748 ▽彗星剣

「なあ、これちゃんと元に戻れるんだろうな――」


 想像の範疇を超えた状況にジュストが不安を覚えた瞬間。


『憤怒怒怒怒ッ!』


 上体を起こした覇帝獣ヒューガーが鉄球を撃ってきた。

 ジュストは反射的に横に跳んでその攻撃を躱す。


「くっ!」


 羽が生えたように体が軽い。

 この感覚は紛れもなく輝攻戦士のそれだ。


『ちゃんと戻れるから安心しろ。それより試しに好きなように動いてみろよ。普段の輝攻戦士とまったく同じ感覚で戦えるはずだぜ』


 体が大きくなったという実感はほとんどない。

 どちらかといえば周りのすべてが小さくなったような感じだ。


 ジャンプすれば空高く舞い上がれる。

 体をわずかに浮かした低空飛行で素早い移動ができる。

 曲芸のような動きを見せるたびに、街壁の上の市民たちから歓声が上がる。


「なるほど……」

『どうだ、気に入ったか?』

「武器があるって言ってたな?」

『腰のあたりにある丸い出っ張りを引き抜いてみろ』


 装甲に覆われた体の右腰部分に手で掴めそうな突起がある。

 それを勢いよく引っ張ってみると、剣を鞘から抜くようにスッと抜けた。


 ただし、剣ではない。

 先が短い円錐になっているただの円柱パーツだ。


「おい、なんだよこれ」

『それは携行状態。音声認識システムで刃が発生するようになってる』


 またかよ。


「で、なんて言えばいいんだ」

『よく聞けよ、いいか? 「彗・星・剣ぇぇぇぇぇん!」と叫ぶんだ』

「……彗星剣」


 言われた通りの言葉を呟いてみる。

 しかし何も起こらない。


「何にも出ないじゃないか」

『心がこもってない。音声認識システムはナイーブなんだ。ちゃんと登録した通りに言わないと応えてくれないんだぞ』


 この野郎、余計なことばっかりしやがって。

 呟くだけで良いようにしとけよ。


「彗星剣っ!」


 ジュストは叫んだ!

 だが、またもや何も起こらない!


「おい」

『人の話を聞いていなかったのか? 「彗・星・剣ぇぇぇぇぇん!」だ。もう一回ちゃんと言ってみろ。ほら、さんはい』


 円柱パーツをぶん投げたい気持ちを必死にこらえ、ジュストは覚悟を決め、改めて大声で叫んだ。


「彗・星・剣ぇぇぇぇぇん!」


 叫んだ直後、手にしたパーツの先端部分が眩いばかりの輝きを放つ。

 じゃきーん、と激しい音を鳴らて本体が縦に伸びた。

 それが左右に分かれて十字鍔を形成する。


 その間から横に広く縦に長い、薄青色に輝く巨大な輝力の刃が発生する。


『うおおおおおおおおっ!』

『かっこいいいいいいっ!』


 街壁の上のギャラリー市民たちからも歓声が上がった。

 ジュストは恥ずかしさに逃げ出したい心を必死で押し殺す。


「もう恥ずかしいことなんて何もないぞ……」

『その意気だ。さあ、今のお前は輝攻戦神。並の輝攻戦士の千倍以上の力を自在に扱えるようになった。今度こそ邪悪な覇帝獣ヒューガーを地獄へ送り返してやれ』」


 千倍ときたか。

 だが、誇張ではないのだろう。

 大輝鋼石と中輝鋼石の力を内蔵した巨大な人型機械マキナ

 その力はまさに、対魔王軍の切り札にして、最終兵器と呼ぶべきものだ。


 ジュストは……いや。

 グランジュストは戦闘を開始した。


「はっ!」


 地面を蹴る。

 輝攻戦士同様の低空飛行で敵に近づく。

 手にした彗星剣を振りかぶり、目の前の覇帝獣ヒューガー目掛けて振り下ろす!


「憤怒……!」


 覇帝獣ヒューガーは両腕を上げて防御の構えを取った。


『その程度で輝攻戦神グランジュストの攻撃を防げるか!』


 気合一閃。

 剣から溢れた輝力が大地に巨大な亀裂を走らせる。

 地面から吹き上がった莫大なエネルギーが、敵の体をふわりと浮かび上がらせた。


 一〇〇メートル以上ある敵の巨体が宙を舞っている。

 グランジュストはすかさず下から斬り上げる一撃を放った。


 覇帝獣ヒューガーはさらに上空へと撃ち上がっていく。

 グランジュストも地面を蹴って敵を追いかける。


「憤怒怒怒怒!」

『うおおおおおっ!』


 体が軽い。

 剣を振る腕が止まらない。

 繰り返し続く攻撃、斬撃、乱撃!

