749 ▽大人になれなかった英雄

 操縦席から出る方法がわからず焦ったが、聖剣メテオラを抜いたとたんに周囲の映像は真っ白な壁面に戻り、正面の扉が縦にぐいんと開いた。


 グランジュストを街壁の傍に置いてジュストは外に出る。

 王都市民たちの大歓声が彼を包んだ。


「王都を守ってくれてありがとう!」

「あなたは英雄です、ジュスティッツァ様ぁ!」

「はは……」


 ジュストはそんな彼らに対し、あいまいな笑みを浮かべて手を振った。

 なんだかんだ言って敵を倒したのは自分の力ではない。

 英雄王が用意した、この巨像のおかげだ。


 操縦席はかなり高い位置にあるので、輝攻戦士化して地面に着地する。

 街門が開いて興奮した様子の市民たちが雪崩を打つように街の外に出てきた。


「騒ぐな、貴様ら!」

「うわっ!?」


 そんな彼らを押しのけ、黒い制服に身を包んだ一団がやってくる。

 彼らは誰よりも素早くジュストに近づくと、あっという間に取り囲んでしまった。

 剣呑な雰囲気を察知して思わず剣を抜きかけるが、その前に黒服集団は一斉に敬礼の姿勢をとった。

 

「あなた方は?」

「英雄王閣下直属、黒の近衛兵団です」

「黒の近衛兵団……!」


 近衛兵団はロイヤルガードとも呼ばれ、通常の輝士団に属さない、王家直属の私兵である。

 中でも『黒の近衛兵団』は存在そのものが秘匿とされていた究極の秘密部隊である

 ジュストも名を聞いたことくらいはあったが、まさか実在していたとは。


 彼らは一糸乱れぬ動きで腕を下ろす。

 中央の人物が代表して口を開いた。


「我々は長年輝攻戦神開発LDG計画に携わっていました。機体の整備は我々にお任せください。輝動馬車を用意してありますので、ジュスティッツァ様は英雄王閣下の所へ」

「そういうことでしたか。わかりました、ではお願いします」


 すでに衆目に晒されてしまったとは言え、この巨像は対エヴィルの最終兵器なのだ。

 また乗ることになるかはわからないが、管理は彼らに任せるべきだろう。


 それよりも英雄王に会わないと。




   ※


「英雄ジュスティッツァ様だ!」

「ジュスティッツァ様、ばんざーい!」


 輝動馬車に乗って往来を行く。

 ジュストはまるで凱旋将軍になったような気分だった。

 街路の左右に人々が途切れることなく並んで、次々と感謝の声を送ってくる。


「僕の力で王都を守ったわけじゃないんだけどな……」

「何を仰いますか。輝攻戦神という剣を持って王都を怪物の襲来から救ったのは、紛れもなく貴方のお力でございます」


 御者を務めてくれる近衛兵団の追従に、ジュストは苦笑いを返すことしかできなかった。


 やがて、輝動馬車は王宮の前で停止する。

 そのまま場内へと案内され、連れて来られたのは王の私室だった。


「ご苦労だった、ジュスティッツァ」

「王弟殿下!」


 彼を出迎えたのは先代の王。

 英雄王の弟であるビヨンド三世殿下だった。


「中で兄上が待っている。これが最期になるだろうから、気のすむまで話をするがよかろう」

「はい」


 ジュストは王弟殿下の言葉に疑問を挟まなかった。

 なんとなくだが、そんな気がしていたからだ。


 部屋の中に入ると、英雄王がベッドの上で体を起こしていた。

 その周囲には物々しい数の医者や王宮輝術師が並んでいる。

 彼らはジュストと入れ違いに一斉に退出していった。


「よう、ご苦労だったな」

「致命傷は演技じゃなかったんだな」

「まあな」


 これまで戦いの中で数多くの負傷者を見てきたジュストである。

 目の前で見たあの重症が嘘だとはどうしても思えなかった。


「最後の最後でドジっちまったぜ。まあ、未完成とはいえグランジュストの雄姿を見れたから満足だ」

「病気だったのか?」


 傷自体はすでに治療してある。

 だが、明らかに英雄王の顔色は悪い。


「病気っつーかよ、今になって昔の無理が祟ったってだけの話だ。別に気に病む必要はねえぞ」

「誰が気に病むもんか。お前は死んで当然の最低な男だ」


 父親だなんて実感は今もなく、こいつに対しては恨み以外の感情は持っていない。

 こいつに人生を振り回された者たちのことを思えばむしろ清々するくらいだ。


 だが。


「死ぬ前にひとつだけ聞かせろ。いったいお前は何が目的だったんだ?」


