間で繰り広げられていた。




   ◆


「うーん……っ!」


 落下の衝撃による一瞬の意識途絶。

 正気に戻ったあたしは即座に飛び起きた。


 目の前には半壊したヴォレ=シャープリーが横たわっている。

 コクピットハッチは開いていて、どうやらあたしは落下と同時に外に投げ出されたらしい。


「ルーちゃんは……ルーちゃん!? ルーちゃん!」


 親友の姿を求めてあたしは叫ぶ。

 抱きしめていたはずの彼女が近くにいない。

 あたしは急いでヴォレ=シャープリーの残骸に駆け寄って……


「う……そ……」


 そして、見た。

 壊れた機体の下に。

 横たわるピンクの髪の女の子を。


 半身を巨大な鉄の塊に潰され、真っ赤な血だまりの中にいる、あたしの、ともだち。


「いやああああああ! ルーちゃあああああああん!」


 あたしは半狂乱になって叫んだ。

 目の前で起こった現実が信じられない。

 だって、せっかく会えたのに、こんなのって――


「はい」

「ぎゃあああああああ! しゃべったあああああああ!」

「そんな驚かないでも大丈夫だよ」

「いや、だってあんた、体っ、潰されてっ!?」


 ルーちゃんのお腹から下は完全に圧し潰されている。

 どう見ても即死レベルの大事故なのに、彼女は平然と顔をこちらに向けていた。


「私は輝術師なんだからこれくらいじゃ死なないってば」

「ま、マジで? そういうもんなの?」


 ちょっと直視できないくらいヒドイことになってるんだけど……


「よいしょっと」


 ルーちゃんが両手で地面を掴んで這いずるように鉄塊の下から出てくる。

 そしたら中身がずるりとはみ出た。


「うげえええええっ!」

「きゃーっ!? なんで吐いてるの!?」


 いや吐くに決まってんでしょこんなの。

 親友のグロ死体とか正気じゃ見れねーわよ。


「恥ずかしいからあんまり見ないで……閃熱霊治癒フラル・ヒーリング


 ルーちゃんのちぎれた部分が眩しい光に包まれ、あっという間に元の形に戻ってしまった。

 なんでこんな服装なのか知らないけど、中等学生みたいな黒い制服も元通り。


洗風ウォシュル


 さらに彼女は薄緑の風を纏って皮膚に着いた汚れを落とす。


「ほら、元通りになったよ」

「えーん! ルーちゃんがゾンビになっちゃったーっ!」

「ゾンビではない!」

「で、でもっ、あたしはゾンビになってもルーちゃんのことが大好きだからねっ!」

「えっ……あ、はい、ありがとう」


 まあ、ルーちゃんが無事でよかったわ。

 一時はどうなることかと思って焦ったけど。


「痛っ……!」

「どうしたの?」

「いや、頭が痛くて」


 またさっきの刺すような強烈な頭痛だ。

 今度もすぐに治まったけど……なんなの?


「ケガがあるなら輝術で治すよ」

「いや、ほんとになんでもないから……」


 断ろうとしてやっぱり気が変わった。


「でも、よかったら一応やってくれる?」

「わかった。頭でいいの?」

「うん」


 ルーちゃんが正面から手を伸ばして私の頭に触れる。


風霊治癒ウェン・ヒーリング!」


 彼女の言葉と同時に心地よい風があたしの体を包む。

 これがルーちゃんの治癒の輝術……きもちいーわー……


「はふう……」

「顔が赤いけど大丈夫?」

「すごく大丈夫よ」


 むしろ全快よ。

 今なら魔王だってやっつけ……痛うっ!


「まだ痛いの?」

「くっそ、なんなのよこれ……」


 あたしは頭を押さえてしゃがみこんだ。

 痛み自体は一瞬で消えるけど、ハッキリ言ってシャレにならない。


「ごめんね。治癒術は病気には効かないから、私じゃ治せないかも」

「いや、大丈夫だから。ほんとに。ありがと」


 ガギィン! と激しい音がした。

 あたしはルーちゃんと一緒に空を見上げた。

 上空ではあのグランジュストとかいうロボットと魔王(?)が激しい戦闘を続けている。


 ふわり、とルーちゃんの背中に真っ白く光る翼が生える。


「私、行かなくちゃ」

「待って、あたしも一緒に行く」

「ダメだよ。ナータはここで休んでて」

「頭痛なら大丈夫よ。あたしだって力になれるんだから」

「なれないよ。魔王はそんな甘い相手じゃないんだから、ナータを守りながら戦うのはたぶん無理。ごめんね。邪魔しないで、ここで待っててくれると助かるよ」

「……っ」


 彼女にしては珍しく、冷たく突き放すようなキツイ言葉をかけてくる。


 機体が壊れてしまった以上、あたしに戦う力はほとんど残っていない。

 そもそも相手はヴォレ=シャープリーを背後からの奇襲とはいえ一撃で破壊するほどの強敵だ。

 脚部飛行ユニットと携行型マルチスタイルガンはあっても、それだけでどうにかなるような相手じゃないってことはわかる。


「……あたし、足手まといなのね。傷ついたわ」

「ごめん」

「魔王をやっつけたらすぐに戻ってきてくれる?」

「うん。一番すぐに迎えに来るよ。全部終わったら一緒にフィリア市に帰ろうね」


 あー、なによこれ。

 めっちゃ気を使われちゃってるし。

 これじゃあたし、ただの面倒くさい女じゃない。


「いいわ。これ以上迷惑かけたくないし、行ってらっしゃい。またあとでね」

「うん」


 あたしはルーちゃんの手を両手でぎゅっと握った。


「絶対に死ぬんじゃないわよ。約束ね」

「もちろんだよ。それじゃ、またあとで」


 そう言ってルーちゃんはあたしの手を解いて立っていく。

 力になれないのは悔しいけど、今は見送るしかないのね。


「あーあ。なんでこんな――っ!?」


 痛い。

 頭が痛い。

 すごく痛い。


「なんなのよ、これ……!」


 あたしは飛んでいくルーちゃんの後姿を見上げることすらできず、頭を押さえて地面に転がった。

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