 二重輝攻戦士以上の身軽さで、グランジュストは覇帝獣ヒューガーの体をメッタ斬りにする!


「怒っ……」

『トドメだ、くらえ! 極超新星イペルノーヴァ――』


 攻撃を止める。

 剣を高く振り上げる。

 刃にエネルギーを溜める。


『一・刀・両・断! 必殺ビッグバン斬り!』


 唐竹割りに振り下ろした輝く光の剣が、覇帝獣ヒューガーの体を両断する!


「怒ッギャァァァアアアアア!」


 直後に巻き起こる大爆発。

 街を襲った悪の大怪獣の最期だ。

 王都近郊の空に太陽にも似た光が燦然と輝いた。




   ※


「おい。なんだよ最後のは」

『やっぱトドメは必殺技だろ? こいつも音声認識になってるから覚えておけ』


 ちなみに、動きに合わせて勝手なことを叫んでいたのは英雄王である。

 ただ剣で斬っただけなのに、最後いきなり敵が爆発したのはかなり驚いた。


『だが、やったな。俺のサポートがあったとはいえ初陣にしちゃ上出来だ』

「倒したのか……」


 覇帝獣ヒューガーは完全に塵となって消滅した。

 やたらと巨大で真っ黒なエヴィルストーンがひとつ地上に落下する。


 輝攻戦神グランジュスト……すさまじい力である。

 凄すぎると言ってもいい。


 機体と一体化したジュストは普通に戦っただけ。

 ただそれだけで、辺り一面が完全な荒野となってしまった。

 斬撃で地表がめくれ上がり、爆風は草木を吹き飛ばし、光る剣は大地を割った。


 これは、むやみやたらに使って良い力ではない。


『後ろを見ろよ。お前が守った街だ』


 王都の方を振り向けば、市民たちの大歓声が遠くに聞こえる。

 それと同時に、体が急に重さを取り戻してゆく感覚を味わった。


 気が付けばジュストは元いた座席に座っていた。

 輝攻戦神の視界ではなく、ガラス越しに外の景色を見ている。


「戻るか」


 パネルを踏んでゆっくりと方向転換。

 王都の方に向かって機体を歩かせる。

 さっきまでとは感覚が違うので、慎重に。


 と、視界右下に数名の人間の姿が見えた。


「あれは……?」

『反徒共の首魁か。ちっ、運よく生き残ったようだな』


 彼らが立っている場所は焼け野原の外だ。

 あと少しずれていたら戦いに巻き込まれていたことだろう。


「英雄王。僕の声も外に届けられるのか?」

『マイクオンって言ってから喋ってみろ』

「マイクオン」


 ジュストはグランジュストの向きを変え、こちらを見上げて佇んでいる彼に近づいていく。


「お久しぶりです、アンビッツ王子」

『やはりジュストなのか……?』


 クイント国の王子にして、南部連合の盟主。

 かつては共に旅をしたこともある仲間だ。


 覇帝獣ヒューガーの登場によって有耶無耶になっていたが、そもそもは彼が軍を率いてファーゼブル王国に攻め込んで来たのが、この混乱の始まりだった。


「あなたのやったことを、僕はとやかく言いません」


 今や南部連合はほとんど壊滅状態。

 攻城兵器もすでに破壊されつくしている。


「ですが、今は退いてください。僕はあなたと敵対したくありません。そして……できれば、もう二度と人間同士の争いを起こさないでくれると、助かります」


 彼は友人でもあり、自分の生まれた国の王子でもある。

 穏やかな口調で頼んでみたが、これは正直に言えば恫喝だ。


 彼らがなすすべもなく蹂躙された覇帝獣ヒューガーを、輝攻戦神グランジュストはいとも容易く撃破した。

 この上でまだファーゼブル王国に牙をむくなら、次は自分が相手になる。

 その結果は火を見るよりも明らかであろう。


 アンビッツは黙ってグランジュストの目を睨んでいる。

 その視線の先はジュストのいる座席よりやや上だ。


 やがて、王子は吐き捨てるように呟いた。


『……助けてくれたこと、礼を言う』


 アンビッツは踵を返す。

 彼は数名だけ残った仲間を連れて撤退を開始。

 王都の方からやって来た二名がそれに合流し、共に去っていった。

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