 もはや謝罪の言葉は望まない。

 死にかけの英雄王を、今さら自分の手で地獄に叩き落としたいとも思わない。


 ジュストの母を捨て、国民の犠牲も厭わず、育ての娘であるルーチェすら戦いのために利用した。

 この男が何を考えてこれまで生きてきたのか、それを最後にジュストは知りたかった。


「そんなの決まってんだろ。魔王を倒して世界に平和を取り戻すためだよ」

「嘘を吐くな。お前がそんな崇高な目的で動くような男か」

「くっくっく……とことん信用ねえんだなあ」


 英雄王は弱々しげに笑う。


「魔王を倒すのが最終目的ってのは本当だぜ。ま、別に世界平和なんて望んじゃいないけどな。ともかく、メテオラとグランジュストはくれてやるから、後はお前のやりたいようにやれよ。そうそう、国を二つに割りたくねえなら王位は早めに辞退――」

「聖少女プリマヴェーラ様を奪われたことへの復讐か」


 そのにやけ顔が、ジュストの指摘で凍り付く。


「……ちっ。ガキのくせに賢しいんだよ」


 ああ、そうか。

 ジュストはすべてを理解してしまった。

 それと同時に、全身が脱力するような虚無感に襲われる。


 巨大メカに興奮してはしゃいだり……

 自分の子に対する責任感がまるでなかったり……

 こいつはすべてを裏で操る、思慮深い悪の黒幕なんかじゃなかった。


 ただ子供のまま大人になった、どうしようもないダメ人間。

 いつまでも昔の女に心を縛られているだけの哀れな男だ。


 誰にとっても不幸だったのは、そんなやつが英雄王として讃えられ、裏では国王すら凌ぐ権力を与えられてしまっていたことだろう。


「あー、クソ。なんでそんなこと言うんだよ。最期はカッコよく決めようと思ったのに、ふざけんなバカ野郎。もう頭から離れねえよ。プリマヴェーラ、ああ、プリマヴェーラ……」


 アルジェンティオは顔を手で覆い、嗚咽を漏らして泣いた。

 まるで駄々っ子のように、どうしようもない現実に不満をぶつける。


「死にたくねえよ。もう一度会いてえよ。なんで魔王なんかの妻になったんだよ。お前がミドワルトの人間だったらよかったのに。俺が紅武凰国の人間だったらよかったのに。くそっ、くそくそくそっ! なんでだよ、なんで、なんで、うおおおおおお……っ!」


 こんな男に今さら何を期待するものか。

 怒りも悲しみも、哀れみすら浮かんでこない。、


「僕は詳しいことは知らないけど」


 ジュストはただ、最低限の侮蔑を込めて言った。


「その大切なプリマヴェーラさんが託したルーチェを、お前は自分の都合のために利用した。そんなやつに自分の運命の不幸を悲しむ資格なんて……ない」

「うおおおおおおっ! うるさい、うるさいぃぃぃぃぃっ!」


 英雄王が……

 いや、もはやその呼び名はこいつに相応しくない。

 ただの嫉妬に狂った哀れな男が投げた枕を払いのけ、ジュストは王の私室から退出した。




   ※


「ジュスティッツァ様」


 後ろ手でドアを閉める。

 廊下で待機していた黒服の輝術師たちが話しかけてきた。


「アルジェンティオ閣下の遺言に基づき英雄王の称号と輝攻戦神の所有権は正式に貴方に譲渡されました。黒の近衛兵団は今後、あなたの命令に従って動きます」

「え。いや、自分にそんなものは……」


 必要ない、と言いかけてジュストは言葉を飲み込んだ。

 せっかくだから利用できるものは何でも利用させてもらおう。


「それでは、さっそくお願いしても良いでしょうか」

「はっ。なんでもお申し付けください」

「グランジュストは未だ調整途中と聞きました。次の出撃までに整備を完璧にしておいてください」

「もちろんでございます。ご期待に沿えるよう全力を尽くします」

「それから……」


 ジュストは肩越しに扉を振り返り、無理を承知で言った。


「アルジェンティオの延命を。あいつを決して死なせないよう、全力で治療に当たってください」


 死んで逃げるなんて許すものか。

 あいつには自分の罪を自覚するまで生きてもらう。


「は……しかし、それは……」

「頼んだぞ」


 ジュストは戸惑う黒服輝士の肩を叩き、彼の新たなる剣であるグランジュストの所へと向かった。

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