772 ▽高揚する兵士と艦内不和
魔王ソラトはその異変にすぐ気が付いた。
ゲートを超えてやってきたミドワルト製の巨大ロボット。
その後を追って、巨大な反応がゲートを潜ったのを感じたからだ。
「来たか……」
これは紅武凰国に違いない。
ミドワルトとビシャスワルト、二つの世界を
ミドワルトの人間が『輝鋼石』と呼ぶ超高純度のSHINE結晶体。
あれは次元の繋がりを断絶させる封印結界の要であった。
輝鋼石がまだ六つあった頃の封印は完璧であり、ミドワルトはほぼ完全に孤立した世界だった。
ところが、人間たちが築き上げた強欲な帝国によりそのうちの一つが破壊。
次元に初めて綻びが生じることとなった。
魔王ソラトはそれを偶然とは思っていない。
まず間違いなく紅武凰国が何らかの干渉を行ったとみている。
当時でも
ソラトが今に連なる計画を実行に移すと決めたのも、その時からである。
今回の侵攻でさらに二つの輝鋼石が消失。
さらにもう一つはあの巨大ロボットの動力として使われている。
今度こそ完全に次元の封印がなくなり、外世界との大規模な行き来が可能となった。
紅武凰国の主たる目的は、裏切り者であるソラトを滅することだろう。
ミドワルトやビシャスワルトに対して何を目論んでいるのかは定かではないが……
これはある意味で好都合だ。
「こちらの時間軸でおよそ千年。向こうではそれほど時も経っていないのだろうな」
彼にとっては遠い過去の記憶である。
しかし決して風化することのない想いがある。
魔王の心を支配するもの、それは消えることのない憎悪。
「支配下にある
召喚の儀式は完成している。
以前に戦いを挑み、支配下に置いた七匹の大怪獣。
あとは魔王が最後の一唱を口にすれば、やつらはどこにでも現れる。
※
「前方に空間の乱れを確認!」
「お?」
オペレーターの報告を受けた第四天使エリィは興味深そうにディスプレイを見上げた。
マーブル模様の気持ち悪い空が明らかに周りと違う歪み方をしている。
それは次元ゲートが開く時に似ているが、たぶん空間跳躍のようなものだろう。
絵画に描かれた景色が割れるように空に大きな亀裂が走り、隙間から巨大な怪物が現れた。
「ヒューガーか。テストにはもってこいだな」
世界構築の際、とにかく莫大なデータをつぎ込んで創造された怪物。
数値だけなら生物個体の限界に近い正真正銘のバケモノだ。
「なあ松長。FGであれを倒せると思うか?」
「もちろんです。FGは人類の英知を集めた究極の兵器、あらゆる敵を倒すことを想定しています」
「その『あらゆる敵』の中にはあたしみたいなステージ持ちも入ってるのかな?」
「……」
からかうようなエリィの言葉に松長艦長は黙ってしまう。
そんな彼の反応が面白くてエリィは無邪気に笑った。
「あはははは! まあ、頼りにしてるよ。軍の予算獲得の実績のためにも頑張ってね」
「……陸戦機、戦闘準備!」
「了解。陸戦機、戦闘準備を急げ」
不快感を隠しきれず声を荒げる松長の命令をオペレーターが復唱する。
間を置かずパイロットからの通信が返ってきた。
『こちら陸戦隊長、仲里大尉。いつでも全機行けますよ』
「よし。陸戦機、発進せよ!」
『了解!』
松長艦長が改めて命令を下すと、船腹の発進口が開いた。
そこからパラシュートを装備した陸戦機が次々と降下を開始する。
高い装甲と突破力を持った『ラーフイリス』が四機。
長距離射程砲を装備した支援機『ラーフナディアン』が四機。
計八機の人型兵器が立ちはだかる怪物を駆逐するため、大地に降り立った。
「お、陸戦用で行くのか?」
「あれだけの怪物が相手なら高火力で一気にケリをつける方が得策かと」
