771 ▽来航
「コォオオオオオオオオ……!」
ドンリィェンは低いうなり声をあげながら全力で突進した。
空中で体勢を崩しているダイゴロウに向かって一気に接近する。
「ちっ!」
避ける余裕はないと判断したのだろう、ダイゴロウは勇者の剣を水平に構え防御の姿勢をとった。
あの剣は強大なエネルギーの壁を張ることで灼熱のブレスすら耐えきってしまう。
だがドンリィェンの狙いはまさしくそれであった。
「グゥゥゥゥゥゥゥゥゥオゥ!」
腹の中に溜めた魔力を風に変えて解き放つ。
竜巻にも似た暴風がダイゴロウをエネルギーの壁ごと吹き飛ばす。
「うおおおおおっ!?」
暴風に飲み込まれた少年の声が消え入るように遠ざかってゆく。
魔力の続く限りどこまでも、おそらくは数百キロの向こうまで。
※
「ハァ……ハァ……」
ドンリィェンの目的はダイゴロウを倒すことではない。
先ほどの巨人を追いかけるため、ビシャスワルトに向かうことだ。
決着はいつか別の形でつけてやろう。
今は遠くへと追い払えばそれで十分である。
勇者の剣の能力は非常に恐ろしいものだった。
真の姿となったドンリィェンがこれほどまでに苦戦させられたのだ。
ダイゴロウにとって慣れない空中戦だったのは、こちらにとって幸運な要素であった。
立ちはだかった邪魔者の排除に成功したドンリィェンは、改めて上空のウォスゲートへと首を向けた。
平和のためゲートに封印を施そうとしていた同胞たち。
それを何も知らずに斬りつけた、あのふざけた巨人を倒すために。
ゲートの封印も大事だが、ここは一旦ビシャスワルトへと戻るべきであろう。
そう考えた時だった。
「……!?」
ふいに強力な悪寒を覚える。
ドンリィェンはまったく別の方向を見た。
そこには何の変哲もない空が広がっている。
だが、よく目を凝らせば次第に歪みが生じているのがわかる。
この感じ、この感覚は、まさか。
「新たなゲートか……!」
歪みの中心に生まれた黒い隙間が円周状に渦を巻きながら瞬く間に広がっていく。
それは間違いなく、もう一つのウォスゲートであった。
中から巨大な人工物が出てくる。
船のような形をした未知の乗り物だ。
それは高度な科学力で作られた機械の船。
「おう、ちゃんと繋がったか!」
「っ!?」
幼い女の声がすぐ傍で聞こえた。
ドンリィェンは自分の背中に誰かが乗っていることに気づく。
「貴様、いつから……」
「ん? さっきからずっといたぞ?」
嘘だ。
少なくとも、ダイゴロウを吹き飛ばす前はいなかった。
接近を許したのは新たに出現したウォスゲートに気を取られていたためか。
しかし、この竜族の長が背に乗られるまで存在に気づけないとは。
「何者だ」
「あたしは第四天使エリィ。短い付き合いになると思うけど、よろしくぅ」
「天使だと!? まさか、紅武凰国の――」
「よっと」
天使を名乗った少女はドンリィェンの背中から飛び立つと、背中から純白の翼を生やし、ゲートから出てきた機械の船に向かって飛んでいった。
「おーい。あたしはここだ。ハッチを開け……」
「ガァッ!」
無防備に背中を向ける第四天使。
ドンリィェンは躊躇わず炎のブレスを吐きかけた。
三千度にも達する白熱する炎が翼持つ少女の体を包み、そのまま機械の船へと向かっていく。
『SS障壁展開』
空に響いた機械声と共に、機械の船の周囲に薄緑色をした球状の防御シールドが発生する。
シールドはドンリィェンのブレスを受け止め、あっさりとかき消してしまった。
直撃を受けたはずの第四天使は何事もなく飛んでいる。
機械の船の防御フィールドが消失し側面部が開いた。