「だったら艦から直接ミサイルでもぶっ放した方が早くね?」
「……FGの実戦テストを兼ねていますので」
「くっひひ。まあ、せいぜい頑張れよ~」
いちいち真面目に言葉を返してくるのが楽しくて、第四天使エリィは心底おかしそうに笑った。
※
その
一〇〇メートルを越える巨体の頭部には霞がかったような蒸気の層を纏っていた。
主な攻撃手段は雷撃で、近づく者すべてに全身から放出する雷をぶつけるというものだ。
攻撃力もさることながら、
並の攻撃では傷ひとつつけることができないし、多少のダメージは即座に回復してしまうだろう。
しかし。
「撃て撃てェ! 相手はバケモノだ、遠慮はいらねえぞ!」
「あはははははっはぁ! 的がでけえから狙いをつけるまでもねえや!」
人型戦車とでもいうべきFG『ラーフイリス』がキーディラの足元を縦横無尽に駆け回る。
一つ目の機械兵は敵の雷撃をものともせず、ひたすら両手に持った巨大バズーカを撃ちまくった。
「電撃を発している部分を重点的に狙え!」
一方、後方の安全圏からは『ラーフナディアン』が肩に担いだ長距離砲で着実に削っていく。
仲里大尉率いる第一陸戦部隊は日頃の訓練の成果と、普段の弾薬節約主義が解除された喜びを全力で砲弾に込める。
陸戦機たちは持てる戦闘力のすべてを余すところなく発揮した。
そして、戦闘開始からおよそ十分。
難攻不落の怪物の肉体が再生限界を迎える。
巨体の表面が、肉が、骨がボロボロと崩れ落ちていく。
「あと一息だ!」
再生力を失った敵に止めを刺すべく、前衛の『ラーフイリス』も足を止めひたすらに撃ちまくる。
最強クラスの怪物でありながらも何ひとつ抵抗できずに死にゆく
断末魔の叫びは響き渡る砲弾の音にかき消され、誰の耳にも届かなかった。
※
「おーおー、派手にやってくれるなあ。この十分間でどれだけの弾薬代がぶっ飛んだんだ?」
第四天使エリィはわざと嫌味っぽい口調で言いつつ、松長艦長の反応を待った。
「相手は未知の敵ですから。下手な手加減をして機体を損耗する方が損害が大きいのでは?」
「お、このあたしに言い返しちゃう? 生意気ぃ!」
「……っ!?」
エリィの方を見ずに前方のディスプレイを睨み続ける艦長の肩は震えていた。
CICの中にピリピリとした空気が流れるがエリィは気にしない。
「よし。そんじゃこのまま前進だ! 一気に反逆者を始末すんぞ~!」
「お待ちください。機体を収容するため一旦着陸する必要があります」
飛行能力を持たない陸戦機だ。
艦に戻すにはこちらが降りていくしかない。
しかし、第四天使エリィは艦長の進言を切り捨てる。
「不許可。時間がもったいないし、降りたやつらにはこのまま進ませろ。陸戦機って艦について来れるくらいの速度も出せるんだろ?」
「直線移動なら可能ですが、途中でこの世界の民が住む集落が密集している地域を通ります。そのため大きく迂回する必要がありますが……」
「踏み潰していけばいいじゃん? 別にビシャスワルトの生き物に人権なんて認めてないんだし。そもそも半分動物みたいなバケモノばっかだろ?」
エリィはビシャスワルトと友好関係を築くつもりはない。
どうせ最初から単なる実験場なのだ。
反逆者の住処となったこの世界がどうなろうが気にもならない。
コストの問題から今は実行に移さないが、このまま滅ぼしてやってもいいとさえ思う。
「……わかりました。そのように命令を下します」
「わかれば~よろしい!」
FGの開発によって最近の軍部はちょっと調子に乗っている。
ここらへんできっちり手綱を締めておかないとね。
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