天使は開いた部分から船内へと消えて行った。
代わりに青い人型兵器が三機、飛び出してくる。
「あれは……」
『ひゃっはー! 一番槍、もらったぁ!』
猛禽のようなシルエットの顔を持つ人型の兵器は、すさまじいスピードでこちらへと接近しつつ、右腕に装備した携行バルカン砲から光弾の雨を降らせた。
「ぐっ……!」
弾速は目で追えるようなものではない。
ドンリィェンは自らの体でもって受けることしかできなかった。
一発一発が数十センチもある光の弾丸は、高い耐久力を持つ竜の長に確かなダメージを与える。
「があっ!」
『おっと』
反撃のために突進し爪で敵機を薙ぐ。
だが、青い人型兵器は機敏な動作であっさり回避してしまう。
ドンリィェンがさらなる追撃を行おうとする前に、敵は素早く距離をとって他の機体と合流した。
『あぶねえあぶねえ。危うく速攻で撃墜されるところだったぜ』
『うかつですよ、大尉』
『悪ィ。なにせ初めてドラゴンなんてもんを生で見たから、思わず浮かれちまったよ』
『油断は禁物です。初めての異世界での実戦なんですから慎重にいきましょう』
『そうだな。光弾バルカンもたいして効いてないみたいだし、
『ええ。
「なんだと……?」
あの青い人型兵器の大きさは精々二〇メートルと言ったところだ。
人間から見れば見上げるほど巨大でも、今のドンリィェンよりは二回りほど小さい。
紅武凰国の機動兵器。
我々にとって最も脅威となる敵には違いないが……
「竜族の長を……竜王を舐めるなァ!」
大きく息を吸い込んでから魔力を込めたブレスを放つ。
炎の形ではない純粋なエネルギーの奔流だ。
ドンリィェン最強の一撃である。
当たれば鉄の塊など容易く落ちる。
当たれば、の話だが。
『やっぱし図体がでかいだけあって動きはトロいな!』
敵は即座に散開。
危なげもなくブレスを回避する。
『敵の頭上を取った。ミサイル爆撃を開始する』
『その翼、穴だらけにしてやるぜェ!』
背後に回った二機は光弾を乱射。
頭上をとった一機が流線形の
ミサイルがドンリィェンの首筋に当たり、爆発する。
「ぐ……がっ……!」
一撃で倒されるほどの威力ではない。
だが、それらの攻撃はドンリィェンに深いダメージを蓄積させる。
特に今のミサイルはあのダイゴロウの剣撃の数倍の威力があるとみて間違いないだろう。
※
「うーん、あの程度なら二機でも十分だったんじゃないかな?」
空中戦艦『サスケ』の
高級将校たちが一斉に姿勢を正して敬礼する。
しかしエリィは答礼をしない。
「これはFGによる初めての大型生物のと実戦です。データ上の戦力では十分でも、確実に勝利するためには用心をするに越したことはないかと」
「ふーん」
サスケの艦長である松長大佐が答えると、エリィは興味なさそうにそっぽを向いた。
この第四天使は今回の作戦における軍の総司令官を務めることになっている。
とはいえ軍務は素人なので、実際の兵の運用に関しては各艦の艦長が執り行う形だ。
「まあいいや。それじゃ、予定通りにやって」
「了解。二番艦と三番艦は進路を変更、本艦はこのまま次元ゲートを抜けてビシャスワルトへ向かう」
通信士が松長の命令を各艦に伝え、二番艦と三番艦はそれぞれ転進した。
そして『サスケ』は正面のゲートへ向かってまっすぐ進んでゆく。
「んっふふ~。よーやく邪魔な封印も解けたことだし、思いっきりやるよ~」
正面の大型ディスプレイに映る外の景色を眺めながら、第四天使エリィは右手を大きく振った。
「目標は魔王を自称する『
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